« 2011年6月5日 - 2011年6月11日 | トップページ | 2011年6月19日 - 2011年6月25日 »

2011/06/18

事象と言葉にどれぐらいsensitiveになれるか

6/18

4回生ゼミでは、採用試験の個人面談の指導をする。卒論を書くための指導の時間に行っている。今週、一次試験合格の第一号が出たが、ここからが本番である。卒論指導と個人面談とどう関係があるのか? 結構あると思っている。

その関係している所の中心部分は、言葉である。卒論は事象と言葉にどれぐらいsensitiveになれるかどうかが決定的に重要である。卒論は書き言葉でこれを鍛える。面接はそれを話し言葉で見る。勿論、話し言葉で短時間であるから深い論考は難しい。だが、短時間であってもポイントは表出する。

面接官の問いにどれだけ正対して答えようとしているか。答えられているか。面接官が聞きたいことは何なのかを理解できているかどうか。ここを見るだけでその受験生の実力は分かる。

例えば、「あなたはなぜ小学校の先生になろうとしたのですか?」という質問があったとする。これに対して「小学校の5年生の時の担任の先生がすばらしかったからです」という答えをする学生がいる。ま、それはそうなんだろうけど、私に言わせれば、outである。

この学生は、「なぜ?」という質問の意味が分かっていない。この「なぜ?」はきっかけを聞いているのではない。理由を聞いているのである。にも関わらず、この学生はきっかけを答えている。「あなたはなぜ彼女と結婚したのですか?」「友人の結婚式で隣の席に座っていたからなんだ」。

これはきっかけである。これが理由なら、友人の結婚式に出席する度に、隣に座った女性と結婚をし続けなければならない(^^)。となりに座ったのをきっかけとして、この人と結婚しようという理由が見つかったはずである。だからその女性と結婚したわけである。教師を目指す理由を語るべきである。

その際「成長する子どもの傍に居たいから」なんて理由を述べるのもoutである。プロ野球では、観客はプロのプレーを見てお金を払う。子どもの成長を見たいだけの教師になんで税金から給料を払うのだ? それでも見たいなら自分で払えってんだ。

プロになるのだ。教師というレッスンプロになるのだ。学校で子どもを育てることのプロになるのだ。あなたは、なんで子どもを育てることを仕事として選んだのか。なんで小学校なのか。そのために、あなたは何を学んできたのだ? 教師になったら何ができるのだ。これを具体的に語れなければならない。

「一生懸命やります」「6年間掛けてじっくりやります」「規律を教えます」。そんな言葉を答えで聞くたびに、嘘嘘と思う。自分が勉強してきた事実で語れていない。事実を語るべきである。そうしたら、「を、一生懸命やったんだな、この学生は」と面接官が呟くはずだ。そしたら、合格だ。

『二回目の面接練習のときには、少しはまともになっているよな?』と念を押して、その日の90分は終わりました。

2011/06/14

日本中の国語の先生を敵に回してしまうかもしれないが

6/14

文章の書き方の授業を進めている。正確に言うと書かせ方の授業である。文章の種類、なぜ文章が書けないか、その対策等から始めている。私は中学校の教員のときに、履歴書の書き方を指導していた。中学校三年生の3月ぐらいに行う。受験が終わり卒業式までの間である。「入試には出ないが人生には大事なこと」というテーマでやっていた。

日本中の国語の先生を敵に回してしまうかもしれないが、私にはよく分からないことがあった。物語、小説の読解指導である。確かに、物語、小説によって人間を育てる部分はあるとは思う。しかし、小説を読むというのは卒業したら娯楽である。そこにあんなに力を入れて指導するのは、私には?なのだ。

『履歴書を書いたことのある人?』と学生たちに聞くと29人全員が、あると答えた。『では、履歴書の書き方を学校で習ったことのある人?』と聞くと、これまた全員が習ったことがないとのことであった。おかしい。卒業したら全員が必要な履歴書の書き方を義務教育で教えないとは。

国語、または特別活動の進路指導できちんと一回は教えるべきだろう。履歴書を書かない日本人はいないはずだ。手書きかワープロか、それは進む先によって違ってくるだろうが、とにかく書き方ぐらいは教えるべきだ。履歴書の封筒の宛名の書き方。高校生が「机下」とか書けたらカッコいいではないか。

小説の読解にかけるエネルギーの少しをこちらに回しても良いと思うのだ。学生に聞くとそうだそうだという。さらに、「教えてほしかった」とも言う。そこで言う。『そうだろうなあ。教えてほしかったろうな。知っていれば随分違うからねえ。だけど、間違えてはならないことがあるぞ』

『それは、今後、卒業してからは、「習っていないから出来ません」なんてことはいっさい言ってはならないということだ。私はディベートで修論を書いたし、コンピュータも人並みには使えるが、学生時代にまったく習っていない。卒業してから自分で勉強したのである』

