« 句会をやると、いわゆる「問題句」がでる | トップページ | 濃密な時間が過ぎて行く »

2013/07/03

ディベートのジャッジのスピーチは、その練習にうってつけだと思うのだ

7/3

Img_1124

ディベートの授業。終盤に入って来てジャッジのスピーチ

がそれなりに形になって来た。

ディベートの入門期指導で、難しいのはジャッジの育成である。ディベートのジャッジは勝敗の判定とその理由を述べなければならない。さらに、教育もしなければならない



野球では、三塁ゴロをさばいた三塁手がファーストにボールを投げたとき、「アウト!」と審判が言えばそれでおしまい。ところが、ディベートでは、「アウト! なぜアウトかというと、〜だからです。では、今後どうしたらいいのかというと、〜をするのが良いでしょう」というスピーチをすることになる。これが初心者には難しいのだ。

そこで、私は最初の段階では「分かりやすかった方を勝ちにせよ」という指示を出してやらせている。判定の理由まで、こちらが指示してしまうのだ。これだとうまく行く。

しかし、ずっとそれでやらせるわけにはいかない。メリットとデメリットの比較を行うジャッジ、判定の理由をしっかりと言えるジャッジ、負けた側が
(あ、それなら仕方が無い)
と思う判定の言えるジャッジに育てたい。



これは、実は教師になる学生にとって実に大事なことではないかと考えている。
子どものダメな部分を指摘し、なぜそれがダメなのかを説明し納得させる。さらに、では次にどうしたら良くなるのか、その取り組みについて指示を出す。

教師の仕事は褒めるだけではない。ダメ出しをしたり、叱ったりすることがある。その時に、子どもが納得するスピーチを教師はする必要がある。ディベートのジャッジのスピーチは、その練習にうってつけだと思うのだ。

ディベートのジャッジの練習だけで、教師として目指すスピーチが出来るとは思わない。が、貴重な経験になるとは思っている。

« 句会をやると、いわゆる「問題句」がでる | トップページ | 濃密な時間が過ぎて行く »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 句会をやると、いわゆる「問題句」がでる | トップページ | 濃密な時間が過ぎて行く »