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2012/04/25

『あるけど、教えない』

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(キャンパスの青紅葉 by GR4)

授業後、キャンパス内の桜の写真を撮りに行こうと思ったら、4回生が相談があるとのこと。どうぞと研究室で話を聞く。教育実習で古典と小説をやることになった。古典はなんとかなりそうだが、小説がどうもだめだとのこと。何をやるのかと聞いたら『羅生門』とのこと。

どうも自分が受けた授業でも、良い思いが無いとのこと。『何が良くなかったの?』と聞くと、「だらだらしていて、メリハリの無い授業だった」とのことだった。『それは、先生が説明を重ねるだけの授業ということ?』と聞くとそうだという。『だったら、原則は簡単だよ』と。

『だらだらと説明をしないで、生徒が考えて議論を交わす授業を作れば良い』。ま、そういうことである。「先生、何か参考書はないでしょうか?」と聞くので、『あるけど、教えない』と話す。それは、学生の読みがまだ足りないと感じたからだ。まず、指導者が教材を大人の解釈で読む。これが大事。

そして、大人の読解力、解釈で読んでも分からないことを調べ、考え、教えたいことを見つけ出すことが先。そして、これが極めて大事。岩下修先生が60歳になった時にもこれをされているノートを私は見せていただいたし、野口芳宏先生も70歳を越えてもされている。

この作品では、これをどうしても教えたいというものを手に入れる前に、やり方ばかりあれこれいじり回してもダメだし、誰かの何かを持ってきて授業を作ろうとしても、結局ダメだと私は考えている。勿論、授業を作るには「追試」という方法があるのは知っている。

しかし、折角授業を1から作れるチャンスとして教育実習の機会がある。まだ一ヶ月も先である。じっくりと考えて作ることなんて、教師になってからは実はなかなか出来ない。特に若い教師の時には。
『本文を覚えるぐらいまで読み込んでみて、見えてくるものを待つ。そういう教材の研究をせよ』

そんなことを話した。すると学生は自分が改めて読み直して感じていた疑問を出してきた。をを、面白い。それをベースにして発問のあれこれを指導する。参考書を示す。そして、私ならどういう授業をするのか。『羅生門』の冒頭の部分で実際にやってみる。一読総合法と分析批評の手法で。

『羅生門』に関する知識を得ること、文学的評価を知ること、解釈のあれこれを知ることは大事。また、授業の展開例を知っておくのも役に立つこともある。しかし、私はまず自分でやることだと考える。自分が考えて仮説を立てて授業のプランを作る。その後で、確認するのは良い。そのとき、自分の間違いやもっといい方法に気がつく。そして、教師が鍛えられる。

誰かの何かの授業プランをさっと持ってきて、それを自分の授業で並べても、目の前にいる生徒に届くとは到底思えない。そもそもやっている本人が楽しくないだろう。

そういう持ってきた者をやる先生は、一般化された授業案を自分の子どもたちにあった授業にするために手を入れることはしない。だから、オリジナルの、またはオーダーメイドの授業を作る力量はつかない。それでは困る。

新しい時代には新しい授業が必要である。授業を開発できない者が、30年以上も教壇にちゃんと立つことはかなり厳しい。教育実習は、チャンスである。生意気に、謙虚に、授業作りに挑戦せよと私は思うのだ。まだ見ぬ生徒のために、届く授業を作れ。そのチャンスなのだ。そんなことを話したのだ。

こういう時間は本当に楽しい。勿論、事務や学内行政も大事ではあるが、事務の時間ではなく、学生の指導の時間になれば、いいなあと思うのだ。因に、参考書は『読むことの教育―高瀬舟、少年の日の思い出』(竹内常一)、『発問の作法』(野口芳宏)。名著である。

チョークの持ち方等に関する連続ツイート  その2

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(1.5キロ続く、背割堤の桜 by GR4)

昨日の授業では、チョークの持ち方、使い方について講義をした。内容は、「チョークの持ち方等に関する連続ツイート」http://bit.ly/cTwIpN で、去年とほぼ同じ。授業では、この初級、中級、上級の説明をした後、それぞれを実際にやってみせた。教育技術入門ってな感じの授業になった。

板書は、普段の文字が奇麗に書けていてれば書けると言うものではない。本学の書道コースの学生たちであっても、相当訓練を重ねないと板書の字は書けない。腕を上や前に突き出して直角に書くということは通常しない。

