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2013/12/27

【講座案内】明日の教室 2013/1/11 三宅貴久子先生

お待たせしました。
ご案内です。

明日の教室、新年の最初は、三宅貴久子先生です。

三宅先生は、中学校、小学校、支援学校などで実践を重ね、現在関西大学初等部で勤務されています。また、第一回文部科学大臣優秀教員の表彰も受けられています。NHK教育テレビ「わくわく授業」にも出演されています。

三宅先生がいま取り組まれているのは、考える力を小学生につけさせるには、どうしたら良いのかということです。シンキングツールを活用し、小学生たちにこれらを身につけさせていくプロセスを解明しようとされています。

関西大学付属小学校の公開研究会では、常に100名以上の参加者が三宅先生の授業を日本中から見に来ます。本物の最先端の授業と理論から多くを学んで下さい。

■□■

プロフィールです。 

1956年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学を卒業後、鹿児島の中学校に3年間勤務。その後岡山に活動の拠点を移し、公立小学校、支援学校などに勤務。勤務の傍ら大学で勉強し、2005年に岡山大学大学院教育学研究科を卒業。2006年度、第一回文部科学大臣優秀教員の表彰を受ける。

2009年から関西大学初等部の開校準備にかかわり、現在6年生を担任と関西大学初等部の独自のカリキュラムである思考スキル習得の学習の指導担当。
思考力育成の授業デザインとして、思考スキル、シンキングツール、ルーブリックなどの手段をどのように授業に埋め込んでいくのか、現在実践研究中。また、総合的な学習の時間では、国際理解学習の体系化カリキュラムを作成中で、途上国支援に光を当て、実践中。自らインドのビハール州におもむき、現地の教師や子ども達とも交流を深める。

著作

関大初等部式 思考力育成法 関西大学初等部 (2012/2/10)
関大初等部式 思考力育成法 関西大学初等部<実践編> (2013/2/7)
現在、3冊目を執筆中。2月1日の研究発表会の際に販売予定!

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片付けをしながら、研究室のiMacの写真を眺めている

12/26

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片付けをしながら、研究室のiMacの写真を眺めている。いやあ実に多くの写真を撮ったものだ。そして、あちこち行ってあれこれやった一年だったなあと思う。沢山の幸せな出会いの会った一年だったなあと思う。研究の方でも論文が一本書けて、一本は送った所。

毎年年末は、
(来年こそは、仕事を減らそう)
と誓うのだが、大学に移ってからこの8年、この誓いを守れたことは無い。
おそらく、来年も今年と同じということは無いだろうなあ。
しかし、ある意味勝負の年になる。成果を出して、論文を書いて、発表をしてとね。

近江神宮での3歳の七五三。
出て来たその写真を見て懐かしいなあと思いながら、
(娘も四月から小学校一年生になるし、またがんがん写真を撮るぞ)
とも思う。

『日本でいちばん大切にしたい会社 4』 ランドセル

12/26

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ランドセルとは、ただの入れ物ではありません。そこには特別な思いがこめられています。
特に障がいをもつ子どもにとっては、みんなが背負っているランドセルを自分も同じように背負って学校に行くことが最大の憧れであれ、夢でもあります。
また親にとっては、障がいをもって生まれたわが子が小学校まで生きた、という事実が、万感の思いとともに胸に迫ってくるといいます。
ランドセルは親子の夢であり、憧れであり、希望です。

『日本でいちばん大切にしたい会社 4』 122p

とある。確かにそうだなあと思う。
で、中学校に入ったときのランドセルに相当するもの、高校の、大学の、社会人のってなんだろうと思う。

私が中学に入るときは、腕時計と万年筆だった。高校は通学定期。大学は下宿。社会人はワープロだったかなあ。いまは、小学校中学年でDS。中学生でスマホ。高校生で? 大学生でノートPCか? なんだろう。これも大学の授業で話してみてもいいなあ。

『日本でいちばん大切にしたい会社 4』 仕事

12/25

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社員の7割が障がい者で占められている日本理化学工業の大山泰弘会長は、私にこんなことを話してくれました。
「幸せとは人に愛されること、ほめられること、人の役に立つこと、人に必要とされることです。このうち最初の『愛されること』を覗けば、すべて働かなければ得られないことなんで」
幸せは、働くことによってしか得られません。だからたとえどんな仕事であっても、障がい者の方たちはみな働きたいのです。

『日本でいちばん大切にしたい会社 4』(あさ出版 坂本光司)

キャリア教育ってこういうところから始めるのがいいと思うのだ。

そして、楽しくパズルに挑戦

12/25

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昨日、京都駅に買い物に娘(6)と出掛けた。
当然玩具売り場も見に行った(^^)。

いいのがあった。
真っ白のジグゾーパズルだ。
この真っ白いのに絵を描いて自分でオリジナルのが作れる。
プリキュアだの、アイカツだの、ジュエルペットだのに興味を示していた娘だが、実はジグソーパズルにも興味がある。そこで

『これ、買って上げようか?』
と言ったら当然欲しいと言う。そして、
「サンタさんにお手紙を書く!」
という。
「鬚白いけど、紙が白いから描けへん!」
と言いながら描いていた。

で、これにあれこれ書いて、プレゼントをお願いするお手紙の横に娘は置いておいた。

サンタさんは、そのジグソーパズルを見て、まだ真っ白でパズルを解くには難しそうな所を見つけて、英語でメッセージを残した。

娘は、そのメッセージを読んで大喜び。
そして、楽しくパズルに挑戦。

めでたしめでたし。

私は学生達に授業の感想を必ず書かせている400〜600字ぐらいで

12/25

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私は学生達に授業の感想を必ず書かせている400〜600字ぐらいで。
これは学内のサーバーに設置した掲示板に書かせており、パスワードで管理している。学生達は、当然嫌々書き始める。毎回毎回、しかも締め切りは翌朝。嫌々書いているのは良くわかっている。

