« 2012年7月8日 - 2012年7月14日 | トップページ | 2012年7月22日 - 2012年7月28日 »

2012/07/20

自習の時間に学習の進度が変わってくるときの対応

7/21

Img_7995
(比叡山の上に湧き出る雲)

昨日のの2回生ゼミでは、学生たちがフィールドワーク(以下FW)で得て来た体験や、疑問を元に議論を行った。2回生はFWで近隣の小学校に行っている。そこで色々な疑問を手にしてくる。これをゼミで議論する。

今日は柱が三つ立った。

・自習の時間に学習の進度が変わってくるときの対応。
・ADHDの児童にへの対応。
・ADHDの児童への具体的な対応のあり方。

であった。

その内の最初の一つについて。
学生たちの結論は、「進度の遅い子どもに合わせる」であった。

私はこの学生たちが提示した答えについて、どう答えるのかをものの3秒で決めなければならない。ゼミってのはこうして突然の反応を求められる場面が多くある。ま、これがゼミの醍醐味なのではあるが(^^)。

で、私は学生たちに聞いた。

『遅い子に合わせると、早い子はどうなる?』
「遊び始めると思います」
『だねえ。じゃあ、早い子に合わせれば?』
「そ、それは」

という感じであった。
通常、学級では勉強のできない子ども、または問題を抱えている子どもに焦点を当てて授業を作る。簡単に言えば、勉強のできる子どもは放っておかれるのだ。私はここはおかしいと思うのである。

しっかり予習復習をして、学校で勉強しようと思っている生徒たちが、そんなことをされないでいて、授業で分からないとなると先生にヘルプを出して、丁寧に見てもらえる。これが常態化すれば、子どもたちは
(なんだ。勉強しないと先生に構ってもらえるのだ)
と思うようになるのではないだろうか。

このことに関して理論的な背景を示したのが、千葉大学の藤川先生である。
http://ace-npo.org/fujikawa-lab/bulletin.html
にある、「学級経営と利得構造―学級経営研究のための試論―」は、
利得構造という概念で、ここに光を当ててバッサリと切る。

出来ない子どもを「いじる」ほど、出来ない子どもがスポットライトを浴びているという構造になるのである。

立命館大学の蔭山先生も、明日の教室の講座で
「出来る子ども、普通の子ども、出来ない子どものどこに焦点を当てて授業をしますか?」と発問をし、「出来る子どもです」と言っていた。勿論、出来ない子どもは、授業外で個別指導をするのだということも話しつつではあったが。

◆   

野中信行先生も、クラスに二、三人いるやんちゃ(私はこの、やんちゃという言い方も実は好きではない。なんだか悪いことをしているのを教師が許している感覚がどうしても拭えないのだ)を相手にする必要は無いと言っている。

クラスの中でちゃんとやっている子どもたちを評価して育てて行くことの方が大事だと主張されている。そして、クラスの大部分を占める中間層を育てて行くことが大事だとおっしゃっている。

お三人から出ているメッセージは、ちゃんとやっている子どもを評価しようよということではないだろうか。

教師をしている人は「一回りしてぐれている」という実感を持っていないだろうか。
教師をしている人間だって、第二次反抗期を経ている。そのときに、簡単にグレて暴れている同級生を見ると

(ああ、いいよなあ。あんな風にぐれることが出来て)

と思わなかったであろうか?
私なんか、ぐれたくてもあんなにぐれることは出来ないなあと思っていた。いや、自分の中で180度ぐるっと回るぐれ方をして、表面上は普通で過ごすということをしていた。それを「一回りしてぐれている」と表現してみる。

「俺は若い頃悪だったけど。まあ、今はこの通り普通だぜ」
という言い方も私は大嫌いだ。

若い頃の悪さが、ー50としよう。そして、今が普通だとして、絶対値50分直っただけのことである。+50があってゼロのポジションにいるはずだ。+50がなければ、0ではない。しかし、そのような言い方をしている人を聞いたことが無い。悪かったのが普通になっただけで、自慢されてもなあと思うのだ。

話が彼方此方に飛んだ。
原則として、出来ない子どもの側にいると言うのが教師だ。いろいろな事情を抱えて出来なくなっている子どもたち。子どもたちは被害者であることがほとんどだ。だから、その子どもたちを大事にする。私もそれには賛成である。

しかし、授業中にべったりと指導すると言うあり方は、考え直されて良いのではないだろうか。授業中にべったりと指導すると言うあり方は、一つのヒドゥンカリキュラムを生んでいる可能性があるのだから。

【出演予定】本日です。 伝える極意

【出演予定】本日です。10:00~ 10:15

『伝える極意』「話して聞いて幸せになろう~話し合い~」話し合いの指導について「半リアル」の状況を設定するという提案をしています。

2012/07/17

娘(4)が泳げた

7/17

P7170764

娘(4)が泳げた。

いや、本当に驚いた。
昨日、プールの中で目を開けることが出来た。
私とプールの中でじゃんけんが出来たのだ。
そして、目を開けたまま蹴伸びができた。

以前から
『目を開いて泳げたら、ゴーグルを買って上げるからね』
と約束をしていた。
このごろは、最初からゴーグルをかけて泳がせる親も多いようだが、私はそれは認めなかった。目を開けてプールで泳げる。これが大事である。