『習っていないから出来ないという人は、そういう割には、習ったこともしっかりできていない人が多いもんだ。習っていないことなんて、社会に出ればいくらでもある。そこで必死に自分で勉強してできるようになるもんなのだ。子どもに必要だと思ったら先生自らが勉強して、身につけて教えるのだ』

とまあ、私はそう思うので学生たちには、こんな風に話す授業なのでした。

JJ先生による震災の貴重な記録

6/14

コメント欄に書き込みをしてくださる、JJ先生による震災の貴重な記録です。

http://sasakinet.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-9541.html

http://sasakinet.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-5931.html

http://sasakinet.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-f30e.html

まだ続きますが、是非お詠みください。

2011/06/13

寝違えたまま働いている

6/13

ふう。
今日もよく働いたな。

寝違えたまま働いているのでこれが結構大変。
9時過ぎに研究室に入り、7/2にICUで行う発表の予定原稿のようなものを書く。書けないでいた原稿だ。ような、というのは原稿にする前のアウトラインを書いたと言うことなので、ようななのである。

TreeというMacのアウトラインプロセッサーで書いている。講座を作るときは非常に便利なアプリである。これで書いて、そこから文字にするつもりだったが、書けなかったので取り敢えずこのまま送ることにする。事務局に見てもらう。私の生のハンドアウトが記録集に載るのは初めてのことになる。すみません。

でも、私の生のハンドアウトが冊子になるのは(なるのか?)、初めて。池田ファンには堪らない資料になるかも。って、そんなもの欲しいのはいないかf(^^;。すみません。

昼ご飯を10分で片付けて、引き続きハンドアウトの修正作業を続ける。気がつくと3限開始5分前。慌ててエレベーターに乗る。ディベートの授業。今日は団体戦の二、三試合目。

二試合目は、ジャッジが足りなくなるのは予測できたので、私がジャッジに入ることにした。私のジャッジの様子はもう少し彼らが成長したら見せるつもりだったが、ま、仕方がない。

4限は、国語科教育法。今年は、授業の導入の部分に学生の5分間発表を入れている。その季節に関わるネタを発表させている。今日はあじさいと蛭であった。なんで蛭なのかよく分からんが、蛭は夏の季語と言うことで選んだそうだ。

学生の紹介で知った一茶の句。

人の世や 山は山とて 蛭が降る

いいなあ、これ。なんという広い世界を詠んでいるのだろうと思う。やっぱり一茶は凄い。

で、私の授業は、文章の書かせた方に入った。この授業の山の一つだ。文章の種類野説明、さらに、文章指導に対する疑問とその解決の糸口、また、子どもが書けない理由とその解決の糸口を示して今日はオシマイ。来週、再来週と続くのであった。

で、4時過ぎから再び文章と格闘。
気がついたら19:00を回っていた。
か、体が固まっている。

軽くほぐして再び格闘。
気がついたら21:00時だった。
ふう。

でも、この仕事と『やさしい学級担任論(仮題)』のゲラが終われば、次のステップのためのあれこれに取りかかれる。少しはその時間がとれる。そこに向けて気合いを入れましょう。

2011/06/12

一期生の里帰りの会に参加した

6/12

夕方からは、一期生の里帰りの会に参加した。
この三月に卒業した児童教育学科の一期生たちに、三ヶ月社会に出てみてどうだったのかの様子を聞く会である。四回生は準備等で手伝っていた。

彼らの卒業式は3/11。そう震災の日の午前中であった。あの日から三ヶ月なのである。自分がまさか関東の学校の先生になるとは思わなかったし、震災なんて起きるとも思わなかった学生時代。親元は慣れ頑張り始めた者。実家に戻って頑張り始めたもの。そこで踏ん張って生活を始め、仕事を始めた彼ら彼女らの顔があった。

事前の返信ハガキに「京都橘大学児童教育学科で学んだことで良かったことは何ですか?」のような問いを設定した。すると、小学校の教員になった彼らの答えのほとんどにあったのは、

・学級担任論
・板書の練習課題

というものがあった。
どちらも私の授業であり、授業課題であった。彼らは学生時代は、課題が多い、面倒くさいとぶーぶー言っていたものでもある。しかし、現場に出たらそれが良いと言うのだ。

他にも「課題が多かったこと」が役に立ったと言うのもある。教員の事務仕事量の半端でない多さを乗り切るには、あそこでの訓練が役に立ったと言うのだ。仕事に就かないと分からないことがあるのだよ。それを見据えて(これ、なんか意味があるの?)と思っている学生達にやらせるのが、教師の仕事なのだ。

「先生、担任て孤独なんですね」
「先生、スピードですね」
「先生、こんな子どもにどうしたらいいのでしょう?」

あれこれ話しかけられたり、相談された。

『そうだよ。授業でも話したろ。孤独なんだよ。子どもの傍にいても、教師は児童の仲間ではない。先生なのだ。子どもたちにダメという言い方をしなければならないことも多くある。クラス全員を敵に回しても、言わなければならないことがある。そう授業で話したよな?』
「はい。よく分かりました」
『子どもと適切な距離を取って、先生にならなきゃだめだぞ。良いお兄さんになってはだめだぞ。お前が先生にならないと、子どもは児童になれないんだからな』
「はい」