書道の歴史を見ると、竹に隷書で書くときはそうしていたが、それ以外は通常ない。しかも、竹に隷書であれば筆で書くので毛先の弾力性を生かしながら書ける。しかし、黒板は硬いチョークである。この弾力性を生み出すのが指先、手首、肘、肩、膝であり、チョークの材質なのである。ということは板書と言うのは全身を使って書く作業なのである。

正月に大きな筆で床に書く書道があるが、あれを90度立てて、筆ではない書きにくいチョークで書くのが板書だと言っても良い。だから相当訓練が必要なのである。にも関わらず、教育実習のときに初めて板書をするという大学生は珍しくない。だめである。

学生にチョークの使い方を指導していて、最初に直すのが持ち方である。簡単に言えば、人差し指で黒板に字を書くことをイメージさせる。その人差し指の下にチョークを置く。人差し指の爪でチョークを押し付けて書き続けることができるようになったら初級である。

『よく見るように』と言って初級のまま文字を書く。すると、どんどん線が太くなる。手首を回さないとこうなる。これを見せる。中級ではチョークの持ち方を人差し指で押さえる持ち方から、小筆の持ち方に変えて手首を回すようにしていくのだが、ここに行く前に手首を傾ける事を意識させると、回しやすくなる。 もっと言えば、手首というか人差し指を軸にして左右にねじるという感覚である。

人という字を書いてみる。左に払う一画目は、右に人差し指を傾ける(野球のカーブ)。二画目は右払いのところで、親指を押し込むようにして(野球のシュート)書く。人差し指の爪の角度が変わるので分かる。つまり、人差し指を軸にしてチョークを回すのである。

この感覚を掴めたら、チョークを回転させる、または、チョークの角の部分を意識しながら書く事を始めるのである。チョークの角がどこにあるのか、一回一回見なくても黒板に書きながら感じられるようになる。そうなると、中級として安定した文字が書けるようになるだろう。

チョークの使い方は私も大学時代に練習して身につけたのであり、特に誰かに習ったものでもない。恩師が板書した文字をその上からなぞって練習した。書道をやっていた私が書けないのはなぜかと考えながら、試行錯誤してきて身につけたものを、授業で教えている。最低半年間は掛かると思っている。隂山先生は、教師になって一年間修行したと話されていた。しかし、やれば結果はでる。

教員生活が30年として、その中の半年間、一年間をできるだけ最初の頃に持ってくるのが良い。できれば、教員になる前が良い。「先生、字がうまいですね」と言われるのも嬉しいが、何より何が書いてあるのか分からないまま授業を受けなければならない子どもたちの悲哀をなくせるではないか。

教える、伝えることが仕事の教師としては、しっかりと身につけたい基礎的な教育技術が、板書である。

さあ、みなさん。今すぐ黒板の前に行って書いてみましょう(^^)。これが先週の板書課題です。「世の中に絶えて桜のなかりせば / 春の心はのどけからまし / 古今和歌集△巻1春ー53△在原業平」/で改行し、△はひと文字分あけます。

2012/04/21

後暫く狂乱の時間は続く

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なかなか行けなかった彦根城の桜を堪能して来た。

満開の翌日という感じであった。
前日の雨で、一気に散り始めたと駐車場のおばさんは言っていた。

まあ、それは残念であるが、桜と言うのものは実にどうも奥が深い。
咲き始めも、満開も、散り始めもいいものだからである。
普通は満開を目指して花見に行くのであろうが、そこのタイミングがズレてしまっても大丈夫ということだ。

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彦根城の夜桜は、震えた。
散ってしまった桜の花びらが、雪になっているのである。

この光景は、実は満開よりも見るのが難しいかもなあと思いながら見とれていた。見惚けていた。

さらに、海津大崎、奥琵琶湖ドライブウェーの20キロにも及ぶ桜並木の中を走り抜けた。

一体全体何本の桜に出会い、何枚の花びらに包まれて来たのだろうかと思う。

京滋の桜。
比叡山、上賀茂神社、仁和寺と
後暫く狂乱の時間は続く。

2012/04/18

さくらに振り回される日々

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京滋桜の旅は続く。
まったくだから何だということになるのだと思ってはいるのだが、貧乏性の上に、写真好きで、国語をやっているものだから桜はどうにも見ないと落ち着かない。