教育は良い強制。
野口芳宏先生の言葉だ。
勿論、矯正も含まれているだろうし、共生もあるだろう。

教師の仕事の多くを占める文章を書くという仕事。
これは何が何でも身につけさせておかなければならない。だから、書かせる。

先日卒業生に偶然会った。
その時にこの掲示板の話になった。

『君たちが嫌々書いていたのは良くわかっている』
「え」
『当たり前である。だが、書かせなければ文章は書けない』
「はい」
『そして、あの掲示板はあのときのままで残っている』
「え!」
『アドレスもパスワードも変更していない。あのときの君たちの言葉がそこに残っている』
「そうなんですか!」
『そうだ。だから、今でも見られる。教師を目指していた頃の、君たちの言葉がそのまま残っている』
「家に帰って直ぐに見ます」
『それがいいだろう。インターネットは、過去にも時空を超えると授業で話したよな。こういうことだ。見てみるがいい』
「はい」

ということで、毎回毎回無理矢理書かせている。

明け方泣いている娘(6)

12/25

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明け方泣いている娘(6)。
「まだ朝じゃない?」
と聞いてくる。なんか怖い夢でも見ているのかもしれない。
大丈夫だよと言って寝かせる。

プレゼントの興奮が一段落してから聞いて見た。何の夢を見ていたの?
「あんな。朝起きたらプレゼントがなかったの。だから、朝じゃなかったらいいなと思って聞いたの」
という夢を見ていたとのことだ(^^)。
プレゼントがあって一安心。

本人は、来年は貰えないと思っている。
「だって、来年は一年生になるやろ。もうお姉さんだから貰えない」
『え、信じているいい子には届けてくれるよ』
「ほんと!」
『本当だよ』
「じゃあ、来年欲しいもの考えようっと!」

朝ご飯の後は、サンタさんへのお礼の手紙を書く前に、プレゼントしてもらった一輪車に乗れるようになってしまおうと、ヘルメットを被ってリビングで練習をガンガンする娘。ものの10分で両手を使いながらも、またがれるようになってしまった。本人は、
「今日中に乗れるようになるの!」
と言い張っています。

めでたしめでたし。

『明日はクリスマスイブだねえ』

12/23

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『明日はクリスマスイブだねえ』
と言ったところ
「あ、ほんまや」
という声がクラスに響く。
『をい。君たちそれでいいのか?!』
とつい言ってしまった。

1950年代だろうか。クリスマスが盛んになったのは。
ここのクリスマスは高度経済成長の時代のサラリーマンが、三角帽子を被って忘年会の一貫としてやっていたというイメージが強い。

1970年代までは、クリスマスは家族で楽しむものというイメージがあった。裕福な家庭はアイスのケーキか生クリームケーキになっていく時代。

1980年代は、恋人と過ごすのがクリスマス。ユーミンの「恋人がサンタクロース」がリリースされたのも丁度1980年。私のクリスマスのイメージはこれ。

ところが、その後は、変ったのかもしれない。
今の学生達にとってのクリスマスは、仲間と過ごす時になっている感じがする。恋人と過ごす。または頑張って恋人を捜すきっかけになっていないような気がする。でなければ、明日クリスマスイブなのに、気合いが入っていないことの説明がつきにくい。

しかし、ひょっとするとアルバイトだらけで、クリスマスなんて祝っている場合じゃないのか?

明日は家族で過ごすクリスマス。
さて、娘(6)が成長したとき、そうさね、2025年位はどんなクリスマスになっているのかねえ。

年の瀬はこうして過ぎていく

12/22

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2013年近畿ディベート交流大会から帰って来た。
忘年会を終えて、帰って来た。
まあ、いろいろとあった。財布をなくしたと思ったら家にあったということも大きいのだが、再びの出会いも沢山あった。

30年前を思い出すような出会いもあれば、なんとあなたはご近所だったのねというような再会も。

出会ったら、別れることもある。それは理解している。
だけど、別れてもまた出会えることがある。
そんな幸せを感じられた夜だ。

明日は、今年最後の授業になる予定。
年の瀬はこうして過ぎていく。

ははは、すまん、早生まれ

12/19

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今日、嬉しかったこと。小さなことだけど嬉しかったこと。

二回生ゼミが終わってから、ゼミの中で派手でもなく、元気でもなく、大人しい女子学生達が話しかけて来た。
「先生、1月の末、お忙しいと思いますけど、どこか空いていませんか?」
と。

『ん、調べてみようか』
と調べてみたら、補講期間の一週間は夜が空いている。
『どうしたの?』
と聞いたら、
「とってもいいゼミだったので何もしないで終わるのは勿体ないから、コンパをしたい」
とのことだった。

嬉しいねえ。大人しい彼女達からの声があったのが嬉しい。1月の末だとゼミの3/4以上が20歳を超えているということなので、宴会をやっても1/4には我慢させて大丈夫だろうということになった。

ははは、すまん、早生まれ。

こういう提案ができるようになったのは、嬉しいなあと思う。

二週間程前、娘⑹が泣いて抗議したことがあった

12/14

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二週間程前、娘⑹が泣いて抗議したことがあった。

「娘ちゃん、やってない!」
「何も悪いことしてない」
「悪いことしていないから、謝らない」

と。

幼稚園でトラブルがあり、年中さんが泣いた。年長さんが遊びに加えてあげなかったということが原因らしいと言うのは分かっていたのだが、その中に娘もいて、先生は年長さんたち全員に「取り敢えず謝っとき」と言ったそうだが、娘は抵抗して謝らなかったとのことであった。

その話を娘と先生から聞いていたのだが、私は娘の話を聞くにつけ、娘が正しいと思え、
『本当に悪いことをしていないなら、謝ることはない』
と話しておいた。

そして、その間他から情報を集めて確認してみたら、娘は「仲間外れはダメだよ、一緒に遊ぼう」と率先して言っていた一人だと言うことがわかった。

また、
「年中さんが泣いています」
と先生を呼びに行った子どもが一番始めに仲間外れを言い始めたと言うことも分かった。

だから娘は濡れ衣を着せられ、先生はそこのことを分かっていないようなことも分かった。

さて、どうするか?
電話、手紙などで先生に知らせるか、このまま流すか。一番良いのは、娘が自分の口で先生に言って誤解を解くことだ。そこに賭けた。

そしたら、昨日先生に
「娘ちゃんは、やっていません」
といったとのこと。スッキリしたようだ。

いやあ、嬉しい。
先生にも誤解や間違いはある。でも、子供がそれを被ることはない。自分で解決することが出来た娘。今日は朝から気分がいい。

2013/12/19

いい合唱祭だった

12/18

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いい合唱祭だった。
児童教育学科では、学生達が企画運営している。
それぞれの回生を駆け抜けて来た一年間を振り返る合唱祭だ。

