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2011/03/26

震災地 3/25の現状

現地の先生から、現状を知らせてほしいとメールがありました。

引用開始 ーーーーーーーーーー

◆教職員の疲労困憊・・・・
 ガソリンが無いために毎日20キロ、30キロも自転車通勤している人もいる。

◆児童生徒との関係
 14日以降、電話連絡のみで、子どもたちと会っていないのに、昨日一日で修了式、簡単な卒業式(親は「入れない」ので「来ないでください」と。体育館が避難所になっているので音楽室などで行う)を行った学校もある。
 被災地では30日、31日に来れる子どもだけを集めて修了式、卒業式を行うところが多い。しかも校舎が壊れた学校は他の学校や公民館を借りて。
 子どもたちと、きちんと締めの授業をし、お別れができない。区切りをつけられないまま今年度が終わる。

◆入試の問題
 8日遅れで23日に発表された高校入試。落ちた子が受ける私立の二次試験は25日前後に行われますが、公立は4月4日までが出願で5日が二次入試。年度をまたぐので、3年生担任が異動すれば、二次入試の手続きや合格証配布等を他の教師によって行うことになる。子どもの旅立ちの時に担任がいないことも起こる。

◆人事異動の問題
 被災地の校長は電話、ファクス等が復旧せず、混乱もあって、「兼務発令」のことが理解できていない。「4月1日は管理職だけの異動でしょ。一般は全員4がる20日に動くんじゃないの」などと思い込んでいる校長もいた。一昨日、私が訪問した被災地の校長。つまり、被災地は校長も教職員も「異動どころではない」のです。
 家も車も流された上、ガソリンが無いのに、またJRも全面ストップしているのに、今日25日や28日に異動先に事務手続きに行くなど、容赦なく異動事務が進められる。
 兼務発令が出ていても4月1日には異動先に行かなければならない。その後も赴任先のことを気にしながら、現在校でのあと始末を続けることになる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

なお、河北新報にもこの人事異動はおかしい、凍結せよとう県議会の様子が載っています。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「子どものケアどうなる」 県議会が猛抗議 教職員異動

 宮城県教委が18日に内示した教職員の定期人事異動をめぐり、県議会の震災調査特別委員会は25日、被災した児童生徒への影響が大きいとして、小林伸一教育長に「凍結」を申し入れた。議員が被災地の学校の現状を涙声で訴える一幕もあったが、小林教育長は「被災地に配慮したからこそ、教職員を増やす異動が必要だ」と理解を求めた。

 委員長の相沢光哉議員は「両親、兄弟、友達を亡くした児童生徒が大勢いる。新しく赴任した先生に心のケアなどできない。この時期の異動発令は極めて冷たい対応だ」と再考を促した。
 石巻市選出の佐々木喜蔵議員も「人事は4月という従来ルールを超えた考えを持つべきだ。せめて1学期は異動を凍結するなど、決断してほしい」と気色ばんだ。
 これに対し小林教育長は「沿岸と内陸で被害に差がある。県全体の人事を全部凍結するなどできない」と強調。「年度途中に先生が代わるのも子どもに良くない。被災地の異動は状況を見て個別に考える」と語った。
 押し問答は約50分間続き、途中で後藤教至教職員課長が発言。被災地から転出する教職員に一定期間、新任校との兼務を発令し、児童生徒に接する教員の配置を手厚くすると説明した。
 後藤課長は「被災地以外の学校は教職員が一時欠けるが、被災地の学校を再建したい。異動を凍結し、増員なく現有態勢で再建するなど絶対無理だ」と訴えた。
 相沢議員は「凍結は議会の強い希望だ」と念押しし、小林教育長は「十分意をくむ」と答えた。

2011年03月26日土曜日

引用終了 ーーーーーーーーーー

やはり、現状では仙台の教員人事異動は凍結することが望ましいと私は改めて考えています。
もし、同じ思いを持っている方がいらっしゃいましたら、

宮城県教育委員会教育長 小林伸一
       FAX 022−211−3698
       Eメール kyosyk@pref.miyagi.jp

仙台市教委  人事係  ℡022−214−8858
       総務課  ファクス 022−261−0142
       総務課  メール  kyo019010@city.sendai.jp

に、「人事異動はちょっと待ってくれませんか?」と伝えていただけませんでしょうか。現地の先生からは、ファックスで届けるのが一番いいとのことでした。

よろしくお願いいたします。

二つの15年ぶり

3/26

5
(15年ぶりの再会だとか お宝ツーショット)

