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2011/08/25

少しばかりの夏休みが始まった

8/25

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集中講義は終わったのだが、体がまだ集中講義モードになっていて、朝5時に起きてしまう。書き込みのある筈のない感想掲示板をチェックして、ホゲーッとする。家の外が明るくなって来ている。外に出てみると、綺麗な朝焼けだった。

朝ご飯を食べ、本を読んで過ごす午前中。だらだら過ごすのもいい。
その後、やりかけていた家のあれこれを終わらせてしまおうと動き出す。先ずは、無線LANの増築。

パソコンの設定はMacに任せてあるので、大きな問題はない。Macの場合は基本的には電源を入れて、「はい」をクリックしてしまえばオシマイである。インターネットの接続もほとんどそれでいく。面倒くさいところを受け持つのがコンピュータという考え方なので、驚くくらい簡単である。

ところが、その外側の世界は相変わらず面倒くさい。昨日、新しいAirMacExpressを追加しようと家のネットの根っこの所に変更を加えようとしたら、光電話は止まるし、ネットは繋がらなくなるしで本当に困った。

すぐにiPhoneを取り出して、トラブルシューティングのサービスに電話をかける。こういう時はどたばたしないで、専門家に頼るのが一番である。かれこれ20分程度やりとりをしていたら、解決した。私の説明と向こう側に見える接続の状況だけで、話だけで解決してしまうんだから凄い。

トラブルも解決したので、夕方から東京に向かおうかと思ったのだが、行きつけの美容院に電話してみると夏休み。じゃあ、夜慌てて行く必要もない。

ならば、と久し振りに一人でプールに向かう。娘(3)とプールに行くと娘が遊んでいるのを見て、つき合ってしているだけなので、自分は全く泳げない。ま、それは仕方がないのだがたまには泳ぎたい。チャンスとばかりに出かける。

プールが閉まるまであと30分。人の少なくなったプールで泳ぎ続けた。20分程度続けて泳ぎ続けた。スピードを上げて泳ぐのではなく、手と足を伸ばして遠くの水を掴み、つま先の先まで水を蹴るイメージで体をストレッチしながら泳ぎ続けた。本当なら3時間位プールにいて、本の一冊でも読みながらと思っていたが、まあ、こういうのでもいいことにしよう。

で、プールが終わってプールの傍にある本屋に行こうと思った時に、念のためと思って助手席のドアを開けてみた。
(あった!)
この一週間以上見つからなかった携帯電話とb-mobie wifiがあったのだ。おそらく、鞄の外ポケットに入れておいたのが、助手席に置いた時にこぼれ出て、カーブで椅子から落ちてドアの隙間に挟まってしまっていたのだろう。

助手席は殆ど空けないので、気がつかなかったのだ。
車のシートの下とか後部座席とかはよく見たんだけどねえ。
ああ、すっきり。これで一安心。気分がいい。

帰って来てからの夕ご飯は、冷蔵庫の片付け。
食べきってしまった方が良いものを出して来ては、食べる。
読みかけの本を読みつつ、新しい本にさらに手を出し。
少しばかりの夏休みが始まった。


2011/08/24

集中講義最終日。 本日は、行事などの活動後のまとめの指導のあり方について

8/23

集中講義最終日。
本日は、行事などの活動後のまとめの指導のあり方について。

今回は、佐々木先生に来ていただいた。外部講師を招いて授業や行事を作ると言うことは、これからも行われて行くことであろう。その際、生徒が指導を受けた後に、お礼状を書くと言うことは大事なことだと私は考えている。

今でも高校で模擬授業をすることがある。高校の進路指導の一環として大学や専門学校の先生が出向いて行って大学と同じような授業をするのだ。私の『教師になるということ』(ひまわり社)は、この模擬授業をベースにして書かれている本である。

で、この高校での模擬授業だが学校ごとに相当対応が違う。控え室にいる時に業者だけしかいない高校。校長や進路指導部長が来て挨拶する学校。学年の担当の先生が迎えにくる高校。更には、その授業を受ける高校生の代表が迎えにくる高校等、実に様々である。

私は、校長が挨拶をするのも大事だと思うが、もっと大事なのは高校生に迎えにこさせることではないかと思っている。あなた達の為にわざわざ高校まで出向いて行って授業をするのである。授業を受ける本人が挨拶に来る、いや挨拶をする経験を得ると言うことが大事だと思っている。

そして、授業が終わってからも高校によって違いがある。生徒のアンケートを一覧にしてお礼状とともに送ってくる高校。生徒のアンケートのコピーを送ってくる高校。何にも連絡のない高校。実に様々で、実は最後が一番多い。

