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2012/09/27

学級担任論が今日から始まった

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後期の授業の柱の一つ、学級担任論が今日から始まった。
48人の受講生はちょうどいい。
一回目の授業は、私は基本的には笑いは入れないのだが、殆どの学生が私の授業を受けた事のある学生たちだったので今回は少し入れた。

その事を今日の最後に話した。
すると、学生の感想でそれを驚いているものが割とあった。
私が笑いをコントロールしていることに驚いていたのだ。

『アホか?』

と言いたい(^^)。
その位コントロールできなくてどうする。

この学級担任論の授業を受けると、

1)教師になりたくなくなる。
2)でも、なんとか頑張ろう。
3)ああ。小中学校の先生、ごめんなさいと思う。
4)この授業を受けないで教師になる他大学のみんなは大丈夫なのか?
5)もっと勉強しなければ

という思いを15回の授業の中で思う学生が多い。

大学に移って8年目である。
が、まだ大学で学級担任論を授業として扱っているところは殆どないようだ。
中教審の「教員の資質能力向上特別部会」の答申によれば、
学級担任の仕事は、大学院できちんと扱えとなっている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo11/index.htm

自分で言うのもなんだが、やはりこれは大事だと思う。
私の感覚では、授業が出来なくて退職する一年目の先生は居ないと思っている。
授業ではなくて、学級経営(主に学級作り、学級事務、保護者対応)で大変なことになっている。

たかだか15回の授業で、学級担任の仕事を教え切る事が出来るとは思わない。私が示したこの授業の大きな目標は、

    1)    学級担任としての足下を固める。掬われないように、倒れないように。
    2)    学級担任の仕事の目次項目を頭に入れる。
    3)    学級担任の仕事を真似してみる。

である。   
ま、できないだろう。
その出来なさをどうクリアして、成長に繋げるかがポイント。

校長にならない教員はいる。
しかし、担任にならない教員はいないと考えている。
だとすれば、教員養成過程では学級担任の仕事を教える授業を優先して扱うべきである。
全国の教員養成大学で、必修の授業にすべきだと思うのだ。

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コメント

学級担任論、当たり前です。担任の仕事は大変です。私は37年前、大阪で初めて担任になって、ほんとに何もわからないまま教員を始めました。
大学での勉強などこれっぽちも役に立ちませんでした。
3年生でしたが、今と違って子どもたちも素直でフレンドリーでしたから、子どもにいろいろ教わりながら、足をすくわれることなく初めの一年を過ごすことができました。
今は初任者研修担当がつくのでーそれも予算がないので1対1でなく、また学校事情、担当者事情できちんとできてなかったりするようですがーだいぶん違いますが、大変な事ではあります。
その後担任を外れてから、荒れたクラスの立て直しに飛びこまされ、全くの新任講師に任すために、児童に指導する細かい内容をまとめてみたら実に100以上の項目があげられました。
学級の集団生活をトラブルなく過ごすためには細かい事がたくさんありその一つひとつをおろそかにしたら学級崩壊につながります。
あるいは、「強権的」か「強引」な学級経営が必要になってくるでしょう。学級担任論、担任になってみないとその重要性は切実にはわからないでしょうがきわめて重要です。期待しています。

ありがとうございます。

学校教育現場で担任をしたことがあるのであれば、担任の素晴らしさと大変さは十分に理解されるでしょうが、これが教員養成の現場では殆ど顧みられないというのは、実に不思議で困ったことだと考えています。

中教審の答申でここにも光が当たり、教員養成で行われるようになります。いよいよだと考えています。

いつも先生の言葉&空の写真を楽しみにしている学校司書です。
校内での立ち位置からいうと専科のような感じですが、クラスの安定は私たちにも大きな影響があります。
安定しないクラスが図書館にきても意味ある時間は過ごせません。
せっかくもらった学校図書館活用のための学び方指導をしても耳に入らず、静かに読む時間ですら友達とのおしゃべりに費やしてしまう。
むしろ教室で他のことをしてくれた方がよっぽど良いとさえ思います。
客観的に見られる立場だからこそ、担任と子供とのやりとりからそのクラスの様子を感じ取れます。
加えて担任と学校司書の関係が良いクラスは子供も学校司書との距離が近くなり、いろいろなサポートがやりやすくなります。
学級担任論がますます広がることを切に願います。

なあさん
荒れたクラスが図書館に着たら大変でしょう。私は永年司書教諭をしてきたのでおおよそ想像がつきます。
転勤して5年生の担任になり、初めての図書の時間、図書館に連れて行って静かに座って読書させようとして、子どもたちと大ゲンカになったことがあります。
私にとっては静かに座っって本を読むのは当然だったのですが、子どもたちはそれまでの4年間、図書の時間はぶらぶら図書館内を自由に散歩する時間だったようで、子どもたちは、「今まで好きにできたのに、なんで座って本を読ませるのだ」というのです。
呆れました、そんな指導しかされていなかったのですね。
それは指導でもなんでもなく、放置にしかすぎません。
それで本を読む力などつくわけありません。
図書館担当として(まだ司書教諭が必置でなかったころでした)情けない思いでした。そこで先生方に読書指導の仕方、図書館の使い方などの講習会を持ちました。
そこでわかったのは、ほとんどの先生が、習慣として、楽しみとして本を読まない事でした。もちろん図書館など使ったこともないという現実でした。
これではいくら、文科省が「図書館の機能を使って・・・」と言っても絵にかいた餅ですね。

その点池田さんの大学では一年に100冊本を読め!と教えているそうなので多少安心ですが。

 さて、子どもたちに一番効いたのは、「図書館は本を読むところです。読む力をつけるところです。だから、図書の時間は漫画や漫画で書かれた本、趣味の本、遊びの本はやめておきましょう」という理念・機能の説明と
「図書の時間は好きな本を読んでいいのです。でも、5分以内に読む本を選びましょう。自分で選べない人は先生の選んだ本を読んでもらいます」という指示でした。
自分で決められるのに、先生の決めた本を読まされるのが嫌なのか、す~っと本を選んで座るようになりました。
もちろん、読めない子どものために、「お勧めの本リスト」や機会をとらえて友達同士で紹介しあうなどの活動も必要です。
一度やってみてください。
ちなみに、絵本や薄い本を持つ子もいるので、
「薄い本や時間内に読み終わると思う本を持っている人は、時間内に交換に行かずに済むように2,3冊手元に置いておきましょう。」
と指示しておきます。途中で席を立つことが崩れる元ですから、交換などで立ち歩かないように事前に、つまり一番初めに指示しておくのです。

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