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2014/07/09

5+2=7

7/9

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いやあ、面白い。
娘(6)の算数。
彼女の考えの理路は面白いなあと思う。

祐介君がカブトムシが5匹捕まえました。
そのうち2匹はオスでした。
メスは何匹でしょうか。

という問題について、娘は、

5+2=7

であった。

さて、また謎解きである。
これは私が夕ご飯を作っている時で、奥さんが娘の謎解きに付き合った。
そして、その話を今日聞いて
「ああ、オレの娘だ」
と思ったのであった。

さて、なんで娘は「5+2=7」と考えたのでしょうか?

問題は、「そのうち」という言葉であった。
私たちは、この問題を解くとき「その中で」という意味で考える。
ところが、娘は「そうしていると」の意味で「そのうち」を理解していたのだ。

だから、時間が重なるから足し算として考えたのだ。「その中で」の意味を知らないで「そうしていると」で理解して問題を解こうとしていたのだ。物語に触れていることが多いので、「そうしていると」で理解して問題を解こうとしていたのだ。

子供は子供なりの論理で考える。
本当に面白いなあ。

90分で和歌の歴史1500年分を概説した。

7/7

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今日の教科教育法(国語)では、90分で和歌の歴史1500年分を概説した。
短歌から俳句が誕生した事を説明した。
その中で、万葉集は結構時間をかけて説明した。
特に説明したのが、山上憶良とラブソングだ。

あ、長いです。

子煩悩の憶良は良く教科書に載っている。
私はそれを紹介した後で、教科書ではあまりと扱わない社会に対する訴えと、愛児の死を悼む挽歌を紹介した。

貧窮問答歌
風雑(ま)じり 雨降る夜の雨雑じり 雪降る夜は術(すべ)もなく 寒くしあれば 堅塩(かたしお)取りつづしろひ 糟湯酒 うち啜(すす)ろひて 咳(しは)ぶかひ 鼻びしびしに しかとあらぬ 髭かきなでて 我除(われお)きて 人はあらじと ほころへど 寒くしあれば 麻襖(あさぶすま) 引きかがふり 布肩着ぬ 有りのことごと きそへども 寒き夜すらを 我よりも 貧しき人の 父母は 飢え寒(こご)ゆらむ 妻子(めこ)どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ このときは 如何にしつつか ながよはわたる
 天地(あめつち)は 広しといへど 吾がためは 狭(さ)くやなりぬる 日月は 明(あか)しといへど 吾がためは 照りや給はぬ 人皆か 吾のみやしかる わくらばに 人とはあるを 人並に 吾れもなれるを 綿も無き 布肩衣の 海松(みる)のごと わわけさがれる かかふのみ 肩に打ち掛け ふせいおの まげいおの内に 直土(ひたつち)に 藁(わら)解き敷きて 父母は 枕の方に 妻子どもは足の方に 囲みいて 憂へさまよひ 竈(かまど)には 火気(ほけ)吹きたてず 甑(こしき)には 蜘蛛(くも)の巣かきて 飯炊(いひかし)く 事も忘れて ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて 短き物を 端切ると 言えるが如く しもととる 里長(さとおさ)が声は 寝屋戸(ねやど)まで 来立ち呼ばひぬ かくばかり 術なきものか 世の中の道 世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

ここまで読んで、というか普通は読まない。
授業でも、サッと見せて直ぐに現代語訳を示した。

Q:
風まじりの雨が降るこんな夜
雨まじりの雪が降るこんな夜
どうしようもなく寒いから
塩をなめて ドブロクすすり
咳き込んでは 鼻水たらし
まばらなアゴ鬚さすりながら
「俺ほどデキた人間はいないよ」なんて
ひとり自慢げに呟いてはみるものの
それでもやっぱり寒いから
薄っぺらな麻布 ひっかぶり
ありったけの服 重ね着するけど
やっぱり寒いこんな夜
なあ 俺より貧しいあんたはどうしてる?
両親はひもじく凍えているだろう
奥さんや子供は泣いているだろう
なあ こんなときあんたは
いったいどうやって切り抜けているんだ?

