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2012/10/13

卒業論文の指導を本格的に始めた

10/11

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採用試験も結果待ちとなったところで、卒業論文指導を本格的に始めた。90分のゼミで三人。一人30分の予定だったが、一人目は50分やっていた。「はじめに」の部分を読むのだが、タイトルと中身の整合性や、本文中のパラレリズムの在り方などを説明していたら、あっという間に50分であった。

私が行う卒論指導は、書く前の部分を除けば、

1)タイトル指導
2)目次案指導
3)はじめに、第一章指導

の三つが柱である。
これを通して論理的な文章とは何かを指導する。この三つがきちんとしていれば、あとはテーマの設定(内容、規模)が間違えていなければ書ききれると考えている。

で、学生達の卒論の「はじめに」の部分を読む。
予想していたことではあるが、論理が流れていない。

タイトルと内容がズレていることがあるが、それに気がついていない。
例えば「◯◯に繋がる△△の研究」というタイトルがあった。この卒論の「はじめに」を読むのだが、私には「繋がる」ではなく「繋げる」のように読めたのだ。ところが、書いた本人も、ゼミ生もここに気がつく者がいない。

学生達の検討が終わりそうな時に、このことを指摘した。「繋がる」でいくのであれば、「はじめに」の内容を変えなければならないし、変えないのであれば「繋げる」でなければならないのではないか?と。

また、「このような課題設定は、以下のような課題認識と問題意識にもとづいている」とあるのだが、以下を読むと問題意識しか書いていなかったりする。対応が出来ていないのだ。こういうところを一つ一つ時間をかけて指導する。

だが、合宿で「これは壮大なレポートだねえ」と目次案を批判された学生が、頑張って論文の目次案になりそうな者を作って来た。タイトルも面白い。合宿では、掃除指導をテーマにしてやろうと考えていたのだが、それだと大きすぎるし、『掃除サボリの教育学』を越えるものは書けないから再考しなければならないだろうと指摘したのだが、それに答えて面白いものを提出して来た。

どうやら掃除指導をやりたいのではなく、掃除指導の中に潜んでいる、◯◯◯をやりたいのだなあと言うことが分かった。
『ここが論証できればかなり面白いと思うぞ』
と話す。粘った者勝ちになることを期待したい。

さ、自分とテーマとに向き合う二ヶ月が始まったぞ、四回生。

2012/10/11

「私は、〜だと思います」

10/11

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学生の説明でまだまだ気になるものはあるのだが、もう一つだけ。
説明の最後に
「私は、〜だと思います」
を連発する言い方。この言い方をする学生がいる。
これが気になる。

怒ると叱るの対比で、この「思う」問題を考える。

怒ると言うのは
「先生は、怒ったぞ」
のように使う。怒るは自動詞なので、このように使う。
一方叱るは、
「馬鹿たれ、お前は何だ!」
とか
「君のそこはダメだ。なぜなら、〜」
のように使う。他動詞である。

「先生は、怒ったぞ」
と言ったとき、先生は以下のことを児童生徒に対して想定している。または望んでいる。
(先生が怒ったと言うことは、これはまずいことをしたわけだ。だから、いまやっていることを直さなければ)
ということである。

しかし、児童生徒の中には
(え、だから何?)
(勝手に怒っておけばいいんじゃないの?)
という児童生徒がいるわけである。
つまり、あなたが「自動的」にやっていることで、自分には関係ないと思う訳である。

「私は、〜だと思います」
と言われても、

(へ? だから何?)
(先生はそう思うのね。私は違うけど)

という子どもがいるわけなのだ。先生は怒ったぞと言われて、(え、だから何?)と思う子ども達と同じである。

「思います」
という言葉は、それ以外思ってはいけないというメッセージを送る可能性がある。そして、児童生徒が先生のことを受け入れている場合は、
(ああ、そう思わなければならないのだ)
となる。

しかし、そうではない場合
(あんたはそう思うんだろうけど、だからなに? そう思えっていうこと? 関係ないし)
となる「危険性」を孕んでいる。このことに無自覚である学生がいるのだ。いや、先生の中にもいる。

