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2012/01/12

授業中の私語の対策について

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(雪の降る琵琶湖に立ち待ち月の昇る夜 by GR4)

本日の学級担任論は、授業中の私語の対策について講じる。私の結論は、児童、生徒の私語の原因の9割までは先生に原因があるというものである。子どもの私語の指導というが、実は先生の授業方法の工夫で9割までは私語の発生を減らすことができると考えている。その技を講じた。

技には大技、中技、小技とあるが今回は大技について講じた。『授業規律で学ぶ力を うるさい授業よ、さようなら』(学事出版 家本芳郎編著)で私が纏めた部分を使って講じた。大技には3つある。1つめ、教師の体を作るである。

これは4つある。音読の技術を高める、立ち位置を工夫する、身振り手振り、板書の文字である。例えば、音読の技術だけでも、滑舌を良くする、口癖をなくす、間のある語りと磨かなければ技術はたくさんある。たくさんあるが、この技術は身につけるのにかなり時間がかかる。だから大技なのだ。

大技の二つ目は、生徒の要求を聞くである。授業に関して生徒からの要求を聞き直せるものは直すのだ。私は・声が大きすぎる ・話が横にズレすぎる ・チャイムが鳴っても話しているなどのクレームがあり、それぞれになぜそうなるのかの理由を話し、改善をしてきた。

大技の三つ目は、楽しい授業を心がけるである。つまらない授業は、それだけで「つまらない!」という子どもたちの私語を生む。私は何がつまらないかを聞いて、「じゃあ、そこを直そう」と直して授業を改善して行った。

すると、もう生徒は「つまらない」とは言えなくなる。なんとなれば、生徒のリクエストに応じて授業を改善したのだから。生徒は授業を作る共同企画者になったのである。「責任」も負うことになるのだ。そうすると、生徒は私語ではなくて意見を言い始める。そうなってくると授業は面白くなる。

子どもの私語の殆どは、授業に参加したいのに、先生の声が聞こえない、説明が分からない、黒板が見えないなどのクレームのことが多い。「昨日のテレビ見た?」という私語は、授業がつまらないから出てくる言葉であって、これは「先生、面白い授業をして下さい」と翻訳して聞かなければならない。

嘗て私たちが子どもだった頃、私語の多い授業は、どんな授業だったのか考えれば分かると思う。はっきり言う。つまらない授業だったのだ。分かりにくい授業だったのだ。そして、それは今でも変わらないだろう。子どものせいにしては駄目だと私は思う。

私の敬愛する校長は、朝礼で一人も倒れる生徒を作らなかった。あまりにも話が面白くて倒れないのだ。薬師寺のお坊さんは、一言も「静かにしてください」とは言わない。言わないのに、話を始めてものの1〜2分で初対面の中学三年生の修学旅行生たちの心を掴んで私語をさせないで話を聞かせる。

「生徒がうるさいんです。なんとかしてください」
と中学校の教師をしているとき、学級担任である私に文句を言ってくる先生がいた。
私は
(をい、恥ずかしくないのか?)
と思っていた。
学級担任ではないけど、教科担任ではある。なんとかするのは、その先生だ。
協力はするし、生徒に話もする。しかし、その私語はその先生の授業の中で起きているのだ。

私語を言う子どもに対して、子どもが自分を変えなければならないという事は、私はほとんどないと考えている。今まで書いたことの中を見ていただければ、子どもが工夫する所はないことが分かると思う。私語の原因の9割以上は、教師の工夫で無くなる、教師の責任だというのが、私の考えだ。

2012/01/10

無事に戻ってきました

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昨日は一気に滋賀に戻って来た。
480キロ。
帰りは中央道を通って。諏訪湖までは近いのだが、そこから名古屋までが遠いのが中央道である。夕日を追いかけながら走った。
合計で1250キロ走ったことになる。
さすがの325iであっても、荷物を満載にしてこれだけの距離を駆け抜けてくると、疲れるなあ。