A:
世界は広いというけど
おいらだけには狭くなったようだ
太陽や月は明るいと言うけれど
おいらのためには照ってくれないようだ
世の中みんなこうなのか?
たまたま人間に生まれ
毎日人並みに働いているというのに
おいらが羽織っているものといえば
藻クズのようにぶざまに破れた
綿なし上着のボロ一枚
傾きかけた地ベタにワラを敷き
両親は枕もとで 女房子供は足もとで
おいらに身を寄せ 愚痴りうめく
ガスは止められ 炊飯器には蜘蛛の巣
飯を炊くことも忘れて
溜め息ばかりついていると
尻の毛までむしろうと 鞭を片手に村長が
寝ているそばまでやって来て
「税金払え」と怒鳴りたてる
なあ 生きて行くことということは
こんなにもどうしょうもないものなのか?

教師は子供の貧困をリアルタイムで改善する事は出来ない。
教師に出来るのは、その子供が大人になった時に貧困の連鎖から抜け出せるように力を付ける事である。
ただ、1500年前の人の叫びを、いま、同じ地平に立って聞く事は意味がある。
携帯電話税が検討され始めているいま、「溜め息ばかりついていると 尻の毛までむしろうと 鞭を片手に村長が 寝ているそばまでやって来て「税金払え」と怒鳴りたてる」というフレーズは重なって仕方が無いと思えるのだ。

子煩悩の憶良の最愛の子供が亡くなった。
その事を歌う歌が以下にある。

挽歌

世の人の 貴(たふと)び願ふ 七種(ななくさ)の 宝も我は 何せむに
我が中の 生れ出でたる 白玉の 我(あ)が子古日は
明星(あかぼし)の 明くる朝(あした)は しきたへの 床の辺(へ)去らず
立てれども 居(を)れども 共に戯(たはぶ)れ
夕星(ゆふつづ)の 夕へになれば いざ寝よと 手をたづさはり
父母も うへはな離(さか)り 三枝(さきくさ)の 中にを寝むと
愛(うつく)しく しが語らへば いつしかも 人と成り出でて
悪(あ)しけくも 吉(よ)けくも見むと 大船の 思ひ頼むに
思はぬに 横しま風の にふふかに 覆ひ来たれば
為(せ)むすべの たどきを知らに 白たへの たすきを掛け
まそ鏡 手に取り持ちて 天(あま)つ神 仰(あふ)ぎ祈(こ)ひ祷(の)み
国つ神 伏して額(ぬか)つき かからずも かかりも 神のまにまにと
立ちあざり 我(あれ)祈(こ)ひ祷(の)めど しましくも 吉(よ)けくはなしに
漸々(やくやく)に かたちつくほり 朝な朝(さ)な 言ふことやみ
玉きはる 命絶えぬれ 立ち躍り 足すり叫び
伏し仰(あふ)ぎ 胸打ち嘆き 手に持たる あが子飛ばしつ 世の中の道
恋男子名古日歌三首 天平五年(733年)六月作 巻第五 九〇四

