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2012/11/28

国連人権委員会が報告している、原発事故に関する事実が出てこない

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本来ならばトップニュースで報じられなければならないことだ。

しかし、流れているニュースには、この国連人権委員会が報告している、原発事故に関する事実が出てこない。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=DeWz2Xj8jH0#!

私はFBの知り合いの書き込みからこのことを知った。
その方の書き込みにはこのような記述があった。許可を貰って転載する。

引用開始 ーーーーーーーーーー

年間20mSv超えは世界から見ればチェルノブイリ以上の非道。背景線量を0.07μとしても2.35μSv/hの所に人が住むのは無茶。


http://www.nnistar.com/gmap/fukushima.html
の図のピンク(紫ではなく)のところはすべて無茶。須賀川、郡山・・・
日本が正気だった3.11以前では年間1mSvが限度だった。それを適用すると地図上で黄色以外はすべてアウト。東京にもそうんな地点がたくさんある。

引用終了 ーーーーーーーーーー

さらに、

引用開始 ーーーーーーーーーー

池田様、どんどん紹介してください。ちなみに上に書き忘れましたが放射線管理区域(一般人がみだりに立ち入ってはいけない)の定義が3ヶ月で1.3mSvで すから、年間5.2mSvです。時間当たり0.6μSv弱。背景線量0.07足して0.67μSv。地図では濃い紺色は1μSv以上ですから、一般人が 入ってはいけないところです。そこに人が住んでいる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

と説明してもらいました。
なんとか避難できないものでしょうか。

【講座案内】 明日の教室 12月22日(土) 佐藤正寿先生

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2012年最後の12月は、岩手県から社会科授業の名人佐藤正寿先生をお招きします。

佐藤先生のお人柄、実践は、一つの大きな木が生長するような姿に似ているように思えます。近くに居るものが安心できて、思わず近寄ってしまいたく なるような、そんな感じです。風雪に耐えながら伸び続けた大木でなければ感じることのできない、懐の大きなやすらぎのある教育実践。

今回の講座では、社会科授業について、縦横無尽に語っていただく予定です。
模擬授業なども入れながら、佐藤先生が今考えられている社会科授業、ICTの活用の仕方等々盛り沢山の内容を熱く語っていただきます。

どうぞ、この機会に佐藤ワールドを御堪能下さい!
お申し込みはこちらから。

http://kokucheese.com/event/index/64010/

プロフィールです。

1962年、秋田県生まれ。秋田大学を卒業後、1年間民間会社勤務。1985年から岩手県公立小学校に勤務。現在、岩手県奥州市立広瀬小学校副校長。
「地域と日本のよさを伝える授業」をメインテーマに、社会科を中心に教材開発・授業づくりに取り組んでおられる。
地域素材を扱った総合的な学習の実践(「宮古の自慢CMを作ろう」)や歴史学習の実践、ICTを活用した実践等、特徴的な授業実践等がテレビや新聞等のメディアで取り上げられています。

著書多数(社会科に限って紹介させていただくと・・・)
『「力をつける授業」成功の原則』(ひまわり社)
『やる気と集中力を持続させる社会科の授業ミニネタ&コツ101』(学事出版)
『これだけははずせない!小学校社会科単元別「キー発問」アイデア』(明治図書)
『スペシャリスト直伝!社会科授業成功の極意』(明治図書)
『プロ教師直伝「教師力」パワーアップ講座0からプロになる秘訣23箇条』(明治図書)
等々・・・。

『鬼平犯科帳』は、15巻を読み終えた

11/27

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『鬼平犯科帳』は、15巻を読み終えた。
この巻は、『鬼平犯科帳』始まって以来の長編。つまり、一冊に一話しか収録されていない。じっくりと池波正太郎の描写を楽しむことが出来るということだ。

私は授業のある期間は、楽しみの読書はしないとしている。もう10年以上はそうしてきた。が、『鬼平犯科帳』はいいかなと自分を許して、少しずつ楽しんでいる。この15巻も少しずつ、のはずだったが結構一気に読み進めしまっていた。

350pの一冊である。318pまで読み進めて、ふと思った。
(まだ回収されていない伏線や謎を書き出してみるか)
さっと書き出した所で5つほどあった。

残りの32pで、池波正太郎はどう回収して行くのだろうか。
まさか、回収漏れがあるのだろうか。

と、そんな嫌らしい読者になりながら読み進めた。

流石であった。
全部回収し、謎にも答えを出していた。

いや、さらに、
(あれが伏線だったのか)
とか
(この構成は、あの構成と対になっていたのね)
とかのあれこれも描いていた。

急ぐことをせず、たっぷり楽しみの読書をしよう。

2012/11/26

山賊は王の刺客である。是か非か。

11/26

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5限。来週の模擬授業のグループの事前指導の2回目。
来週は、物語文の読解。『走れメロス』をやる。
先週の指導で、このグループが1時間の授業としては広すぎる範囲を扱おうとしていたので、却下した。

今回持って来たのは
「山賊は王の刺客である(まわしものである)」。これについて是か非かを論じると言うのである。これは実は以前にこの授業で模擬授業をやったときに、この テーマでやったことのある学生が居たということを話していたのを思い出して、それでやりたいということになったそうだ。実はこれ

はなかなか面白い。

青空文庫から、来週学生達が扱う部分を取り出してみよう。
引用開始 ーーーーーーーーーー

メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒《こんぼう》を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙《すき》に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、 流石《さすが》に疲労し、折から午後の灼熱《しゃくねつ》の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈《めまい》を感じ、これではなら ぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。