まあ、小学校の低学年まではこの話法も十分に効き目がある。しかし、小学校低学年までである。この危険性に自覚的になりながら使うなら分かる。ではあるが、これを使う人は大概無自覚である。

私は怖いなあと感じている。

2012/10/10

既知から未知へである

10/10

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18:00に会場に到着。

今日は、嘗て同じ学年を組んでいた先生が校長として修学旅行にやってきた、その中学校三年生に京都のこと、進路のこと等のあれこれを話して欲しいと依頼されてやることになったその日だ。

私がやるのではない。私の四回生ゼミの学生達がやる。
私は彼らのプランを見てアドヴァイスする位である。
彼らが全部やる。
これがいい。

18:30からスタート。
(うわあ、中学校修学旅行だあ。懐かしいなあ。今日はトラブル無かったかなあ)
とか思いながらビデオの用意をする。学生達のために記録だ。

全部終わった後、私は学生達の発表に関して指導を行った。
折角の機会なので、その場で指導だ。

内容に関してはなかなか頑張っていた。
ただ、伝え方がワヤワヤであった。
そこについて、厳しく指導。
というか、これで教育実習をやってきたとしたら、申し訳ないし、
四月から教員になるのであれば、もっと申し訳ないと思いながら指導であった。

一つの例を出す。
スクリーンに今日の町の中の地図を出し説明していた。「あがる」「さがる」の話をしていた。京都御所が北にあり、北の方に行くことをあがるといい、南の方に行くことをさがるという。スクリーンには、京都御所の場所があった。発表者のパートナーが、スクリーンに駆け寄って、

「ここです」

とその場所を示した。

(ああ、ダメだ)
と私は思った。だが、学生達は咄嗟の判断が良かったと思っている様子であった。

この発表について指導の場で聞いた。
『あの場面のあの行動で良かった点と、ダメだった点は?』
と聞いた。
『勿論良かった点は、咄嗟の判断でスクリーンに駆け寄り、京都御所の場所を示したこと。では、ダメなところは?』
と聞くが分からない。うーむ、指導が行き届いていないか。

『ダメだったのは、既知から未知への流れが出来ていないことだ』
と説明する。東京の子ども達にとって、
「ここが京都御所です!」
と地図で示されても、
(はあ?)
と思うのが関の山である。なぜなら、京都御所の名前は知っていても、それがどこにあるのかが分からないからである。京都御所の場所は未知なのである。それをいきなり示されても、子ども達は?????なのである。

ではどうすれば良かったのか? 既知から未知へである。
『この地図で言うと、うーん、京都駅はここ。で、皆さんが泊まっている宿がここ。で、いま話している京都御所はここ。分かった?』
のように、生徒が知っている(既知)の場所の、京都駅や宿泊場所を示すことから、京都御所(未知)への話をしなければならない。

これが出来ないのだ。実に出来ないのだ。
ものすっごく大事なことなのに。
説明をするときの原則として、三つ上げよと言われれば一つに入る原則が「既知から未知へ」だと考えている。

終わった後、これについて丁寧に説明する。
こういう具体に即した学びの機会をえらたのは、とても有意義でありました。
ありがとうございます。

2012/10/09

ベーコンは、忙しいときに作るようにしている

10/9

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冷蔵庫で寝かせておいた塩漬けのバラ肉を、塩抜きして夜風で乾かしてと準備ができたので、ベーコンを作る。肉の熟成に時間が掛かるが行程は極めて簡単。これであの美味しさが手に入るのだからすばらしい。

ベーコンは、忙しいときに作るようにしている。
と言うのは、熟成の時間があっという間に過ぎるからだ。
子どもの頃は、一日が過ぎるのが長かった。一週間なんて気の遠くなるような先で、クリスマスやお正月なんて年に一回しか来ないんじゃないかと思っていた。ま、実際そうなのだが。

