« 2012年7月15日 - 2012年7月21日 | トップページ | 2012年7月29日 - 2012年8月4日 »

2012/07/27

「見る、看る、診る、視る、観る」

7/27

Img_8302

(キャンパス中庭の百日紅。燃える紅。盛夏に似合います)

昨日は、前期最後の授業。2限は、4回生ゼミ。この一週間のことをあれこれ報告させ、交流する。採用試験が終わった彼ら彼女ら。あれこれ振り返る。広島の試験問題がなかなか面白いことが分かった。共同学習を意識した採用試験のように思えた。

最悪の状態を想定し、その上で、最高の状態も考えて、今できる事をやるようにと話す。
実際は中々出来ないし、想定していたこととは違う所に辿り着くのが人生ではあるが、たとえ違う所に辿り着いたとしても、勉強をすること、準備することをにおいてやっておいて意味が無かったということはない。

3限は、2回生ゼミ。大学祭でのゼミの取り組みの打ち合わせのため、実際のゼミで使える時間が1時間になってしまった。が、その時間でやりくりして、フィールドワークのまとめを行った。

この纏めは、学生たちが書いて来たハンドアウトから行うことをする予定であった。ところが、朝の風呂読書をしているときに、授業のアイディアが浮かんでしまった。急遽資料を作り、準備をしてと作り替えることにした。

何をしたかといえば、学生たちが前期の間に「見て来た」クラスのチェックリストを示した、チェックートである。学生たちが通っているクラスのことを思い出させ、それを書かせた。例えば教室環境に関しては

1)一番大きな掲示物は何でしょうか?
2)子どもの目の高さの位置に掲示してあるものはなんですか?
3)一番高い所に掲示してあるものはなんでしょうか?
4)教室で一番価値がありそうなものは何でしょうか?
5)一番大きな文字で書かれているものは何ですか?
6)子どもたちの名前が覚えられるような工夫がしてあるところはどこですか?
7)先生の机の周りに常備されているものはなんですか?

等の項目を挙げた。

彼らが見えていれば書けるはずである。しかし、これはなかなか難しい課題であろう。ほとんどの学生が満足に書けず、イメージで書いていた。それで良いと思っている。そして、そのシートを持って、フィールドワーク先の教室に出向いて行って、自分が書いたものと比較することを課題とした。

人は、見たいものだけを見るようにできている。
脳みそがそのように働くということは、『未来を発明するためにいまできること スタンフォード大学集中講義2』(ティナ・シーリグ  阪急コミュニケーションズ)にも書かれている。

フィールドワークは、現場での観察が重要になる。ところが、現場にさえ行けば、観察が出来ていると思い込みがちである。現場にいることと、観察が出来ていると言うことは別なのだと言うことを学生たちに、理解させたいと思うのだ。

そもそも、見ると言う言葉だって、「見る、看る、診る、視る、観る」と色々な漢字が使われている。白川静先生せよれば、見るは、膝を折って見る、看るは、手をかざして見る...とそれぞれ見方や見る対象、内容が違う。授業ではこの五つの見るの説明をしつつ、フィールドワークではこの5つの「見る」を駆使して、子どもたちを観察するのだということを説明した。

私たちは、見たいものだけを見る癖がある。
見たくないものは、見ないものだ。
日常生活であればそれでいい。

しかし、子どもたちを人間的に成長させようと思う時、この「見たくもないものを見る」という姿勢は重要になる。学級での問題、事件、トラブルは、ほとんどの場合、この「見たくないもの」の中に存在している。そこに目を向けて「見る」ことをしなければならない。元々見たいものしか見ないように出来ている人間の脳みそに対して、「見えなかった」または、「見たけど、見なかったことにする」とならないように、私たちは「見る、看る、診る、視る、観る」のだ。

