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2014/03/12

問題には二種類あるということが、理解されていない

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三、四回生合同の春合宿に行って来た。
京都府の宮津。海のあるところだ。

大学での会議を終えて、200キロ以上を走って到着を目指した。
ところが、雪。ノーマルタイヤの私は、チェーン規制の高速は乗れなくなってしまった。下道。ま、結果的には3時間の予定が3時間30分でゴールできたので良かった。

食事をとってから宴会。
今の学生たちはそんなに飲まない。ま、別に嗜好品だからいいんだが、やや気になる。
で、ここで盛り上がったのは三回生女子グループはダンスのようなゲームで盛り上がり、四回生は、ノイというカードゲームでだった。

私はノイに参加したのだが、かなり面白かった。
早速注文した位。

宿は、離れだったのでどれだけ騒いでも他のお客さんに迷惑はかからない。というか、他のお客さんがいない。良かった。

翌朝、もの凄くいい天気。
冬の宮津はどんよりした空がデフォルト。こんなに晴れることは珍しいとのこと。

午前中は、三回生の卒論目次案指導。
昨日の分は、四回生がやってくれている。遅れて到着した学生たちの分をみんなでやる。そして、私は昨日の学生の分も含めてコメント。

最初の目次案なので、何が何だか分からないままに書いてくる三回生。
それを丁寧にほぐして、アドヴァイスを送る四回生。
なかなか良かった。

三回生が、
「じゃあ、ここはこうしたらいいんでしょうか?」
と質問する。それに対して四回生は困った顔をする。
私が解説をする。

『こうした方がいいとも言えるし、違うとも言えるから四回生は答えられないんだよ。正解に向けて知識を集めて、勉強すればいい論文が書けるというわけではないからだ。書きながら変って行く。だから、今の時点で何がいいのかということは言えたとしても、それがそのままいくのかはわからない。だから、卒業生は答えられないんだな』

『中には、私(池田)が、答えを持っているのに、答えてくれないという考え方を持つ学生さんたちもいる。だけど、それは違う。大体こっちの方向に答えがありそうだと言うことは言えるけど、答えは分からない。そもそも、論文ってのはまだ解明されていない問題を自分で解明するものなのだから、私が答えを知っているわけが無い。君が解明するのだ』

問題には二種類あるということが、理解されていない。
一つ目の問題。たとえば、卒論でアンケートを取るとかインタビューをするとか、それらの理解が出来て来ないこれは問題。その問題は勉強で補充することが出来る。解決することが出来る。

だが、論文に必要な問題はそれだけではない。
いま、書こうと思っているテーマで、どこに解明されていない問題があるのかを見つけることが大事になる。これが二つ目の問題。

この二つ目の問題を発見するために、先行研究をするわけだ。そうして書こうとする問いを見つけて行く。見つけたら、論を構成し、調べ、考え、執筆して行く。

『そのために、君たちが頼りになるのが、大学の先生、ゼミの仲間、いま検討している目次案なのだ。自分の考えを問い直し、論に導いて行くための頼りがこれらなんだな。ま、これは書き終えた四回生には分かるだろうが、書き始めようとしている三回生にはわからなんだろうなあ。人生の真実は後から分かるようになっているからなあ』

記念写真を撮って、解散。

晴れた日本海は非常に美しい。
いいゼミ合宿でした。

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教育、指導の営みは、教師にとっての「問題解決学習」なのだ。

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野中先生が、放課後の○付けをやめて、授業中にするようにすることを提唱されている。その通りだと思う。

http://nonobu.way-nifty.com/blog/2014/03/post-60b6.html

私は、書き込み回覧作文を提唱している。
http://melma.com/backnumber_44161_350151/
作文を書いたら、それを学級の中で書き込みをしながら回覧するのである。1分で読んで、コメントを書いて次の人に回す。これだけである。読者をクラスの仲間に固定することで、書く方も書きやすくなる。

作文を書かせるための生徒のための工夫である。
が、もう一つある。

この書き込み回覧作文は、教師が一緒にはいることで、授業内に生徒の作文を読み評価することが出来るのである。ここが実は非常に大きな意味を持っている。
作文は、総合的な国語の力を必要とするので、書かせるためにはいろいろな指導の工夫が必要になる。ところが、書かせるための工夫だけではなく、書かせた後の工夫も必要になる。作文指導で難儀なのは、子供達が書けるようにするために書かせることが必要だが、書かせた後に、教師が読む時間を確保する必要が出てくると言うことなのだ。

