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2013/05/25

GRが来た

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GRが来た。
届いたというより、来たである。

早速撮影した。

思い起こせば。
4月3日である。京都の木屋町の某ラーメン屋で「盗まれ」てしま

ってから私のGR4の生活は無くなっていた。状況からしてどう考えても盗まれたとしか思えないのだが、まさかそこにいるお客さんたちに鞄の中を見せて下さいとは言えず、残念ながら涙をのんだ。

(ああ、デジカメにシリアル番号に応じたパスワードの設定が出来ればなあ)
と思ったものだ。盗んだって使えなければ意味が無い。そんなに難しい設定ではないと思うのだがどうだろうか。

で、この日は私にとってとても意味のある日で、新しい出会いがあり幸せな時間を過ごしていただけにショックは大きかった。出端を挫かれた感じがしてしまったのだ。



家に帰ってすぐにネットで調べた。GR4の中古の価格は? 新品の価格は?と。
毎年10月に新型が出る感じだったので、GR5が出るとすれば10月。それまでは流石に待てない。中古と新型の値段がほぼ同じなので、もう一台GR4を買うことになるかなあと思っていたのだ。

ところが、なんと夏前に新型が出ると言う噂が流れて来た
じぇじぇじぇじぇ!
なんてこったい。
調べてみると確かにそう。
そして、直ぐにネットで予約をしたのであった。



発売日に届く。
昨日、発送したというメールが届いていた。
だから、届くでいいのだろうが、私としては、いわゆる
キタ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
である。

早速取り出して簡単に設定して、試写に出掛ける。



良ーく分かった。なんで、これがGR5ではないのかが。
これ、別物です。
掌の中に一眼レフが収まりました。
なんてこったです。

見たままの色を再現するレンズ、ボケの美しさ、ダイナミックレンジの広さ、反応の早さ。
素晴らしすぎます。値下がりするまで待つなんてせずに、直ぐに手に入れて良かった。

禍福は糾える縄の如し。
災い転じて福となす。
転んでも只では起きない。

他に何かあったかな。
ま、いい。
素晴らしいパートナーがやって来ました。

2013/05/24

『坪内稔典の俳句の授業』(坪内稔典 黎明書房)読了

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『坪内稔典の俳句の授業』(坪内稔典 黎明書房)読了。
いやあ、面白い。

坪内稔典といえば、例の

三月の甘納豆のうふふふふ

である。また、

たんぽぽのぽぽの

あたりが火事ですよ

であり、

水中の河馬が燃えます牡丹雪

の俳人である。
ちょっと見には何がなんだか分からない俳句である(^^)。
しかし、これが実に面白い。

俳句は創作であり、作者の感動を表すものではないということを中心に述べている。ご案内のように、俳句は連句から独立させたものである。にも関わらず、俳句は句会にその楽しみの極みを見いだす。

俳句が個人のもの、または個人の感動を表すものになったのは、正岡子規と近代という時代が要求したものだと言う。自立した個人が必要だった時代に、集団の言葉遊びの世界から切り離されたのだと論じる。この辺りのことを実際に子どもたちに授業をした記録、また授業を下敷きにした架空の授業の形式を通して論じて行く。

兎に角第一章と、第二章だけでも読むといい。
俳句の授業に幅が出る。句会をやりたくなるだろう。

この『こんな時どう言い返す』のレッスンは本当に大事だなあと思う。

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四回生ゼミ。
卒論目次案指導。3巡目の二回目。
細かいミスは随分と減った。
が、根っこの部分を上手く言語化できないでいる学生も。

『あなたの問いは何です

か?』
『その問いはどのような先行研究によって見いだされましたか?』
『その問いに関するあなたの仮説はなに?』
『その仮説を証明する為の研究の方法はなに?』
『その仮説が証明されたとして、この研究の価値はなに?』

この辺りを確認して行くのだが、うまく言葉にならない学生もいる。
レポートは上手い。
だが、そもそもの問いが出てこない。

いや、私が目次案を読めば問いは見える。
しかし、自分が問いを自覚していなければ、目次案を構成し直すことはできない。
だから、ヒントはいうものの私に見えているその学生の問いは言わない。

優しさのつもりだ。



二回生ゼミ
先週に引き続いて、フィールドワークで困っていることについてゼミで意見を交換する。

その前に、先週課題としてみるように指定していた"Did you know"
http://www.youtube.com/watch?v=kj9pR_b3u4E
について私のコメントを話す。
彼らの感想は、基本的に反省ばかり。曰く、パソコンが嫌いとか言ってられない。情報に振り回されないようにしなければならないなどばかり。悲しい。何人か「情報を振り回す子どもを育てたい」とか「世の中を改良するプログラムを組める子どもを育てたい」のようなものが出てこない。

