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2011/12/23

「フォトジャーナリストの見た原発震災 ~イラクから福島へ~」

12/23

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世界を飛び回って取材活動をしているフォトジャーナリストの豊田直巳さん。児童教育学科学生学会主催「フォトジャーナリストの見た原発震災 ~イラクから福島へ~」の講演で連続ツイートしたものから、昨日の記録を掲載します。

ブータンは、10万人が追い出されて来ている。追い出した側は、幸福度が高いが、追い出された側はカウントされない。報道カメラマンなどは、紙媒体の発表場所が無くなって来たので、ギャランティが発生しないので、大変なことになっている。なんとか取材と生活が出来るというレベル。これからますます酷くなるだろう。

現実は、福島には今も津波が襲い続けている。目に見えない津波が続いている。放射能である。目に見えないので実感はない。今日は福島から直接来たが、「まさかあなたその服のままで若い学生さんの前に立つんじゃないでしょうね」と家内に言われて、今日の服は新しく京都駅前で全部買って着替えてきました。

目に見えない。ベクレルという単位は、ガイガーカウンターでは測れない。が、野菜の測定器では出てしまう。三日前にあった母親。一般の牛乳は5ベクレルが基準。しかし、20ベクレルが幼稚園の牛乳から出ている。信じられないと。この親は2ヶ月アメリカに避難し、これからは沖縄に脱出すると言っていた。

福島から逃げたいという母親に会った。「頑張ろう福島」という幟は、「もう、いい。もう頑張れない」と言った。今後子ども達がどうなるか分からないということから。心配の種はあるが、どうなるか分からない。

6500人の子どもがチェルノブイリでは甲状腺ガンの手術を受けている。これを知っている母親は圧倒的に少数派である。何で福島? なんで放射能なのという風に思うのがほとんどであるのは分かっている。

福島の桃が風評と言われているが、本当でしょうか? 本当ではない。あれは実害です。しかし、マスコミで風評と言われ続けると、それが真実になり、損害賠償の請求ができなくなる。風評ではない。実害です。東京電力による実害です。

「目に見えない戦場で戦っているみたい」と映像の中の福島の女性が言っている。ダッシュ村のすぐ側にいた女性。500マイクロシーベルトが測定されていた。1年間に浴びさせていいのが1000マイクロシーベルト。この村では2時間で超える。3/11前の東京は、0.02~0.04が東京の値であった。大丈夫だと言われたからここにいたとのことであった。500マイクロシーベルトの大きさがどの位なのかは分かると思います。

イラクでアメリカが行って来た劣化ウラン弾の実態についての説明。戦争のシナリオがどのように描かれていったのかを説明しています。300グラム持っているだけで違法の劣化ウラン。持っているだけで逮捕される。が、100万発アメリカに撃った。沖縄の鳥島でもアメリカ軍は1300発間違えて撃ってしまった。が、不問にされているのが今。

イラクの癌の子どもは85%死んでいた。そのとき、経済制裁だったので治療は出来なかったのだ。勿論、全部が劣化ウラン弾が原因だと証明はされていない。日本の65年前の被爆者が今でも、原爆症と証明されないので裁判になっている人もいる。安全ならば、安全という方が証明しなければならないはずだが、日本では逆に被害者が証明しなければならないということになっている。これは、おかしい。

被害に遭った子ども達の写真を撮ったところで、何も解決しない。その子どもの命は救えない。薬が欲しいと肉親は言う。言い訳は出来る。取材をして世界を動かすことができるかもしれないと。しかし、目の前の子ども達は救えない。だから、今、私はNGOを通じて薬を送り続けている。イラクでは、劣化ウラン弾で破壊された所で子ども達が遊んでいる。放射線は見えないのだ。その子ども達の様子を写真に撮って、見る。

だけど、勿論、これが劣化ウラン弾で起きたとは断定できない。しかし、現地の医者は「劣化ウラン弾の以前には、このような症状は見ることが出来なかった」と言っている。また、日本は世界で唯一の被爆国と言われながら、実は核兵器を開発していたということは報道されていない。湯川博士もそれに関わっていたことは、日本では報道されていない。