学校教育現場にいた私は、その現場の忙しさはよく分かる。だが、私は先生がお礼状を書くというのではなく、生徒に書かせるべきだと思うのだ。その経験が進路の学習なのだ。ところが、ここをしないで只単にどのコースに進学したいかということのみで、大学の先生の授業を聴かせている。進路指導の筈なのに、進学指導のみとなっている。

私が中学校で進路指導主任をしていた時、高校の先生に来ていただいて一日中高校の先生に模擬授業をしてもらったことがあった。そのとき、私は「わくわく授業」の収録と重なっていたのだが、準備をして先生方に連絡をし、授業の後は、生徒達全員にお礼状を書かせた。いま、高校はこの準備をして大学と連絡調整をする業者と提携している。私はその部分も自分でやったが、高校はそれは業者がやる。だとすれば、残っているのはお礼状の指導だと思うのだ。

大学生相手に手紙の書き方を指導するのはどんなもんかという思いも私にはある。しかし、指導をしないで「書け」というのは、どうも私にはできにくい。正式な手紙の書き方と、便箋の上下はどうやって決まっているのか? 便箋の上に書く内容、下に書く内容の違いなどのちょっと専門的なことも含めて教えて、実際にお礼状を書かせた。
『手紙の書き方を習うなんてのは、君の人生でこれが最後だからね』
と話しながら。

彼らは教壇に立って、生徒達にお礼状を書かせる側に回る。だから、きちんと手紙が書けなければならない。その指導である。

そして、行事作文の指導。
行事の後にクラスで作文を書かせることは多い。その時に指導をするのは担任である。教科に関係なく作文の指導をする。

この場合、指導と言っても多くは
「さ、原稿用紙を配るぞ。書け」
でお仕舞いになっている。これはおかしい、ダメだということを話して書かせ方を指導する。調理実習で「さ、カレーを作って」といきなり言うわけがない。手順を明らかにして指導する。またできない子どもがいたら、子どもが何に躓いていて書けなくなっているのかを明らかにし、教えなければならない。それを説明した上で学生達に実際に書かせる。30分で原稿用紙2枚を書くためのあれこれを指導。

学生達はあっという間に書けたことに仰天。
これは、国語科教育法で指導する内容と被るが、定番の指導方法なのでここでも活用する。

最後に、この四日間を振り返る。
実踏計画書づくりに参ったと言う学生が多くいるが、遠足の全体の流れの1/16でしかないことを説明する。

そして、最終課題を示す。「実踏報告書」の作成である。
自分で立てた計画書を元に、実踏に行きその報告書を書くのだ。それを元に、実施計画案を立ててとなるのだが、ここから先は教師になってからという話にした。

今年もなんとか集中講義をやり遂げることができた。
佐々木先生と飲んだり、大阪に来ていた藤川先生たちと京都の床に行ったりと、夜は夜で楽しい時間を過ごしながら、昼は15コマ、4日間の講義を終えることができた。これで暫く朝5時に起きる生活からは解放される。

これで少し、夏休みを味わえる。
ふううううううううううう、う(^^)。

集中講義三日目 「遠足の実踏計画書」づくり

8/22

集中講義三日目。
この日は、この講座の一つの山になる。特別活動の「旅行・集団宿泊的行事」を学ぶことを目標として、「遠足の実踏計画書」づくりを行う。京都の岡崎公園を中心にして中学校一年生が遠足をする想定で作らせる。

私が教師になった年は、まだ新採研が正式に導入される前の年であった。だが、試験的に導入されていた年でもあった。だから、今思うと教育委員会もどういうことをやろうかということで試行錯誤していたのではないかと思う。

私は新採の集まりの代表をしていたので、新採研の内容をもっと、新人が希望するものに変えてくれないかということを要望していた。例えば、富士山の麓で合宿研修があった。その際に
『一日、ここで遠足をするとどういう遠足ができるか。実施計画書を書く課題を下さい』
と申し入れていた。とても良いアイディアだとは言われたものの、この研修は実施されなかった。

教科の指導については、大学でそれなりに習って来ている。ところが、遠足の作り方などは、全く習っていない。だから、折角富士山の麓にいるのだから教わりたいと申し入れたのだ。ダメだった。

それから20年近い年月が流れて、私は大学で特別活動論を担当することになる。真っ先に思ったのは、この遠足を取り上げることであった。20年前に不満に思ったその思いを、次の世代のこの学生達には思わせるわけにはいかない。そんなことは授業では話さなかったが、そういう思いでやっている。

