子ども21時でスマホ禁止、刈谷市が大胆な試み、に関わって
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3月17日の朝に呟いたtweet。
これがもう炎上したのかと思う位にRetweetされた。
その翌日は娘(6)の卒園式の日でiPhoneの電源は切っていたのだが、式が終わって電源を入れたとき、壊れたのかと思った。
そのtweetは、3月21日の14:10現在、2618Retweetで、716お気に入りになっている。内容はこの通りだ。
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【教育】子ども21時でスマホ禁止、刈谷市が大胆な試み。LINE既読スルー問題、保護者責任を校長が明かすhttp://japanese.engadget.com/2014/03/17/21-line/ … 「保護者は自分で子どものために契約しておきながら、トラブルがあれば問題を学校に持ち込みます。」校長言いましたねえ。
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Retweetは、公式のものが殆どなので、Retweetした人たちが、私のtweetを賛成でしたのか、反対でしたのか、興味でしたのか分からない。また、このリンクを開いて読んだのかも分からない。
では、あるが、@ikedaosamu宛に来た返信は3/4が刈谷市の方針に賛成というものであった。1/4は反対や誤解と思われるものだった。ということで、私のtweetを見た人たちは、ほとんどが賛成ということであった。
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私は従来「元の位置に戻そう運動」というのを展開している。家庭のことは家庭に、社会のことは社会に、事務職の仕事は事務職に、技術職の仕事は技術職になどのことである。何でもかんでも先生に任せると言うのはおかしい。それぞれで担って、複数の目で手で子供達を大人に育てましょうよということである。その「元の位置に戻そう運動」の観点から言えば、刈谷市の試みは宜なるかななのであります。
この記事のタイトルだけ見ると、公権力が強制的にやらせているという感じが感じ取れるが、中を読んでみるとそうではないことが分かる。考えるきっかけ、子供達が生活しやすくなるきっかけを与えているということがわかる。強制ではなく強い提案ということだ。
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そして、ここでもう一つ大事なのが、「子供達のヘルプ」からこれが行われているようだということである。子供達からのリクエストと言ってもいいかもしれない。人は辛いとき人に、「助けて下さい」と言っていい。特に子どもは大人に対して助けて下さいと言っていい。これをヘルプと言う。Lineで辛かったら助けて下さいでいいのだ。私たち大人はそうやって大人に助けてもらって大人になったのだ。大人は子どもを助けるのだ。
自由の制限だという声もあるだろう。夜にネットが使えなくなる。
いや、使っていいのだと思う。
ただ、使わない方がいいよと周りが言いやすくなるということだ。
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さらに、「人の所為にすることで難から逃れる」ことを身につけることも出来るのではないかと思う。弱い子どもはいる。「いいだろ」と言い寄られると断れない子供達である。そういう子供達に「強くなれ」と言うのは簡単だが、まあ、そう簡単になれるもんではない。
そんなとき、正しい「虎の威を借りる狐」のやり方を覚えておくといい。「いや、オレはやりたいんだけどさあ、先生がダメだって言うじゃん」と、先生の所為にしてしまうのである。これでいいのである。こうやって自分を守ればいいのだ。そうして自分を守りながら力を蓄えて、強くなればいいのだ。自分の言葉で断れるようになればいいのだ。
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大人は子どものヘルプに応え、子どもを守る。それが仕事だ。
刈谷市の提起はなかなか奥が深いものだと思っている。
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