素直に歌う一回生ゼミ。
ほぼ素直に歌う二回生ゼミ。
有志の三回生は、男子は力強く、女子は可愛く。
四回生はいい歌声で、かつ、会場にいる全ての人を巻き込んでいい発表をというものである。

これが終わらないと、年末が来た感じがしない。
これを見て、一年が終わっていく。
今年度でご退職される先生方に、花束を贈るセレモニーをし、全員で歌を歌い、写真を撮って終わった。

京都橘大学、人間発達学部、児童教育学科。
この時間が、年末にあるのがいいなあ。
こういう行事を通して、一つ一つそれを節目にして
学生達は、成長してく。

その側に私たちはいる。

2013/12/17

【講座案内】 2014年の明日の教室が、どんどん決まっています

12/17

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2014年の明日の教室が、どんどん決まっています。
京都の明日の教室は、のんびりと
「で、どうする?」
という感じで間際に決めることが普通なのですが、先日糸井さんと話してこんな風に決まりました。
以下、糸井さんのブログから引用。

決まる時は、こんなもの・・・。
何と、来年度の「明日の教室」の登壇者が3組決定した。
どれも、素晴らしい方々。
驚くなかれ・・・である。

2月1日(土) 鈴木恵子先生
拙著「エピソードで語る教師力の極意」でも紹介させていただいた先生です。
正確に言うと、もと静岡の小学校教師ということになります。
有田和正先生をして「日本一の授業」と評された授業をされていた教師・・・御登壇いただきます。

6月28日(土) 植西浩一先生+石川晋先生
「植西先生(広島女学院大学准教授)と一緒に是非!」という話を石川さんからいただいたのが、今年の夏。はい、1年後にお約束を果たせます。このお二人ですから、当然、ディープな国語教育になると思います。

11月2日(日) 堀裕嗣先生+石川晋先生
ふらりと、このお二人に来ていただけることになりました。
私から見た、このお二人は、化け物と天才です。
ですから、どんな講座になるか予想不能です。いや、敢えてそういう講座にしたいです。
今の、そして、これからの教育を縦横無尽に語っていただきたいなあと思います。

という糸井先生のブログの記事ですが、最新情報も。
さらに決まりました。

1月11日(土) 三宅 貴久子先生
2014年の最初は、女性の先生からです。
関西大学付属小学校で、縦横無尽にご活躍されている先生です。
ミューズ学習の中核となってご活躍されている先生です。
Thinking toolを活用して、子供達に考えることの基礎トレーニングをされている先生です。
三宅ワールドにどっぷりとはまってください。

3月22日(土) 中村健一先生
知る人ぞ知る。知らない人は全く分からない。ですが、知る人の多い中村先生です。
生徒指導にフォローと言う概念の重要性を訴えた先生として有名です。
また、変なかぶり物をするのでも有名です。
更に言うと、お笑い教師ですが、厳しい先生でもあり、学級経営に力量があり、池田のこと、「おさむさーん」と呼ぶ先生です。

そして、まだまだ交渉中のすんばらしい方もいらっしゃいます。
ご期待ください(^^)。

2013/12/14

目次案が、やっと目次になり、卒論が完成しました

12/12

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卒論提出後の感想を一人一言ずつ述べさせた今日のゼミであった。彼らが多くの人に支えられて卒論を書き切ることができたらということを実感したことが感じられた一言だった。

これはこれで嬉しい。
が、意外な嬉しい話をしてくれた学生もいた。何かというと、他のゼミのゼミ生の卒論に付き合ってあげていたというのだ。

その学生曰く、卒論の書き方は池田ゼミのメンバーに聞けば教えてくれるということが広まっていて、結構多くのうちのゼミ生が、教えていたというのだ。目次案を一緒に作ったりもしたと言う。

教えられるぐらいに理解出来ていたと言うことだろうか。教えることは学ぶことだから、うちのゼミ生はますます理解を深めたことにもなる。

頼られる彼らになっていたのも嬉しいし、それに応えられたのも嬉しい。彼らは教師になる。自分ができるではなく、できない人をできるようにする仕事に就く。そのことが出来始めているようで、嬉しい。

私の卒論指導は,目次案作りに重きを置く。
それは、私が修士論文を書いたときに目次案指導を受けてとても役に立ったからだ。倉島保美さんという人に習った。とある所で習ったが、正式にはここで習える。http://www.logicalskill.co.jp/ ここで目次案指導とパラグラフライティングを習っていなければ修士論文のネタはあっても、纏めることは難しかったと思う。

ある学生が言っていた。
「卒論が書けなくなったら、目次案を見る。すると、書ける。また、書いていると暴走してしまいそうになるのだけど、目次案を見ると枠の中に戻ってこられるようになる」
と。

実にその通りなのである。
論文を書くのは学生。
書いているときは私がマンツーマンで、横に居て指導することは出来ない。書くことも出来ない。だが、まあ、助手席に座っていてやりたいという気持ちもある。この助手席でナビゲートする役割が、目次案なのだと考えている。

目次案のレベルで、論が通っていなければ、論文が論文になることはまずない。
目次案を立て、それで書き始め、書きたいことが見えて来て目次案を修正し、さらに書き進めということをくり返す。ある学生は、最終的に書き上がった卒論は、最初に書いた目次案の三章の二節を取り出したものになったと言っていた。そういうことになるのは、珍しくないし、それでいいのだと思う。

