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2014/06/27

自動詞の生き方

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今日は大学のお仕事で、大阪のインテックスまで出掛ける。
夢ナビライブというイベントがあって、そこに出場することになっていたのだ。関西の高校生が観光バスで押し掛けるという。私は「学級担任のお仕事を考えてみる」というテーマで高校1、2年生に授業をするというのだ。しかも30分で。

30分だと本当にもうなんというか、本筋からズレることが出来ない。受講者の顔を見ながら微調整している暇がない。最初に授業のプランをきちんと立てて、その通りにやらないと厳しい。だから結構準備はした。登壇の30分前までした。

で、MCに導かれてバックヤードから授業ブースに出ていったら、とんでもなかった。100人定員のところに、150人近くがいた。立ち見もいて、先生の姿も沢山居た。

私は指定された時間はきっちり守りたいと思う。
だから、キッチンタイマーを持参したのだが、開始から15秒はオープニングムービーに使われて、最後の15秒もMCに使われてしまって、30秒自由に使えなかったのが残念であった。が、内容そのものは柱を一本と押したまま、枝葉を途中に付け加えながら走り切った。



しかし、と思う。
この凄いイベントはなんだ、と思う。

私も高校生であったし、大学受験もした。
だけど、こういうのがなくても大丈夫であった。
いや、こういうのがあったら焦るだけだったのではないかとも思う。

勿論、高校生が自分の進路について考える機会があるというのは良いことだと思う。ただ、一方で焦らせていることになっている可能性もあるのではないか。自分の進路に付いて考えるきっかけになればいいのだが、焦らせる原因になってしまっていないかと思ったのだ。



他動詞の生き方を求める今の時代だが、
自動詞の生き方も結構大事だよなあと思う。

進路を決める、が他動詞。
進路が決まる、が自動詞。

いつの間にかこうなっていたという進路も結構大事だと思うのだ。
これって目の前のことに取り組んでいたら、結果としてそのようになったというものだからだ。他動詞の生き方だけが強調されるのは、どうかなあと思うようになったのは、おじさんの証か?



ま、ともかく、本日の集客数ではベスト5には入っていたようなので、お仕事としてはOKかな。

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