つまり、指導すればするほど教師は大変になる。文集までやろうとしたら、とんでもなく大変になる。だから、やらなくなっていく。作文を書かせなくなって行く。子供達は書くことが出来なくなって行く。という悪循環に陥って行く。

授業内に評価が終われば、この問題は解決する。
悪循環は断ち切れる。

 「テストや、ドリルや書写ノートの丸付けは、放課後にする」という習慣(考え方)ができあがっているから、その習慣で行っているだけである。
 その「やり方」を変えていけばいい。

と野中先生は書かれている。
まさに、その通りだと思う。

問題を課題に変え、その課題を解決して行く。
教育、指導の営みは、教師にとっての「問題解決学習」なのだ。

2014/03/10

英断だ。 宇都宮市教育委員会が、教員の雑務軽減に動き出した。

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英断だ。
宇都宮市教育委員会が、教員の雑務軽減に動き出した。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20140305-OYT8T00485.htm?from=tw
 教員の雑務軽減へ指針…宇都宮市教委
宇都宮市教委は、小中学校の教職員が児童生徒のための時間確保に苦労している現状を受け、業務を効率化、または簡略化する具体的な方策を盛り込んだ指針を作成した。
 雑事や負担の偏りを解消して、子供たちと向き合える時間を増やすのが狙いだ。
 2011年度の栃木県教委の調査で教職員の多忙ぶりが浮き彫りになり、市教委も12年12月、アンケートを実施した。児童生徒と向き合う時間が「確保できない」とする回答が約3割を占め、その原因として、文書管理や会計処理の負担、雑務の分担の偏りなどをあげる声が多かった。
 これを受け、「教育活動及び指導の充実と勤務意欲の向上のために」と題するA4判17ページの指針を作成。市教委が各校に宛てる公文書の分量を減らし、内容の簡略化にも努めるとした。送付するメールの書式やシステムも統一する。会計処理では、多くの学校で教職員が授業の空き時間に銀行に出向いているのを踏まえて、「インターネットバンキング利用校の拡大」も打ち出した。
 また、服務、経理、緑化、出席統計といった「校務分掌」が100種類を超え、その担当が一部の教職員に偏りがちである点については、「適切な配置に努める」とした。各種の作品募集にかかわる事務作業では、ボランティアの支援を仰ぐよう呼びかけた。
 市立の小中学校など93校に2月下旬に配布し、今後の進捗状況は、市教委幹部や校長らでつくる委員会がチェックする。市教委学校教育課は「雑務の負担を軽減すれば、教職員は仕事にやりがいを感じ、学校教育の質が向上するはず」と期待している。
(2014年3月5日 読売新聞)
まさにここである。
日本の教員の仕事の6割は雑務だという指摘があるぐらいだ。
子どもに向き合う時間がないのだ。
授業に向き合う時間がないのだ。
学級事務職が動き出すかもしれない。
この流れが加速することを願う。
しかし、その上でさらにどうすべきかを考えて行くことが増えて行く。
多くの雑務は、将来的にはコンピュータに変って行くことになるだろう。
だから、宇都宮市教委の英断は、実は過渡期の英断になる可能性がある。
そうではあっても、この英断はいま必要だ。
しかし、この英断は実はもう一つの根本的な問いを提出している。
そもそも教師の本務は何なのかと言うことである。
普通に考えれば、現在の雑務を取り除いた所が教師の本務ということが言える。しかし、本当にそうなるだろうか。
教師の本務と考えられている部分もコンピュータに取って代わられることになるだろう。テストの採点業務。大学入試はマークシートになっている。日常生活の採点も、コンピュータがやるようになるだろう。Googleドライブでテストが行われれば、瞬時に採点と統計データが出る。また、手書きの試験であってもスキャンして、文字認識でおしまいということになるだろう。
さらに、教えるということについてもコンピュータの方に、その子どもに応じた教え方のプログラムが蓄積されることにより、マンツーマンで効果的に教えることが可能になって行くだろう。高校ではいままで禁止されていたICTを活用した遠隔授業が、2016年度から解禁されるようになる。
http://www.shijyukukai.jp/2013/12/2667
新人の授業の下手な先生より、授業の上手い先生のICTによる一斉授業の方が、生徒にとっては良いに決まっている。生徒は先生の成長にお付き合いする必要は無いからだ。
一気に「教師の本務とは何か?」というところまでは話は進まないだろう。しかし、そちらに動き出すことはまず間違いないのではないだろうか。
いまから、今一度、教師の本務とは何なのかを考え、学生たちと議論を重ねて行きたい。

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