三回生の三月、春合宿のときに彼らが初めて提出した目次案。そこから一年間掛けて育てた目次案が、やっと目次になり、卒論が完成しました。

まずは、全員提出完了。
ここを目出度いとしましょう。

つぶやきメモ

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メモとして残しておきます。

論文になるかどうかわからないが、あるものを柱にして思いついたものをTreeに打ち込んでいる。これが少しずつ増えて来て、繋がりが見えて来ている。
(そうか。私が、ひっかかっていたことはこういうことだったのかもしれない)
とだんだん見えて来ている。一つ一つの具体的な出来事や,思いつきをTreeに打ち込むことで、それがメタで認識できるようになっていく。面白い。

ものを考えるには、入学試験のような集中のあり方があるけど、もう一つ、片思いのように考えるというのがあると思っている。気がついたらその人のことを考えていたような考え方だ。この片思い型の考え方で、「人は何の為に生きているのか」などの問いをずっと考え続けることができる体を育てたい。


停まらなければならないのに、停止線とはこれいかに?


「みんなの笑顔が見たいから〜」なんていう言い方があるけど、これってみんなのためを思っているように見えるけど、見たいの主語は自分で、結局は自分の欲望を満たすための行為なんだと思うのですよ。

転失気をしてしまったら、娘(6)がすぐに空気清浄機の前に向かう。匂いセンサーが何色になるのかを楽しみに見ている。なんてこった(^^)。

2013年度池田ゼミ四回生は、本日無事全員が、先ほど規定の2万字程度の卒論を書き上げて提出し終えました。学生の卒論執筆に際し、ご助言ご協力を頂けたことと、心から感謝いたします。ありがとうございました。



笑いは、落差である。ユーモアは、ズレである。そのズレは言葉と実態のズレ。そして、上品なユーモアほどそのズレの幅は小さい。だから、知性が無いとその小さな上品なユーモアは、分からない。






決めました

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先週講演した兵庫教育大学と国士舘大学から、学生さんたちの感想文が届いた。毎週授業して下さいとか、うちの大学の先生になってくださいとか大きなリクエストが列挙してあり、嬉しい限りである。

90分一本勝負。一期一会。そう思って挑む。もちろんこちらが緊張していては学生さんも緊張してしまうから、緊張ではなく集中でやわらかく挑む。それが届いていたようで、何よりだ。

感想の一部を紹介する。

引用した言葉がすらすらと出てくるのは,膨大な知識の成せる業だなと感じました。話を聞かせる技術が桁違いでした。大学生に対する講義でつぶやきが引き出せるのは驚きでした。

池田先生の話に大学1〜4年生が全員引きつけられていました。信頼関係がなければ教え込んでも「なるほど」と思わせることは無理だと思っていましたが、ほんの数十分で「この人は本物だ」「この人の言うことは正しい」という信頼関係を築き上げていた。話術という意味で、やはり、笑いが不可欠だと感じた。

講義という形なのに、1対多数というよりも、1対1×多数になっている気がして、授業を受けている感じでとても楽しかったです。毎日の仕事は大変、努力も必要。がんばるしかないですね。

学生の鳴り止まない拍手が増している通り、奇跡的で大変充実した時間でした。世界観が180度変りました。今日学んだことを活かすも殺すも自分次第だと思います。この日があったから今がある的な日が来るように努力していきたいと思いました。

社会人になる上では、共通して知っておくべきことも多々あったと感じました。明日からの合同説明会(就活)頑張ります。

話した内容は殆ど同じ。受講した学年も殆ど同じ。地域は違う。国立と私立の違いもある。が、感想は実に似ている。つまり、こういう授業をもっともっと受けたいというものだ。また、先生の話術を自分も身につけたいというものだ。ありがたい。

野中信行先生がいつも仰るように、この学級担任に関する講座は教員養成大学にも関わらず、大学の授業には本当にない。いかん。

決めました。
日程があえば、呼んでいただければ可能な限り、大学で講演をします。90分、出来れば180分がいいですが、それでこの二つの大学でやった「学級担任の仕事を考えてみる」という講座をやります。必要なら連絡下さい。

2013/12/13

なんということか

12/8

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土曜日は、国士舘大学で講演を行った。文学部の初等教育専攻の学生達に90分の予定で120分話して来た。スタートでMacBook AirにあるKeynoteが上手くスクリーンに反映され無いトラブルがあって、ややテンパった始まり方であったが、30分位は延ばしてもいいということだったので、お言葉に甘えて120分たっぷりとやってきた。

知り合いの先生からこのお話を貰ったとき、 
(国士舘大学か。懐かしいなあ)
と思った。

実は、学生時代は小田急線の梅が丘に下宿をしていた。
私の下宿から高台にある国士舘大学が見えていたで、
(まさかそこでやることになるとはなあ)
と懐かしく思っていた。

ところが、話を聞くとどうも違う。
国士舘大学の初等教育専攻の校舎はそこではなく、新しい所だと言う。
聞いてびっくりであった。

私の嘗ての下宿は、都立明正高校の目の前にあった。
玄関を出て、道の斜め向こうは都立明正高校の正門であった。
その明星高校が、廃校になり、そこを更地にした所に、国士舘大学の初等教育専攻の校舎が建っているというのだ。
そして、そこで講演をするというのだ。

なんということか。
なんということか。

講演開始の40分前に梅が丘駅に到着した。
その梅が丘駅も嘗てとは違い、二階建てになって複々線に対応した駅になっている。駅前の店を見ると、寿司屋の位置は変わったが、駅前のケーキ屋はさらに店舗を広げ繁盛している。

下宿に向かう道を行く。
道は拡張工事がされて、とても奇麗になっていた。
きょろきょろ見渡すと、当時通っていた銭湯はまだあった。
が、
(こんなところにこんなに大きなマンションは無かったよなあ)
と思いながら、うろうろしていたら、迎えの先生が見えた。
(ということは、ここいらあたりが私の下宿が会った場所だよなあ)
と見るのだが、全く分からない。