途中の刈谷PAでは、観覧車に乗る。
娘(4)は、観覧車がとにかく好きなのだ。煙となんとか高い所に昇るのが好きというが、そうなのかなあと思う。

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子どもを授からなかったら、まあ一人で乗るのも変だし乗らないだろうなと思えば、娘にねだられて乗るのは、ありがたいことか。

この日は、満月。
満月の昇ってくるタイミングで観覧車に乗る。
実に贅沢であったなあ。

車に思い切り積んだ荷物を降ろし、家に運ぶ。
マンションの大変さはここだ。車から部屋へ運ぶのが大変。
だが、去年は眠りこけてしまって抱えて部屋に運んだ娘が自分の足で歩くばかりか、荷物を少し運んでくれる。

マンションの良い所は、部屋が暖かいということ。廊下などは一軒家と比べ物にならないくらいに暖かい。とにかくこれはいい。
玄関に運んだ荷物を、さらに部屋の中にどんどん運んでくれる。お手伝いになっている娘。
(ああ、成長したんだなあ)
と思う。

疲れた身体で直ぐにでも寝たいのだが、気持ちが高ぶっていたので軽くシャワーを浴びて、一杯やる。
満月の光を浴びながらの「花陽浴」。

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無事に戻ってきました。

1/28(土) 明日の教室 菊池省三先生 小学校国語の今

2012年最後の1月の明日の教室は、九州から菊池省三先生をお迎えしてスタートします。菊池先生は、いま乗りに乗っている国語教育の実践家です。全国を行脚しながら講演活動をされています。そのお忙しい所をお越し頂きます。

是非、ご期待ください。

菊池先生のHPは、http://members.jcom.home.ne.jp/s.kikuchis/ です。
ブログは、http://plaza.rakuten.co.jp/kikuchis/ です

お申し込みは、

http://kokucheese.com/event/index/25203/

です。

2012/01/08

親の通院の付き添い完了

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親の通院の付き添い完了。色々考える。色々あるが、病院と薬局のことで、これはどうなのかなあと思ったことを書く。

病院では、問診票を記入する。私が問いを読んで、親に確認して書いて。これで30分以上掛かってしまった。これは付き添いを前提にしているのではないかと思った。

そもそも、体調が悪いから病院に行くのであって、その体調の悪い人に30分以上もかかる問診票を書くことが前提になっている病院と言うのはいかがなものかと思う。私だって面倒くさいのに、70歳を超えた病人に書かせる制度はおかしいと思うのだ。その問診を医者にやってほしい。

病院が終わり、薬を買いに行く。調剤薬局だ。嘗ては病院の中に全てまかなうことができたので、便利だったと私は思う。いったん病院の外に出てまた並んでというのは、実に面倒くさい。これは患者のためになっているのかなあといつも思う。

面倒くさいことをしないように、しなくて済むようにしなければならない。だって、病人なんだもの。健康な人間であれば、多少の面倒臭さはいいが、病人に面倒なことをさせるシステムはどうなんだ?と思う。

で、薬を貰うときにあれこれ説明を受けるのだが、これが分かりにくい。説明する側の論理で説明をしている。説明する側は分量と飲む時間を間違えないように説明するのが大事なのだろうが、飲む方は先に何に効く薬なのかが知りたいと思うのだが。

また、薬の飲み合わせで不安がる患者に対して、「これは大丈夫です」と言い切って欲しい。「大丈夫だと思いますよ」などと言う言葉はなしにしてほしい。「よ」をつけて優しさを醸し出しても駄目。不安なのだから、その不安を増やすような言葉は駄目だ。

さらに「薬で喉が乾くことがあるので、どうにかならないか?」と親が確認したら「いろいろと考えてみてください」と言う答え。ちょっと待て。そこを考えるのが医療のプロの側の仕事じゃないのか? 患者は考えたくないのだ。指示は従うが、自分で考えるのができないのが不安を抱える患者なのではないか。

健康で伸びゆく子ども達であれば、厳しく接することもあり。いや、寧ろ厳しく接するべきだと思う。しかし、病気の高齢者に難しいいことを求めるのは、おかしい。


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