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(お弁当を食べている人と比較すると、大きさが分かります)

背割堤の桜。
これは関西で見たい桜NO1のようである。
実に見事であった。
関西の三川が合流する大山崎にある。
この桜が1.5キロも続く。

なぜ、古人は土手、堤防に桜を植えたのであろうか。
これは逸話がある。
春になると、川は雪解け水で増水する。水の氾濫は政治にとって避けなければならない案件である。治水は政治だからである。

古人は、土手に桜を植えた。そして、花見を奨励した。
増水で土手が緩む頃、花見に来る庶民の足で土手を固めるのだ。
庶民を楽しませ、そして安全を守る。
実に素晴らしい政治だ。
仁政とはこういうものを言うのだろう。

午後は、野洲市と東近江市に向かう。
研究協力をしていただいている小学校に行く。
こちらはこちらで有り難く進め、帰りに琵琶湖湖岸を通って帰ってくる。

風が強く体感温度は寒かったが、美しい時間を過ごすことができた。
桜、琵琶湖、夕陽、ヨット、比叡山、比良山。
信長がこの場所をほしがったのがよく分かる。

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桜の時間はあと暫く続く。
仁和寺の御室桜まで駆け抜けよう(^^)。

2012/04/15

娘(4)が、木登りを始めた

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娘(4)が、木登りを始めた。公園で適当な木を見つけると登りたくなるようだ。
子どもは木登りが好きだ。多くの子どもが木登りが好きだ。木登りをしないようではダメだと私は思う。

なんで木登りが好きなのだろうかと思う。
体全体を木に預けて、うんうんと登って行くのが快感なのだろうか。
足がかり、手がかりを見つけて、工夫しながら行くのが楽しいのだろうか。

たぶん、遠くを見たいのだと思う。
高いところに立って、遠くまで見たいのだと思う。
「親」は木に立って(遠くを)見る人だというのに、子どもはそれ以上に遠くを見たいのだと思う。

小学校の1年生のときの事だ。
私が住んでいた団地には、青桐の木が沢山あった。
台風の日に、この木に登って60秒数えることができたら、一緒に遊んであげる。
これが、私が所属していた子ども社会の掟であった。

青桐というのは柔らかい木で、台風で良く揺れる。
だいたい団地の3階位までの高さにまで登るので、結構揺れる。
だけども、ここでビビってしまうと舐められるので頑張るのだ。
舐められるなんて言葉を知らなかった年齢なのに、やっていた。

もちろん、3年生位になっても登れない男の子もいた。
そういう子どもは、一人前の子どもとして扱われないでいた。
私たちにとっては、あれが子どもになるためのイニシエーションだったのだ。

まだ
「お父さん、怖いから手を貸してちょうだい」
と言いながらも、木に登る娘。
満開の桜の木に登った娘は、花咲か爺さんを思い出させたf(^^;。

やがて自分で、多少の怪我をしながら、もっともっと高いところに登って行くんだろうなあと思いながら、シャッターを切る私であった。

大津は、本当は、実に美しい。

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今日は、狂ったように桜を追いかけた。

朝、皇子山公園の桜を独り占め。
昼、家族でおにぎりを持って皇子山公園でお花見。
午後、三井寺でお花見。
夕方、膳所城址公園でお花見。
黄昏時、琵琶湖疎水入り口で、お花見。

もう、どこに行っても名所。
どこの桜も見ておきたい。
ああ、忙しい春だ。
ため息ばかりの春だ。

『奇麗だったねえ、桜』
と娘(4)に言うと、
「お父さん、ずーっと同じ事言っているね」
と言われてしまった。
まあ、そうだな。ずーっと言っている。

取りあえず、3枚の写真を。GR4で。
琵琶湖疎水のブルーモーメント。
体中が青に染まりながら、シャッターを切っていました。

写真はサイズを小さくしただけで、何も加工はしていません。
時間の変化で空の、水の色の変わるのを指先で感じていました。

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大津は、本当は、実に美しい。

明日の教室。星幸広先生。 圧巻でした。

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明日の教室。星幸広先生。
圧巻でした。

電話での話し方、直接お会いしてからの会話。穏やかな先生という言葉がぴったりの先生でした。ところが、講座が始まると、言葉は丁寧でありつつもその溢れる情熱。先生を守ろうとするあれこれ。本当に凄かった。