新三回生のキャンプがあった。学生生活後半のことをあれこれ考えるキャンプだ。新四回生のオリター諸君が企画を立てて運営した。教員は相談を受け、見守るだけ。

新四回生からは、新三回生へこの一年間をどう過ごすのかなどについて、あれこれアドヴァイスがあった。新三回生池田ゼミのメンバー全員と顔合わせも行った。さ、鍛えるぞ。

夜は、新四回生のオリター諸君とあれこれ教育について話し込む。20人以上のオリター諸君全員が参加。ま、こんな時間を過ごす大学もそんなにないだろうな。私は深夜の三時までつき合う。

その日の夜は、大阪の南森で芦田宏直先生、内田樹先生がパネラーとして登壇するフランス語関連の研究会に参加する。

私が知っているフランス語と言えば、烏賊のことを「ア・シ・ジュポン」と言うとか、フランス人が省エネ意識が高く、何か分からないことがある場合は「消す癖」と言い続けることを知っているくらいであるf(^^;。

が、まあ芦田先生と内田先生がツーショットになるところを見るのは、そんなにある機会ではない。スケジュールを調整して、いそいそと出かけて行った。お二人も15年ぶりぐらいに再会したとのことであった。

会場で、芦田先生と内田先生にご挨拶。芦田先生、驚く(^^)。内田先生には、昨日の公式RTのお礼を申し上げ、名刺を渡したら、内田先生の大学の肩書きが入った、最後の一枚の名刺を頂いてしまった。家宝にする。

パネルディスカッションは、非常に良かった。

パネルディスカッションなのだが、私にはコンサートのように思えた。クラッシックのようで、かつ、ジャズのようで。外国語の教育に関するあれこれがテーマであったが、芦田先生と内田先生はそこからドンドンと跳んで行く。しかし、その跳び方はきちんとテーマを基調にした跳び方。

でも、この基調はとても見えにくい形で提出されていたので、分かった人と分からなかった人の差が出ていたんじゃないかなと思う。でも、それがいいんだよな。

授業を作りたくなり、授業をしたくなるパネルディスカッションだった。

芦田先生には、もう15年ぐらい前になるがお世話になったことがある。二三回しか会ったことがなかったが、私のことを覚えていてくださって、メールが突然届いたのがつい数ヶ月前。そして、昨日15年ぶりにお会いして、いやあ、楽しかった。

パネルディスカッション、その後のパーティ、さらに芦田先生の強い要望でプロントでの二次会f(^^;、さらに先生の部屋で3時間ぐらいあれこれ話し込む。

私の授業の可能性を高めてくれる、あれこれの話を、いや本当に「年齢不詳の女性問題」などあれこれでとてもここには書けないこともあってf(^^;、してくださった。

改めて、教育、授業、学校って奥が深くて挑戦しがいがあるなと思い直した夜だった。感謝。

猛烈に授業を作りたくなり、授業をしたくなる夜だった。


2011/03/25

仙台の教員人事異動凍結のために 声の届け先はここです

やはり、現状では仙台の教員人事異動は凍結することが望ましいと私は改めて考えています。
もし、同じ思いを持っている方がいらっしゃいましたら、

宮城県教育委員会教育長 小林伸一
       FAX 022−211−3698
       Eメール kyosyk@pref.miyagi.jp

仙台市教委  人事係  ℡022−214−8858
       総務課  ファクス 022−261−0142
       総務課  メール  kyo019010@city.sendai.jp

に、「人事異動はちょっと待ってくれませんか?」と伝えていただけませんでしょうか。現地の先生からは、ファックスで届けるのが一番いいとのことでした。

よろしくお願いいたします。

仙台の教員の人事異動 その後について やはり凍結が必要

3/25

昨夜、仙台の教員のこの時の人事異動に関して、おかしいのではないかとtwitterで流した。多くの方にRTで賛同していただいた。

その後、その続きのメールが仙台の先生から届いた。そして、違う観点からご指摘を頂くツイートも頂いた。これらを整理して私の所にある情報を整理しておきたい。

仙台の先生から、この夜届いたメールには以下の記述があった。

引用開始 ーーーーーーーーーー

ご主人を亡くされた石巻のSさん(小学校教師)は、異動を命じられましたが、「子どもや教職員の行方不明者がまだまだいる中での非情な人事異動には納得できない」と、市内の別の小学校への異動命令を突っぱねてがんばっています。