私がスキューバのライセンスを取ったのは、沖縄の座間味島だ。自衛隊の特殊潜水隊上がりのインストラクターは、厳しく叩き込んでくれた。

海の中でレッスンをしている時のことである。こっちにおいでというサインを出すので、私はマスク、シュノーケル、足ひれの素潜りの状態で海の中をインストラクターの所に泳いで行った。

すると突然、インストラクターは私のマスクを取った。当然目の前は海水。目に海水が直撃して、痛いのである。ま、私はどういうわけかパニックにはならない性質なので、そんな状況でも冷静に判断して、トラブルを回避していたのだが、これはとても大事なレッスンだと思った。

足ひれを片方外してまっすぐに泳ぐ訓練とか、他の人のレギュレーターで泳ぐ訓練とか、方位磁石を見ないで三角形に泳ぐ訓練とか。他のダイビングのレッスン場所がやっているかどうかは分からないけど、この非常事態を想定したレッスンは、本当に大事だと思う。

ゴーグルがあれば泳げるというのは、無ければ泳げないと、無くても泳げるだ。私は娘に無くても泳げる、あったらもっと泳げるということを実感させたくて、
(いいなあ、あの子、ゴーグルをして泳いでいる)
という娘の目をぐっとこらえて、買わないでいた。

買って与えるのは、簡単。
実に簡単。
だけど、それでいいとは思えないのであった。

で、目を開けていられるようになったので、私は急いでゴーグルと、水泳帽を手に入れた。
それだけで、泳げるとは思わなかったが、約束通りに買って来たこれらを娘に見せたら、まるで『動物のお医者さん』のチョビのように、「俺はやるぜ俺はやるぜ」の目をしていたので(^^)、これは今日連れて行かなければならないと思い、夕方慌てて連れて行ったのであった。

第一声は
「うわー、泡が見える!」
であった。

その後、ワンストロークの平泳ぎのようなもので、1メートル進むことから始めて、水に浮くことが出来るようになり、5ストローク、私が橋の形をしたその中を潜水で潜って通り抜けるところまで出来るようになってしまった。いや、まさになってしまったのだ。私がアドバイスしたのは、平泳ぎの手を
『スプーンのようにしたらいいよ』
と言っただけである。
あとは、防水デジカメで撮影していただけである。

私は、娘が初めて歩いた瞬間を見ている。そして、今回、初めて腕輪を外して泳いだ瞬間も見ることが出来た。なんと幸せなんだろうと思う。

泳ぎ終わって着替えていたら、プールサイドにいたおじいさんに声を掛けられた。

「いやあ、凄いですねえ。家内と一緒に見ていました。最初は勢いだけだったのに、最後は10m近く泳いでいましたね。感動しましたよ。私にも孫がいますが、ああいうようにはならないですねえ。なんというか、意欲が違いますねえ」

と言われた。父として素直に嬉しい。

『ありがとうございます。幸いにして意欲を沢山持って生まれて来てくれた娘なので、それをそのまま伸ばして挙げたいなあと思っています(^^)』

と答えた。

実家の親に泳げるようになったことを電話して、祝ってもらった。動画は両家の親に配信したf(^^;。
寝る前に、娘にゴーグルのことを話した。

『実はね、お父さんはお前がゴーグルを買ってと言ったときに、すぐに買ってあげたかったんだけどね我慢したんだよ』
「?」
『ゴーグルがないと泳げない子になって欲しくなかったんだ。ゴーグルがあれば直ぐに泳げるとは思ったけど、それじゃあ、ないときには泳げない子になってしまうでしょ。沢山泳げる子になって欲しかったんだよ』
というと、娘は笑顔で首肯いていた。

なんともドラマティックな夕方であった。
娘の人生の記念日の一つであった。

乾杯。

菊池先生の、そんな凄みを見せて頂いた

7/17

友人の菊池省三先生が「NHK プロフェッショナル」に出演した。録画して見た。

驚いた。転勤して一年目の春を取材させると言うこと自体が驚きである。子どもたちとの人間関係の出来ていない転勤直後の一学期。しかも最高学年。保護者、職員室、管理職などの了承を得るそれだけでも相当のエネルギーを使ったと思われる。私も何回かNHKに出演しているので、そこのことは良くわかる。

また、今回の番組の作り方からすると、誰かを「悪者」のポジションに置かなければならないことは想定される。それは、今までに指導をして来たけど成果のでなかった先生たち、新しいものを求めていたときに菊池先生を非難していたであろう他の先生。もっと言えば、今担任をしている子どもたち。

