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2013/07/21

たった3秒の確認だが、それが大事

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二回生ゼミで気になったことをメモとして。

子どもの詩の読解をして行く模擬授業をゼミ生が行う形で授業をするのが、このゼミ。教師役が読み込んで来て、発問を考えて授業を進める。昨日の一つの詩で、柱になる発問は二つであった。これがなかなか興味深かった。

発問の内容ということではなく、発問を取り巻く指導の在り方といったら良いだろうか。

一つ目の発問を終えたとき、教室がざわざわとなった。その発問の最後の指示は「まずは、一人で考えてみて下さい」である。であるからして、ざわざわするのはおかしい。まして相手は大学生である。一人で考えてみて下さいと言われたら、考えるものだ。にもかかわらずざわざわであった。

二つ目の発問は、発問の主語と述語がねじれてしまっていて、(ま、言いたいことはわかるけど、それ日本語としてどうよ?)というものであった。しかし、この後はざわざわしなかったのである。

この事実を授業後、二人の授業者に確認してみた。

『一つ目の発問のあと、何をした?』

「え、私は机間巡視です」

「私は、板書です」

『そうだよね。でも、それをするまえのことを聞いている』

「?」

「?」

『君は、この発問のあとの展開を確認しようとして、指導案に目がいっていたよね。で、あなたはチョークを捜しに行ったよね。その間に、教室はどうなっていた?』

ま、ここで答えられるようならばそんなミスはしていない。だから、分からない。

『発問、指示のあと教室がざわざわしたのに気がついた? あのざわざわを聞き逃してはならない。あのざわざわは、(え、なに、何をしたら言いの? こういうこと?)というざわざわだ。つまり、一つ目の発問、指示が学習者に理解されていないという合図なんだな。そこを聞き逃してしまっている』

『発問、指示をしたら、それが学習者にしっかりと届いているかどうかを確認することである。発問、指示の直後の子どもたちの様子をしっかりと見なければならない。たった3秒の確認だが、それが大事』

『逆に発問2は、なんだか日本語になっていなかったが、文脈で理解してざわざわは起きなかった。そういうこともある。発問、指示を出しっぱなしにしないということだ』

中には、自分が発問、指示を出しておきながら、それが学習者に理解されないでざわざわしてしまうときに、

「うるさい!」

と怒る人もいるが、これは論外。だが、これも発問、指示を出した後の確認をしないことの積み重ねから置きていると考えられる。仇やおろそかにすべきではないのである。

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