Sさんは、異動したくないとか、ご主人の葬儀で大変だということではなく、「行方不明者がいる中での人事異動をしようとする市教委や県教委が許せない」と悲しみをこらえて行政の不当性を問題にしているのです。亡くなったご主人の学校は110名の児童のうち8割が亡くなったか行方不明、教職員も13名中亡くなった方と行方不明者が10名もいるのです。まだ多数の遺体が見つかっていません。

引用終了 ーーーーーーーーーー

そして、そんな中で人事異動を強行しようとする宮城県教育委員会に抗議のメールやファックスを送ってもらえないかという依頼もあった。

勿論、教育委員会の人たちも多く被災されている。そんなことも踏まえた上で、それでも抗議をしてくれないかという依頼である。

で、RTの中に混じって、@で教育委員会の考え方は、こうではないかということを知らせてくれたツイートがあった。

@piccolo_daimaouさんのツイートより引用開始 ーーーーーーーーーー

宮城県教員の人事異動。被災地の教員は発令はするけど移動は延期して児童のケアを最優先にしてそのまま残る。退職は時期を延長して残る。被害が少ない地域から被災地に異動する教員は4/1にそのまま移動する。よって被災地に3倍の手厚さを設定。これが当初からの決定。

引用終了 ーーーーーーーーーー

これを読むと、教育委員会は現地を救う為に人事異動をするように読める。そうなのか? だが、私の所に届くメールにはそれらのことが伝わっているという感じはしない。

そこで、仙台に確認のメールを送ってみた。その返信には以下のものがあった。

引用開始 ーーーーーーーーーー

誰が残るか(兼務発令)については現場を見ていない県教委の判断に疑問が残るし、退職の時期の延長は、退職しても再任用で臨時の支援員を60名雇うという意味です。決して3倍にはなるわけありません。

しかも、校長には「兼務発令」を出さないために、子どもや地域を良く知る最高責任者がいなくなるのです。この事態の時に・・・。

さらに、子どものケアが必要な期間は何カ月もつづくだろうし、復旧に数カ月もかかりそうな学校も少なくないのに、わずか10日から20日程度「兼務」と称して残すというものですから、福島や岩手のような「1カ月凍結」とは全然異なります。

引用終了 ーーーーーーーーーー

ということであった。

以上のことから分かることは、

1)教育委員会は問答無用で人事異動をしようとしているのではない可能性はある。
2)しかし、このプランで行った場合、現場にある問題は解決せず、却って混乱を深める可能性が高い。

ということである。

やはり、現状では人事異動は凍結することが望ましいと私は改めて考えています。

もし、同じ思いを持っている方がいらっしゃいましたら、

宮城県教育委員会教育長 小林伸一
       FAX 022−211−3698
       Eメール kyosyk@pref.miyagi.jp

仙台市教委  人事係  ℡022−214−8858
       総務課  ファクス 022−261−0142
       総務課  メール  kyo019010@city.sendai.jp

に、「人事異動はちょっと待ってくれませんか?」と伝えていただけませんでしょうか。ファックスが一番いいとのことでした。

よろしくお願いいたします。私も行いました。

2011/03/24

パサーである。スピーカーである

3/24

昨晩、仙台の先生から届いた「この状況での人事異動についておかしい。凍結してほしい」ということに関してのメールから、この時期の人事異動に反対するということをtwitterで情報を流し、ブログに書いた。http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2011/03/post-c14e.html

その直後から、twitterの物凄いリツイート(RT)が飛び始めた。今まで私が頂いたことのない勢いであった。

さらに、今朝、内田樹先生が公式RTをしてくださったことがきっかけになったことであろうか、更に猛烈な勢いで公式RTを頂くようになった。

また、野中信行先生のブログでも、このことを紹介していただいた。
今も、iPhoneのAPPのBOXCARからのプッシュ通知が途絶えることはない。

いま私の役割は、パサーである。スピーカーである。
届いた情報を、次に渡す。
そして、大事だけど小さなままになっている呟きを、聞こえやすい大きさにして広げることだ。ピンアクションはピンを動かさなければ生まれない。

何か新しい価値を作り出すことも大事だが、
今ある大事な価値を伝えることも、とても大事なことなのだと
改めて考えている。

応援しています。

仙台 この時に教員の人事異動はおかしい。

3/24

仙台の先生の声が届いています。仙台では、この事態にも関わらず、4/1に人事異動をすることを予定しています。福島や岩手が人事異動を凍結しているにも関わらずです。これは、おかしいです。反対の声を上げます。