星先生は警察庁で歴代四人の首相のSPのボスをされた方。海外に警護で向かう事20カ国以上。晩餐会でも必ず首相の隣に座っていたとのこと。たとえが適切かどうかは分かりませんが、銭形のとっつぁんのもっと凄い方です。

その星先生は、定年前に退職されてタイに永住しようと2ヶ月間タイで言葉を学び、家も決めて帰国したところから、人生が大きく変わったそうです。そこから大学に来てくれないかと言う話になり、タイでの人生はなくなりました。因に帰国した翌日にあの地震と津波があったそうです。

先生の主張は極めてクリアでした。

学校の先生はこんなに素晴らしい事をしている。私利ではなく、公共のために働いている。親ですら教えられないことを教えて下さっている。そんな先生が苦しめられる状況はどう考えてもおかしい。ではなぜ苦しめられているのか。それは学校がきちんと対応をしてこなかったからだという話でした。

今回の講座ではその対応の仕方を具体的に話して下さいました。
http://togetter.com/li/287972

私は先生のご著書『先生!親ってそんなに怖いんですか? 親対応の基本中の基本』を呼んでから是非、明日の教室にお招きしたいと考えていました。東京分校でもお招きしていましたし。

世界を相手に安全管理をされて来た先生から見ると、学校の安全管理はもう危なっかしくて仕方が無いのだと思います。

「信念を持ってブレずに仕事を進めている先生は、法が守ってくれます。大丈夫です。そして、その法に守ってもらう為の準備をしっかりしておけば大丈夫です。先生と言う仕事は素晴らしい仕事です」

星先生は、私たちに最大のエールを送って下さいました。
今回は、年度の始めにこの講座を是非受けていただきたいという思いから、この日に設定しましたが、残念ながらやや参加者が少なかったかと思います。

ですが、DVDは必見です。本当に日本中の職員室に一枚は必ずあって、校内研修会で見ていただきたい内容です。若い先生だけでなく、校長先生にも是非見て欲しい内容です。

お忙しいところではありますが、またの講座もお願いしました。そして、夏には.....。これも凄い事になりそうです。

星先生、本当にありがとうございました。
また、是非お願いします。

2012/04/14

夜桜追加写真

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やはりこの手の写真は京都の夜桜には必要かなあと。

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有料のお座敷の方にお呼ばれしておりました。

実はここが嬉しかった

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普段は殆ど学生たちの事を褒めない私であるが、今回はいいなと思ったのでメモを残しておく。

仕事の本質は何かと言えば、無茶ぶりである。
それは私の興味や関心ではないと言えるのは、学生時代の勉強や趣味道楽においてであって、仕事においてはありえない。あなたの興味や関心とは別に、降ってくるのが仕事だからである。

私は体育会系のむちゃくちゃな暴れ方は好んではいない。
学生時代、下宿をしていた世田谷のアパートの近くの銭湯では、近くの大学の剣道部の部員が、先輩が入ってくるとあの浴場に馬鹿みたいに響く大声で挨拶をしていたのを今でもはっきりと覚えている。

自分たちでやる分には良いが、周りへの迷惑が分からない部の伝統とやらは、いいかげんにしてほしいと思っていた。

ではあるが、多少の無茶に耐えられる位の「練習」はしておく必要があるとも思っている。
『どんな先生が現場に必要ですか?』
と教育委員会の先生に聞くと
「打たれ強い先生です」
という言葉が返ってくる。

ということで無茶ぶりもするのだが、先日のゼミの花見で、
『一発芸をせよ』
と言ったところ
「じゃあ、4回生から順番でやろう」
と言う声が出た。

実はここが嬉しかった。
あほなことをやろうとすること。
さらに、「じゃあ三回生からではなくて四回生からやる」というところだ。

体操の業を見せるもの、告白したい人が出来たと宣言するもの、一発芸が無いので無茶ぶりをして下さいとお願いするもの。実にアホである。それを見た三回生は、随分と楽になった事であろう。実際、三回生もアホになっていた。

面倒くさい事を、先輩が先に笑顔で引き受ける。
そういう流れが私のゼミに伝統として出来て来たとすれば、これは嬉しい。

見下ろすように見上げていた

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昨日の花見の後遺症もあり、ゆっくりと起床。
ではあるが、昼前に出掛ける。
地元の公園に一人で出掛ける。

