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2013/09/24

真似っこごっこ

9/24

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乳歯が一本抜けた娘(6)の今のブームは、真似っこごっこである。
私の横に座り、私が食べる時の所作、言動を真似る。
こっちも面白くなってあれこれやるのだが、それをかなり忠実に真似する。

そこで、一計を案じた。

『美味しいねえ』

「美味しいねえ」

『これ大好き』

「これ大好き」

『本マグロだ』

「本マグロだ」

『大好きだ』

「大好きだ」

『食べる?』

「うん!」

マグロが大好きな娘は、思わず言ってしまった。
大爆笑であった。

次は、これを使って娘があまり食べないものを食べさせてしまおうか(^^)。

課題の一つは、「◯◯の風景」である

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後期の授業が始まった。
国語科教育法2である。
夏休みの課題の確認から授業を始める。

課題の一つは、「◯◯の風景」である。

これは、自分の地元にある古典の世界に関わりのある場所に出向いて行って、作品に描かれている風景を写真に収めてくる宿題である。中学校の教員であったとき、総合的な学習の時間が始まる前に、始めた課題である。これを少しアレンジして大学でもやっている。

ここには、当地の京都は言うに及ばず、滋賀、奈良、大阪、兵庫などなどなどに多くの古典で描かれた世界がある。あまりにも地元過ぎて足を運んだことのないところなどに出向いて行って、その世界を見てくるという課題である。

東京にいた時は、多摩川の近くの学校だったので

万葉仮名:多麻河泊尓 左良須弖豆久利 佐良左良尓 奈仁曽許能兒乃 己許太可奈之伎
よ   み:多摩川(たまかは)に、さらす手作り、さらさらに、なにぞこの児の、ここだ愛(かな)しき

の歌を提示して、この歌が読まれたと思われる場所に行って写真を撮ってくるというものにした。学術的にそこだと推定されている場所でも良いし、この歌の意味を理解してその理解した世界に近い場所を探して撮影して来ても良いということにしてやらせた。

これは子どもたちの、知的好奇心を刺激した。とても面白い宿題になった。

これの大学生バージョンである。
古典の世界を選び、その場所に行くのだ。

今年出て来たのは、

・『女殺し油の地獄』の舞台になった場所
・芭蕉が唐招提寺を訪れた時の風景
・天の香具山
・淡海の海 夕凪千鳥〜 と思われる場所
・『伊勢物語』69段 狩りの使いの斎宮の場所
・一茶が愛媛県に旅をしたときに作句した場所
・『徒然草』仁和寺にある法師の石清水八幡宮

などなど。
そして、なんと言っても

・在原業平の「世の中にたへて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」を詠んだとされる場所

などが調査報告されたのであった。面白かったなあ。
学生達は、自分のふるさとがこんなに凄い所だったのだと改めて思い直していた。

自分の知っている土地が、自分が勉強している本に描かれている世界と繋がっていることを具体的に知るとき、なんとも言えない気持ちが生まれてくるようだ。たぶん、それは郷土愛という言葉に近いかもしれない。

私は学生達の発表を聞きながら、国褒め神事よろしく
『うーん、良い場所を選んだねえ。良い作品を選んだねえ』
と言い続ける後期の授業開きでありました。

写真は、私が中学生に示した見本。この写真は東京の家のある聖蹟桜ヶ丘の多摩川の河原です。このイメージなんです、私は。

2013/09/23

朝、かなりイライラしたことがあった。

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朝、かなりイライラしたことがあった。いつもは子どもの前では押さえ込むのだが、これがちょっとできなかった。ま、そういうのを出せるのも家族なので、出した訳だ。

娘(6)は、それを感じておちゃらけて私を笑わそうとする。それは分かるし、嬉しいのだがそれでは収まりがつかない位イライラしていた。

すると娘は私の視界から消えた。
暫くすると
「はい!」
と何かを手渡す。
見ると、折り紙で作った鶴である。
これで機嫌を直してねということである。

優しい娘に育ってくれて嬉しい。

2013/09/22

三泊四日の、集中講義でありました

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私は非常勤講師に行くことはできるだけ、避けて来た。
本学の学科の立ち上げに力を注ぎたいので、外であれこれするエネルギーを本学に注ごうと思って来ていた。

ところが、今回やんごとなきこともあって、お引き受けした。
結論から言うと、疲れたけどやって良かったである。ま、いつも通りの結論だf(^^;。

予想通りであったが、学生達のカラーが違った。
理科系の専門を学ぶ学生が8割いる授業であった。
そこで、生活指導論の授業を集中講義でした。

レポートや発表を聞いていても
(その資料を使うんだ)
と思うものがあった。文系の私としてはとても面白かった。

一端外に出てみることで、自分の指導している大学のゼミ所為達のことを、客観的に見ることが出来た。つまり
(この程度の指示で、ここまでやってしまうんだ)
と言う思いと、
(え、そこはそうなんだ)
という二つの思いがわき上がり、その中で私が日常で指導している学生達の課題を考えるきっかけを得られた。
おそらく、非常勤講師として出て行く最大のメリットは、ここではないかと思う。

私の集中講義である。
90分×5回×3日間をフルでやった。
私は、自分の基本的な考えとして、授業中は立って授業をすると決めている。
だから、90分×5回の初日が終わってからは、もう太ももがパンパンであった。
参った参ったである(^^)。

その上、授業後は毎日課題を出した。
学生達は、ヒーヒー、
言わなかった。

いや、言っているのだが、面と向かってヒーヒー言わなかった。
じっと耐えて、学び続けようとしていた。
彼らの感想を読むと、すんげええ辛かったが、それをはるかに上回る授業をしてくれたので、頑張れたとのことであった。

泣き言を面と向かって言わないと言うのは、仕事をする上で大事なことだと私は思っている。どこかで吐き出すのは大事だが、直接の関係において言わないことは大事だ。一仕事終わって泣き言を笑顔で呟くことは、ありだと思う。だが、その場では、その相手に言うのはダメだ。

彼ら彼女らはそれをやった。
どうやら私のような授業は、この大学では初めてのようで、授業中に昨日の課題のために眠たくなる彼ら彼女らが出るのだが、見ていると必死に眠気と戦って、うとうとではなく、うつらうつらで頑張っていた。

目が覚めると、
(ああ、まずい!)
という顔をして、必死にメモを取り始める。
それを見て私もさらにやる気になるのだった。

この授業のタイトルは「生活指導論」である。
私の恩師の専門である。
今回の集中講義の学生達の年齢の時に、私も恩師からこの授業を講じていただいた。まさか、私がこの授業をすることになるとは、大学二年生の頃の私にはどう考えても思いつかなかったことである。

この授業を依頼されてから、ずっと、ずっと考え続けて来た。
アイディアが思いつくたびに、Treeで作った講義の流れに書き込み、資料を調べ、恩師が何を目指して私たちに授業をして下さったのかを考えながら、授業を作っていた。「師の求めたる所を求めよ」を私なりにやって来たつもりだ。

その結果、どうやら伝わったかのようだった。
良かった。

三泊四日の、集中講義でありました。

写真は、講義二日目に見た中秋の名月。

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