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2012/01/07

「友」という字に難儀している

1/7

午前中は、髪を切りに行く。年末に切る予定であったが予約が入らなかったので、今日ということに。
もう15年近く私の頭を見てくれている人なので、座ればほとんど何も言わずに仕上げてくれる。楽だ。で、あれこれ最近評判のラーメン屋の話なんぞをしながら小一時間で。ああ、すっきり。

昼ご飯は、これまた行きたかったカレーとラーメンの店。 昨日の昼に寄ったのだが、1/7からということで残念でした。再チャレンジで美味しく頂く。
八王子系のラーメンに本格スパイシーカレーで、実に上手い。アチャールもあって辛みの調整もばっちり。私はここで食べると自分でもビックリする位の汗をかく。頭皮からかく。これもいい。

Ebisuya

午後から、姪っ子の書き初めの宿題につき合う。筆の調子が悪いと言うので、近所の店に買いに行く。初心者の筆は硬い毛を選ぶのが良いのだが、なぜか柔らかい毛で書かせる指導者がいる。知らないのだろうな。硬い毛の筆を買って上げる。

一緒に行った娘も欲しそうにしているので、面白い筆ペンを買ってあげる。私は先日一本買ってその書き味に参ってしまった「極細 朱色 あかしや 新毛筆」を買いだめする。相当いい。黒も買おうと思って捜したがない。店の人に聞いたら、売り切れとのこと。ああ、分かる人には分かるのね、この書き味。

で、帰りは公園。娘と姪っ子は走り回る。お父さんでありおじさんである私は二人の
「見て、見て!」
「見て、見て!!」
という声に反応しつつ、安全を確認しつつ、笑顔で応え、写真を撮って、手を振る。
実に大変だが、こんなことが出来るのも今年か、来年が最後だろう。さすがに姪っ子は来年はこんなことはしないだろう。

遊んで帰って来て車をちょっと離れた駐車場に置いた所、娘と姪っ子が隠れてしまった。本人達はふざけて遊んでいるだけだが、交通量のあるところでの遊び。厳しく叱る。
「おとうさん、ごめんね」
と娘が言ってくるが、
『ごめんなさいだろ!』
と叱る。
「ごめんなさい」
と直ぐに言い直す娘。
『とても心配したんだよ。車のある所では、遊んでは駄目。いいね?』
「うん」
『そうか。それならもう一つ近い公園に行こうか(^^)』
「うん!」
父は娘に甘い。

月が出ていた。

Photo

夕ご飯前にもう一度、姪っ子の書き初めの練習につき合う。
「友」という字に難儀している。この字を奇麗に書くためには、

1)△の外形(結構)の中にあることを理解する。
2)二画、三画、四画では、一番短いのが三画で長いのが四画であることを理解する。
3)三画目の最初の横棒が一画目と平行ではなく、やや上に上がっていることを理解する。
4)右払いを決める。

この四つができると良い。
まず、私が何も言わずに書いてみて、その次に上記の四つを説明しながら書いてみて、最後に一緒に筆を持って説明しながら書いてみる。すると、このうちの3)と4)は一発で出来るようになった。ミクロの方は割とすぐに修正がきく。しかし、マクロの1)と2)は実は結構修正が難しい。頭では分かっているのだが、できないのだ。身体に字形が染み付いているので、これを取り除くのは難しいのだと私は考えている。

ここの部分を直すのは、練習して小脳を鍛えるしか無いと思っている。筆の動かし方も運動なのだ。ま、でも一発で3)と4)が治ったのは、結構センスがいい。楽しみだ。

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イタリアン料理を大量に食べて、この日は休肝日で寝る。


まあなんというか、ダイエットだ

1/6

今回の帰省は、カレンダーの関係と授業日の関係で東京に長くいられるので、いつもの帰省では出来ないことをしている。

自分の身体のメインテナンス。通い慣れていた整体の先生の所に行き、身体のひずみなどを整えてもらう。いつも後回しにしている自分の身体だが、メインテナンスをしながらつき合って行くのを普通にしていくことを今年から考えたい。

午後からは娘と姪っ子を連れて、温水プールに向かう。 夏休みは入場制限が出るほどに人気の場所だが、流石に正月は空いている。ただ、ここはとてもいい。大人2時間500円。子ども200円。駐車場300円。つまり、1000円で楽しめるのだ。中には、プールの他にジャグジーやスラーダーや流れるプールもあり、十分楽しめる。