曇り空ではあったが、満開の桜。
草が生え揃って来た桜の森で、寝転んでみた。

もう、言葉が出ずに小さな叫び声が出た。
その後に、ため息が出た。

京都駅から二駅先の大津京駅。
そこから歩いて来れる場所。
平日とは言え、私の周りには誰もいなかった。

30分間、草のベッドに体を横たえて空を見上げていた。
桜の空を見上げていた。

限りなく美しい空を、見下ろすように見上げていた。

2012/04/13

昨晩は、2012年度池田ゼミ、3、4回生の花見

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昨晩は、2012年度池田ゼミ、3、4回生の花見。
ゼミを終えてから円山公園で行った。
忙しいときほど良く遊ぶ事が大事(^^)。

特に円山公園にこだわっているつもりも無いが、毎年ここで行う。
昨日は、絶好の花見日和であった。
満開、無風、暖かい。
これも日頃の行いだ(^^)。

場所取りに先発隊が出掛けて行き、ベストの場所を手に入れた。
そして、乾杯をして宴。

花見のときに忘れては行けないのが、灯りである。
夜桜は、桜を美しく見せるが手元の料理は見えない。
見えなくなると味が一気に、まさに味気なくなる。

ランタンを持ってこさせ、私はキャンドルを持参。
その場でキャンドルランタンを作る。
http://www.youtube.com/watch?v=Tgq79-a13dk

このランタンは、自分の方に向けない。相手に向ける。
そうすると周りが明るくなる。
なんでも説教にしてしまうのは良くないがf(^^;、自分を照らすのではなく一人一人が社会を社会を照らすとこんなにいいものになるのかという感じを抱くな。

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「一発芸が出来ないので無茶ぶりして下さい」
という学生がいたので、
『では、花見に来ている外国人観光客に声をかけて、お招きしてくる事』
と指示を出す。
結局4名をお迎えできた。
日独などの友好を深められたりして面白かった。

宴の後、祇園は白川通を歩きながら帰った。
染井吉野は今週末がピーク。
この後は、山桜、八重桜と京都の桜は続きます。

円山公園、祇園の夜桜の写真は、こちらです。
もう一回位花見しようかなあ(^^)。


まだ早いかと思ったが、桜は結構大丈夫

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教務委員の仕事と授業の準備を日の出から初めて、昼過ぎに終える。家と大学とで進める。

その後、京都市内に向かう。
車で向かおうかとも思ったが、京都東インター付近の渋滞を見て諦める。
これ、休日だとさらに大変な事になると思うが、まだ平日なので電車で行けば大丈夫だと判断。

まだ早いかと思ったが、桜は結構大丈夫。
今回は高瀬川のみ。
午後の桜と食事後の夜桜を堪能する。

世界中からこの桜を見に集まってくる。
京都は、テーマパーク京都なのである。
1200年かけてこのテーマパークに育てているのである。

(桜なんてどこでも同じじゃん)
と思うだろうか。私はそう思っていた。しかし、流石は京都であった。
日帰りでも良いから見ておくべきだ。
というか、宿は今からではとれないだろう。

どうしても宿と言うのであれば、大津のホテルを捜すのが懸命。
そして、今週末には明日の教室がある。
学んだ後に、学ぶ前に京都の桜を堪能する事も出来ます。

2012/04/09

狂おしい大学の夜桜

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本日授業開始日。
教科教育法(国語)、3回生ゼミ、国語科教育法1と三つ。
教科教育法(国語)は、1限。
気合いが入る(^^)。

やっぱり授業が無いと、学校は面白くない。
授業だ。授業。

で、この中の授業の一つに、私の授業を受ける為だけに、片道3時間掛けて通ってくる学生がいることが分かった。うーむ、気合いが入る。

往復6時間掛けて受ける90分の授業。この6時間掛けて来てよかったと思える授業を作らねばならない。気を引き締める。

授業が終わって、事務処理をあれこれして、帰宅しようと思って研究室を出た。
(あ、春の夜の匂いだ)
なんとも狂おしい匂いだ。
桜は咲き始め、キャンパスの灯りで輝いている。
これはもう撮影するしか無い。

GR4を片手にしてキャンパスを歩き回る。

一枚に絞れずにFlickrにアップ。狂おしい大学の夜桜。
GR4の威力にも改めて驚く。

http://www.flickr.com/photos/ikedaosamu/sets/72157629775602181/

京都の狂った季節が始まった。

2012/04/07

今年も新入生キャンプが終わった

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(ドラゴンボートのレースを見つめる 雲のドラゴン by iPhone)

