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2013/04/25

授業も本格的になっていくのである

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2限の四回生ゼミは、卒論の目次案の検討第二ラウンドのパート2。本日は4名であった。春合宿の時に出したものから大幅に変更した学生が2名。
教員採用試験の勉強をしつつ、卒論を書くってのはなかなか大変で、だったら、もっと前から書かせれば良いと思うのだが、その前には教育実習があって、その指導、本番、反省と色々あるので、どうしてもこのスケジュールになってしまう。
先週の先行研究の説明が良かったのか、今日は先行研究を手稲にやってこようとする学生が多く、一安心。また、私が突っ込む前に仲間の発表に鋭く突っ込むゼミ生たちが多く居て、これも良い。
今年は、今の段階では大きなテーマで書こうとする学生達が多いので、先行研究も大変だとは思うが、それをやり続ける中で、本当に自分が問いにしたいことが見えてくるので、いまはただ読み続けるしか無い。期待したい。
3限の二回生ゼミは、実践記録の講読。はじめにの部分を私がチューターをしつつ読み進める。先週課題として出した「なぜ、この部分には単語に点がつけられているだろうか?」というものについての検討。19人のゼミを3〜4人に分けて、ワールドカフェスタイルで検討する。
『私は、〜と考える。というのは、本文の〜に〜と書いてあるから、というスタイルで説明すること』
というと学生達は慌てて、本文を読み返す。
そうである。本文に根拠を求めること無く、なんとなくで答えを出して来ているのである。それではテキスト講読にはならない。ここにこう書いてあるを読まなければならないのだ。そうでなければ、単なる思いつきを述べ合うだけになる。
ワールドカフェの後、学生達に発表させる。
テキストを意識しながらの発表に挑戦しようとしているがまだまだの部分もあった。
『私の読みを示す前に、君たちはこのテキストの中に、同じ言葉でありながら、違う書かれ方をしている言葉に注目できたか? 一つは、点の振ってある場所が短い所、一つはその言葉を鍵括弧でくくってある所、もう一つは、点の振ってある場所が長くなっているところだ』
残念ながら学生達はこれに気がついていない。
ま、そうだろう。そういう読み方の指導を受けることはあまりない。彼らの責任ではない。読解には、ミクロとマクロの読みが必要。蟻の目と鳥の目の両方が必要になる。同時に見られることが大事。そして、それぞれの人物のあれこれの動きを同時に見る視点が学級経営には必要。これを「神の視点」ということもある。が、これを指導されることはあまりない。
教育の営みは、瞬間と文脈と両方ともを押さえて行う必要がある。その子どものその瞬間の行為は何を示しているのか。また、その行為はその子どもの文脈の中で何を意味しているのか。これを瞬時に読み取る必要がある。
さらに面倒くさいのは、子どもたちはその意味を表出はするが、表現はしない。寧ろ隠す。だから、その表出された瞬間から情報を読み取り、指導に生かさなければならないのだ。そのレッスンは、フィールドワークはおろか、教育実習でもなかなか出来ないだろう。教師になって日々の実践の中で鍛えられて行くというのが、実際の所であろう。
だが、もしそのレッスンの可能性があるとすれば、実践記録や物語文を読み込み、読み解き、読み開くことだと思われる。文字に書かれている情報は、表情や音声や匂いや触感はない。その文字と意味と文脈の中にそれを求める。ここでレッスンを行うことで、表情や音声や匂いや触感もある子どもたちとの実践の中で、実践を作り出してくことがやりやすくなるだろう。そう考えて、二回生ゼミの前期は、実践記録を読み込んで行く。そのガイドを私がする。
キャンパスの里桜ももう終わり。
アメリカハナミズキの花が晩春の青空をバックに映えている。
授業も本格的になっていくのである。

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