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2011/03/04

私もその歴史の流れに、ちょこっと乗ることができた

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ひな祭りである。
娘は数日前からとても楽しみにしている。
私の家からは比叡山を越えて30分ぐらいで下鴨神社に行くことが出来る。そんなこともあって毎年娘と下鴨神社の流し雛に行くことにしている。

今朝、いつも通りにおひな様に朝の挨拶をする娘。雛あられを夜、お供えしてから寝る娘は、朝それが食べられているかを確認する。少し減っているのを見ると、安心して微笑む。

昨夜からの雪が少し残る比叡山。
そこにさらに新しい雪が降り積もる中、下鴨神社に向かった。

雛祭の日に
         谷川俊太郎

娘よ
いつかおまえの
たったひとつの
ほほえみが
ひとりの男を
生かすことも
あるだろう
そのほほえみの
やさしさに
父と母は
信ずるすべてを
のこすのだ
おのがいのちを
のこすのだ

谷川俊太郎さんは、こうして娘を持つ親の気持ちを表してくれている。そうだよなあと、首肯する。ひな祭りになると私はこの詩を読み直す。

下鴨神社に着いたときには神事は終わっていて、観光客も帰り始めていた。実はこのぐらいの時間がちょうどいい。人が少なくなり、川面にはいくつもの流し雛が浮かんでいてというのがいい。

娘は、自分のおひな様を川面にそっと流すことが出来た。毎年来ているが、こんなふうに綺麗に流すことが出来るようになったんだなと思う。

ま、通常は自分のを流せばそれでオシマイだが、子どもはそんなわけにはいかない。これが混んでいたらそんなことはさせないのだが、人が随分と減ったので、流れて来た流し雛をもう一度拾って投げることをさせる。

まだまだ流れに落ちないように手を捕まえていなければ危険だが、それとて去年には考えられなかったことだ。

娘が何回も拾っては流すので、カメラマンたちは嬉しそうにシャッターを切る。ま、そのぐらいは父として許す(^^)。

一年間の災いを流して、無病息災で新しい一年間を過ごせるように。娘が健やかに育ちますように。
古から親は娘をそんな風にして育ててきたのだと思う。
私もその歴史の流れに、ちょこっと乗ることができたのだなあと嬉しく思う。

下鴨神社は、みたらし団子の発祥の地とも言われている。(一方で滋賀の唐崎という説もあるが)ここのみたらし団子をくる度に買いたいと思っていたのだが、休みだったり娘がぐずったりして買えなかった。が、今年は買えた。

いや、寧ろ食べたい食べたいとリクエストがでる。ラーメンを一人前食べた上で、さらにみたらし団子を二串。食べ過ぎだろう。でもまあ、良い。食べて、笑って、泣いて、我侭も言って、遊んで、寝る。それが一番大事なことだ。

来年は、幼稚園だから一緒に行くことは出来ないかなあと思いながら、
(いや、来年も休ませて連れて行くぞ)
とも思う父であった。

2011/03/03

4/23(土) 明日の教室 立命館大学 隂山英男先生

2011年度最初の今回は、4/23(土)に、隂山英男先生にお越し頂き、模擬授業を含んだご提案をしていただきます。陰山先生の模擬授業は中々体験することが出来ないかと思います。是非、お越し下さい。

お申し込みは、こちらです。
http://kokucheese.com/event/index/8763/

懇親会も是非、積極的にご参加ください。

若いうちに、同じ志を持ち違う環境にいる仲間に出会うことは、
その後の人生をとっても豊かにすると私は考えています。
そのきっかけの場にしてください。

2011/03/01

AKB48で言えば前田敦子ではないか

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翌日、風呂に入って朝ご飯にカレーを食べて9時前にホテルを出る。スパの入浴券をつけてもらっていたのだが、スパは10時から。それでは間に合わない。娘のお遊戯会が10時からなのだ。