念のために彼らのパソコンスキルを確認してみると、これがかなり残念な結果ということが分かる。なんとかせねばと思う。

で、フィールドワークで困っていること。
小学生に卑猥な言葉を投げかけられる。質問をされるというもの。これにどう対応したら良いのかということについてレッスン。

勿論、これは『こんな時どう言い返す』の流れである。
卑猥なことにどう言い返すかの前に、定番である
「先生、なんで先生は職員室でケーキを食べてるの? 私も食べたい」
という子どもの質問にどう言い返すのかということをケーススタディにして理論的なことを教える。

その後、その理論に従って実際にやってみる。
最後は、
「ふん、子どもも生んだことが無いのに」
という言葉を若い女の先生が、母親から投げかけられたらどうするかというケーススタディも。
勿論、男子学生はぼーっと見ているだけではなく、
『というように同僚の若い女の先生が、口撃を受けていたらどうフォローするか?』
というケーススタディもやらせる。

学生達にやらせて、私だったらどう言い返すかについても例を示す。
ちなみに、私が同僚の男性教諭だったら、
『あのー、お母さん。私も生んだことは無いんですが、お陰さまで立派に教師をやっております、と答えるな』
と学生達に話す。
「あ、そんなことを言われたら惚れてしまう」
と女子学生(^^)。

この『こんな時どう言い返す』のレッスンは本当に大事だなあと思う。

2013/05/21

板書指導。漢字指導。

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2限。三回生ゼミ。
開発中の作品についての指示。

なぜ、細部にこだわるのかということについて話し、確認。
その後、実際に動かして
みてバグをチェック。
6/1の教材教具祭りにきちんと間に合わるスケージュールの確認。



3限。教科教育法(国)
漢字指導について。

漢字指導の実態を確認する所から始まる。学生達に確認すると、99%「書け!」という指導。それもほとんどが、「10回書け」という指導だということが確認される。

私は学生に問う。
『では、その10回書けという指導の根拠は何?』
と。答えるものはいない。私は生徒の時に教師にこのことを質問したことがある。答えは
「いいから、書きなさい」
であった。漢字指導を聞いているのに、生意気な子どもだと思われて、生徒指導をされてしまった。私は(あ、この先生はダメだ)と思うようになった。中2の時である。

因に、私は中学生の時は13回書くと、漢字は覚えていた。
高校生の時は7、8回で、大学受験の時は5回。教員採用試験の時は見ればだいたい覚えられていた。このように人それぞれ覚える回数というものがある。そして、それは成長とともに変わる。「いいから10回書け」というのは、指導ではない。単なる命令だ。

その後、『教師になるということ』にあるN君の話を中心に、いいから10回書けではない指導の在り方について、実際にやってみる。私は学校教育現場に19年間居たが、その19年で辿り着いた漢字の指導方法を60分で伝えた。自分でいうのもなんだが、お得な授業であるf(^^;。



4限。国語科教育法1。
板書指導。漢字指導。

板書の字がなかなか上手くならない。それは、運筆と結構の両方ともができないとダメだからという話をする。運筆とは筆記用具の動かし方だ。腕を前に出して文字を書くという動作は、通常しない。するのは、教師と左官と画家ぐらいなものだ。だから、そのための筋肉が鍛えられていない。練習で付けるしか無い。

一方結構の法は、理解が先に必要である。結構とは、簡単に言えば文字のバランスのことである。これは、明の時代に李淳という人が84通りに分類してある。例えばこの字は上を揃えますよとか(ex,明)、この字は上は揃えないで下を揃えますよとか(ex,朝 月の上に少し空間を作り、下は揃える)があるのだ。これを理解すれば、きちんと書ける。因に、これは5/25の明日の教室でやるところでもあります。
http://kokucheese.com/event/index/87510/

漢字指導で、N君が最初の国語の授業で漢字テストをやろうとしたら、突然立ち上がって、廊下に出て壁を叩きながら「騙された!」と言いながらどこかに走り去って行った話をした。
そして、

『こういう時どうする?』
と聞いてみた。学生達はよく分からない感じである。
『正解はね、学級委員か誰かを職員室に派遣し、N君が授業中飛び出してしまったので、捜して下さいと池田先生が言っていますと言って来てね、と指示を出すことなのだよ』
「.......」
『先生が捜しに行った方が良いと思う? 金八先生みたいに(^^)? おそらく若い先生はそうしてしまうだろうね。だけどそれはダメ。いや、N君を見捨てるということではないんだな。授業を受けようとしている生徒を大事にすることなのだよ』
『もし、仮に先生が直接Nくんを捜しに行ったらどうなると思う? 授業は中断だよね。すると、生徒の中には(あ、そうなんだ。授業中飛び出せば、この先生は授業をしないんだ)と理解して、交代で飛び出すようになるでしょう。だから、ダメ』
『N君は、捜してもらい、後から指導する。授業は授業。学習しようとする集団を無視してはダメなのだよ。ここを過つと簡単にその授業は崩壊するよ』

と話す。
中学の場合、授業の運営は、生徒指導と一体化していることが多い。授業の中で生徒指導をすると言っても良い。こう言う部分を教えることは、実はとても大事だと思うのだ。



あー、疲れた。
今日はなぜか足首がパンパンに張っている。

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