明正高校の周りに植えられていた桜は見事になくなり、道路も奇麗になっている。
春になると、その桜で夜桜を楽しんだ。
テーブルを歩道に出して、街灯を明かりにして、鍋をしながら夜桜を楽しんだが、その桜は跡形もなかった。

恐らく、あの辺りが私の下宿じゃないかなあという所には,新しいアパートのようなものが建っていた。新しいと言っても、もう既に年期が経っている感じがあったのだから、随分まえに立て替えられたのだろう。

本当に縁のある土地というのはあるものだなあ。
私は誰の掌の上で走り回っているのかと思う。
30年前、大学の5年生をやり、
(さて、私の将来はどうなるんだろう)
とあの下宿であれこれ思っていたんだよな。
その下宿があったと思われる場所をぼーっと見ながら思う。

それが、高校の教師から中学校の教師に志望を変え、働き始めたんだよな。それから東京の中学校の教師から、京都の大学の教師になるなんてことは、100%どころか、1000%も予想だにしていなかったし、また、そして戻って来て国士舘大学の学生さん達に講演をすることになるなんて、もう、これこそincredibleなわけだ。

『(をい、おまえの人生30年後は結構面白いことになっているぞ)
とあのときの私に教えてあげえたいなあと思いますよ。君たちからしたら、30年先なんて遥か先だろうけど、過ぎてしまうと振り返ったらすぐそこに30年前が見えるってな感じなんだよね。君たちの30年後が楽しみだね』

講演では、このあまりにも信じられない巡り合わせについて話さないわけにはいかないので、話した。国士舘大学の学生さん達は、拍手をしてくれた。なんか嬉しかったなあ。

講演のあとは、専攻の先生方の忘年会に紛れ込んで、楽しく美味しい食事を。そして、その後私を呼んで下さった先生と一緒に下北沢に向かい、私が毎週のように通っていた店にこれもほぼ30年ぶりに顔を出した。

ご主人の驚いたこと驚いたこと。
私もなじみの店が残っていて、しかも繁盛していて、あのときまだ小学生だった息子さんが、店の中で働いているのを見て、まーなんというか、人生の幸せを感じていました。

「毎週授業を受けたい」
という学生の感想が結構あったが、流石にそれは無理(^^)。
でも、
「来年もあのあ続きやってくれるんでしょ?」
という先生方からの声もあり、来年も伺うことになりそうです。

ほんとうに、ご縁のある土地ってあるんだなあ。
次はどこの土地と出会い直すのかなあ。

写真は、おそらく私の下宿のあった場所です。

2013/12/09

1321年前の今日の出来事

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東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ

万葉集 巻一(四十八)柿本人麻呂

あまりにも有名な歌だ。
一つの叙景歌でありながら、沈む月に亡くなった草壁皇子を喩え、昇ってこようとする朝陽を軽皇子を喩えているとも言われている。柿本人麻呂は、軽皇子と一緒に奈良に巡航した際に、この歌を読んだと言われている。その場所は、いま「かぎろひの丘・万葉公園」となっている。

人麻呂がこの歌を読んだ日であろうと推定されている日がある。旧暦の11月7日である。
http://www.ricen.hokkaido-c.ed.jp/411kenkyuukiyou/vol12/hitomaro.pdf

旧暦カレンダーで調べてみる。
http://www.ajnet.ne.jp/dairy/

実に今日なのである。
今日は何と言っても皇室でも誕生日の方がいるが、それ以上に我が家では奥さんの誕生日である。そして、それは今年は、柿本人麻呂のこの歌の詠まれた日でもあるのだ。

写真は、我が家から見た今朝の「かぎろひ」。
人麻呂は、この青と赤のコントラストを見たのだろう。
それは、実に1321年前の今日の出来事だったんだなあと、思う。


2013/12/07

「明日の教室」研究会の予定

2014年 「明日の教室」研究会の予定
教育研究会「明日の教室」関連のご案内をブログのトップに置くことにします。

                   ◆

来年はすでに5つの講座が決まっています。スケジュールに書き込んで下さいね。

4/26(土) 堀田龍也先生    ← NEW!

http://kokucheese.com/event/index/160795/

5/3(土) 上田信行先生

6/28(土) 植西浩一先生+石川晋先生

11/2(日) 堀 裕嗣先生+石川晋先生

                   ◆

明日の教室関連の、本、DVD、電子書籍は以下にあります。

書籍は、http://www.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100501-01-000/

DVDは、http://sogogakushu.gr.jp/asunokyoshitsu/dvd_1.htm
電子ブックは、http://asukyo.jimdo.com/

からお求めください。

目次案の大切さ

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卒論提出一週間前になりました。昨日は、提出締め切り前最後の卒論ゼミでした。私の卒論指導は、目次案の検討とはじめにの検討を重点的にやります。それは、以下の意味があるからです。学生はそれを理解してくれました。嬉しい。

今回のゼミで感じたことは目次案の大切さです。
卒論提出前の最後のゼミを終え、みんなが卒論完成間近の中
あれだけ目次案に時間をかけることの大切さがわかってきました。
初めはなぜこんなに目次案ばかりを検討するのかと思っていました。

しかし、自分が書き進めていくうちに目次案がしっかりたっていることで
すっと書き進めていけることがわかりました。
今日のゼミでは、なかなか前に進めない人がいましたが、
進めない問題点として、文献が少ないということ、
調べることが少ないことなどがあると考えます。

そして、私は目次案がしっかりたっていないということにあるのではないかと考えます。
自分の中でなぜそのテーマを選んだのか、そしてこの論文で何を言いたいのかをまずはっきりさせて、それを論じるためにどういう流れで書くのが良いのかということを
目次案をたてながら頭の中である程度構成しておくことが大切ではないのかなと感じました。

書いているうちに自分の考えていることとは違うことが出てくることもありますが、
目次案として自分の中でしっかりとした構成があれば、ここをこのように変えて書いてみようと新たな構成が考えられるのではないかと思います。
目次案をたてる時に適当に書きたいことを挙げるのではなく、それを書くことでどう自分の書きたい事へとつながるかなど、考えながらたてる必要があると考えます。
ここまでみんなの論文を見てきて目次案の大切さを実感しました。
このことを、後輩にも教えてあげたいと思います。

