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2012/04/05

事に仕えつつ、自分で考えて辿り着くことを大切にする

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大学生までは、自分の興味 や希望で進路を決めて来た。いや、仕事に就くまでそれかもしれない。しかし、仕事はあなたの興味や希望とは全く関係のないところで動いている。降ってく る。これを受け止めて処理して行く。すると、(ははあ、そういうことか)と三年後位にあれこれ分かりだすもんだ。

なぜなら、仕事とは、事に仕えるということだからだ。事が先にあって、そこに人が仕えるということなのだ。あなたの興味や希望が先にあるのではない。しかし、その事はあなたを選ん で降って来た。(なんで俺?)と今は思うだろうが、そこに集中してやる事だ。10年後、驚くぞ。

今日、新任の先生になった卒業生の学校に出掛けて行った。卒業生は言った。
「先生、先生の仕事は凄いです。何とかなるかと思っていましたが、もう大変です。舐めていました」
この卒業生は比較的優秀な学生であった。それでも、こうである。ま、大丈夫だと思うが、大変なのである。

ではあるが、やがて
(この仕事は何か大 きな可能性を持っているな)
(これは、今は横に置いておこう)
のように判断できるようになる。

なぜか。それは良書を選べるようになる事と似ている。乱読の 経験のある者は、良書を選べる。良書が降ってくるようになる。仕事も同じようなものだと思う。

ところが、
「この本にこう書いてあり ます」と私が大学の一年生のときの授業で漢文の恩師に言ったところ
『だから何や?」
と言われた事がある。
「だからダメなんや」
とも。

書いてある事を発見した勉強も大事。だが、それが本当のことと最初から信じ込んでしまうのはダメ。また、調べて答えを出す事だけに 頼ってもダメ。自分で考えて辿り着くと言う事も身につけなければ。恩師はそれを『だから何や』の一言で教えてくださった。

時間と体力があるというこ とは、がむしゃらができるということだ。がむしゃらにやることでしか身に付かないことがある。がむしゃらは、遠回り、回り道の仕事のやり方に繋がる事が多い。だが、そうして仕事の本筋を見抜けるようになるものだし、その回り道はやがて本道になることもある。

事に仕えつつ、自分で考えて辿り着くことを大切にする。

桜の咲き始めた京都。
スタートは美しい。
後は、まあ、やるしかないなあ(^^)。

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