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2012/04/21

後暫く狂乱の時間は続く

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なかなか行けなかった彦根城の桜を堪能して来た。

満開の翌日という感じであった。
前日の雨で、一気に散り始めたと駐車場のおばさんは言っていた。

まあ、それは残念であるが、桜と言うのものは実にどうも奥が深い。
咲き始めも、満開も、散り始めもいいものだからである。
普通は満開を目指して花見に行くのであろうが、そこのタイミングがズレてしまっても大丈夫ということだ。

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彦根城の夜桜は、震えた。
散ってしまった桜の花びらが、雪になっているのである。

この光景は、実は満開よりも見るのが難しいかもなあと思いながら見とれていた。見惚けていた。

さらに、海津大崎、奥琵琶湖ドライブウェーの20キロにも及ぶ桜並木の中を走り抜けた。

一体全体何本の桜に出会い、何枚の花びらに包まれて来たのだろうかと思う。

京滋の桜。
比叡山、上賀茂神社、仁和寺と
後暫く狂乱の時間は続く。

2012/04/18

さくらに振り回される日々

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京滋桜の旅は続く。
まったくだから何だということになるのだと思ってはいるのだが、貧乏性の上に、写真好きで、国語をやっているものだから桜はどうにも見ないと落ち着かない。

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(お弁当を食べている人と比較すると、大きさが分かります)

背割堤の桜。
これは関西で見たい桜NO1のようである。
実に見事であった。
関西の三川が合流する大山崎にある。
この桜が1.5キロも続く。

なぜ、古人は土手、堤防に桜を植えたのであろうか。
これは逸話がある。
春になると、川は雪解け水で増水する。水の氾濫は政治にとって避けなければならない案件である。治水は政治だからである。

古人は、土手に桜を植えた。そして、花見を奨励した。
増水で土手が緩む頃、花見に来る庶民の足で土手を固めるのだ。
庶民を楽しませ、そして安全を守る。
実に素晴らしい政治だ。
仁政とはこういうものを言うのだろう。

午後は、野洲市と東近江市に向かう。
研究協力をしていただいている小学校に行く。
こちらはこちらで有り難く進め、帰りに琵琶湖湖岸を通って帰ってくる。

風が強く体感温度は寒かったが、美しい時間を過ごすことができた。
桜、琵琶湖、夕陽、ヨット、比叡山、比良山。
信長がこの場所をほしがったのがよく分かる。

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桜の時間はあと暫く続く。
仁和寺の御室桜まで駆け抜けよう(^^)。

2012/04/15

娘(4)が、木登りを始めた

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娘(4)が、木登りを始めた。公園で適当な木を見つけると登りたくなるようだ。
子どもは木登りが好きだ。多くの子どもが木登りが好きだ。木登りをしないようではダメだと私は思う。

なんで木登りが好きなのだろうかと思う。
体全体を木に預けて、うんうんと登って行くのが快感なのだろうか。
足がかり、手がかりを見つけて、工夫しながら行くのが楽しいのだろうか。

たぶん、遠くを見たいのだと思う。
高いところに立って、遠くまで見たいのだと思う。
「親」は木に立って(遠くを)見る人だというのに、子どもはそれ以上に遠くを見たいのだと思う。

小学校の1年生のときの事だ。
私が住んでいた団地には、青桐の木が沢山あった。
台風の日に、この木に登って60秒数えることができたら、一緒に遊んであげる。
これが、私が所属していた子ども社会の掟であった。

青桐というのは柔らかい木で、台風で良く揺れる。
だいたい団地の3階位までの高さにまで登るので、結構揺れる。
だけども、ここでビビってしまうと舐められるので頑張るのだ。
舐められるなんて言葉を知らなかった年齢なのに、やっていた。

もちろん、3年生位になっても登れない男の子もいた。
そういう子どもは、一人前の子どもとして扱われないでいた。
私たちにとっては、あれが子どもになるためのイニシエーションだったのだ。

