« 2012年5月13日 - 2012年5月19日 | トップページ | 2012年5月27日 - 2012年6月2日 »

2012/05/25

卒業生が研究室にやって来た

5/25

Img_3061

今日はたまたまなのだが、今年中高の教職課程を終えて教員になった卒業生が研究室にやって来た。入ってくるなりあれこれ述べる。
『だから、言ったろ。現場は大変なんだって』
と言う。大変なレベルはいろいろとある。a.生徒。b.職員室。c.管理職。d.保護者。e.その他。

このうちのどれが一番楽かと言えば、a.生徒である。そして、一番大変なのは、a~dが全部というものである。教師が実践を重ねて行く上で一番無ければならないのは、その教科に関する知識であろう。生徒が
(この先生には敵わない)
と思うような知識が必要。そして、それに基づいた指導力が必要だろう。

これがあれば、授業での生徒とのあれこれはかなり減じる事が出来る。ただ、それがあったとしても、b~dは上手く行かない事も珍しくない。いや、寧ろ生徒とは上手く行っているのに、b~dは上手く行かないということもある。

何が問題なのか。それを分析してプランを立てる事は大事。だが、私は若い先生にはそんなことよりも、信念を前面に出して授業を作る事を大事にしてほしいと思う。教師は公立私立を問わず、公教育をしているのだ。教育サービスではなく、公共サービスをしているのだ。

誰か特定の生徒の為だけにやる授業をしているのではない。それは家庭教師が担う部分である。公共サービスは、社会の最大多数の幸せの為に行われる営みだと思っている。簡単に言えば、この授業を受けている生徒たちが力を付ける授業であるかどうかである。

力をつけた後、自分を伸ばすようなるのが半分。残りの半分は社会を良くする事が出来るようになる事。これが大事。そして、これは教育基本法の第一条に書かれている事だ。で、ここに焦点を当てて授業をする限り、教師は挑戦が許されると考えている。

授業はやりたい事と、やった事、出来た事の差が多い。それは、子ども、教師、教育環境などの不確定要素が多いからである。だから、出来るはずと思っていても、ダメな事もある。だが、このクラスの子どもたちをなんとかしたいというその一点で授業をしていれば、それは生徒に届く。

リーダーは孤独である。教師は大人で生徒は子どもである。場合によってはとんでもなく大変になる。教師は学級ではリーダーであり、大人であるから。だがその事実から逃げてはいけない。
「いいから、やれ」
これをどのように伝えるか、そしてそれをやりきらせるか。
これが大事だという事を言う為に3時間かかったとさ。ふう。

で、別の学校に就職した卒業生からも連絡があった。
研究室にやって来たのだそうだが、そのときは私がいなかったので手紙が置かれていた。
メールを出しても返信がなかったので、電話番号を調べて夜に電話した。

思ったよりも声に元気があって一安心。
話を聞いてみると、生徒とぶつかり合っていてへこたれそうになっていた。
電話で短時間での聞き取りなので、そのクラスの状況は良くは分からないが
大体イメージできたところであれこれ話す。

やっていることは基本的には間違っていない。
あとは、どうやってクラスを立て直すか。そのきっかけ、糸口を伝えた。
『大丈夫。私の厳しい授業を受けて来たのだから、大丈夫』
と応援。

こういう日もある。


2012/05/24

三色以内にすることがポイント

5/24

R0026069

四回生ゼミでは、採用試験の面接のための模擬面接をやっている。学生達に請われてやり続けている。一人5分程度の面接をして、その後30分程度あれこれ指導する。『人間は、急に悪くなれても、急には良くなれないと一回生の頃から言って来たことが分かるか?』と言うと、よく分かるという。

面接練習では、ゼミの担当教員の面接であるにも緊張しまくっている。なんで緊張するかと言えば、失敗したら困ると思っているから。なんで失敗するかと言えば、いつものこととは違うことをしようとするからである。簡単に言えば、自分をいつもの自分よりも良い自分に見せようとするからである。

子どもたちが失敗するのと同じ理由。子どもたちは一度怒られて指導されたことをまた失敗することが多い。これは、やる気が無くて失敗する場合と、やる気があって失敗する場合がある。後者の場合は、
(今度こそは失敗しないぞ)
と気合いを入れて、自分の持っている力以上のことをしようとして、失敗する。
こういう失敗は叱るよりも、チャレンジを認めるしか無いだろう(^^)。

