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2012/09/13

仕事は割り算でしなければならない

9/13

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「秋は夕暮れ」 by iPhone4

今日は12時間ぐらい研究室で論文と格闘していた。
大学の教員になれば、まとまった時間を使って文章が書けるかなと思っていたが、
私の仕事の仕方だとこれがなかなか難しい。

ではあるが、今日は集中した。
やるべきことと、締め切りが決まっているのでもう集中。

仕事は、足し算ではなくて割り算でやらなければならないと気がついたのは、当たり前だが就職してから。学生時代は足し算で勉強をする。簡単に言えば、勉強時間が増えれば増えるほど勉強した気になるし、実際に勉強をしているわけだ。

ところが、仕事は割り算でしなければならない。
足し算で仕事をしていたら、いくら時間があってもたりない。睡眠時間もなくなる。
足し算だけで勉強していた学生時代とはパラダイムが違うのだ。

引き算でもなく、割り算なのだ。
すべき仕事の割合を考えて、これにどの位の時間をかけられるのかを考える。その為には割るのだ。そして、割り振った時間の中で最高のパフォーマンスを出す事を目指すのだ。

でまあ、その通りなのだが、実際は足し算やら引き算やらをしながら仕事を進める。
突然あれこれ降ってくるのでね(^^)。

だけど、割り算だという基本的な考え方は大事にしたい。

2012/09/12

なかなかやるな、耳鳴りは

9/12

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大学に移った年の冬。入試の最終日の事だったと思う。
突然右耳が聞こえなくなった。
近くに居た看護学部の先生に相談したら、
「突発性難聴だと思います。直ぐに病院にいって。72時間が勝負です」
と言われた。

で、勝負に負けてその後耳鳴りの後遺症が残る事になる。
耳鳴りなんて簡単に治るかと思っていたら、あにはからんや。
治らないのだ。
簡単に言えば、一生この耳鳴りの世界に住む事になってしまったのだ。
その時は、一瞬だが右耳をピストルで撃ってしまいたいと思う位の絶望感に包まれた。

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医者は言った。
「ま、なかなか治りませんが、慣れますから」
と。
余りの言い方に
(本当に、人ごとだよなあ)
と思ったのを良く覚えている。

いまでも耳鳴りはする。
居酒屋等に行くともう殆ど聞こえない。
悪口は聞こえる事もあるがf(^^;、聞こえない。

今日は、七十二候では、鶺鴒鳴(せきれいなく)である。
秋が深まって行くのが分かる。

研究室から出て車に入る。
車の中は日中の太陽で暖められた熱がこもっている。
だが、その熱も随分と穏やかになって来ている。

窓を全開にしてゆっくりと流しながら走る。
ああ、そうかと思う。
車窓からは秋の虫の鳴き声が聞こえてくる。

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少し前までは蝉の鳴き声であった。
右耳の耳鳴りは、夏のときには確かに蝉の鳴き声のように感じていたのだが、
いま、左の耳から入ってくる秋の虫の音に刺激されてか、
右耳の耳鳴りは、秋の虫の音のように響いている。

(なかなかやるな、耳鳴りは)
と思ったりする。
耳鳴りになった御陰で、こんなことも味わえるんだなあと
秋の夜に思う。

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研究室から見えた今日の夕暮れの空は、こんなにも変化していた。
私も少し変われたようだ。

人生はなかなか味わい深い。

2012/09/11

だが、まあそうなんだろうなあとも思う

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滋賀県 甲南インター付近の空 by iPhone4

9/11

小学校四年生のときに、半ズボンを履いて野球帽を被って近所の池で釣りをしていた、池田少年は、恐らく自分と同じ年ぐらいの少年に衝撃的なコドバを掛けられた。
「おじさん、何か釣れた?」

おい、野球帽を被っていたので、顔が見えなかったのは分かる。しかし、半ズボンを履いて釣りをしているおじさんがどこにいる。しかも、少年の履く半ズボンである。確かに年少の時から老けてはいたが。

因にこの老け顔のピークは14歳。
そこから余り、本人は、老けた顔になったとは思っていない。
ま、確かにこの顔で14歳だったら相当老けているとは思うが、
今はどちらかというと年齢の割には若い顔でいると思う。

で、昨日。
幼児教育コースの学生たちが実習をしている今、その実習先に訪問指導をしに行った。大津市内の保育園と名張の保育園である。

大津市内の保育園で、学生が二歳児と三歳児の保育実習をしている所にお邪魔した。子どもたちからすると、先生(実習生)の先生(私)は、もっと面白いだろうと考えてくれるようで、基本的にはどこでも歓迎してくれる。こちらもとても嬉しい。

そこで久しぶりに衝撃を受けた。
「おじいちゃんだ!」
と言われたのだ。

今、夏休み期間で授業が無いと言う事もあり、鬚を伸ばしている。
(あ、随分と白いものが増えたなあ)
と久しぶりに伸ばすと、その白い鬚の本数の増加に自分でも驚くのだが、それを「おじいちゃん」という表現で「純粋無垢な」子どもに指摘されたのは、衝撃であった(^^)。

だが、まあそうなんだろうなあとも思う。
私の年齢で、本当のおじいちゃんになっている人は、そろそろ珍しくないだろう。おじいちゃんになれるってのは、結構いいことなんだなと思い始めている。

娘はまだ5歳だから、本当のおじいちゃんになるにはまだまだ時間があるが、社会的におじいちゃんになるのは、そろそろなのかもしれないなあと思い始めている。

なんなく「フレディもしくは三教街」を聞きたくなったなあ。← これが分かる人は、同世代(^^)。

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