それらが菊池先生の指導によって改善して行くということを描くことになろうことは、番組を引き受ける際に、予め十分に予測されることである。

そこを、それでも引き受ける。
ここがこの番組の表に出ないドラマだと思う。

番組の方は、後半に山場があったと思う。
菊池先生の出演は、前半に多いのだが、教育を知る人は後半が山場だと理解するだろう。
菊池先生の発言の量が極端に減るのだ。

運動会、しかも、初めて取り組ませる創作ダンス。
ここの指導に際して、指示ことばが減る。
番組を見る限りでは、全体に掛けることばは皆無と言って良いだろう。

菊池先生がしていることは、全体を見守って、ポイントでリーダーにちょっとしたアイディアを与えること。そして、全てが終わってから労いの声をかけることであった。
これは、教育を知らない人には誤解を与えるかもしれない。
(え、どこがプロフェッショナルなの? 指導していないじゃん)
と。

しかし、違う。
見守っている菊池先生の中には、話したいことや自分がやってしまいたいという思いが渦巻いているに違いない。これをぐっとこらえて見守って子どもたちに任せる。転勤早々の5月にこれをするというのは、相当の賭けであり、腹の据わった指導なのだ。

運動会で創作ダンスは失敗したように見える。
しかし、教師は運動会で創作ダンスを成功させることが目的ではない。子どもたちは成功させようと努力をする。それはそれでいい。

しかし、教師は違う。
教師の目標は、この運動会、この創作ダンスを通して、彼、彼ら、クラスの人間的な成長を促すことにある。そして、それはテレビの取材があろうと無かろうと関係のないことだ。3月の卒業式を目指して、このクラスをどう育てて行くか。それが菊池先生の頭にはしっかりと描かれているはずだ。

菊池先生の、そんな凄みを見せて頂いた。

再放送は、7月20日(金)午前0時50分~
http://www.nhk.or.jp/professional/2012/0716/index.html

2012/07/16

明日の教室の夏の一泊二日が終わった

7/16

Img_7586

明日の教室の夏の一泊二日が終わった。
東京から甲斐崎先生をお招きしての一泊二日であった。

初日は、アクティビティの連発。
3時間半、みっちり。
そして、圧巻だったのは夜だ。
夜にアドヴェンチャープログラム(プロジェクトアドベンチャー)の基本的な理念、理論、そしてそれをどう授業に活かして行ったのかなどについてのレクチャーがあった。

おそらく昼間のアクティビティの連発で得た「ネタ」で、数時間クラスを楽しませることは出来るであろう。しかし、なぜ、アドヴェンチャープログラムを実践の核に据えるのかということについての理解と実感がなければ、恐らく簡単に空中分解してしまうだろう。

アクティビティと理論の両面を理解することが出来たこの初日のプログラムは、相当凄いと思う。この後そのまま懇親会に突入。私はなんだかとても疲れていて、12時には撃沈。

実は、甲斐崎先生とは面白い縁がある。
私は初任地の青梅に20人の同期がいる。新採研が施行される前年だったので、強制ではないが参加を強く勧められていた時期である。私はそこに自分の書いた学級通信を持って参加していた。同期に配って意見を言ってもらうためにだ。

で、その一年目の学級通信を、甲斐崎先生が読んでいたのだ。
最初にこれを聞いた時は、とても驚いた。なんで?なのである。
なんでかと言うと、甲斐崎先生の奥さんが、私の同期の一人だったのだ。
つき合っているときに、私の通信を渡していて、読んでいたというのである。
実になんというか、恐ろしいと言うか嬉しいと言うかなのであるf(^^;。

私の学級通信は、基本的には今のブログロ余変わらない。
子どもが活躍したこととかなんとかということは書かず、私の考えたことをガンガン書いていた。同じ時間を同じ空間で過ごした大人が、何を考えていたのかということを書き示す学級通信だ。子どもは大人になる。ならば、大人が何を考えているのかを示すことが大事だと考えてこのスタイルを取っていた。

甲斐崎先生は、そのスタイルに刺激を受けて自分も学級通信をがらりと変えたと言うことであった。そして、その当時の通信をまだ持っているとのことf(^^;。内容もしっかりと覚えていた。「忘れ物指導についての連載」があったとのことであった。確かに、書いていました。

25年前のあれこれがこうして繋がっていると言うのは実に嬉しいものだ。

翌日は、オーパルでドラゴンボートの体験。
朝方豪雨があり、どうなることかと思ったのだが、これがまあ実にすんばらしい天気。早めに到着したのだが、オーパルさんのご好意でカヤックも体験することが出来た。

ランチ前にもう我慢できずに、プールとジャグジーにも突入。
んで、ランチ、ドラゴンボート、プール、ジャグジーと琵琶湖の夏を満喫。
本当に有り難い時間であった。

« 2012年7月8日 - 2012年7月14日 | トップページ | 2012年7月22日 - 2012年7月28日 »