新潟の柏崎原発の事故のときに、取材に行っていたので「安全神話」も十分に分かっていた。災害時避難場所は地震で壊れるものになっていた。分かっていて防げなかったので、大人として責任を果たせてなかった。申し訳ない。福島でも一般民家が避難場所になっていた。

地震の直後に、病院に入った。100マイクロシーベルトまで測れるガイガーカウンターの針が振り切れていた。1000マイクロシーベルトまでのも。この結果をすぐに衛星携帯電話で東京に伝えた。その3時間後に東京電力が1500マイクロシーベルトであったと発表した。

3.11から一ヶ月後の原発の近辺の場所の映像が流れています。牛小屋の中で倒れている子牛の映像です。

逃げ出したり、逃がした牛や豚は、自分で餌を捜して食べていきのびていたが、周りに被害を与えるので、畜産農家が集めて薬で処分をしたとのこと。そして、今は、3/11の後に生まれた子豚たちが出て来て、それを集めてまた処分しているとのこと。

京都大学で25年間チェルノブイリ原発の研究をしている今中先生は、飯館村を調べにいった。そして今中先生「信じられない。この世のものとは思えない」とつぶやき続けた。「チェルノブイリには人はいないのには、ここにはいる」。牛を殺すわけにはいかないので、餌を与えるためにいる人。でも、その牛から出た牛乳は捨てざるを得ないので捨て続けていた。村長は今中先生に「なんとかならないのか?」と訴えるが「この世のものとは思えない」ところなので、どうしようもない。

136億円かけてスピーディを開発したが、発表されなかった。首相に届かなかった。経産省の役人が途中で握りつぶした。2週間あれば子ども達は逃げられたはず。村での検査の後、「大丈夫」と言われて、値は教えられなかったとのこと。そして、牛に餌を与えることはなくなった。全滅したからだ。

廃業をしよう。生き物を飼っているとここを離れることは出来ない。犠牲者を出さないようにしようと決意をした。が、酪農を営んでいた犠牲者が出た。「原発がなければ」と書き残して。(報道ステーションの映像が流れています)福島県相馬市の男性。

自殺男性は、酪農の二代目で親から受け継いで規模を拡大しようと借金をして建物を大きくした直後だった。自転車操業の酪農業だから耐えられなかったのだろうとのこと。実は一人目ではなく、この前にもいたし、102歳の老人が子どもに迷惑をかけられないと自殺した。まだ、続いている。

除染というが、やっているのは大掃除と同じ。やっている人たちはみんなみんな分かっている。「無駄」です。田んぼの表土を掃いても山からまた落ちてくる。自分たちは残っても、子どもは戻らせないと老人達とは口を揃えていっている。

病院の放射線管理区域には医者しか入れないが、そこに普通の人が住んでいるのである。3200億円の予算で原発を作っていた建設会社で除染をしている。これはマッチポンプではないか? 仮設住宅に住んでいる人たちは、もう一度戻れたとして、野菜を作る体力や気力は残っているだろうか。飯館村に私は戻りたいが、子どもは絶対に戻らせない。北海道にでも行きたいと言っている。

それでも、ヨルダン、トルコ、ベトナムに輸出しようとしている日本。なぜ、原発を全廃にしないのか。8割ぐらいの国民が無くせと思っているのに。原発の稼働は、プルトニウムを作ることになる。これは核兵器を直ぐに作れることである。これが抑止力になると石破政調会長は発言してる。

その結果、誰が被害者になるのですか? 子ども達です。スピーディで逃げていれば、被爆しなかった子ども達なのに。

ここに来た皆さんには、是非、思ったことを表に出していただきたい。待っていたところで何も変わりません。3/11以降良くなっていない。寧ろ、今の日本を世に出したことになってしまっているというのが現実だろう。200万人が福島だけで被害者になってしまっている今、訴え続けたい。ありがとうございました

