« 2012年11月25日 - 2012年12月1日 | トップページ | 2012年12月9日 - 2012年12月15日 »

2012/12/07

最初の人でありたい

12/7

Img_9439

知り合いのFBに掲載されていた場所が、なんとなく見覚えのある場所だった。
聞いてみたら、なるほどあの辺りかと言う場所だった。
午前中の仕事を終え、
(天気もいいし昼ご飯前にちょっと行ってみるか)
と思って足を運んだ。
大変だった。

仙石岩と呼ばれる場所である。
関西のロッククライミングでは結構有名らしい。
近くの公園の駐車場に車を停めて徒歩20分らしい。
最寄りの神社から、700mと看板があったし、まあ、それならそんなに大変ではないだろうと思って歩みを進めた。
大変であった。

道と言えば道だが、雨が降ったら川と言えば川だろうと言う道を登る。
確かに700mぐらいなのだろうが、手をついて登って行く道の700mはかなりきつい。

後少しかなと思った所、前方に見える岩を攀じ登る人影があった。
到着したようだ。そして、ロッククライミングがされているようだ。

Img_9474

私は岩の背後から上り、眼下に琵琶湖を見下ろす。
なんというか空から見ている感覚だ。
横の岩、私が座っている岩ではロッククライミングが行われていて、下手をすると方向感覚や平衡感覚を奪われそうで、クラクラした。

Img_9482

道。

私は川のような道だと思いながら登った。
しかし、明らかに人が歩いた道であり、丁寧に方向を示す看板までもがあった。
あの岩の場所に行こうとして、歩き始めた人がいる。
そして、その跡を確かなものにしようとして、看板を立てた人がいる。

私は、その完成された道であってもヒーヒー言いながら歩く。
(最初の人は、どうして、この山の中を、あの岩の方向を間違えないで、辿り着くことが出来たのだろうか?)
と思う。
いや、間違えただろう。しかし、
(あの岩の所に行ってみたい)
という思いが、道の発見に繋がり、あの岩を見せてあげたいと言う人が看板を作り、興味を示した人が歩いて道をなしたのであろう。

Img_9449

岩の上で持参した水を飲み、見える限りの景色を目に収め、カメラに収め、下山した。
いや正確に言うと、下りるというよりは転がるというような角度のの道を行った。

私は、目的地にたどり着く最初の人でありたいなと、改めて思った。

2012/12/05

子どもたちは忘れ物をしたくてしているわけではない

12/5

Img_9361
(比叡山から琵琶湖を眺める)

本日の学級担任論は、忘れ物指導と遅刻指導について。忘れ物指導を重点的に。

忘れ物指導に当たる大前提は、「子どもたちは忘れ物をしたくてしているわけではない」ということである。それを踏まえて、どうしたら忘れ物が減るのかを考えて行く必要がある。

人間は忘れるという素晴らしい能力を持っている。

だから、忘れ物をゼロにすることはできない。問題は、大事なものを持ってくることを忘れないようにするにはどうしたらいいのか。これをその子どもの性格に応じて考えさせることにある。



考えるポイントは、次の3点。

(1)減らすには、移動するものを減らす。
(2)忘れ物のシステムを理解する。
(3)どんなものが忘れやすいのかを理解する。

(1)子どもが家と学校で移動させなければならないものは、かなり多い。『忘れ物の教育学』の家本芳郎先生の調査によれば、ある小学校では

1)学習用具。教科書・教材・ノートなどである。
2)筆記・文具類。ある学校の例だが「筆箱・筆記用具・消しゴム(無臭)・下敷(無地)・メモ帳・ハサミ・のり・セロテープ・定規・カッター・分度器・コンパス・バンドエイド・サインペン・マジック・色鉛筆(十二色以下)・十円玉一個(緊急電話用)・小型ソーイングセット(女子だけ)・くし(女子だけ)」とある。
3)宿題。学習に関連したレポート・作品などの提出物も、ここに入る。
4)提出物。清掃用のぞうきんとか保健指導上の検便など
5)提出書類。進路希望調査・家庭調査簿やPTAの出欠席・委任状などの類。
6)徴収金。学校納付金・PTA会費・社会見学費などのお金。
7)校則できまっている規則に関するしたく。交通安全カード・記名・生徒手帳など。
8)置き忘れ。更衣室に時計を置き忘れたり、音楽室に笛を置き忘れるといったこと。

のようになる。大人は仕事道具は仕事場においておくことが原則なので、子どものの方だけ圧倒的に大変だと分かる。学校に置いておけばいいもの、クラスに一つあればいいもの、学校にあればいいものと考えて共有、共用できれば、移動させることが無くなり、分母が減るだけに、忘れ物は減る。

(2)忘れ物はどういうプロセスで出来るのかを理解する。私は「忘れ物のの作り方」というワークシートで学ばせている。どこでつまずいたら忘れ物になってしまうのかを理解するのだ。自分の癖を理解することで減る。

(3)忘れものの少ない授業は、怖い先生の授業、楽しい先生の授業、面白い内容の授業だという。恐怖で減らしても、恐怖が無くなれば元に戻る。または、恐怖を乗り越えてしまっては元も子もないし、そのために最終的には暴力に走るようになる。これは却下。

後の2つは、実は先生の努力でなんとかなる部分である。先生が良い先生で、面白い授業をすれば、子どもたちは忘れ物をなくそうと思うのだ。だから、忘れ物の多い授業というのは、実は子どもだけの責任ではないと言うことが分かる。



「忘れ物をするな!」
という指導は簡単である。だが、それは指導ではなく単なる脅しの命令だと私は考える。どうしたら忘れ物が減るのか。それを子どもたちと考えてあれこれやる。その上で「忘れ物をするな!」というのであれば子どもたちも納得する。

担任は、学級に繰り広げられる問題解決型の学習を子どもたちと一緒にしながら、クラスを育てて行くのだと私は考えている。

2012/12/04

机間巡視と机間指導は別物である

12/4

R0015730

『走れメロス』の模擬授業が終わった。「山賊は、王の放った刺客である。是か非か」というテーマで討論を行うことを計画した模擬授業であった。
教科書に根拠を求めて、自分の立場を決めて討論を行うのである。

今回は机間巡視がポイントになった。
机間巡視は、昨今では机間指導と言われることがあるが、机間巡視と机間指導は別物である。机間指導は、その場で生徒を指導する。しかし、机間巡視は違う。

今回の授業は、「山賊は、王の放った刺客である。是か非か」ということで、

1)自分がどちらの立場なのかを判断し、
2)その後立場ごとのグループに分かれて意見を交わし、
3)相手側と討論する。

という三段階の流れになっていた。
ということは、1)をしている最中、2)をしている最中に机間巡視できることになる。

机間巡視は散歩ではない。
この後の授業展開のための情報を集めるための時間である。

つまり、1)のタイミングでは、クラスの中でどちらの立場の人が多いのかを数える。2)では、3)では何が争点になるのかを予測するのである。これが机間巡視の目的である。そして、これを前提にして黒板に書く為の準備等をしながら待つのである。

今回の模擬授業では、ここが不十分であった。
だから、その後の展開を奇麗にコントロールしにくかったと言える。
勿論、大学三年生の模擬授業にそれを求めることが難しいことは分かっている。しかし、原理原則で言えば、そうなることを教えなければならない。

模擬授業ではこういうことが具体的に教えられる。

« 2012年11月25日 - 2012年12月1日 | トップページ | 2012年12月9日 - 2012年12月15日 »