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2011/07/22

(え、もうサザエさん?)

7/12

体調を崩して幼稚園を休んだ娘(3)であったが、今朝は復活していた。というか昨日の夜あたりから復活して来た。子どもは急に悪くなり、急に良くなる。体調が悪いときは寝てくれているのが安心だが、我侭いっぱいに走り回るのも嬉しい。

今朝は、昨日食欲がなくあまり食べなかったせいか、兎に角早くから朝ご飯を食べた。あっという間に感触であった。そして、
「昨日食べられなかった分のおやつは?」
と聞くのである。そんなに食べ物に執着するのかと思う一方で、そうかもなと思うのである。

子どもにとって一日は長い。♪もういくつ寝るとお正月と歌っている頃までは、一日が長い。大人になれば、(え、もう12/29? まずいよまずい)なんてことになっているのだから。一日が過ぎて行くのがとても長いのが子どもである。

だから、一回おやつを食べなかったと言うことは、その次のおやつがやってくるまでの時間が永遠に感じるのではないだろうかと思うのだ。だから、一回抜かしたおやつはなんとかして取り戻したいのであり、おやつ抜きの罰は相当ショックになるのではないかと思うのである。

成長すると言うことは、時間の感覚が相対的に変わって行くこと。一日が長っかったのが、一週間が長く感じるようになるということ。週刊少年ジャンプを読み終えたときのあの絶望感。(ああ、次の話まであと一週間もある)という思いを抱いていた子どもだった時代がある。

それが、(え、もうサザエさん?)と一週間が早く過ぎるのを驚くようになる。そして、一ヶ月にそれを感じ、数ヶ月に、半年に、一年にと感じて行くようになるのだなあと思うのだ。

数ヶ月前に頼まれた原稿の〆切がもう来たことに驚き、春に引き受けた夏休みの講座の準備をしなければならない私は、「昨日の食べなかった分のおやつは?」とそこにこだわる娘(3)を、別の感覚で愛しく思うのだ。

「努力」について少し考えてみた

7/18

撫子ジャパンの彼女ら、私が指導してる学生達と同世代の者がいるんだなと思った。少し感慨深い。あの世界の檜舞台に立てる者は本当に少ない。彼女らはもの凄いものを手に入れた。だが思うのである。彼女らは手に入れたものと同じぐらい、いや場合によってはそれ以上に失っているのだろうなと。

そして、多くの人たちは得ることなく失うことばかりの「試合」をしている。特にクラブ活動で勝ち負けの結果がはっきりと出るものに関わっている人たちは、そうだと思う。この部分を理解しないとダメなんだと思う。負けてばかりのクラブなのに、なんで続けられるのだろうか。続けるのだろうか。

おそらく、勝ち負けはモチベーションであり、指導者はその勝ち負けの向こうにある人間的な成長を目指して行くのだと思う。少なくとも中高のクラブはそうであろう。指導者はそこを譲ってはならないはずだ。でなければ、学校でやる事の意味は随分変わってしまう。

勝ち負けを越えて指導者が指導して行くことは何なのだろうか。端的に言えば努力なんだろうなあと思う。「努力すれば夢は叶う」なんてことを優勝した人たち、事業がうまく行った人たちは簡単に言う。しかし、これは違う。そんなに簡単ではない。努力すれば夢が叶うなってことはない。

正確に言えば、夢が叶った者は必ず努力をしているということである。合唱コンクールで努力したって勝てないことはいくらでもある。部活動だってそうだ。だが、勝った者は必ず努力しているわけである。だから、努力は尊くて価値があるということなのだろう。

ところがこれだけではないので話がややこしくなる。努力そのものがダメという考え方もある。つまり、間違った努力をしているから努力をせざるを得ないのだということ。結果が出ない努力は意味がないといういことだ。おそらく学生時代までは努力だけでも価値がある。しかし、社会に出たら。

社会に出たら、努力の評価は学生時代のそれとは変わってくるだろう。だから、社会人は人に隠れて努力をするのだと思っている。「私は頑張っています」なんてことを社会人になってから言われたら、ちょっとこの人とは一緒に仕事をしたくないなあと思うのである。

撫子ジャパンの彼女らのすばらしさを見ながら、「努力」について少し考えてみた。

でも、君たちは使えない。そんなことがあり得るんだなあ

7/21

Appleが新しいOSを発表した。
それと同時にMacBookAIrも新型を出した。
このところのAppleは実に凄い勢いだ。
私も凄い勢いで買っているがf(^^;。

学生達にこのところMacの話をすることが多い。内の学生達を見ていて、実にコンピュータに弱いと思っている学生が多いと感じるのである。実際弱いのだが、よく見れば、それはWindowsが面倒くさいだけで、コンピュータに弱いと言うことではないような気もしている。