目次案とはじめには、彼らが卒論を書き進める上でのナビなのです。だから何回も検討しています。学生一人一人が書きたいことが書けるようにするナビです。

教師の仕事は、子供達が伸びたいように伸ばすための手だてをする。勿論、変な方向に伸びていきそうになったら修正しますが、基本的には子どもが伸びたい方に伸ばすです。

実践でも、「目次案」のメタファは重要だと考えています。

今宵も学生のお陰で良い酒が飲める

12/5

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一回生のとき、中退しようかと悩んで相談しに来た学生が、
「先生、合格しました」
と報告に来てくれた。滋賀県内のとある市の幼稚園教諭に合格したとの報告だ。

『教育に興味があったけど、子どもに興味があったけど、実は子供服が好きでした、でもいいんだよ』

と一回生の時に話した。そしたら、彼女は
「え、いいんですか?」
と答えた。勿論、いいんだよと話して、
『ま、様子を見てはどうだ? どうしても他にやりたいことがあるなら別だけど』
としたところ、今日の日を迎えた。

『で、なんであれだけ悩んだのに、幼稚園の先生を最終的に選んだの?』
「やっぱり、実習です」
と。
『なんだ、私たちの教育の成果ではないのか』
「いえ、せ、せんせい。それは勿論のことです!」
と必死に言う学生が笑える。

実習はやはり偉大だ。
それは十分に私たちは分かっている。
そこにベストで挑めるように指導するのが、私たちの仕事の一つだと考えている。

いやあ、良かった良かった。
今宵も学生のお陰で良い酒が飲める。

兵庫教育大学の講座は、まずまずの出来だったようだ

12/4

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帰宅なう。兵庫教育大学の講座は、まずまずの出来だったようだ。アンケートは期待通りが2割位。期待以上が8割位だったので。

中国道、名神と自宅までちょうど100kmの距離を325iでクルーズしてクールダウンして、スーパでメールのチェックをしたら驚きの、FBにも書けないメールが届いていてその対応に暫く追われた。

まったく人生って奴は凄い。
エーデルピルスでクールダウンを重ねつつ、明日の教室の告知やなんやらをこれからしましょ。

明日は2限からです。

「来ない」の関西弁について

12/4

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きーへんとかこーへんとかけーへんとか言っているのを聞くのですが、私にはこの違いが良くわかりません。そこで、一回生ゼミの関西弁ネイティブたちに聞いてみました。
本人達も良くわかっていないようでしたが、以下の言葉が集まりました。彼ら彼女らが言うには、これらは全て「来ない」であり、「don't come」であるとのことでした。

きーへん、きやらへん、きやん、きやらん、きはらへん、きゃーれん
こーへん、こやん、こん、こんなー
けーへん

なお、きはらへんは、京都弁。きゃーれんは、滋賀弁ではないかとのことでした。
さらに、きやらへんは敬意を含んでいるとのことでありました。

分かったことは、「き」で始まる言葉は多いが、「け」で始まるのが一語しかないこと。学生達は意識的には使い分けていないことでした。

まだ、あるかもしれないので他の学生達にも聞いてみたいと思います。
ああ、面白い。

鴨川でしばし余韻に浸る

12/3

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本日所用があって、京都市内で一仕事。上手く行ったので、鴨川でしばし余韻に浸る。

その鴨川を覗いていたら、鯉の群れ。30匹ぐらいはいた。
慌てて食パンを買いにいって投げ与えてみた。
鴨川の鯉は釣っていいのかどうか分からないが、釣ってみたいと思って取り敢えず食パンをちぎって投げてみた。

面白かった。
鯉は、多摩川の鯉のようにがっついて食べない。
その内、私のアクションに反応したのであろうか、鳩が群れて来た。
その次に、都鳥が川面のパンをかっさらっていった。鳩はそこには行かない。
で、鳩が一瞬にして私の周りから消えた。
なんだなんだと思っていたら、そこに鳶がやってきた。そして、湖面からかっさらっていった。

たかがだ食パン一斤だけど、楽しめたなあ。
色々分かって面白かった。

そういうのってもうハッキリと

12/3

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ふはあ。やっとこさ明日の兵庫教育大学の講座の準備が終わった。MacBook Airのキーボード負傷や、iPhone4の水没をものともせず準備を進め、
(ん、これでいいんじゃないか?)
とほぼ完成したところで、
(ありゃ、これより今思いついた構成の方がいいんじゃないか?)
と気がついてしまったのが、二日前。
そっから慌てて作り直し。

ああ、今日が会議でなくて良かった。
ま、最初のアイディアでも問題はないと思うのだけど、ほら、いいアイディアが浮かんでしまったのに、それをやらないってのは聞く人に失礼だしね。

もちろん聞く人は変更しなくても新しいアイディアを知らないからバレないんだけど、そういうのってもうハッキリと、自分が講座をするときに、自分の説得力の低下に繋がるのが分かるから、ギリギリまで直すことにしているんだよね。

で、明日の講座なのに、いま完成f(^^;。
90分一本勝負で、ご機嫌を伺います。
ちょっと伸びたらごめんなさい。

2013/12/06

明日の教室 12/14 算数/学級経営

12/6  明日の教室 12/14 算数/学級経営

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申し込みはこちら → http://kokucheese.com/event/index/133271/

  2013年最後の「明日の教室」では、立命館小学校からお二人の先生に来ていただきます。伊藤邦人先生と正頭英和先生のお二人です。

 伊藤先生には、クリエイティブな算数の授業についてお話いただく予定です。伊藤先生は、授業の中にさりげない仕掛けを用意することによって、子ども達の思考を活性化させる授業を常とされています。

 今回は、この夏に出版された著書「マニュアル授業から脱却する!算数のクリエイティブ授業7の仕掛け・30の演出」にも触れていただきながら、その理論を語っていただく予定です。

 正頭先生には、英語をと言いたいところですが、今回は学級経営について熱く語っていただきます。今、学級経営が年々難しくなってきているのは、先生方も感じていらっしゃるところだと思います。

