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2013/03/14

知床、ありがとう

3/14

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(知床から見る流氷の上に沈む夕陽)

二月の末に、知床に飛んだ。

研究の一環として訪れた。

二つのことを調査しに行ったのだが、ここでは主に一つのことをまとめておくことにする。

本当は二年前に行くことも考えていたのだが、震災の影響でキャンセルとなり、今回の再挑戦となった次第だ。

二年前は、ひょっとしたらもう知床には縁がないかなあと思ったのだが、今回の知床を終えてみると、このために二年前は(まあ、もう少し待っていた方がいいよ)

と知床に言われたのではなかったかと思う位であった。

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(流氷ウォーク)

私の知床のイメージは、青の町となった。

これは何と言っても三日間雲一つない晴天が続いたことによる。

青を支える為には、雪と流氷の青が必要になる。また、青から赤に変わる夕焼けが必要になる。これらが全て揃ったのだから、すごい。

当たり前のように晴れの三日間を過ごしたが、これがどんなに珍しいことなのかは、良くわかる。良くわかるが、あまりにも凄かったので、自然を舐めてしまいそうだった。

この三日間は、私の教え子がガイドをしてくれた。私が大学生で教え子は当時15歳。塾のときの教え子だ。その彼は、大学卒業後会社勤めをした後、奥さんと一緒に「一番住みたい所に住む」と決意して知床に住み始めた。

そして、日本に全くなかったガイドの仕事を始め、それまではただ眺めるだけのものであった流氷の上を歩く「流氷ウォーク」を色々な障害を乗り越えて実施したのであった。

そこいらの話は年に一回の教え子の新年会でも聞いていたし、琵琶湖を泳ぎにくる時にも聞いていた。その話を聞きながら

(これは、体験しておかないとダメだな)

と思った。

で、今年が嬉しいラストチャンスになるというのを知って、スケジュールを早めに調整してトライした。

流氷の部は、特別活動論の授業のための体験として挑戦した。自分の人生で、流氷を見ることぐらいはあったとしても、まさか、1)乗る、2)歩く、3)浮かぶ、4)ジャンプする、5)潜るということが待っているとは思いもよらなんだ。もの凄いいい天気だったので、流氷の部は実に気持ちが良かった。

自然を相手にしながらの特別活動。学習指導要領では、「学校行事」の「(4) 旅行・集団宿泊的行事」になる。私が中学校の教師になった頃は、林間学校や臨海学校があった。これは、教師集団がまだ若かったからできたことであった。簡単に言えば、山頂で体重80キロの生徒がねんざをしたときに、教員が交代で背負いながら下山できる体制があったということだ。

しかし、教員の高齢化でこれは難しくなった。そこで現れたのが、スキー教室である。これならば、教員はパトロールだけで実施することが出来る。なんとなれば、生徒は能力別にクラスを作ってスキー学校に入れてインストラクターに面倒を見てもらうことが可能だからである。

ところが、これも金額の高さと、スキーが目新しいものではなくなったこと、さらにはインフルエンザが流行る時期と重なること等から衰退して行くことになって行く。

その次の段階が今だと考えている。

今は、ギリギリ初期の林間学校を知っている教員が職員室にいる。そこに大量の新人教員が入って来ている段階である。この職員室の教員集団で「(4) 旅行・集団宿泊的行事」をやるとどうなるだろうか。特に自然を相手にしたものをやるとなると、かなり大変なことになるのではないかと想像できる。

相手が自然だけにとても難しい。その難しさを予測しその中で行事の目標を達成するということが求められる。そんな「(4) 旅行・集団宿泊的行事」をしていくことになるのだ。

そこで、ガイドである。ガイドがいる中での「(4) 旅行・集団宿泊的行事」は、相当いいと考えている。考えているだけではダメなので、実際に見に行くことにしたのだ。いや、見るだけではなく実際に体験してみることにしたのだ。

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(流氷の下で、クラーク博士)

私が経験したのは、流氷ウォークで、流氷に乗る、歩く、浮かぶ、ジャンプするであり、世界最低海水温下の流氷下のダイビングで潜るもやってきた。修学旅行では流氷下のダイビングは潜る為のライセンスが必要なことと、値段がそれなりに掛かるので無理だとしても、前者の流氷ウォークは十分可能だと思えた。

流氷は、毎年知床に接岸するとは限らない。また、成長の具合で乗れるかどうかも難しい。だから、これ一つでプログラムを作るのは難しい。

しかし、たとえば、私もやって来たがスノーシューを履いて、原生林の中を歩く。熊がヤマブドウの実を求めて木を登った所に出来た爪痕を見る。鹿が雪の中に作った寝床を見る。オオワシの飛ぶのを見る。滝が凍っているのを見る。聖なる鳥のワタリカラスの戯れながら飛去って行くのを見る。何にも音のしない、電線の全くない雪原の中に佇む。見渡す限りの流氷の海の向こうに沈む夕陽を拝む、知床連山から上る満月を眺める。こういうのが可能だ。

ここから子ども達を育てるプログラムを作れば良い。それは経験の少ない新人教師には難しいが、ガイド達と一緒に作ればいい。これはできる。私は何人かのガイド達と会って話して、確信した。知床で可能であるようにガイドのいる所であれば、他の自然豊かな場所でも可能なはずだ。

教え子は、自分でガイドの会社を立ち上げ、一仕事をなしてこの春から大学の教員になることが決まった。観光学部の教員になって、学生達を指導することになる。知床を離れる。だから、この二月が彼のガイドで知床を見る最後のチャンスになっていた。

それがこのような形で体験できて、私の特別活動論の考えを纏めるきっかけも得られて、とても幸せな三日間であった。

知床、ありがとう。

なお、別に特別活動を研究しようと思っていない方であっても、これは体験することをお薦めしたい(^^)。 教え子の関わった知床ナチュラリスト協会は、http://www.shinra.or.jp/ で、教え子の名前は藤崎達也。ま、ウトロでこの名前を言えば、山に住んでいる鹿やオオワシでも返事があるぐらいの有名人だ(^^)。

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