で、だから、緊張しないためにはいつもの自分で行くようにするしかない。 いつもの自分が良い自分になっているようにする。つまり、日頃から自分を磨くことをして、レベルを上げておくしか無いのだ。そんなのは、ドラクエをやっていれば当たり前のようにわかることである。経験値を上げて、HPを上げておいた者だけが、強いモンスターと戦えるのである。勝てるのである。だが、ドラクエでは分かっても実生活になるとなかなか出来ないものだ。

なもんで、せめて服装ぐらいはきちんとせよと、私のゼミでは三回生からスーツを着て受けさせている。スーツに着慣れているようにしている。だが、これがいまだにきちんと着れない学生がいる。ネクタイの締め方、シャツの着方、ズボンの履き方。全体的におかしくて、もっさりしている。

これらを一つ一つ説明した。まあ、こんなことをしても人間の本質には関係ないことだが、細かい所にその人は現れるのでね。服装は清潔感と若々しさがあるものが一番。そして、折り目がきちんとしているものがいい。アイロンの掛かったワイシャツにズボン。磨いた靴。体にあったサイズの服であることも大事。ネクタイはせめてセミウインザーノットにする。

ネクタイは、レジメンタルタイが良いと思う。レジメンタルタイは、右下がり、左下がりがあるが、まあこれはどちらでもいい。大事なのは、色使いである。三色以内にすることがポイント。それ以上だとごちゃごちゃ感が出る。若くて清潔ですっきりでカチットしている感を出すためにこれらは大事。

いや、もちろん他のやり方もあるでしょう。それはそれでやればいいと思う。そして、私の感性が古いと思われるかもしれない。でもね、採用試験であなたを採用する人は、その「古い」人たちなのですよ。ワイシャツの首にボタンが二つもあるなんてのは、理解できない人たちなのですよ。

「服装ぐらいなんでもない。私には魅力がある。自信がある」。そうかもしれなない。しかし、魅力があるのであればそれに磨きをかければ良いのだと思う。また、採用試験であるのであれば、わざわざくしゃくしゃの服を着ていく必要も無いので、そういうような服を着ているのは、無頓着というよりは心配りができないと私なら判断する。

さらに、教師オーラを持っていない若者は、ありとあらゆるものを使って教師オーラを発することが出来るようにすべきだと思う。服、着こなし、歩き方、声、板書、立ち方、座り方。そういうものを総動員して面接を受けるべきであろう。私はそう考えている。 そういうところまで気を使っている先生は、授業や生徒の指導も細部まで気を使っていると感じている。



2012/05/22

一ヶ月に一日位こういう日があってもいいかな

5/22

本日は、週末の九州出張の疲れを癒すオフの日にした。
昨日の授業で指示した学生たちの掲示板の課題にコメントをして、さらにその後に研究や原稿をやろうと思ったのだが、この先も暫く休みが無い事が分かっているので、体の方を優先した。

食べたいなあと思っていたものを作る事にした。ノルマである。
通常はアマトリチャーナというのだろうが、我が家ではお気に入りの店のメニューに従って、ノルマである。

Img_3610

ペペロンチーノを作るガーリックオイルで夏野菜を炒め、トマトの水煮を入れて煮込み、未水分を飛ばし、塩、胡椒、バルサミコ酢で味を整えて、粉チーズをかけてオリーブオイルを掛けて食べる。今日は自家製スイートバジルと手作りのベーコンも添えた。

私はホゲーッとするオフも好きだが、こうして何かをあれこれやるオフも好きである。そのときの気分でどちらかになる。娘(4)は辛いのがダメなので、大人用には取り分けて唐辛子を入れたオイルで絡めてうまうまにする。

Img_3622

パスタで食べる。
かなりリフレッシュする。

午睡をして、
(やっぱり少しは仕事をしようかな)
と思ったのだが、ベランダの花たちが呼ぶような気がした。
見てみるとやや手入れが必要な感じ。

植えたばかりと思っていたトマトから、脇芽が出ていたので欠いたりしていたら、
(これはやらねばなるまい)
と思い始めて、ベランダの大掃除を始める事になってしまった。

やる気というのは、側坐核にスイッチが入ると言う事だと言われている。
視床下部の置くにあるこの場所は、やり始めないとスイッチが入らない。つまり、5分掃除をすると、
(よし、もっとやってやるか)
となる。だから、勉強も最初の5分が大事なのだ。5分やれればあとは続くのだ。

