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2011/04/08

森のバッハ

http://www.wimp.com/ballbach/

こりゃあ、凄いや。
単純だけど、精密に作り上げないとできない。

メロディとリズムを知っているので、先は分かるのだが
その、微妙にずれるのもまたいい。

そして、素朴な奥行きがいい。

バッハもびっくりだろう。

宮城県教育委員会人事異動のその後 やっぱりダメだ

人事異動凍結を呼びかけたところ、みなさんに多くのご理解を頂いた。

教育委員会の言うように現場が動くのであれば、それはそうだと思う。が、現場の先生達は、そんなふうには動かない、動けないということを被災した学校現場(避難所)で判断し、困っていた訳である。これは、保護者や子どもたちを守る為にどうしても必要なことなのだ。

本学からも国から要請を受けて、災害現場に派遣された看護学部の先生達がいる。災害の現場で必死に看護に当たられた先生方には頭が下がる。また、滋賀県にある自衛隊も災害復興のために車を走らせて現場に駆けつけたようだ。他にも他にも色々なスペシャリストが現場で、命を救う為に、守る為に戦っている。

だが、敢えて教師の立場に立って、現場の先生方の口からは言いにくいことを言えば、上記のスペシャリスト達は、交代がある。ある一定の期間がくれば、別の人たちと交代できる。しかし、教師はその地域の人たちと生きて行く為、交代がないのだ。

3/11から、休みの日はない。
私なら、もうその現場から逃げ出して、余震のない、電気のある、水道のあるところに行きたいと思うし、行ってしまうかもしれない。

だが、私の仲間達は、それをせずに震災の現場に残って、子どもたちのために頑張ろうと声をあげた。が、そのための人事凍結をせずに、強行してしまったと言えるだろう。

次のブログを見てほしい。

http://d.hatena.ne.jp/fjhiro3/touch/20110407/1302154493

全てが正しいかどうかは、勿論分からない。
しかし、実態はこうなのではないかと思う。

これから、何が出来るのだろうか。
考える。

2011/04/07

新ジャガイモを買って来た

4/5

新ジャガイモを買って来た。
これを蒸して食べるのが好きだ。
塩さえも付けずに、ただ蒸して皮を剥いて食べるのが好きだ。
台所で皮に付いた土を洗い落として蒸す準備をしていた。

(そうか、そうか)

自分の未熟さが手の先から伝わって来た。

他人の痛みが分かる。
これが教育だ。
他人の痛みが分かると言うのは想像力の力、知性の力だ。

私たちは広島の、長崎の、チェルノブイリの、スリーマイル島の悲しみを痛みを知っていた筈だ。

それにも関わらず、その痛みを我がごととして引き受けようとはしてこなかったのだ。

彼の地では、このジャガイモの泥を洗う時、放射能のことを考えながら洗っていたことであろう。いや、洗うことすら出来なかったかもしれない。

私たちは、これからひょっとすると100年のオーダーで、ジャガイモを洗う度に、大丈夫だろうかと言う思いを胸に抱くことになる。その痛みをきちんと伝えて、教えて行くことの教育をしなければならない。

いや、今までだってして来た筈だ。
広島、長崎。
世界でも通用する言葉だ。
それを私たちは、
(ま、そうね)
と流して来たのだ。

自分のことにならないと分からないなんて、なんという未熟だ。
でも、ここからしか始まらない。

新ジャガイモを食べる為に、
そこについた土を何の気もなく洗い落とせる幸せ。
大地の恵みを感じられる幸せ。
失って分かるなんて、なんて未熟だ。

だけど、ここからしか始まらない。
取り戻すのだ。

2011/04/04

日常の生活を続けることも、大事な支援なのだ

4/4

自粛って何だと思う。

確かに、気持ちの上では分かる。私も、卒業式のあとのパーティのときに、先ずは義援金に募金してからだという思いになった。

だけど、花見をやめろとか、パーティをやめろと言うのは違うだろう。それは二次被害を生む。@Kusakabe_IONさんは、

引用開始 ーーーーーーーーーー

9.11の時は、わずか2ヶ月後にNYCマラソンを例年どおり開催。ジュリアーノ市長が「安易な自粛モードこそ危機、テロの2次被害だ。日常を取り戻そう」と呼びかけた。

引用終了 ーーーーーーーーーー

と呟いている。

大きなお金を使えと言うのではない。日常のお金を回すことが大事ということだ。大きなお金がある人はそれを上手く使ってほしいとは思う。だが、私のようにそうではない人は、今の生活をしつつ、買うものを東北産のものにするということで、かなり違うのではないかと思う。

次のビデオを見てほしい。

http://www.youtube.com/watch?v=hHucTlBohfg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=UY0FtSqrMBc&feature=player_embedded