これもざっと見てみるだけ。
意味は分からない。
だから、以下の訳を示す。

世間の人が貴ぶ宝石も
子供には遠く及ばない
妻との間に生まれた
真珠のようなわが子は
朝になっても私たちの寝床を離れず
立っても座っても一緒に遊び
日が暮れれば手を引っぱり
「ねえ、ネンネしよ
パパもママもそばにいてね
ボク、パパとママの間でネンネするから」
などと愛らしく言う
そんなわが子をみるにつけ
悪人になろうと善人になろうと
とにかく早くこの子の
成人した姿を一目見たいと
ただそれだけを楽しみにしていた
ああそれなのに 思ってもみなかった
突然わが子を襲った悪い病気
私たちはなすすべもなく ただ
白布のタスキをかけて
鏡を手に持ち
天の神を仰ぎ 地の神に伏して
「神様、あなたの思し召すまま
どのようなことでも承知しますから」と
必死に祈り拝むけれど
少しも快方に向かうことはなく
次第にその顔から生気は失せ
朝が来るたびに言葉も減って
やがて小さな命の灯は消えてしまった
半狂乱の私は泣き叫び
冷たくなったわが子を抱いて
その旅立つ魂を見送った
ああ これが運命なのか

この長歌に対して、反歌がある。

反歌

稚(わか)ければ 道行き知らじ
幣(まひ)は為む
黄泉(したへ)の使(つかひ)
負ひて 通らせ

天使さま
この子はまだ幼くて
天国への道を知りません
お礼はいたしますから どうか
背負って連れて行ってやってください

教科書にはこれらの歌を載せ切れていない。
学生たちは、万葉集=なんか昔の偉い人たちが難しい事を言っているというイメージしか無い。そんなことはない。いまの私たちの心にまっすぐに響く歌が沢山ある。それを使って授業が出来るようになって欲しい。

恋愛の歌も凄い。

恋は今は
あらじとわれは思へるを
何処の恋そ
つかみかかれる

巻4 695 
  広河女王 (ひろかわのおおきみ)

これはどういう意味だろうか。
こんな意味である。

もう恋なんてしない
そう決めていたのに
ふいに現れた恋が
私につかみかかってきた

学生の感想は、「恋をしないと決めた女性につかみかかってくる恋ってどんな恋なんだろう」というもの。1500年の時を超えて、短歌に体を奪われているのだ。

ガス、電話、電気、車、インターネット。これらが当たり前だけど無かった1500年前。
しかし、人は今と変わらない喜怒哀楽を歌にしている。
それが分かると、古人は友人に変る。
その感覚の入り口を理解させようと挑戦した90分の今日の授業でした。

*なお、本文の現代語訳は、「song of life」から引用しました。実に素晴らしい本です。

昨日今日と、誕生日のお祝いのメッセージを沢山頂きました

7/6

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昨日今日と、誕生日のお祝いのメッセージを沢山頂きました。
ありがとうございます。

これからお返事をとは思っております。
先ずは、みなさまに、まとめてではございますが、お礼を。

内臓年齢が38才ということで、まだまだ若造のような気もしておりますが、妙に早起きになっていることを考えると順調に馬齢を重ねているともいえるのかと思っております。

計画的に経験を重ねてキャリアを形成するということが出来ない私でありまして、これが出来る人に憧れを持っておりました。が、まあ、好き嫌い、思いつき、違和感、直感で生きて来ても結構大丈夫なんだなあというのが、今の私の思いです。

残り時間が気になり出しましたので、QOLをなんとかしようとダイエットしたり、研究に精を出したり、本当に嫌な事は避けたりしております。

ええ、勿論、そのせいでご迷惑をおかけしている方がいるだろうことは重々承知しております。

ではありますが、またこの一年を愉快に過ごすができますように、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。

乾杯(^^)。

6+3=3

7/4

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『子供は子供なりの論理を持って物事を考えている。だから、大人の論理だけで、この子供は出来るとか出来ないとか判断してはダメだ』
と学生たちによく話している。
それを娘(6)でまさに実感した。

算数の問題である。

男の子が6人います。女の子が3人います。
Q どちらの方が何人多いですか?