引用終了 ーーーーーーーーーー

この部分を読み込ませて、この山賊は王の放った刺客なのか、元々の山賊なのかを読み取る授業を作る。

私の指導は

1)この部分を教師が読む際に、「ここに出てくる山賊は、どっちの立場なのかを考えながら聞くように」と読み始める前に指示を出すこと。
2)この部分を教師が読む際には、朗読読みをせずに、音訳読みをすること。
3)生徒には、「◯pの△行目に〜と書いてあるから、〜の立場です」と教科書を引用して発言することを求めること。

などを行った。
そして、
『この授業のゴールは、自分が読み取った立場を表現できる朗読読みで読むことが出来るようになることだな』
と指導。

さ、どうなるか。
模擬授業のオオトリとなる。
楽しみ。

初めてだからあっさりと説明する

11/26

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4限。
模擬授業。漢詩に取り組んだグループであった。
「中学生は初めて漢詩に触れるのだから、嫌いにならないように注意したい」
と目標を立てていた。

この意図を持った授業というのは評価したい。
ただ、「嫌いにならないように」とネガティブな表現をすることは避けさせたい。別の言い方、ポジティブな表記を考えよと指導。


また、「初めてだから丁寧にしっかりと説明したい」と話していたことに、疑義を挟んだ。教師は、どうしても説明したがる。説明しないと不安なのだ。しかし、説明し切ったら子ども達が理解して、子ども達が不安なく学習するかと言えば、私は違うと思う。

寧ろ、しっかりと説明するほど
(あー、もうどうでもいいけど)
と思うのではないかと思う。
ディベートの指導を始めた頃にこれを思った。
立論、質疑、反駁と説明して試合をするのと、だいたいディベートってのはこういう感じと説明してすぐに試合とするのでは、後者の方がいいのだ。

『初めてだからあっさりと説明する。そして、やって行く中で理解させ、説明を深める』

というのがいいのではないかと思うのだ。
パラダイムを変える必要がある。

喧嘩をどう指導するか

11/26

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2限。ゼミでの教育実習の報告会。
九州で教育実習を終えた学生の報告に、努力遠足なるものがあるとあった。
「なんだ?」
とゼミ生は聞くが、報告者は
「なんで知らないの?」
と。

自分の常識が世界の常識ではないことに気がつく瞬間であった。

聞いてみると、遠くまで歩く遠足ということであった。
小学校2年生と1年生で200人弱の児童が往復10キロを歩いたとのこと。
「たいしたこと無いんじゃないの?」
というゼミ生があった。

地方ほど車社会になっていて、子どもは歩かない。
その学校でも、タクシー通学があるそうだ。
噂には聞いていたがちゃんと報告を聞くのは初めて。

スクールバスの予算がないので、学校側でタクシー代を出して通学するとのこと。
子どもは、体力を付ける権利と道草をする権利を奪われているわけだ。
だから、10キロ歩くってのは結構な距離ではないかと思うのだ。



他にも喧嘩が頻発していたので困ったということがあった。
喧嘩をどう指導するか。
中学校では原則中の原則がある。
それは、関わった人間を個別に呼び、一斉に事情を聞くということである。

集団で聞いたり、順番に聞いてはならない。
子どもたちが打ち合わせをしてしまうことがあるからだ。
そして、事実が食い違っている所を確認し、事実の認定を行う。
そこから指導が始まる。

ところが、これが小学校の先生には理解されていないことがある。
先生が関わった子どもたちを集めて説教をしておしまいということになる。
実際のところ「関わった人間を個別に呼び、一斉に事情を聞く」というのは、聞く側が複数人数いないとできない。小学校では中々難しいが、ここをしないと事実の認定が難しくなる。

時には、スローモーションで再生という指導もある。家本芳郎先生の指導だ。
その場に居た人たちを集めて、喧嘩の場面をスローモーションで再生するのだ。
人間は、自分の都合のいいように記憶する。その記憶を前提に主張する。私は間違っていないと。だから、スローモーションで再生し、客観的な事実を確認するのだ。立ち位置、語気までも再生する。こうして客観的な事実を確認してのち、指導にはいる。

では、指導のゴールはどこか?
ここは一般社会と違う。
ここは喧嘩両成敗に落とすのが良いと考えている。
これは野中信行先生も仰っている。

どちらかが一方的に悪いということもある。
しかし、できるだけ喧嘩両成敗に基づいたゴールで解決したい。
なぜか? 子どもたちはこの先も同じクラスで生活する。これからもあれこれあるのだ。だから、余程のことがないかぎり一方的に悪者を作るというのはしない方が良い。

先生がどちらかの味方になったと思われてしまう可能性もある。
「先生は、正義の味方だ」
ということが言えるようであればいいのだが、なかなか難しい。
両成敗でいくのがいいのではないだろうか。



で、来週からは新しい本の講読に入る。
今日は20冊ぐらいの本を提示し、ゼミ生が一冊ずつ読んで来て、その中から一冊か二冊に絞って読み進めることにする。

さて、なんの本が選ばれますやら。

2012/11/25

紅葉は一つのピークを迎えていた

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いや、することは沢山あるのだが、娘(5)との紅葉めぐりを選んだ。
額田王や柿本人麻呂が散策したであろう山裾を娘と散策した。

今日は雲一つない空。
紅葉は一つのピークを迎えていた。

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ふう。
滋賀は美しい。

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