今年も新入生キャンプが終わった。
入学後の一週間で、京都橘大学は初年時導入プログラムを行い、そのフィナーレで新入生キャンプを行う。

この一週間を取り仕切るのがオリターである。オリエンテーション コンダクターの省略と言われている彼らは、上回生のガイドである。児童教育学科のオリターは、三ヶ月前から準備に取り組み、新入生達のために全力を注いできた。

どんな新入生がやってくるのかが分からない中で、その後輩のために想像力をフルに発揮して、準備を重ねる。

力。
これは、誰かのために自分の持っているものを発揮した時に、形に現れる。
本当の力というものは、誰かのためになる。
自分以外のもののを幸せにすることが出来る。
そういうものを力と呼ぶ。

私はそう考えている。

今回の新入生は、寒かった。
6年間やってきて、一番寒かった。
二月下旬の寒さもあった。
その中で琵琶湖でカヌーやドラゴンボートをやったわけだ。

新入生は
「寒い」
「疲れた」
と口々に愚痴をこぼす。

しかし、オリターたちは、当然愚痴などはこぼさない。
それどころか、
「新入生達大丈夫かな?」
「疲れていないかな」
「一人の子いないかな?」
と。

私たち教員は、そのつぶやきを傍らで聞きながら、上回生オリターたちの成長を喜ぶ。

さ、授業は月曜日からだ。
いくぞ。2012年度。

2012/04/05

事に仕えつつ、自分で考えて辿り着くことを大切にする

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大学生までは、自分の興味 や希望で進路を決めて来た。いや、仕事に就くまでそれかもしれない。しかし、仕事はあなたの興味や希望とは全く関係のないところで動いている。降ってく る。これを受け止めて処理して行く。すると、(ははあ、そういうことか)と三年後位にあれこれ分かりだすもんだ。

なぜなら、仕事とは、事に仕えるということだからだ。事が先にあって、そこに人が仕えるということなのだ。あなたの興味や希望が先にあるのではない。しかし、その事はあなたを選ん で降って来た。(なんで俺?)と今は思うだろうが、そこに集中してやる事だ。10年後、驚くぞ。

今日、新任の先生になった卒業生の学校に出掛けて行った。卒業生は言った。
「先生、先生の仕事は凄いです。何とかなるかと思っていましたが、もう大変です。舐めていました」
この卒業生は比較的優秀な学生であった。それでも、こうである。ま、大丈夫だと思うが、大変なのである。

ではあるが、やがて
(この仕事は何か大 きな可能性を持っているな)
(これは、今は横に置いておこう)
のように判断できるようになる。

なぜか。それは良書を選べるようになる事と似ている。乱読の 経験のある者は、良書を選べる。良書が降ってくるようになる。仕事も同じようなものだと思う。

ところが、
「この本にこう書いてあり ます」と私が大学の一年生のときの授業で漢文の恩師に言ったところ
『だから何や?」
と言われた事がある。
「だからダメなんや」
とも。

書いてある事を発見した勉強も大事。だが、それが本当のことと最初から信じ込んでしまうのはダメ。また、調べて答えを出す事だけに 頼ってもダメ。自分で考えて辿り着くと言う事も身につけなければ。恩師はそれを『だから何や』の一言で教えてくださった。

時間と体力があるというこ とは、がむしゃらができるということだ。がむしゃらにやることでしか身に付かないことがある。がむしゃらは、遠回り、回り道の仕事のやり方に繋がる事が多い。だが、そうして仕事の本筋を見抜けるようになるものだし、その回り道はやがて本道になることもある。

事に仕えつつ、自分で考えて辿り着くことを大切にする。

桜の咲き始めた京都。
スタートは美しい。
後は、まあ、やるしかないなあ(^^)。

2012/04/04

研究の準備と設定とあれこれあれこれ

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皇子山公園の初御代桜が咲き始めて一週間後位に、大学の桜が咲くのだがその通りになった。本日、大学の桜は開花しました。いやあ、嬉しい。

これから京都は狂乱の時間となります。
日帰りでも、京都の桜は見ておくべきだと思います。
すごいです。

で、午前中は、家で仕事。研究の準備と設定とあれこれあれこれ。十分に考えて準備をしたはずなのに、ふと気になって考え始めるとあっというまに時間が過ぎてしまう。時間がいくらあっても足りないと思う。