まだ
「お父さん、怖いから手を貸してちょうだい」
と言いながらも、木に登る娘。
満開の桜の木に登った娘は、花咲か爺さんを思い出させたf(^^;。

やがて自分で、多少の怪我をしながら、もっともっと高いところに登って行くんだろうなあと思いながら、シャッターを切る私であった。

大津は、本当は、実に美しい。

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今日は、狂ったように桜を追いかけた。

朝、皇子山公園の桜を独り占め。
昼、家族でおにぎりを持って皇子山公園でお花見。
午後、三井寺でお花見。
夕方、膳所城址公園でお花見。
黄昏時、琵琶湖疎水入り口で、お花見。

もう、どこに行っても名所。
どこの桜も見ておきたい。
ああ、忙しい春だ。
ため息ばかりの春だ。

『奇麗だったねえ、桜』
と娘(4)に言うと、
「お父さん、ずーっと同じ事言っているね」
と言われてしまった。
まあ、そうだな。ずーっと言っている。

取りあえず、3枚の写真を。GR4で。
琵琶湖疎水のブルーモーメント。
体中が青に染まりながら、シャッターを切っていました。

写真はサイズを小さくしただけで、何も加工はしていません。
時間の変化で空の、水の色の変わるのを指先で感じていました。

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大津は、本当は、実に美しい。

明日の教室。星幸広先生。 圧巻でした。

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明日の教室。星幸広先生。
圧巻でした。

電話での話し方、直接お会いしてからの会話。穏やかな先生という言葉がぴったりの先生でした。ところが、講座が始まると、言葉は丁寧でありつつもその溢れる情熱。先生を守ろうとするあれこれ。本当に凄かった。

星先生は警察庁で歴代四人の首相のSPのボスをされた方。海外に警護で向かう事20カ国以上。晩餐会でも必ず首相の隣に座っていたとのこと。たとえが適切かどうかは分かりませんが、銭形のとっつぁんのもっと凄い方です。

その星先生は、定年前に退職されてタイに永住しようと2ヶ月間タイで言葉を学び、家も決めて帰国したところから、人生が大きく変わったそうです。そこから大学に来てくれないかと言う話になり、タイでの人生はなくなりました。因に帰国した翌日にあの地震と津波があったそうです。

先生の主張は極めてクリアでした。

学校の先生はこんなに素晴らしい事をしている。私利ではなく、公共のために働いている。親ですら教えられないことを教えて下さっている。そんな先生が苦しめられる状況はどう考えてもおかしい。ではなぜ苦しめられているのか。それは学校がきちんと対応をしてこなかったからだという話でした。

今回の講座ではその対応の仕方を具体的に話して下さいました。
http://togetter.com/li/287972

私は先生のご著書『先生!親ってそんなに怖いんですか? 親対応の基本中の基本』を呼んでから是非、明日の教室にお招きしたいと考えていました。東京分校でもお招きしていましたし。

世界を相手に安全管理をされて来た先生から見ると、学校の安全管理はもう危なっかしくて仕方が無いのだと思います。

「信念を持ってブレずに仕事を進めている先生は、法が守ってくれます。大丈夫です。そして、その法に守ってもらう為の準備をしっかりしておけば大丈夫です。先生と言う仕事は素晴らしい仕事です」

星先生は、私たちに最大のエールを送って下さいました。
今回は、年度の始めにこの講座を是非受けていただきたいという思いから、この日に設定しましたが、残念ながらやや参加者が少なかったかと思います。

ですが、DVDは必見です。本当に日本中の職員室に一枚は必ずあって、校内研修会で見ていただきたい内容です。若い先生だけでなく、校長先生にも是非見て欲しい内容です。

お忙しいところではありますが、またの講座もお願いしました。そして、夏には.....。これも凄い事になりそうです。

星先生、本当にありがとうございました。
また、是非お願いします。

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