涙が出た。

東北にはおいしいお酒が多い。
私は、この「あさ開」は飲む。

また、福島の二本松には
「奥の松」
「大七」
などの美味しいお酒がある。友人のあべたか先生が

「二本松には美味しい日本酒があるんですよ」

と自慢していたその酒だ。自慢される前から飲んでいた私は、妙に褒められたものだ。

さらに「大七」は、次のようにもう既に対策を講じている。

そして、私はそれぞれの蔵に頑張ってくださいのメールを送った。
奥の松、E-mail / shop@okunomatsu.co.jp
大七、E-mail:info@daishichi.com

いつも楽しませてもらっている、お酒。
そのお酒を楽しもうと思う。

自粛しなければならんかなあと思う気持ちも、分からないではない。自粛で日本が立ち直るのであれば、それは自粛をしよう。

だが、過度な自粛は経済を疲弊させる。
日常の生活を続けることも、大事な支援なのだ。

京都/滋賀の桜は咲き始めました。
これから一ヶ月間、クレイジーな美しさを展開してくれます。
東北のお酒と一緒に見に来ませんか?


2011/04/03

1100年に続く、新しい一年を始めようと思う

4/3

「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」

志貴皇子の万葉集の名歌だ。
旧暦の一月を迎えるとこの歌をつい口に運びたくなる。春の兆しをこんなところに見つけようとしているのかと、古人の切ない気持ちがこんなにも現れている歌はなかなかないなあと、中学生のときにこの歌を教わってからずっと思っている。

今日は、旧暦の三月一日。弥生朔日である。
春は孟・仲・季と三つあり、いよいよ季春となったのだ。
大学のキャンパスでは梅の花が散り始め、ユキヤナギが満開になり、ソメイヨシノが咲き始めている。
そんな季節の移ろいの中にいる。

『月刊 国語教育研究』(2011/4)に知人の山下直先生が「国語総合における古典の学習指導の観点」という論文を書かれている。ああ、そうだったなあと思い出した。古今和歌集の春の部に出てくる花の順番である。

24pから引用開始 ーーーーーーーーーー

これらの語を歌の配列順に見て行くと、おおよそ「雪→若葉→梅→桜→花→藤・山吹」の順で出現している。まだ春が待ち遠しいころが「雪」、春の訪れが「若菜」摘みや「梅」の香り、春の盛りが「桜」や種々の「花」が咲き誇る姿で示され、それらが散ってゆく姿に春の移ろいを見、「藤」「山吹」を経て春の終わり告げる歌群へと繋がっている。

引用終了 ーーーーーーーーーー

私たちはこの1100年の間こうして、季節の移ろいを日常生活の中に感じながら生きて来たのだ。 いや、寧ろ季節の移ろいが、花の移り変わりが私たちの心持ちを変えて来たと言う方が正しいのかもしれない。

今日、娘が公園で遊びたいと言うので長良公園まで出かけて行った。実は桜の名所のこの公園、少しぐらいか活かしているかと期待して出かけた。

しかし、この公園の桜は気持ちのよいぐらい、一つも咲いていなかった。つぼみは、磯にくっついている「亀の手」のようになっていて、誰かが号令をかければ一斉に開花すると言う感じになっていた。

この開花のエネルギーが充満している公園には、ほとんど誰もいなかった。遊具で遊ぶ娘とその写真を撮りながら、桜のつぼみを確かめる私、そして犬の散歩に来ている人ぐらいであった。

だが、私たちは知っている。
いったん開花するやいなや、この公園は人で溢れる。
新しい一年が始まることを私たちは、この桜の開花で、改めて知る。

「世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」

在原業平の名歌だ。
桜が咲くことで、咲く桜を待つことで、散る桜を追いかけることで、私たちは心を震わせ、奮わせ、新しい一年に向かって一歩を踏み出そうとして来たのである。山桜からソメイヨシノに変わったとしても、1100年間私たちはして来たのだ。

被災地の現場の凄さが、今まで以上に様々なメディアで報じられ始めた。目を覆いたくなる姿がそこにはある。

だが、そこにも桜は咲くであろう。
そして、私たちは1100年の間にあったさまざまな悲しみを思い起こしつつ、桜の花の美しさに、再び力を得て来た古人がいたであろうことを思うのだ。

こんな時だからこそ、桜を愛でようと思う。
私たちの住むこの国は、桜で新しい一年を始めて来たのだと思う。

長良公園の帰りに道に立ち寄った比叡山の麓には、早咲きの枝垂れ桜が五部咲きになっていた。
1100年に続く、新しい一年を始めようと思う。

Sidare


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