だけど、いつごろからだろうか。
サザエさんがあっという間にやってくるようになった。
(あれ、なんか二三日前に見たような気がしたけど、もう一週間経ったの?)
と。
そこからはもう止まらない。どんどん時間の流れが速くなる一方だ。

で、この早くなる時間の流れをどうにか活用できないかと思うのだが、このベーコン作りはいい。子どもの頃だったら気の遠くなるような仕込んでから一週間後の燻煙なんてのが、簡単になる。一週間なんてあっという間に過ぎるからだ。

昨日は午前中かけて作った。
いい感じに仕上がった。

で、午後は大学で授業があったので出掛けた。
半期に15回やるようにというお達しがあったので、どこの大学もやっている。ところが月曜日の休日が多すぎて、月曜日は15回を確保できない。そこで、月曜日に授業というところが多いのだ。

小中高は、休み。だけど大学だけは授業。
なんだかなあと思うのだが、昨日はそれもたまには良いなと思った。
世の中は三連休。だから、休んでいる人がいる。
そして、大学はやっている。
昨日は、キャンパスに卒業生が多くやって来ていた。

採用試験の合格の発表を伝える為にわざわざ岡山から来た者。
授業がこんがらがってしまっていて、クラスがダメになってしまっていて相談しにくる者。
会社勤めの様子を伝えに来た者。
折角の休日なのに、なんでわざわざ大学に来るのだがとは思うのだが、卒業しても必要とされている大学、教員であるということは、まあ、嬉しいことと言って良いだろう。こういうことがあるなら、たまに月曜日が授業でも良いなあと思う。

また、手みやげに地元のビールという卒業生たちが居て、これがまた、
(なんで私がベーコンを作ったと知っているのだ?)
と思うようなタイミングであった。

ああ美味しかった。

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月曜日の休み。
まさか、卒業生が来るとは。
まさか、ビールを持ってくるとは。
そしてまさか、そのタイミングでベーコンを作っているとは。

こういう僥倖が人生にはたまーに、ある。

2012/10/07

琵琶湖は少し雨が降っている

10/6

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今日、友人のお父さんが亡くなったと連絡があった。
その友人は33年前に亡くなっている。

高校二年の冬に亡くなったその友人のお父さんが亡くなったと、Facebook経由で高校時代の友人から連絡があった。
その友人には妹も居て、その時は小学校二年生であった。
私の結婚式にも来てもらった。お母さんとも友人の命日の前後には電話で連絡を取っている。そこは変わらない。

しかし、あっという間に時間が過ぎて行く。
そう言えばスティーブジョブズが亡くなって、もう一年だ。

「池田さん、男の仕事は50代からが本番だよ」

嘗ての校長がそう教えてくれた。
私もそこに足を踏み入れた。
半世紀生きて来て、反省ばかりだ。

だが、今ある命を大事にしなければと、友人に私は33年前に教わった。

琵琶湖は、結構花火が上がる。
今日の花火は、恐らく結婚式の二次会として遊覧船を借り切ってクルーズして、そのフィナーレで打ち上げたものだろう。

私が若い頃から滋賀に住んでいて、それを見ていたら
恐らく私も同じことをしただろう。
そして、こんなことを思ったはずだ。

(私たちの結婚式で、誰かがこの花火を見て嬉しくなってくれたらいいなあ)

と。
自分たちの幸せを見ず知らずの誰かにお裾分けできることの喜びを思って、琵琶湖に花火を打ち上げただろう。

いまでもひょっとしたら何かのお祝いで花火をあげるかもしれない。
だけど、今は流石に分かっている。

私や私たちが幸せで嬉しくて打ち上げているその花火も、
この広い空の下では、悲しみに打ち拉がれている人が同時にいるということを。
幸せのお裾分けだなんて傲慢に思うのは、若さ。

(すんませんが、打ち上げたいんで、そこのところはよろしく)

という思いを心の角に持てるようにはなったのは、流石に半世紀生きたということだ。

琵琶湖は少し雨が降っている。

あちらの世界で、親子で久し振りに会って、
酒を酌み交わしているだろうか。

私もそこに気持ちだけ関わって
献杯しよう。

合掌。

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