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2012/05/17

決定打は出ない。こう言うとき、どうしたら良いのであろうか

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(オーロラが出たかのような琵琶湖の空)

二回生ゼミは、小学生の書いた作品(詩)を読解する。レポーター2人がよく調べ考えてと、かなり丁寧に準備をして来たので、持ち時間の40分を大幅にオーバーして70分ぐらい発表と議論が行われた。最後の10分で私がコメントして簡単な整理となった。最初の発表がこのレベルにあるのはなかなかいいな。

作品を読んで感じた違和感を丁寧に拾う。違和感は言語化できないから違和感なのである。レポーターは自分の違和感をレポーターグループのメンバーに伝え、それをメンバーの中で言語化して行くと言うことを繰り返す。そして、その違和感を言語化し、問いに作り上げその答えまたは仮説を考えて発表に臨む。その考えを提出するために発表の構成、発問、展開を考えて発表に臨む。

今回の読解で引っかかった言葉は、「やっぱり」ということば。この言葉は論理的な接続をするように見えていて、感情の度合いが高い。また意味が4種類あるので、どの意味で子どもが使っているのかを考える必要があった。4種類から一つにするには、文脈の理解が必要になる。

発表者の展開を引き受けて私が議論を構築した。当初、二つの読みの可能性があることを指摘し、どちらかを◯×で決めさせて議論を展開するということを私は考えた。ところが学生の方からもう一つの可能性もあると声が出た。こういうのが面白い。こういうのがあるゼミは面白い。

私は、その可能性はあると考えていたのだが、議論をシンプルにしようと二つにしておいたのだ。しかし、学生が三つ目を出すというのであれば、議論が深まる。子どもの書いた詩をテキストにして、何が読み取れるか。それぞれのグループに分かれて主張の根拠の部分を作品内に捜させた。そして、相手の意見を批判しながら、自説が正しい事を主張していく議論の時間を生み出した。

三つの立場の根拠は、それぞれ出てくるには出てくるのだが、決定打は出てこない。
『私は作品から主張の根拠を捜せと指示を出した。ところが、決定打は出ない。こう言うとき、どうしたら良いのであろうか?』
と発問をした。学生達は考え込んだ。

答えは実は極めてシンプルである。三つの可能性があるとして、そのままにしておくのである。決定打が出ない以上、決めつけることは出来ない。可能性を残し、その可能性を観点にして子どもの様子を見るのである。

子どもの作品は子どもの作品として鑑賞することが大事。これはテキスト論的な読み方。しかし、子どもの事実、文脈の中で読むことも大事。これは作家論的な読み方と言っていいだろう。
(ははあ、あの子の言いたかったことはこれだったのね)
と後から分かることがある。それで良いと私は考えている。決めつけてしまって間違えるより遥かに良い。

『子どもの作品は、その作品のテキストの中にあることからだけで、読み解かなければならない。テキストの中に決定打が無い時は、決めつけるのは危険である。可能性を確認することが大事。可能性というとカッコいいが、要は宙ぶらりんということである。そして、宙ぶらりんは居心地が悪い』

『居心地が悪いから、安定したところに落ち着けたくなる。実は、これが君たちが先生たちに対して不信感持つ要因として結構大きなもの占める決めつけの中身なのである。宙ぶらりんの居心地の悪さに耐えつつ、さらに子どもの事実と文脈で子どもの作品を読んで行けるようにならねばならない』

『決められないものは、無理矢理決めてはならない。そして、決められるものをしっかりと決めるべきである』

来週の子どもの詩の作品の読解も、非常に楽しみである。

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