実際私はWindowsは殆ど分からない。
使っているとイライラしてくるので、触らぬ神に祟りなしと言う感じで敬して遠ざかっている。

だいたいからして、道具を使って便利になろうと言うのにも関わらず、道具の使いかたでイライラして、創造の仕事に支障が出ると言うのはどいうことなのか私には分からない。

苦手、嫌いと思っているものだから、私が実物で説明したMacのあれこれに驚愕するのである。そして、やっぱり私には出来そうにもないからと尻込みするのである。

『だけどね、このiPad2。こんなのは3歳でも使えるのだよ。君たちが教員になる4年後というのは今の3歳児が小学校1年生になる訳だな。そのときに小学校一年生はこれを電子教科書として使うことになって、しかも使える。でも、君たちは使えない。そんなことがあり得るんだなあ』

『それに、学校教育現場に入れば「若い人はコンピュータが得意だから、これお願いね」ってな感じで次々にコンピュータ関係の仕事が回されるんだよ。出来ないなんて言っていられないからね。仕事なんだから』

『さっき、ワールドカップ女子サッカーを、「私は興味がないから見なかった」という話をした人がいたけど、自分に興味があろうがなかろうが、先生ってのは見るのだよ。興味を持っている子どもがいれば、それにあわせて見るのだよ。さらに、子どもが見ているものを大人の視線で見たらどう見えるのかと言うことを話して行くのだよ。それも先生の仕事』

『君たち携帯電話があれば、今の生活には困らないだろう。でも、それじゃあ、卒論も書けないし、仕事はできないよ。時間のあるいま出来ないなんて言っていたら、仕事に追いまくられるようになったらもっと出来ないんだよ。先のことなんてよく分からないものだが、どんな仕事に就いたって、コンピュータは必要になるのは分かりきっているでしょ。ならば、早く身に付けることだ』

それにしても、8万円でMacBookAirが買えるんだからねえ。
なんて凄い世の中なんだ。

2011/07/20

監督の笑顔の意味

7/19

指導は文脈の中で行うものであり、テレビは編集がされていることが前提だということをふまえても、佐々木監督の姿はすばらしいと思うのであった。今回の決勝戦を見ていて、監督の表情はPKの前後ではまったく違っていた。試合時間、そして延長戦の時は、厳しい表情のまま。

得点が入れられようと、入れようとさほど変わった表情はしていない。どっしりとした顔のままである。ところがである。PKに挑むメンバーの円陣の中にいた時の佐々木監督の表情は、笑顔であった。実に笑顔であった。見事だ。戦っているときに監督が笑顔でいたら、その後はどういう表情をするのか。

笑顔のままか、怒った顔になる。しかし、厳しい表情でいつづければ、厳しい顔と笑顔を選べる。佐々木監督がそこまで考えていたかどうかは分からない。しかし、考えたであろうと私は思う。フィールドで戦っている時、緩い表情は選手に安心感を与える以上にゆるみを生む。場合によっては怪我も作る。

しかし、戦いが終わりPKに入ったときに厳しい顔のままでは選手に緊張感を与えることになる。十分に戦った。あとは順位を決めるだけのPKである。しかし勿論勝たせたい。だとすれば、彼女らの緊張を抜くことが監督の一番の仕事なはずだ。

24回勝ち続けていて、国際ランキング1位のアメリカ。しかし今回は点を入れては追いつかれてきたアメリカ。精神的にはアメリカの方が辛いはずだ。そのときに、リラックスと集中を持つことができれば、勝機は日本にやってくる。それを作るためのあの笑顔だったのではないかと思う。

で、今日の授業の小さな課題として次のようなものを出した。「あなたが今回のワールカップ女子サッカーのアメリカ代表チームの監督だったら、決勝でPKで負けた選手達になんと声をかけるでしょうか。できれば30秒以内で語りきれる分量。最大でも1分で語りきれる分量の言葉を書きなさい。」

学級対抗ドッヂボール大会、百人一首大会、運動会、水泳大会、30人31脚。小学校でも競い合うことはいくらでもある。そのとき、子どもたちが勝てば担任は何を言ってもまあ大丈夫だ。問題は、クラスがあんなに努力したのに、負けた時である。そのときの担任の言葉は大事だ。

この担任の言葉に、正解はない。色々な正解があるだろう。しかし、恐ろしいことに「不正解」はある。子どもが負けたことを必要以上に後悔し、明日からの学校生活にやる気をなくしてしまうような言葉だ。これは語ってはいけない、呟いてもダメだ。それは「不正解の言葉」である。

(よし、俺たちは頑張った)(そうよね。私たちは明日からまた頑張るもんね)と子どもたちが思うような、そんな言葉を語れる教師に育ってほしい。さ、どんな言葉を語るのか、課題の結果が楽しみである。

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