『そうだよ、授業で話したろ。スピードだよ。子どものノートを見るのに一人1分で見たって、30人いれば30分だからと話したよな?』
「一人5分掛けて添削していたら、とんでもないことになっていました」
『そうだろ』
「学級の事務をしてくれる人がいたらいいと思います。学生ボランティアで良いので」
『一年目から、お前は贅沢だなあ(^^)。でも、そうだなんだよ。それを私は学級事務職を導入すべきだと言い続けているのだよ』
「先生、それなんとかしてください! 印刷、プリント配り、提出物のチェックだけでいいです」
『だよな(^^)』

『クラスを作れ、授業を作れ。先生に怒られても叱られても、でもあのクラスにいたいと思われるクラスを。受けたいと思われる授業を。子どもは大人と違って命令では動かないと授業で話したよな。でも、良いものを与えれば必ず良い反応をするものだよ』
「この子の事情は、....」
『ああ、それは大変だな。可哀想な子どもだな。こういうことは考えてみたことはあるか?』
「あ、それはやってません。ありがとうございます。やってみます」

一年目だ。
一年目は、目隠しをされたままで100mを全力疾走させられている日々だ。だけど、四年間鍛えたその根っ子はきちんと根を張っている。大丈夫だ。走り続けろ。

この日の為になんとか一日だけ休暇を取って駆けつけた者は、日帰りで帰って行く。時間のある者は、二次会にも顔を出す。京都に残っている仲間の所に向かう者もいた。

大学にいる違和感を全く感じさせない彼ら彼女らであった。
それでも、しっかりと社会人一年目を歩み始めた彼ら彼女らでもあった。

『やさしい学級担任論(仮題)』(池田修 学事出版)

6/11

29_2

(銀色の琵琶湖)

大学の授業は、前期の半分が終わったところである。15週のうち7週が終わったと言うことだ。始まってしまえばあっという間である。

しかし、この7週間は忙しかった。いや、この先暇になるのかと言えばそんなことはないのだが、忙しかった。飛び込みの仕事や代わりの仕事が入って来て、
(まあ、これなら大丈夫かな)
と思って引き受けた仕事も大変なことになっている。

外に出て仕事をするのは、授業のある期間は一ヶ月に二回までと決めているのだが、これがなかなかその通りにならない。うーむ。t

ただ、仕事の量だけならば、まあなんとかならんでもない。問題は体調だ。いま大学の前期が始まって7週間ということを改めて思ったが、この7週間ずっと風邪を引いている。本当に風邪なのか?と自分でも思うのだが、耳鼻科に行って診てもらうと風邪との診断なのだ。

実際、未だ喉は治りきっていない。声は出にくい。
この出にくい声をだましだまししながら授業をするのは、なかなか大変だ。だが、もっと大変なのは気力が湧いてこないことだ。書くことを約束した原稿が本当に進まないのだ。

私はどちらかと言うと、筆は早い方である。だが、この二ヶ月間は、遅筆であったというか、まだ遅筆である。こんなに書けないかなあと思うぐらい書けない。7/2にICUで行われる研究会の講演予定稿が書けないままでいる。この週末にはなんとかしなければならないと思いつつ、本当に書けないでる。参った。

で、もう一つ原稿の〆切にも追われていた。5月末に原稿をあげてほしいと言われていたのだが、忙しいのでとてもじゃないけどその〆切では書けないとお断りしたのだが、諸般の事情で引き受けることになり書き続けていたのであった。

こちらの方は、去年一年間「授業づくりネットワーク」で連載していたものに加筆修正をして一冊に仕上げるというもの。連載していた原稿は12本。この他に18本を加えて一冊にする。

大変なことには変わりないが、こちらは一年間書いていたそのリズムが体に残っていたのであろう、まだ書けた。そして、必死に書き進めて昨日やっと原稿は完成した。本当に肩の荷が片方下りた感じだ。

ではあるが、このあと原稿のゲラチェックをしなければならない。出版社の方も急いでいるので、私の原稿の進捗状況に合わせてゲラを作り、最終原稿完成とほぼ同じタイミングでゲラも完成していた。それがPDFで送られて来て、紙でも送られて来て、それをチェックして一冊となる予定だ。

『やさしい学級担任論(仮題)』(池田修 学事出版)

ということで早ければ6月中には書店に並ぶとのことであります。
大学で行っている、学級担任論の内容をベースにして書いています。お手にしていただければ嬉しいです。


仕事を選ぶほど偉くはないが、先ずは体調を元に戻すことが先決だなあと思う今日この頃の私であります。


« 2011年6月5日 - 2011年6月11日 | トップページ | 2011年6月19日 - 2011年6月25日 »