名神高速道路を順調に流していたのだが、京都南で渋滞。ひえー、間に合わないよ。

でも、開始予定の10時前には会場に到着。早速カメラの用意をする。ところが、電池がない。慌ててコンビニに単三電池を買いに行く。私の一眼レフデジカメは単三電池で動くペンタックスの名機なのだ。

私は自分の性格を信用していない。ここ一番で充電がされていない電池を持っていることは十分に分かるので、どこでも手に入る単三電池で動くカメラにしておいたのだ。正解。

娘は英語の歌を歌いながらお遊戯というのに参加。
入場のときに娘を発見できず、
(あれ? どこ?)
と思った。

で、改めて見てみると3列になった子どもたちの最前列で、しかも真ん中。AKB48で言えば前田敦子ではないか(^^)。娘は、私を発見して手を大きく振る。

ああ、幸せの瞬間とはこの瞬間を言うのだろうな。
いろいろな幸せがあると思うが、これに敵うものはそうは、ない。

ま、たいした英語ではないのだが、英語の歌にあわせて踊る。
iPhoneの動画で撮影。

親孝行は三歳、五歳までで終わらせるという話があるが、本当かもしれない。なんと愛くるしいのだ。びっくりするが、他の子どものことが目に入らない。集団を見れないなんて教師としては失格であるが、親としてはあり、あり、ありだ。

撮影場所を移動したら
「なんでそっちに行ったの。元に戻って」
とステージから叫ぶ娘。
実に私の子どもの頃に似ている。

11時に娘の出演が終わった。
私は車を家において、また、9時までいた大阪は福島に野口芳宏先生の講座を受けに、とんぼ返りをするのであった。

お父さんは、幸せを胸に、勉強してきますなのであった。

2011/02/28

小学校一年生に授業をすることが出来た。人生で初めてである

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(なんの漢字でしょうか? 考えて下さい(^^))

夢のような二日間であった。
こんな書き出しだと、嘘っぽくて夢ではないようだが本当にそうだった。

小学校一年生に漢字の授業をすることが出来た。人生で初めてである。当たり前である。中学校にいた私が小学生に授業をするなんてことは、ありえない。いま大学に来たのでその経験をさせてもらえるのだ。頭の中では、分かっていてもするとしないでは全く違う。

イギリスの宰相チャーチルの名言を思い出す。

「この絵画展には、絵も描いたことのないのに名士というだけで審査委員になっている人がいますがどう思います」
と言われた絵を描いたことのないチャーチルは、
「出来ますよ」
と答える。続けて
「私は卵を産んだことはないが、卵が腐っているかは分かります」
と答える。

その通りだと思う。私も良い授業とそうではない授業の違いは分かる。ではあるが、やれる経験があるのであればやってみたいと思ってはいた。

今回は、校内研修会で依頼されて行うことになったのだ。明日の教室大阪分校を主催されている川本先生の依頼だ。そういう依頼の返事は、ハイとイエスしかない。そして、何でも依頼されたことは引き受ける。そういうものなのでそう答えた。そしたら、小学校一年生に漢字の授業をすることになったのだ。さあ、困った。分からない事だらけだ。一回も一年生の授業はしたことがないのだ。

改めてあちこちの本を読み、学習指導要領を確認し、いろいろと聞いて歩いた。例えば、

・小学校1年生のクラス30人の場合、一枚のプリントを配るのに何分ぐらい時間が掛かるのだろうか?

体が90分の授業に慣れてしまっている私にとって、45分の小学校の授業はあっという間。その中で3枚のプリントを配ろうとすると、一回につき3分かかるとこれだけで10分。となると、実質35分で授業を展開しなければならない。この条件で授業を組み立てる。

また、その教室内のデジタル機器の使い勝手も分からない。これはもう準備をするしかない。1)デジタル機器がちゃんと使える場合、2)一部使える場合、3)使えなかった場合。この三つの条件に応じて教材を使えるようにしておいた。