1)「津 波にあい、避難場所にもなっている学校です。人事異動凍結して下さい。『子どもを亡くし、クラスの子どもも行方不明。後片付けも 終わらない。諸表簿にも全く手を付けられない。とても異動できる状況ではない』と泣いている同僚もいます。親をまだ探し続けてい る講師もいます。新学期が4月21日という話だが、まだ不明児童が12名いる。これで学級編成ができるの か。新採が2名来るようだが、地域にはアパートも 何もない。県教委は一度見に来てほしい。県教委は何を考えているのか」(石巻市の事務職員)

2)「小 学校教諭である夫が亡くなった。自分も石巻市内での異動を内示されたが、とても異動できるような状況ではない。現在校の子どもた ちのためにも留任させて欲しい」(石巻市の教員)

3)「このような状況なのに予定通り18日内示というのは納得できな い。」(仙台市の教員)

4)「自 分の学校の地域はあまり被害はひどくなかったが、被災地でなくとも子どもたちは今回の体験で不安におびえている。そのケアのため には現担任が引き続き子どもの面倒を見るのがベストだ。4月になって先生が代わると子どもたち はますます動揺する。人事については今回は被災地だけの問題ではない。」(岩沼市の教員)

5)「避 難者への対応や子どもの安否確認などで先のことを考える余裕がまったくないのに、なぜ4月1日付で異動しなければならないのか。 通信表や要録の作業にも手が付かない状態だ。兼務発令ではなく、安心して現在校に勤務できるようにしてほしい」(東松島市の教 員)

6)「自 宅が倒壊、流出した教員にとっては、異動どころではない。」(気仙沼市の教員)

以上、私の所に届いている仙台の教員の声を挙げてみました。みなさん、ご賛同いただければ、あちこちに伝えてください。お願いします。子どものケアには、一年間一緒に過ごして来た先生たちが必要です。

2011/03/22

【買い占めするならカネ送れ】

3/22

【買い占めするならカネ送れ】

Youtube

これ、凄い才能です。
ドイツ語の「ヒットラー最後の12日間」という映画に合わせて、
字幕を日本語で「作って」います。
4分間です。是非ご覧下さい。

何が言いたいかというと、この映画の感情の部分と、日本語に聞こえる「空耳」の部分を使って、今の震災で大変なことになっている「買い占め」をやめろと訴えているのです。

http://www.youtube.com/watch?v=DYKlNyTongk&feature=player_embedded

メディアリテラシー
映画の知識
ドイツ語
日本語
ICT
お笑い
批判精神

様々な才能がないとこれは作れないでしょう。
こんな作品をあっという間に作ってしまう才能の人ってどういう人なんでしょうか。

こういう作品を作ってテレビ制作会社に持ち込んだら、一発で採用だろうなあ。
というか、ACの一部にも使ってほしいなあ。

兎に角、必見です。

広場の役割の時代へ

3/22

Img_7643
(Sandsからの夜景)

堅固な枠のあった時代の若さとは、この枠を一人ででも乗り越え、壊すことに、格好良さや発達課題があった。

しかし、この堅固な枠のなくなった今、自らの力で枠を作ることが若さなのかもしれない。

ということは、大人は壁の役割の時代から、広場の役割の時代へと変わるのかもしれない。

卒論指導についてあれこれ考えている。

3/22

Img_8375
(高度8000mの日の出)

卒論指導についてあれこれ考えている。
新年度は、一週間後に始まる。

卒論の肝は、問いである。
というか、論文の肝は問いである。

良質な問いが手に入れば、論文になる。
入らなければ、論文にならない。

良質な問いとは、

1)誰もが解いたことのない問い。
2)論文を書こうとする者に解ける問い。

と私は考えている。

では、この問いはどのように手に入れることが出来るのであろうか。私からすれば、学生達にどのように手に入れさせることが出来るであろうかということになる。

おそらく、次のような流れになるであろう。

違和感 → 疑問 → 問い 

である。

口語で言えば、

ん? → 本当? → なぜ? 

である。これは直感、勉強、学問に対応すると思われる。ということは、直感を鍛えることが良質の問いを手に入れる最良の方法となるはずだ。

では、直感を鍛える為にはどうしたらいいのだろうか。
一つには、良質な問いの構造を見てみるということだろうか。言い方を変えれば、どうやってこの問いが生まれたのかを見てみる。つまり、

問い → 疑問 → 違和感 

という流れで見てみるというのはあるかもしれない。
こういう研究をしている人はいるのかなあ。おそらく、人物伝、伝記などを丁寧に確認して行けば、エピソードとして出てくるのだろうなと思う。漫画で言えば、

