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2012/01/04

教師の喜びは、子ども達の成長の側にいられることである

1/4

Sin

毎年1/3は、卒業生達と会う日になっている。私が学生時代に塾の教師をしていたときの卒業生達から始まって、中学校の教師をしていたときの教え子達が、なんとまあありがたいことに、毎年集まって新年会を開いてくれている。

東京にいるときは、昼頃から私の家に集まって、箱根駅伝の復路を見ながらそれぞれの母校の応援をしつつ、酒を飲み騒いでいた。京都に移ってからは、夕方から店で集まるようになった。
今年も行われた。10人を超えて夕方から日付をこえてまであれこれであった。

教師の喜びは、子ども達の成長の側にいられることであると私は学生達に良く言っている。親にも見せることの無い、その輝く瞬間の顔を見ることが出来る。これは何にも代え難い喜びだ。

そして、時々その後の彼らの成長の続きを見ることも出来る。
これも本当に嬉しいものだ。
昨日は10人を超えた卒業生に会い、さらに二次会では二校目の中学校で最初に担任した子ども達の新年会にも参加させてもらったのだが、今日は一人の元生徒のことを書きたい。

Mくんは、優秀な生徒だった。物腰が穏やかでとても落ち着いた判断のできる、それでいて茶目っ気のある優秀な生徒だった。その彼が、大学進学を考えない高校に進学することを決めたとき、私は相当驚いた。新幹線の運転手になるには、当時は高卒でなければなれないということがあり、高卒でJRに入るために高校を選んだのだ。

ま、なんというか黙っていても早慶大には合格するような生徒だと思っていた彼が、その道を選ぶと決断したとき、ただ凄いと思ったことを覚えている。そして、彼のような運転手が運転する新幹線なら、安心して乗れると思った。

高校を卒業してJRに就職したとき、たまたま東京駅の改札で勤務する彼を見かけ、写真を撮ってあげることができた。その後、新幹線に乗ることの多くなった私は、検札にくる車掌の顔を見ながら、会えないかなあと思っていただが、ま、会えなかった。そして、去年は主任車掌になったという話を聞いていた。

そして、とうとう運転手の試験に合格し、いま新幹線の運転手をしていると報告してくれた。わざわざその免許証も持って来てくれて見せてくれたのだ。卒業してから12年である。これを感激と言わなくて何を感激と言うのかということだ。

嬉しい。
乾杯であった。
写真は、新幹線を運転できる運転免許証。

今は、新幹線の運転手は大学卒業してもなれるという。時代が変わった。そして、リニアモーター新幹線になると、運転手そのものが要らなくなるだろう。その間に彼は運転手になった。このタイミングをどう見るかだ。

私は、自分でもおせっかいだなあと思いながら、今後の彼に対してあれこれアドヴァイスをした。ちょっと大変かもしれないなと思うアドヴァイスだったが、彼ならやれるんじゃないかなと思ってのこと。期待していない者には、そんなアドヴァイスはしないからな。

新年が始まり、今年も教え子達からエネルギーを貰った。


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