観察について、考察してみた。

2012/07/26

教師は、過去の自分にも擬似的にプレゼントを上げることが出来る

7/26

Img_8305

前期の授業が終わった。
学生たちは
「こういう国語の授業を小学校のとき、中学校のときに受けたかった」
と書く。

授業者としては、嬉しい感想である。
だが、嘗ての小中学生として一言言えば、
『私だって受けたかった』
のである。

教師は、過去の自分にも擬似的にプレゼントを上げることが出来る。
私が指導している中学校のクラスには、私はいない。
だが、嘗ての私がいたら喜んでくれるかなと思ったりすることもあった。

授業の質が上がると言うことはどういうことかと言うと、
(今の子どもたちは良いなあ。こういう授業が受けられて)
ということを言えるようになると言うこともあるのではないかと思う。

俺が小中学生の頃には、こんな授業は受けられなかったぞ。
と思うのであれば、その学生は幸せである。
指導方法を身につけて、やがて持つ自分の教室にいるであろう
嘗ての自分のような児童、生徒に対して指導できるからである。

自分が受けたかった、受けられなかった授業を、
自分が担当する子どもにプレゼントすることが出来る。
これが教師。

なんとも贅沢なことだ。
幸せなことだ。
学生たちはここに気がつくべきである。

2012/07/23

この夏のお薦め読書

7/23

Img_8201

この夏のお薦め読書

池田です。この夏のお薦め図書を紹介します。
どれを読んでも良いと思います。勿論全部読んでも良いと思います。
一冊鞄に入れておき、時間を見つけて読むことを強く進めます。

新しい世界が待っているでしょう。

1)『20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義』(ティナ・シーリグ  阪急コミュニケーションズ)スタンフォード大学教授。
2)『未来を発明するためにいまできること スタンフォード大学集中講義2』(ティナ・シーリグ  阪急コミュニケーションズ) スタンフォード大学教授。

問題解決、発見、新しい価値を生み出す、アイディアを出す。
このような言葉に興味があるのであれば、この本はお薦め。どうやってこれらを生み出すのかということについて、分かりやすい授業として描かれている。教科教育法(国語)で扱った内容と被る所があると思う。この本を読んでから作った授業ではないが、私も嬉しく驚いている。1)を読んだ人は、すぐに2)を買うことになるだろう。

3)『武器としての決断思考』(瀧本哲史  星海社新書)  京都大学客員准教授。

ディベート仲間で、15年位付き合いのある瀧本さんの処女作。いきなり20万部も売れている所がすごい。ディベートが分かればより深い理解になるが、そうでなくても、分かる本になっている。武器というのは、ナイフやピストルのことではなく、考える力のことを言う。この考える力を身につけて行くことが、これからの社会を生き延びる為には大事だと言う主張の本。この本を読んでへーっと思えたら『僕は君たちに武器を配りたい』や『武器としての交渉思考』なども読むといいだろう。

4)『いちばんやさしい教える技術』(向後千春 永岡書店 ) 早稲田大学人間科学学術院教授。

専門は教えることを教える学問であるインストラクショナル・デザイン(教育工学)の先生。教科教育法や教育方法などで、教えるということを学んでいる諸君であるが、もう一つめたレベルを挙げて、そもそも教えるといういことはどういうことで、そこにはどういう技術があるのかということを、分かりやすく教えてくれる。教育実習に行く前に是非読んでおきたい本。

5)『みんな言葉を持っていた―障害の重い人たちの心の世界』(柴田 保之  オクムラ書店) 國學院大学教授

私はノーベル教育賞と言うものがあれば、この柴田先生に贈られて良いのではないかと思いました。数十年の実践と研究の結果、言葉を発することの出来ない重度障害を抱えた人間の中にも、しっかりと言葉があることを明らかにした本です。ここに収録された詩や文章はとても言葉を発することの出来ない人が紡ぎだしたものとは思えません。教育とは、言葉とは、人間とは、教育実践とはということを深く考えることのできる本です。

« 2012年7月15日 - 2012年7月21日 | トップページ | 2012年7月29日 - 2012年8月4日 »