『栄光なき天才たち』
『絶望に効くクスリ』
『寄せ芸人伝』

なんかを読むのが良いんだろうな。というか、私は読んでいてかなりインスピレーションを得ていると思うな。

それから、『雨月物語』の中に出てくるこのフレーズ。

江月照松風吹 永夜清宵何所為

これも示唆に富んでいるなと思う。
理由とは関係なく、存在するということ。これを認めた上で、その存在の中に何を見いだすか。

うーむ、禅の世界になって来た。

さらに、私がやってきたことは何かと言えば、セレンディピティだな。
「発見は、準備された実験室の失敗の中に見いだされる」
のような言葉があったと思う。

私の場合は、教育実践現場なので実験室というのは当てはめにくいが、子どもたちの現実に振り回されながらもそこから逃げ出さずに、勉強を続けて実践を続けていると、ふと、出会うアイディア、ヒントがある。これに導かれてさらに実践を重ねてということの繰り返しであったように思う。

そのアイディア、ヒントを得る為に何かをしていたというものではないのだが、結果的に得ているということだ。私の修士論文のアイディアもこのようにして手に入れた。

四月の三回生、四回生ゼミではこの辺りを丁寧に話すことから始めて見るか。

昨日は、お習字をした

3/22

Img_6559

この三連休は、娘⑶と遊んでいる。今週末からほとんど休み無しで動き回るので、できるだけ娘と一緒に遊ぼうと思っている。

昨日は、お習字をした。
先日小学校一年生に漢字の授業をした。そのときに、明日の教室のDVDを作ってくれている平井さんが、私のそのときの授業も録画してくださった。

初めての小学校一年生の授業なので、私の記念というか振り返りの勉強のためと言うかそのために記録してもらっていた。

このDVDなのであるが、娘の大のお気に入りなのである。私の授業を何回も見て、指導言やくだらないギャグまで覚えている。

授業では、漢字の成り立ちを説明した。その際、実物投影機があるというので、筆で小添の漢字を書いてみせてあげた。この筆で時を書くという所も、娘は代のお気に入り。

「お習字したい」

というのである。そこで、やらせてみることにした。

画仙紙を用意し、リビングの床に新聞紙を敷き詰めて書かせた。

いやあ、書道である。
見事な作品が仕上がった。
三歳六ヶ月で書道家になったかもしれない。

作品は表装することにしよう。
はい、親ばかです。

で、思ったよりも平仮名が読めるので、ビックリ。

もらった動物カルタ、ひらがなカルタが大好きで、勝手に遊んでいる。さらに、いとこからもらったお下がりのミッキーマウスの電子あいうえおの学習ボード。これも勝手に遊んでいる。あ、回線を切った携帯電話のキーボードでもひらがなを打ち込んで楽しんでいる。

三ヶ月検診のときであったろうか、保健婦さんに
「この子は意欲的ですね」
と言われたのだが、本当にそうだなあと思うのだ。何かを教えるということを積極的にしたことはないのだが、勝手にドンドン身に付けて行ってしまう。私は驚きつつ褒めているばかりだ。


だから、たまに間違えると、つい正しいことを教えたくなる。だが、娘は⑶。正誤はどうでもいい。

お父さんに、ひらがなが読めるようになったことを自慢したい、その感情をまるごと受け止めてあげたい。

出来なかったことなんてどうでもいい。
出来たことだけ、すごいなあと私は褒め続けている。

2011/03/20

言葉の力 卒業に寄せて

言葉の力をしみじみと感じた。
こんな言葉は、その人の生き方からしか生まれてこない。
急に書ける文章ではない。
いや、書くのではなく、ほとばしるのであろう。

立教新座高校の校長先生の言葉である。

http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/
より引用開始 ーーーーーーーーーー

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)

2011.03.17
学校からのお知らせ
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司

引用終了 ーーーーーーーーーー

教育を仕事とするものとして、あれこれ考える。
教育は、命である。
教師は、子どもたちの命を守り、育む。
そして、子どもたちが自らの命を守り、育めるように指導し、
やがて、仲間や弱者の命を守り育めるように、さらに鍛えて行くのだと考えている。

卒業は、私たち教師にとって自分の指導の至らなさを思い知らされる瞬間でもある。
やりきったとは思うが、もっと出来たのではないかといつも思う。
それなのに、生徒達、学生達は
「先生、ありがとうございます」
と言ってくれる。

これは、教職を選んだ者がその度にしっかりと受け止めなければならない、
根本的な苦しみの一つであると私は思っている。

私たちは一期生を卒業させた。
ここから、また新しいスタートを切る。
そして、少しでも高い所を目指し、学生達を成長させるぞと
思う。


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