 そんな中、正頭学級は見事なチームワークを発揮しながら、子ども達が育っています。これを書いている私(糸井)は、隣でその変貌に驚きながら日々を過ごしています。荒れないとか、崩さないなどという学級経営ではなく、子ども達が生き生きと育っていく学級をどう創っていくのかを語っていただきます。

  2013年最後の「明日の教室」です。忘年会、クリスマス会も兼ねて楽しく学びたいと思います。多数の御参加をお待ちしております。

 

 

伊藤邦人先生/立命館小学校教諭

1980年生まれ。

学習塾勤務を経て,現在立命館小学校教諭。

「クリエイティブ」を教育の柱とし,子どもを最大限伸ばす学級経営・授業づくりの研究を進めている。「マニュアル授業から脱却する! 算数のクリエイティブ授業 7の仕掛け・30の演出」(明治図書)他

 

 

正頭英和先生/立命館小学校教諭

1983年生まれ。

立命館中学校高等学校勤務を経て、現在立命館小学校教諭。

英語専科として小学校に赴任し、現在6年生を担任している。「厳しさ・楽しさ・やさしさ」が融合された教師を目指して、日々の教育活動に奮闘している。

2013/12/02

第六十候 橘始黄

12/2

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日本には季節が七十二ある。四つではない。七十二である。
四季は分かる。これの上旬、中旬、下旬と数えると十二となる。さらに、二十四節季がある。今年で言えば、立冬は、11/7で、小雪が11/22で、大雪が12/7である。http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/yoko/2013/rekiyou132.html
しかし、まだ足りない。

七十二は、七十二候である。
凄いことである。一年を365日とすれば、だいたい5日ごとに季節が移り変わっていることになる。その5日ごとの移り変わりを日本人は世界から感じ、暦にした。こんなに細かい季節の移り変わりを示している暦は、この七十二候位しか世界には無いんじゃないかと思う。
http://www.nobi.or.jp/calendar/72.html

で、今日は何の日かというと、「第六十候 橘始黄 たちばなはじめてきばむ」なのである。
http://www.kurashikata.com/koyomi/%E7%AC%AC%E5%85%AD%E5%8D%81%E5%80%99%E3%80%80%E6%A9%98%E5%A7%8B%E9%BB%84/

本学は、京都御所の近くにその発祥の地があった。左近の桜、右近の橘の橘から名を取って京都橘大学なのである。ということで、本学の正門を入った左側のところに
、この橘は植えられている。

本当かどうか、見に行った。
それがこの写真である。

見事に黄色くなり始めている。
しかも、いい香りだ。
やるな、古の人。

「池田修コンサートツアーin北海道」

12/2

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11月の末の二週間で北海道に三往復して来た。ただ、三往復するだけでなく、札幌、釧路、旭川、室蘭を回って中学校の先生を対象に講演を行って来た。一回が90分。殆ど、「池田修コンサートツアーin北海道」の世界である。ざっと北海道の中学校の先生の7%に話したことになる。

依頼されたテーマは、授業規律についての話である。私語をどうするかということで話して来た。私の結論は、出ている。私語の問題は95%までが教師の問題であるということだ。授業をするのは教師。授業の主役は教師。これは野口芳宏先生もおっしゃっていることだ。児童生徒は学習の主体だ。

どういう授業スタイル、構成、指導言を使うかは、教師に任せられている。つまりテニスで言えば、どこにどのようにサーブを打つのかはサーバーにまかされているように、教師もその授業の主導権を握ることを許されている。だから、その責任は教師にある。

ディベートを学んだものとして、譲れない立場がある。
それは、説明を聞いても分からない時、その責任は聞いている側にあるのか、説明している側にあるのかということである。ディベーターは、後者の立場に立つ。話を聞いて分からないのは、話し手が悪いということである。

簡単に言えば、きちんと分かる話をしてくれれば、子どもたちは私語などしないということである。そりゃあ、もともとの学力が低いとか、宿題をやってこないとか、その教科に興味の無い子どもたちが受けているとかいろいろな理由があるのは私も分かる。でも、それを子どものせいにしてはダメだ。一旦子どもの所に降りて行き、そこから目指す所に一緒に、時には前を時には後ろを歩きながら、進んで行く。そうすることが大事だと考えている。

そんなことを話した。

北海道の先生たちはまじめで、ここで笑いを!というところであまり笑っていただけないことがあったので、やや悲しかったが、そもそも教育委員会の主催する研修会で笑うということはあり得ないらしいので、少しでも、いや途中から大爆笑もありの研修会は、ほぼ始めてではないかとのことでありました。良かった。

また、教育委員会のみなさんの暖かいご配慮もたくさんあって、美味しい魚にも出会えて、とても良い時間を過ごすことができました。

あんなに忙しくてあんなに動き回ったのに、倒れず、寧ろ肥えた気がするのは、北海道の美味しさだけではなく、話を聞いて下さった方、運営をして下さったみなさんのお陰だと思っている。ありがとうございました。

写真は乗り継ぎのため羽田に向かう飛行機から。
着陸のために旋回を始めたところ。
遠くに富士山のシルエットが見える。

なんだか、ふと、1980年代に戻った感じがする

11/30

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明るく暖かい日差しがリビングに入り込む。ぬるく床暖房をつけてスムースジャズを流して紅茶を飲む。娘(6)はお母さんとちょっとお出かけ。一人で寛ぐ。この所の移動の疲れをほぐす。

なんだか、ふと、1980年代に戻った感じがする。

あの頃は根拠も無く将来は南青山三丁目に住むことになるんじゃないかと思っていた。外苑の銀杏並木を愛でながら散歩し、カフェで読書しながら時間を過ごす。気が向いたら絵画館に行って絵を愛で、ビールでも飲んで仲間と会話を楽しむ。そんな将来になるんじゃないかとバカみたいに思っていられた1980年代の私だ。