じゃあ考えなければ良いか? 本を読まなければ良いか?当たり前だがそれは全く違う。そんなことをしたら、息も出来なくなってしまう。考えることの面白さと大変さ。それは裏表。片方だけを手に入れることは無い。面白いときも大変さはあるし、大変なときにも面白さがある。

昼過ぎに大学に行く。今日は年に一度、大学の全教員が集まって自己紹介をする日だ。こんなことをする大学はあるのかどうか分からないが、うちは伝統的にこれをやっている。新任の先生は50秒。それ以外は一人30秒。持ち時間だ。過ぎるとチャイムが鳴る。
でまあ、これがなかなかいい。顔が分かると言うのはいい。声が分かると言うのもいい。みんなで京都橘大学をもっと良い大学にしようという思いが交流するのは良い。

ではあるものの、約束の時間に間に合わないので途中で退出する。
その後、325iに乗って私の研究の依頼を引き受けて下さった小学校に向かう。新年度の一番忙しいところに、大変申し訳ない。申し訳ないのだけれど、このタイミングでしかできない研究なので、お願いしてみたところ有り難いことに引き受けて下さった。

帰宅したのは、21:00を回っていた。
そういえば、今日は昼ご飯を食べてなかった。
そういう一日であった。

2012/04/02

私は律儀な正直者だったのか(

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ということで、昨日はエイプリルフールであった。

エイプリルフールに嘘をつく律義者は、嘘つきなのだろうか、正直者なのだろうかと考えながらも、律義者の私はこの日の為にあれこれ考えていた。

因に、いままではこんなことになっている。

四年前は、http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2008/04/post_7e95.html
去年は、http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2011/04/post-2094.html

今年は、実はこんなことでやろうと思っていた。

「グーグルマップの地図を使ったGT6が開発の途中にある。」

ところが、驚いたことに、GoogleMap ドラクエ風に8ビット化となっていて、思い切り被ってしまうことが判明。泣く泣くこのネタをメインに使うことは諦めた。このドラクエマップは、今年のエイプリルフール大賞にもなったようなので、ま、私の感性が鋭かったということで満足しようと思う。

そこで急遽律儀に考えたのが、

「どうやら今度の中教審の答申には、教員養成課程を担当する大学教員は、現場経験が3年以上必要であると言うことが明記されることになりそうだ。看護学部の大学教員が現場経験を3年経ないとなれないのだから、説得力あるなあ。」

というネタ。

これは、前半がウソ。後半の看護学部の下りは本当。
ただ、この前半も完全に嘘かと言えばこれは怪しい。3年以上内となれないと言うのはどうかと思うが、教職課程を担当する大学の教員に現場経験者を入れよという流れは、教職大学院が出来たところから始まっている。中教審の教員の資質を向上させる部会の審議過程等を見ていると、この流れは加速しそうな感じがある。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo11/sonota/1301982.htm

ちなみにオーストラリアでは、教職課程を担当する大学の教員は、現場経験者であることというのは実施されている。

なんだか何が本当だか分からなくなって来たが、これからの教育界はますますもって、
(え、それ、本当?)
ということが起こる可能性があるので、私がついたウソは本当だったと言うこともあり得るかも。

なーんだ、私は律儀な正直者だったのか(^^)。

新しい時間が流れ始めました

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平成24年度が始まりました。
明るい入学式が行われました。
学生の代表では、私のゼミの学生が歓迎のことばを読み上げていました。

入学式後の保護者会では、もの凄い数の保護者の方が集まりました。最初のころは大学で保護者会というのはなんか変な感じもしましたが、元女子大学ということもあり、本学の良い伝統になっています。

その後、学科会議を延々と行いました。
新しい教員をお迎えして、ケーキで歓迎会を開いて、その後延々とf(^^;。
学科としての指導の方針を確認するためにあれこれです。

どこの学校も四月の頭の会議は、本当に大変です。
新しい仕事の分担や一年間の準備などでてんてこ舞いです。
しかし、ここを丁寧にやっておくことが、あとあと安定した指導に繋がるので、ここは丁寧にやります。

桜はまだ咲いていませんが、
キャンパスには多くの新入生が明るい顔をしていました。
新しい時間が流れ始めました。

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