よく
「先生は、いつ教材研究をしているのですか?」
「いつ、授業を作っているのですか?」
と学生から聞かれる。私は
『いつも』
と答えている。実にそうである。そして、そのいつからと言われれば、12歳の時に授業中に抱いた疑問や不満、そして教師になったばかりの頃に抱いた不満のころからもということになるであろうか。

若いということは、瞬発的にあれこれを変えて行くということを目指す。しかし、そんなに簡単に物事が変わるわけがない。変更すべきポイントをじっくりと見定め、こちら側に実力を付け時期が到来したら一気に変えるのである。

私たちの頃は、遠足の原案を作る立場になるのに、10年ぐらいの時間があったであろうか。その間にあれこれ学んだわけだ。だが、今は若い教師がドンドン現場に出る。もっと早く原案提出権を手にすることになるだろう。学校を帰るチャンスを握る。その際、実力がないとどうにもならない。鍛えたい。

学生達は、早い学生で6時間位で課題を完成させる。
そうでない学生は、翌朝の9時の〆切を目指して頑張ることになる。

『この課題を終わると、(あああ、小中学校の時の先生、ごめんなさい。もう遠足のおこずかいなんていくらでも良いです。遠足二回も行って良いなあなんて言ってごめんなさい)って言いたくなるよ』

と言う。そして、実際そう思う学生達ばかりになるのであった(^^)。

2011/08/22

連絡 山田隆弘先生

hotmailのアドレスに、メールを送っているのですが、跳ね返されてしまっております。別のアドレスはありますか?

2011/08/21

8/21

例年の集中講義は、四日間連続なのだが今年は間に日曜日が入った。昨日の佐々木先生の講義の余韻に浸れるのはいいなあと思う。

久し振りに一人で過ごす家。
そういう時間があるのもいいなあと思う。

が。

すかっと晴れていたらプールに行って、プールサイドで読みかけの本をうりゃりゃりゃああああと読もうと思っていたのだが、外はそんなに晴れていない。これはその気になれない。

そこで溜まっていたブログの更新をしたりする。
で、気になっていた失せ物を捜すことにする。
生活のメインテナンスということだ。

現在見当たらなくなっているもの。

・携帯電話
・万年筆
・スタイラスペン
・mini wifi

Macで調子の悪いもの

・タイムマシーンの読み取り
・Lion環境下での動作の不安定さ
・バッテリーの発熱

毎日の生活が駆け抜けるだけになっているので、充電やメインテナンスができないでいる。これはいかん。体のメインテナンスもできていないが、環境のメインテナンスもできてない。

で、一日中捜したのだが、出てこない。
調整したが直らない。
どーんと落ち込む。

(あれ、ないなあ)
と思ったときに捜さないとダメだとは思う。
無くなった時の感覚がまだしっかり残っている時に捜すことが大事なんだとは思う。だが、その時間がなかったり気力が削がれてしまう忙しさに陥っているんだなあと思う。

勿論、すべてを完璧にやりくりしていく人生なんてないわけで、仕方がないものは仕方がないのだが、今日のダウナーの流れには実に参った。

集中講義二日目。宮城県から佐々木潤先生をお招きする

8/20

集中講義二日目。宮城県から佐々木潤先生をお招きする。
http://sasakinet.cocolog-nifty.com/

2限から4限までお願いした。
2限は、クラスづくりと授業に関して。
3限は、震災に関して。
4限は、これらを踏まえて私との対談。

たっぷりと語っていただいた。

震災のことを語っていただくのは、大変心苦しいと言う思いもあったが、伝え残して行くということを考えている先生だったので、お願いした。

昼ご飯の後の3限は疲れて眠たくなる。
それは十分ありうる。
しかし、この日の授業では寝る学生は1%も居たであろうか?
その1%も必死に顔を上げようとしていた。
聞き漏らすまいとしていた。

語り継ぎ言い継ぎゆかむ

は富士の高嶺の事だが、やはり今を生きている者としては、それを語って行くことが大事なのだと改めて私も思った。
生きている者は、生かされている者なのかもしれない。

この90分の内容は、日本中の特に教師に聞いてもらいたい内容であった。

「会える人には会っておくのが大事ですよ」

と佐々木先生は、懇親会に向かう時に話していた。
そうなんだろうなあ。そうなんだよな。

美味しいものを食べ、美しいものに触れ、素晴らしい人に出会い、なぜか?と分からないことを問い続け、仮説を出す。人生の醍醐味だ。その一瞬を佐々木先生からプレゼントしてもらった。