と言う問題を娘は宿題で解いていた。
式を見ると、以下のように書いてあった。

6+3=3

勿論娘は、足し算は出来る。
しかし、6+3=3と書いたのだ。
ここから私の謎解きが始まる。
答えの3は分かっているようなのだが、なぜ+になるのであろうか。

『差を比べるんだから、引き算じゃないの?』
「え、違うで。「多い」って書いてあるから、足し算やで」
なるほど。そこを根拠にしていたのか。面白いなあ。
『じゃあ、6+3はいくつ?』
「9!」
『あれ、6+3=3じゃないね』
というと渋々6+3=9と書き直す娘。
『6+3ってのはなんのこと?』
「男の子と、女の子の足した数」
『だよね。じゃあ、どっちがどれだけ多いというのはどうしたらいいの?』
「…」
あれこれ考えているようだったので、目の前にあった色鉛筆の束から、
男の子色の鉛筆を6本。女の子色の鉛筆を3本取り出して、あれこれ考えさせてみた。
『こうして、男の子の色鉛筆一本と、女の子の色鉛筆一本を一緒にして、どかすでしょ。同じことを、二回目、三回目とやると、女の子の色鉛筆と一緒になれない男の子の色鉛筆が出てくるでしょ』
「うん」
『何本ある?』
「3本ある」
『じゃあ、それが色鉛筆ではなくて男の子と女の子だったらどうなる?』
「6ー3=3 男の子の方が女の子よりも3人多い!」
『そうだね(^^)』

大人からしたら、なんでそんなところに引っかかるの?というところにひっかかって間違える。しかし、子供はそういうものだろう。自分の興味のあるところにあれこれひっかかる。娘の場合、散歩していても本を読んでいても人の話を聞いていても、自分が興味があるところに突入して行く傾向がある。だから、文章問題を読んでいても、自分が気になる言葉を中心にして問題を勝手に作り直してしまうのだろう。

「問題文を良く読みなさい」
と多くの先生はいう。しかし、良く読めば読むほど「多い」に拘ってしまい、正解に辿り着けなくなるはずだ。その子供の論理構成、展開を理解した上で、その問題が求めている答えに辿り着けるような説明をしないとダメなんだよなあ、と改めて思う。

ちなみに、翌日の同じような問題は、見ていたら解けていた。
ああ、良かった。

「取り取りゲーム」

7/5

先ほどまで娘(6)と遊んでいたカードゲーム。
単純だが面白い。
娘が開発したらしい(^^)。「取り取りゲーム」と名付けておりました。

親バカだが、それを文章にしてみた。
難易度調整のところは、私のアイディア。
小学校の低学年でゲームをしながら数を数える練習になるんじゃないかなあ。

2014年7月5日土曜日

取り取りゲームルール
ver.1
ゲーム開発 池田娘(6)

プレイヤーの数:
1. 2人

使用カード:
1. トランプ1セット

試合時間:
1. 一試合は、20分以内とする。

ゲームのゴール:
1. 手持ちのカードを出して、相手のカードよりも大きな数だったら相手のカードを全部貰い、一番枚数の多い人が勝ち。

スタート準備:
1. プレーヤーが同じ枚数になるようにカードを配ります。
2. プレーヤーはカードをシャッフルをしてどのカードが出てくるか分からないようにしておきます。

ゲームスタート:
1. 「セーノーで」の掛け声で、プレーヤーは一斉にカードを表にしながら出します。

進行:
1. 手元のカードが無くなるまでこれをくり返します。
2. ただし、同じ数字のカードが出た場合は、引き分けとしてそのままにしておき、次の戦いの勝者が引き分けのカードまで手にする事が出来ます。
3. どうも運が悪いと感じたら、プレーヤーは途中で何回でも手持ちのカードをシャッフルをする事が出来ます。

禁じ手:
1. プレイヤーは、自分のカードの順番を意図的に変更する事は出来ません。

難易度調整:
1. プレーヤーの数を増やす。
2. カードのセットを増やす。
3. 意図的にカードの順番を変えることを許す。
4. カードの枚数の合計で勝敗を決めるのではなく、カードの点数の合計で勝敗を決める事にする。

恐らく学習ゲーム開発最年少記録ではないかと思う(^^)。

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