今日の講演の豊田直巳さんのHPは、http://t.co/Jxpt7qeTです。これで児童教育学科学生学会主催「フォトジャーナリストの見た原発震災 ~イラクから福島へ~」の連続ツイートを終わります。ありがとうございました。

このあと質疑があり、お茶を飲みながらあれこれ話しました。
大学のある山科の市営団地にも60人ぐらいが疎開していることや、滋賀県の休耕田のあるところに集団で移住するというのはどうだろうかという話が協議されていたりとあれこれ。

3200億円「除染」に使うのであれば、一人5000万円を支払って、集団で移住の方がいいのではないかという話も出ました。「出て行ってください」と命令がないと「お前だけ我がままだ」と言われてしまうという二重被害に遭っている人もいるという話もありました。

現状に対して、これは教育にできることを超えたことだと私も理解しています。しかし、この現実を背負って行きていく子ども達がいる。さらに、これからの社会を立て直すには、現状の理解ということが大事だと考えています。関西にいるとなかなか現実感はありませんが、そこは想像力を働かせることと現実を見ることで補うことだと思っています。

人の痛みをどれだけ背負えるか。その痛みを背負って、それを我がごととして生きて行けるか。歴史の重みをも背負って、今を良くするために生きて行けるか。煩悩や欲望に振り回されながら、それでも大きなことは出来ないが少しは前に進めるようでありたいなあと、今日の講演で改めて思いました。

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コメント

ども。
福島に住むあべたかです。

>「まさかあなたその服のままで若い学生さんの前に立つんじゃないでしょうね」と家内に言われて、今日の服は新しく京都駅前で全部買って着替えてきました。

などと書かれると、悲しくなります。
福島県外に行くときは、こうしなくちゃならないということなのでしょうかね。
研修などで東京に行くとき、東京駅で洋服を買い換えなくちゃならないでしょうか。

「お前はもう死んでいる」
そう宣告されたような気分になる、文章でした。

もちろん、現状を無視して、希望だけ、ありえもしない夢だけを語っていてもしかたないのはわかっているのですけどね。

たしかに、国がきちんと、「ここにはもう戻れません」といい、国有化してしまいそこに放射能汚染物質を蓄積する場所にしてしまうこと。

土地と借金を全て国が買ってくれて、別な場所に住むこと。
それが一番良いことなのではないかと思うときがあります。

ちゃんと明言してくれればいいのに。
ずっともんもんしているわたしたちです。

わたしはわたしで、自分が何かできないか。
でも、何もできない・・・。
もどかしさ、むなしさを感じます。

>>研修などで東京に行くとき、東京駅で洋服を買い換えなくちゃならないでしょうか。

すみません。こう書くと誤解を生むかなあ少し心配しながら、話された通りに書きました。

豊田さんが写真を撮っている場所は、もの凄い被爆料の所で、それもずっと同じ洋服を着続けているということが前提です。それがあって、念のために着替えて来たということです。実際は外部被爆よりも内部被爆の方が深刻だと、違う所で話されていました。

国は避難命令や指示はしないと思います。すれば、賠償や保障がとんでもないことになるからです。そこで、NGOなどが動いているのだと思います。u文章中にも書いたように、村ごとの移転を探っているかたもいるようで、具体的にどうしたらいいのかを、国に頼るだけではなく始めるというのも大事だと、i今回改めて思いました。

被害を受けている方が、加害者のように思われるような書き方が遭ったとすれば、私のミスです。あべたかさん、すみません。

わざわざすみません。
池田さんにご迷惑をおかけするコメントを入れてしまいました。

いろんな情報が交錯して、何をどのように信じていいのかわからない状態です。
結論は20年後に出るのでしょうがね。
除染はまさしくそうです。
あんなにお金と労力をかけて、効果はちょっとだけ。
だったら、他のもっと効果的な使い方はないか。
そう思ってしまいます。

解決方法があればそれに全力に向かいます。
が、どうすればいいのか、わからないでいるモヤモヤ感。
そんな感じです。

申し訳ございません。
変な書き込みをしてしまって。

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