終電で帰る私は幸せだった。

集中講義初日。特別活動論である

8/19

集中講義初日。特別活動論である。四日間行う。今年は間に日曜日が入るので、例年よりも楽である。今年だけ受講する学生はその楽さが分からないだろうが、二回目、三回目の学生はそれが分かるだろう。

特別活動は、学級ベースで行うことが多い。そこで、特別活動論は学級担任論と重なる部分も多い。学級を開くことと学級での日常について理論と実際をあれこれ講じる。

私の授業は、先ず実際に私がやって見せることが多い。または、学生達を生徒に見立ててあれこれさせることも多い。で、その後、私は何をしていたのかを解説する。例えば、学級開きに行うレクリエーションを学生にさせる。アイスブレイクだ。それをさせた後で、

1)なんで、その種目をやったと思いますか?
2)なんで、その順番でやったと思いますか?
3)このレクの教師にとっての目的は何だと思いますか?

と問うて行く。
勿論、これに正確に答えられる学生はいない。当たり前である。楽しまされている側にいれば、この1)から3)は考えることはない。しかし、教師になればこれを考えないではやれない。ここに気がつかせて行く。

特別活動の講義の中で、教師の立ち位置を気がつかせて行く。そして、特別活動の内容にもう一度立ち返らせる。そんな講義を考えている。

夕方からは娘の幼稚園の盆踊り

8/17

久し振りに娘とプールに行った。
明後日からの集中講義の準備をしていたため、のんびりと入ると言うことはできなかったが、少しだけでも楽しめて良かった良かった。

8/18

夕方まで大学で集中講義の準備。
集中講義は、一日に4コマ。つまり6時間。これを三日やって、残りは3コマということになる。一気に四日間が過ぎて行く。だから、授業の中での微調整が効きにくい。流れ出すとその流れに任せて進めないとうまく行かないということになる。

授業はやりたいことと、できたことに差が生まれるものである。その差をどう修復しながら次の展開に導いて行くかと言う部分にその教師の力量が現れる。通常の授業であれば、それを授業内に修正し、さらに授業のあとに次の授業に向けて修正をしてということが可能なのだが、集中講義は次の授業に向けて修正する時間が10分の休み時間しかない。

だから、ブレがないように事前の準備をいつも以上にしなければならない。実際はこのブレが授業に良い色を付けてくれるのだが、今回はそこを押さえるように計画を立てる必要がある。

印刷なども含めてあれこれ準備準備。

夕方からは娘の幼稚園の盆踊り。
最澄が生まれたとされる生源寺の境内での盆踊りに参加。
暗くなる前に幼稚園児が踊る。

娘は浴衣を着ることができて大喜び。
だが、いざ踊りが始まると娘にしては非常に珍しく物怖じしてしまった。見よう見まねで踊るもんだと思っていたが。

娘の浴衣姿を見られただけで満足としましょう(^^)。

この研修講座で、夏休みの外での仕事はオシマイである

8/16

朝の7時過ぎに家を出て、大阪に向かう。
朝の新快速は空いている。

今日は午前中が小学校の二年目の先生に向けての研修。午後が中高生の二年目の先生と生活指導研の自主研修講座の先生の合同研修。3時間ずつ、6時間。70人ずつ140人。

数年前から依頼されていて、今年も行う。
この研修講座で、夏休みの外での仕事はオシマイである。
よく頑張った。

京都駅で待ち合わせて、あれこれ。
今日は、大文字なので多くの人が街に繰り出している。
見ようかとも思ったのだが、それよりも人が外に出ている間に、あれこれした方が良いと思ってする。

うまく行きました。

花背の松上げ

8/15-2

夜に出かけた。
花背に出かけた。

この日は、花背の松上げが行われる。
白洲正子さんがわざわざ見にやって来たことのある、祭りだ。
関東にいたらまあ、見ることのできない祭りだろう。わざわざ見に行こうと言うことにはならないはずだ。

だが、ここは滋賀県。我が家から45キロで行ける距離だ。
山を越えて花背に向かった。

とんでもない山道を通り抜けて花背に到着。
一時間前には到着したのだが、会場はかなりの人。
かなりの人なのだが、会場はとても見晴らしの良いところだったので、どこからも綺麗に見ることができた。

実に荘厳な祭りだった。
一面に広がる松明。飛び交う松上げ。
お盆に返って来た先祖の魂が飛び交っているかのように見えた。

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関西にいるなら、あれは、一度見に行くことをお薦めする。

翌日に大阪での一日研修講師を控えての夜遊びはどうかなあと思いましたが、これは行って良かった。
お薦めである。


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