住む場所も環境も全く思っていたものとは違ったが、これはこれで幸せ。仲間達との会話はFBでできるし(^^)。

さ、風呂に入ったら、原稿と格闘だな。

グランドフロント大阪

11/29

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グランドフロント大阪、なかなかいい。なんだろう銀座と六本木と汐留が一緒になった感じ。今日は見るだけと決めて来たので、本しか買っていないが、そうでないととんでもない散財になりそうだ。

(を、ベンツだ。ん、500万円。買っちゃうか?)
なんて思ってしまう。

でも、大阪駅第一ビルの地下街の食堂も良かったなあ。
あそこは、私の大阪のイメージに合う。安くて美味しそうなランチが沢山あった。また是非挑戦したい。

ただ、こまるのは煙草。路上喫煙、歩行喫煙がとても多い。
折角の青空で気持ちいいのに、これは困る。
ここは大阪なんとかしてくれえと思うところだ。

グランドフロントのSoftBankでiPhone4の充電をしながら一休みして、6階のテラスに行く。ここは夏は暑いだろうが気持ちいいだろうなあと思う。また、ここにプールがあったら、シンガポールのサンズといい勝負なのになあと思う。

いい感じだ。
また来よう。

学級担任論での救急救命講座

11/28

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北海道に行っている間の授業の一コマを、救急救命コースの先生にお願いした。前々から機会があったら是非やりたい、やっていただきたいと考えていた授業だ。それは救急救命処置の講座である。AEDの講習もやっていただいた。

現在日本の幼稚園から高校までの教員の数は102万人である。特別支援学校、高等専門学校、短大、四大までの教員を入れると、128万人である。非常勤講師まで入れたらもっと多くの人が教師をやっている。だから、日本の人口の100人に1人が教師と言って良い。ここの人たちが、救急救命の基礎的な技術を身につけることができたら、日本は今以上に安心の国になる。

救急車が現場に到着するのは11、12分かかるという。心臓停止してから9分後の組蘇生率は限りなく低いという。1秒毎に蘇生率が下がる。到着までの3分は致命的な時間になる。この間を、埋めなければならない。

教師は、多くの子どもたちの目の前に立つ。通常の人間よりも、心肺停止状態の人間に会う可能性は高い。そして、それは自分たちが指導している子どもたちであることもあろう。折角、本学には救急救命コースがあるのだから、そこからの指導を受けて、本学を卒業する教員は、全員が救急救命処置ができるようにして卒業させたいという思いで、やったのだ。

以下、一回生の感想である。

今回は心肺蘇生法について学びました。救命コースの方々に来ていただき、たくさんのことを学ぶことができました。
なかでも一番印象に残っているのは、『1分1秒を無駄にしない』ということです。人が倒れてから1分経過するごとに7~10%助かる確率が減ると聞き、驚きました。
倒れている人を見つけた時、ためらう暇などなく、すぐに心肺蘇生法を行わなければ助かる確率がどんどん減っていくので、できるだけ早く処置をしなければなりません。
私はこのような講習を過去に何度か受けたことがありますが、ここまで分かりやすく教えていただいたのは、初めてでした。『断られたら無理に説得しない。説得する時間が勿体無い。』先生は、この『時間が勿体無い。』という言葉を何度もおっしゃっていました。とにかく無駄な時間を使わず、1秒でも早く迅速な対応をすることで人の命を助けることができることを学びました。
このような講習は教師には本当に必要だなと感じました。これを知っておくことで、生徒が倒れてしまった時も、迅速な対応ができると思います。
倒れている人を助けるというのは、とても勇気のいることですが、その勇気を振り絞って助けられるような人になりたいなと思います。

今回の授業は、もっともっとたくさんの人にきいてもらうべきだと思うものでした。

AEDや心肺蘇生法について本格的に学ぶのは、小学校のプールの授業以来初だと思います。あのころはまだ、正直他人事だと考えていたことや、恥ずかしい気持ちが先に出ていたことから、あまり真剣に取り組んでいなかったのを覚えています。

ですが今、子どもたちの命を預かると言えば大げさかもしれませんが、子どもを守らなければいけない教師という職を目指す立場になり、初めてこんなに真剣に救命の授業を聞いた気がします。
なぜ助けようとしなかったのかというアンケートの解答として、使い方がわからないから。また、法的措置がわからないから。といったものがありました。私も今日の授業を受けるまでなら、同じ解答をしていたでしょう。

ですがこうやって授業の一環としてAEDの使い方や個人の救命措置の重要性を知る機会をいただけて、少し自信がつきましたし、一度講習を受けることで、
もしそんな状況に出くわしたら助けたいと、本当にそう思いました。

これを知っている人がそこにいるかいないかで生死が大きく変わるなら、もっと多くの人に知ってもらうべきと考えました。

今回のゼミは救命コースの夏目先生が講義をしてくださいました。
心肺蘇生法とAEDの使用についてです。
私自身、最近教習所で応急処置の講座を受けていたばかりで、方法や手順などは覚えているものだと思っていました。
ですが、実際に日にちがあくと忘れていることが多く、また今回教えていただいたことが本当に本格的で、改めて人の命を助けるときの大変さを痛感しました。

まず始めに事例として中学二年生の女子生徒がHR中に倒れ、その後重い障害が残ったという記事を見せてくださいました。心肺蘇生やAED使用に14分の時間を要したことが、障害の残る大きな要因だろう、ということでした。もしそこですぐに胸骨圧迫を開始し、続けることができたならそんな障害は残らなかったかもしれません。
現場にいる人がいかに自分のすべきことを解明し、いかに迅速な対応をできるかによって、倒れた方のその後の人生が大きく変わってきます。

ですが、きのうな教えてもらってばかりで、一連の流れが頭に入っていたとはいえ、非日常的なことなので、自然と頭からでていくんだと思います。日ごろから心肺蘇生法やAEDの使用方法について、少しでも思い出し、考える時間を作ると、
もしものときに大きな力を発揮してくれると思います。
ましてや教師という職に就くということは、毎日そういった危険と隣り合わせだと思います。そんなときにすばやく動けるようにしたいです。

学生たちも、守られる側から守る側に、助けられる側から助ける側になることの意味を具体的に手に入れたようだ。

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