それから当然だが、小学生の持っている語彙のレベルが分からない。

『漢字は、約3200年前に中国で発明され、約1500年前に日本に伝えられました』

という説明をどうする。3200年はずっとずっと昔。中国は日本の隣にある海の向こうの国。1500年は、ずっと昔。そんな風にひとつひとつ日本語を翻訳しなければならない。

一つ一つ確認しながら授業案を作って行った。

さらに、今回はその、人生初の小学校一年生への授業を野口芳宏先生がご覧になる。この校内研修会では、私が1年生を5時間目にして、野口芳宏先生が6年生を6時間目にされる。

んなもの、光栄であるのを通り越して、恐縮である。

ただ、
(間違えたらどうしよう)
という思いはあまりなかった。
(間違えたら、野口先生が検討会かどこかで指摘してくださるだろう)
と寧ろそこは安心感を持っていた。なんと能天気な私であることよ。

私の授業は、なんとか無事に終えることが出来た。一年生を二月まできちんと育ててくださった担任の先生のご指導があってこのことである。とても楽しく子どもたちと漢字の授業をすることが出来た。

この授業で挑戦したことが実は、三つあった。

1)導入を仕込みに仕込む。

野中信行先生の一年生とのやりとりに、自分の名前を使って遊ぶというものがある。ここにヒントを得て私も作り込んでみた。これが、大受け。

実は、ここだけで授業を終えてもいいと思ったくらいだったf(^^;。
子どもたちを最初に掴めれば、あとは教材の力で行けると考えていたので、一安心。もし、ここで滑ったらということも考えて、もう一つ考えていたが、これは使わなくて済んだ。

授業のどこかにねじ込もうかとも思ったが、そうすると授業が濁るのでやめた。準備して使わない。これも授業ではとても大事なこと。

2)実物投影機を使う

ICTを授業で使うのは、私はあまりしてこなかった。準備の大変さや壊されたときの面倒臭さ、壊れたときの授業の進度への影響などあれこれ考えると使わないでいた。

だが、新しいことに挑戦である。漢字の成り立ちの説明で小篆の漢字を使う時、実物投影機の下で実際に書いてみた。これは子どもたちに結構興味を持たせることが出来たようだ。ICT活用の重要な観点は、実際のものをその場で大きく見せることが出来ることにあると、私は考えている。

特に今回の小篆の字体は、蔵鋒の筆の動かし方をして書くので、ここを見せるのも大事かと思って、行った。勿論、蔵鋒のことは子どもたちには説明しなかったけど。

3)薔薇

今までに小学校二年生まではやったことがある。一年生は初めてなのだ。薔薇を書かせるのである。それも漢字練習をさせないで。つまり、例の津川式でやってみようというのである。これは時間があったらするということで考えていたが、5分あったのでやることにした。

結果、びっくりする。
多くの子どもたちが書けたのである。さすがに、津川式の方式でそのまま一回も練習しないで書けたという子どもはクラスの中に5人ぐらい(30人で)だった。が、子どもたちはだいたい書けていたので、悔しがって勝手に練習を始めて、帰りの学活のときには全員が書けていた。SSの子どもも書けていた。

その後、野口先生の六年生への授業を堪能する。
至福の時間。

さらに、検討会では糸井先生が司会をされ、ワールドカフェを展開されていたので、私は野口先生と前の席で1時間ほどお話しさせていただく。

学級事務職の話や学級担任論の話など。
先生からは先ほどの授業で私が使った教材の出典などを聞かれ、必死に説明していたのであった。

そして、夜は大懇親会。
をい、いいのかというぐらいの懇親会。

大阪は、粉もんで大阪の食の凄さを前面に出しているが、これは間違いだ。いや、粉は粉で良いのかもしれないが、魚でしょ。魚。美味しかった。中央市場から直送の魚。大阪湾は良い漁場。

私はあの魚を食べに行くのに大阪に行っても良いなと思いました。

二次会まで野口先生はおつき合いくださった。75歳ですよね、先生。
まだまだあらゆる面で修行が足りないと思う私であった。

(翌日に続くか?)

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