流れるプールでは、両腕に娘と姪っ子を抱えて歩く。まあなんというか、ダイエットだ。そう思って歩く。これも幸せの一つの形なのだな。

身体を動かせば、夜はゆったりとねむることができる。

2012/01/05

1/4は私が恩師に会う日である

1/4

1/3が教え子と会う日なら、1/4は私が恩師に会う日である。大学卒業以来ほぼ毎年ご自宅に伺っている。

聖蹟桜ヶ丘で買い物をするという親戚たちを車で送り届けてその足で、先生のご自宅に向かう。向かうのだが、途中でどうしても食べたいラーメンがあって、立ち寄る。
(替え玉はしないぞ)
と誓ってのれんをくぐったのだが、もろくも崩れた。

Tamazo

「たまぞう」
美味しいんだよね。8年前、学芸大学の大学院に通っているときは、週に一回位は食べていたかなあ。ちょうど通学路にあったので。しかも、当時は学生は替え玉が無料だったので、私ははずかしげもなく、学生証を見せて無料で替え玉を食べていた。

他にもいろいろあるが、写真のこのラーメンは豚骨ベイス。ここにごまやナッツなどが入っている。これは京都にもないラーメン。食べた後、
『関西にも是非進出してください。勝負できますよ、この味』
と話すと
「励みになります」
と言っていた。いや、そうじゃなくてまじめに進出して欲しいなあ。

先生のお宅で1時間ほど過ごす。
嘗ては酒盛りもし、延々と過ごしたが、先生も疲れるだろうし、私も風邪気味なところもあって、今年は1時間で失礼すると決めて伺った。

思っていたよりもお元気で安心。
研究の相談や愚痴等を聞いていただく。
来年はもう少し大人数でやりたいものだ。

しかし、こうしてお会いできる幸せをありがたく思う。

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その後、聖蹟桜ヶ丘で買い物をしていたメンバーと合流。
嘗て通い慣れていた街を歩く。
買い物をする。
実に便利な街なのだよなあ。
6年前、私はここにいたんだよなあと不思議な感覚になる。

Seiseki

恐らく、いまこの瞬間が、未来の何かの伏線になっているんだろうなと思う。
聖蹟桜ヶ丘で過ごしていた、あのときが今につながっていることを感じるからだ。

この瞬間の何が、未来の伏線になっているのかがわかるのは、神の視点であり人には分からない。人生は後ろ向きに乗ったジェットコースターだというのはそういう意味であろう。

また、そんな一年がありがたいことに始まったんだなあと思う。

2012/01/04

教師の喜びは、子ども達の成長の側にいられることである

1/4

Sin

毎年1/3は、卒業生達と会う日になっている。私が学生時代に塾の教師をしていたときの卒業生達から始まって、中学校の教師をしていたときの教え子達が、なんとまあありがたいことに、毎年集まって新年会を開いてくれている。

東京にいるときは、昼頃から私の家に集まって、箱根駅伝の復路を見ながらそれぞれの母校の応援をしつつ、酒を飲み騒いでいた。京都に移ってからは、夕方から店で集まるようになった。
今年も行われた。10人を超えて夕方から日付をこえてまであれこれであった。

教師の喜びは、子ども達の成長の側にいられることであると私は学生達に良く言っている。親にも見せることの無い、その輝く瞬間の顔を見ることが出来る。これは何にも代え難い喜びだ。

そして、時々その後の彼らの成長の続きを見ることも出来る。
これも本当に嬉しいものだ。
昨日は10人を超えた卒業生に会い、さらに二次会では二校目の中学校で最初に担任した子ども達の新年会にも参加させてもらったのだが、今日は一人の元生徒のことを書きたい。

Mくんは、優秀な生徒だった。物腰が穏やかでとても落ち着いた判断のできる、それでいて茶目っ気のある優秀な生徒だった。その彼が、大学進学を考えない高校に進学することを決めたとき、私は相当驚いた。新幹線の運転手になるには、当時は高卒でなければなれないということがあり、高卒でJRに入るために高校を選んだのだ。