でまあ、続いてしまってベランダを奇麗にしてしまった。
はあ、気持ちが良い。

その後、閉園までに30分あったので、ガーデンに向かった。
今週末がローズフェスタだ。

R0026111

R0026145

平日の閉園間際はもう誰もいない。
薔薇たちだけが、スパイシーな香りを放って美しくしていた。

R0026164

R0026181

R0026195

あまりにも美しかったので、余韻に浸りながら湖岸を散歩。
一ヶ月に一日位こういう日があってもいいかなと。

* 写真は全てクリックで拡大できます。

2012/05/21

発問の仕方、議論の展開のさせかたをレクチャーする

5/21

Img_3585
(琵琶湖の金環日食。え、どこが? 湖面ぎりぎりに。カメラのレンズの反射の日食です)

本日の三回生ゼミは、『教育問題はなぜまちがって語られるのか?』(広田照幸 日本図書センター)からの発表。この本は教育問題を考えようとする高校生向きの本。シリーズの最初の本である。今回は、メディアリテラシー、統計データ等について触れていた。

社会に出てくる統計データの見方については『「社会調査」のウソ』が名著として名高いが、本書も相当面白い。発表の学生達には、本の中から結論に関わる部分を書き抜き、その根拠に該当するであろう所を書き抜き、その後生まれる疑問について纏めてくることを、ハンドアウトの大きな課題としている。

疑問を元にゼミの中で議論を行うのだが、その時の発問の仕方が良く理解できていない。だから、議論が深まりにくい。多くの学生は、オープンエンドの質問だけで終わらせてしまうのだ。議論が展開しない。そこで発問の仕方、議論の展開のさせかたをレクチャーする。オープンエンドの質問とは「なにかありますか?」「なんでしょうか?」「どうでしょうか?」のような質問の仕方。なんとでも答えられる。

なんとでも答えられるということは、何を答えても答えさえすれば良いということにもなり、答えなくても良いということにもなる。「なにかありますか?」と聞いているわけだから、(なにもなければ答えなくてもいいんでしょ)と子どもたちは直感的に思う。そこで発言が無くなる。

そんな時は、直ぐにクローズエンドの問いに変える必要がある。例えば「~という考え方がありますが、これは賛成ですか、反対ですか?」とする。

そう発問しておいて、ノートに「賛成なら◯。反対なら×を書いて下さい」とする。野口芳宏先生の十八番の指示だ。こうすると、どちらか態度を決めなければならず、その後、「では、自分の書いたものに手を挙げて下さい」となって、挙手が出来る。意見を言いやすくなる。

または、同じ立場のメンバーで集まって意見の交換をして強固な根拠を生み出し、反対側と意見をぶつけ合うことをしやすくする。さらにこうすると「私は△です」と中間の意見も出てくる。そしたらその意見も聞くのだ。このクローズの質問は、教師がしっかりとした答えを持つ必要がある。因に、意見を聞く時は、少数意見から聞く。この順番も大事だ。

一見ほとんどが、◯に思えるような選択肢を出しておいて、実際は×のような設定ができれば中級者。上級者は、◯×が半々になるように出す。さらに、選択肢を四つ程度出しておいて、その中から選ばせて議論を構築するという展開の仕方もある。こういう手法を知らなすぎるので説明。

ではあるが、本文の読み込みの中で気になった部分に関して調べて来て、それを資料として授業の後半で配布する等のやり方はなかなかであった。今日の授業では、この発問の設定の仕方から入って、メディアリテラシーについて軽くだが触れることができた。

『情報は、流れているのではなくて、流している。隠れているのではなく、隠しているということである。情報を流している人、隠している人は、何を意図して流しているのか、隠しているのか。ここを理解することがメディアリテラシーなのだね』

『それじゃあ、これを小学生の授業として作るには?』
と、ここからさらに展開もした。教えたい内容、教えるべき内容つまり教育内容は見つかっても、それをどう教材化し、どういう授業構成にして説明、指示、発問にしていくかが問題。これが出来ないと授業は作れない。大学生相手に作れなければ、小学生相手になんて作れるわけが無い。その練習でもあるのだ。

『本の中の主張、根拠の提示の後は、自分のエピソードを加えて語れ。例えば~で語れ』
とも指導。本の内容をただ要約して伝えているだけの発表では意味が無い。
例えば〜で例を語り、自分のエピソードを添えて語る。そうすることで、文章に書かれている内容が他人事ではなくなる。聞いている人にとって身近なものになる。一人称で語る練習にもなる。

その他、今ゼミで研究開発に取り組んでいるものも含めて濃密な90分でありました。来週も楽しみ。

« 2012年5月13日 - 2012年5月19日 | トップページ | 2012年5月27日 - 2012年6月2日 »