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2011/01/12

記念日

1/12

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今日は、娘の人生の記念日の一つになりました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。

記録として書いておきます。

因に、私も今年、来年に向けて大きな仕事が動き出しそうな記念日になりました。
うしゃあ。

みなさんには何がなんだか、分からないでしょうが、お会いしたらということでf(^^;。
娘よ、やったな。

そんなわけで、今宵は「限定品 九嶺(くれ) 純米吟醸仕込み10号 斗瓶取り生」を開けました。うまうま。

2011/01/11

"シーズン"という考え方

1/11

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(雪のチラつく日の出。今朝の琵琶湖)


バージョンアップという考え方が日本の文化に果たす役割については、以前に書いた

もう一つ"シーズン"という考え方についても少し考えてみる。

シーズンという考え方は、海外ドラマTVシリーズ「24-TWENTY FOUR-」で使われているものである。連続ものの一つのまとまりと考えて良い。この考え方は、とてもいいなあと思ったものである。

一つのドラマが当った場合、視聴者は次を見たいと考える。だから、制作者も次を作る。ところが、毎週一定のクオリティを保って番組を作り続けることは、実は至難のことなのである。

そこで、ある一定の期間にひとまとまりを作って、一旦終わる。バトンタッチすると言う考えは良い。

日本の作品で言うと「課長 島耕作」が実はこの"シーズン"という考え方に合っているのかもしれない。「ヤング 島耕作」が出たときには、まさにこの考え方だなあとびっくりしたものだ。

バージョンアップも、シーズンも、西暦という暦を持っている西欧の考え方なのだと思う。今日は西暦2011年の1月11日。ま、2011年位なら2011年というのもそんなに大変ではないが、278935672011年1月11日となったら大変だと思うのだ。

この西暦というのは、こういう278935672011年1月11日を想定していないのじゃないかなと思う。いや、こういうのを想定しているからこそなのかもしれない。こんなに長くなってしまうと、人間の思考の枠を超えてしまうのではないだろうか。

だから、バージョンアップも、シーズンも、一つの枠として区切ってパッケージにしているのかなあと思うのである。

因に、日本は元号があるので考え方によっては、シーズンという考え方は元々根付いているとも言えるかもしれない。

どうでも良いことかもしれないが、こんなことに気がついた。
メモ程度に書いておく。

論文の書き方小論 「ん? → 本当? → なぜ?」 

「論文を書くには、問いが最重要である」ということは言うまでもない。しかし、この問いが難しい。

この問いの問題については、「論文の胆である、問いとは 〜論文の書き方小論〜」

といういことで簡単に論じたことがある。

勉強は素直にすることが大事である。だいたいからして先生と言う仕事をしている人は、教えることが好きである。そして、基本的に子どもを育てようとしている。伸ばそうとしている。自分が良いと思ったことを子どもたちに伝えようとしている。

勿論、全ての先生ではないし、その先生が良いと思っていることが、本当に良いことかどうかと言うのは吟味されなければならないが、傾向としてはそうである。もっと言えば、わざわざ悪い方向に育てようとしている先生はいない。

だから、素直に勉強することが大事である。素直に勉強すれば、効率よく勉強することができる。

しかし、学問は違う素直に先達の業績を勉強することも必要だが、これでは学問にはならない。
(そうは言っても、違うんじゃないの?)
という姿勢が必要なのである。

これは非難ではない。
批判である。
いや、私はこれをもう一つの「素直」と言うのではないかと思っている。

分かったことは分かった。
分からないものは分からない。だから、「素直」なのだ。

ところが、素直に勉強することになれてしまっている若者は、問いを提出することが本当に難しい。先生の言うことは、素直に受け入れることが体に刷り込まれているので、出来ないのである。

これでは学問はしにくい。

おそらく、

違和感 → 疑問 → 問い

という流れで、問いは作られて行くのであろう。口語にすれば、

ん? → 本当? → なぜ?

ということである。

指導としては、この「ん?」をどう発見させるかが鍵になる。来年度今まで以上に力を注ぎたいのは、ここだ。

昨日の夜のちょっと大きい気づき

1/11

高校生の時代ぐらいからいつも思っていた。

問題を抱えていると、多くの場合その問題に関わるヒントの本に出逢えるのである。
(いやあ、俺って凄いラッキーなんだ)
と思っていたが、違うかもしれないと今頃気がつく。

1.いつも本を読んでいる。
2.問題意識を持って読んでいる。
3.だから、見つける。

と言う事なのだろう。

いつも運転している人が、興味のある車種をよく見つけるのと同じだな。もっと言うと、車を乗り換えると、自分が運転している車ばかりが目について
(こんなに走っていたか?)
と思うようになるということだ。

読書が自分の人生の伴走者である。または、鏡であり、友人であり師であるってのはこういうことなのかもしれないな。

昨日の夜のちょっと大きい気づきであった。

公園では、パンダが雪遊びをしていた

1/10

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目覚めると雪。予報では火曜日が雪とのことだったが。

娘と昼前に公園に出かける。
雪だるまを作って、斜面で雪車遊びをしたいとのこと。
外を見ると、積もった雪はなくなって来ていたがでかける。

公園では、パンダが雪遊びをしていた。
なかなか可愛いパンダだった。

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昼を外で食べて、琵琶湖の畔のカフェでお茶。
休日ならこういうのもいいだろう。

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だが、頭に来たことがあれこれあって、被害を大きくしないために早く寝る。
明日はすっきりしていたい。

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