ま、なんというか黙っていても早慶大には合格するような生徒だと思っていた彼が、その道を選ぶと決断したとき、ただ凄いと思ったことを覚えている。そして、彼のような運転手が運転する新幹線なら、安心して乗れると思った。

高校を卒業してJRに就職したとき、たまたま東京駅の改札で勤務する彼を見かけ、写真を撮ってあげることができた。その後、新幹線に乗ることの多くなった私は、検札にくる車掌の顔を見ながら、会えないかなあと思っていただが、ま、会えなかった。そして、去年は主任車掌になったという話を聞いていた。

そして、とうとう運転手の試験に合格し、いま新幹線の運転手をしていると報告してくれた。わざわざその免許証も持って来てくれて見せてくれたのだ。卒業してから12年である。これを感激と言わなくて何を感激と言うのかということだ。

嬉しい。
乾杯であった。
写真は、新幹線を運転できる運転免許証。

今は、新幹線の運転手は大学卒業してもなれるという。時代が変わった。そして、リニアモーター新幹線になると、運転手そのものが要らなくなるだろう。その間に彼は運転手になった。このタイミングをどう見るかだ。

私は、自分でもおせっかいだなあと思いながら、今後の彼に対してあれこれアドヴァイスをした。ちょっと大変かもしれないなと思うアドヴァイスだったが、彼ならやれるんじゃないかなと思ってのこと。期待していない者には、そんなアドヴァイスはしないからな。

新年が始まり、今年も教え子達からエネルギーを貰った。


2012/01/03

初夢

1/3

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(琵琶湖の朝焼け 去年の夏の一枚 iPhone4にて)

初夢。
一月二日の夜に見るのが初夢だ。

毎年私の父は、舟形に切り抜いた紙に「宝船」などの文字を書いて、枕の下に入れてくれた。私も娘を授かってからそれをしている。ただ、今年はちょっと油断してごろりと寝転んだら、私が寝てしまった。準備をすること無くである。

そんな朝4時頃。
顔に痛みを受けて飛び起きた。娘の踵落としである。右側の目の下、小鼻の上を思い切り蹴られてしまった。眼鏡を外しておいてよかった。という話ではなく、そうとう痛い。 

ま、その御陰で起きられて娘の枕の下に慌てて「宝船」の文字を書いたものを置くことが出来たが。
(お父さん、おきてやって!)
という意味の踵落としであったのかもしれない。

で、私の初夢は。
授業の準備をしていました。必死にしていました。なんの授業かと言えば、大学の英語の授業です。必死にやっているわりには、嬉しそうに準備をしているのです。そして、そのまま授業に向かいました。でまあ、結構上手いこと授業をして満足という夢でした。

なんなんだろう。
英語を勉強しようと言う意味か? その割には英語を教えているけど。ま、教えて学ぶのが私のやり方なのかもしれないが。

一富士、二鷹という夢は、いままで一回だけ見た記憶がある。
そんなもんなんだろうなあ。
しかし、仕事の夢、それもちょっと新しい展開がありそうな夢。
これはなかなか、春からいいかもしれないな。

明けましておめでとうございます

1/3

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(娘(4)の書き初め。筆を持たせたら自分で書いていました)

明けましておめでとうございます。
穏やかな春をお迎えのこととお喜び申し上げます。

池田は、東京に帰っています。
それぞれの両親と会い、娘は従兄弟、従姉妹と楽しく過ごすという、ありがたい正月です。

年賀状は、まだ拝見しておりません。
旧正月並みのお返事になるかと思います。よろしくお願いいたします。

今年は去年手に入れた、実践や研究のヒントを育てて小さくともいいので確実な形にして残したいと考えています。また、今までとは違った生き方を模索する一年目にしたいと思っております。

当たり前のことではありますが、思ったことが思った通りにならないの生きると言うこと。
目的地は、分かっていてその目的地にたどり着くことが目的であれば、人生は旅行になってしまい、旅ではなくなります。

旅とは、目的地を目指してその過程を味わい、充実させること。
また、今年もその旅が始まったのだなあと思っています。
ただ、その過程で小さなゴールを設定したいなと。小さな形に残したいなと思っております。生き方を変えたいなと思っております。

とはいえ、相変わらずの私ですが、
よろしくお願いいたします。


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