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2012/07/02

だって、万葉集面白いんだもん

‎7/2

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(今日の夕暮れ。東の空に西の夕焼けが反射していました)

今日の教科教育法(国語)は満載。ライティングワークショップ、群読、さらに短歌から俳句へという流れについての授業であった。WWでは、先週までの私の指導方法つまり、入り口を狭くして書きやすくする方法と対比させながら考えさせた。客観主義と社会構成主義の観点からも比較してみた。



群読では、仏教の声明の話、家本芳郎先生の話、群読の構成の仕方を話しつつ、実際に小さな作品をやってみた。単純にみんなで声を出すのは気持ちの良いことだということが分かる。小学校では呼びかけがあるので、群読の指導に長けていることは大事だろう。



読み方として、テキスト読み(音訳)と朗読読みのあることを説明する。物語文などでは朗読読みをして感情を入れて読むことが多い。先生の解釈を読み方で示し、その解釈で子どもの読解を促す。小学校低学年には必要だ。ところが、高学年になってくるとその感情が耳障りになってくる。



先生の読解の押しつけが耳障りになり、恥ずかしくなってくる。中学校では私はテキスト読みをメインとして物語文を読んでいた。感情を入れる読み方で読むと、生徒達が自分でそこにある感情を読み取る時の邪魔になるからである。だからこの二つの読み方を教師は出来なければならない。



逆に言えば、感情をしっかりと入れて読むと、よく分からない古文も実に分かってしまうものなのである。今日は見本として「那須与一」を朗読読みで読んでみた。他にも「高名の木登りといひしをのこ」などは朗読読みで読むと一発で分かってしまう教材である。お試しあれなのである。



で、本日のメインの「短歌から俳句へ」の流れの説明。約1300年間の日本の和歌の歴史を30分で説明しようと思った私が間違っていました。こことっても面白いんだよねえ。やっている私が楽しい。予想通りだったのは、短歌から俳句が生まれたのを説明できない学生が多数だったこと。これは残念。



小中学校で短歌や俳句を作らされたことの無い人は少なくないだろう。日本の学校ではその優劣は別にして、作らされる。そしてこれは日本人の共通した教養として捉えられていい部分だと思う。しかし、詳しく教えられることは無い。非常に勿体ないことだと思っている。義務教育できちんと教えたい。



その為には教員がしっかりと理解する必要がある。今日は短歌から俳句への1300年の歴史を9ページに簡単に纏めたプリントを使って説明を始めたのだが、1ページ目で玉砕であったf(^^;。だって、万葉集面白いんだもん。例えば、なぜ資料集には二番歌からしか載っていないのか。



相聞歌の大津皇子と石川郎女の「ふ・ざ・け・る・な」の話。東歌「多摩川に さらす手作り~」とジブリの「耳をすませば」の話。これらの話をしながら、人間の本質、日本人の根っこの部分をあれこれ考えるのだ。これでまだ万葉集で話したいことの半分以下f(^^;。終わらない。特別講座かな。



来週は、課題で出してある作句をもとに句会をやって、残りの8pを突き進むぞ。それで終わらなかったら本当に、特別講座かな。幼児教育コースの学生達や英語コミュニケーションコースの学生達にもこの内容は理解しておいてほしいなあと思いつつ、来週の準備に突入するのであった。

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コメント

私も受けてみたい講義ですね。こういう学びは一方的な講義形式が一番。ただし、語りの上手さが必要です。落語で鍛えている池田さんの場合には心配はありませんが(笑)。

ありがとうございますf(^^;。
ですが、私、落語は一席もできないんです。専ら聞くだけ。聞くだけでも40年も聞いていれば結構体に入って来ているようです。

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