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2016/02/08

私のような人間には、これからの大学受験は厳しいなあ

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私のような人間には、これからの大学受験は厳しいなあと思うのだ。goal orientedであることを求められるのだ。

私は自分が興味のあることに向かってあれこれやって行きて来た。マンガ、料理、音楽、書道、剣道、写真、能楽、オフロードバイク、スキューバダイビングなどなど。
仕事は教師をしているが、さて、これが教師になるためのキャリアの積み方かと言えば、疑問である。うーんと結果的に言えば、教師になるためのキャリアの積み方であったと思うが、問題はそれを意図的にはしていないということだ。
野口芳宏先生は、経験は意図的に積み上げよと言われる。言われる意味は分かるのだが、私にはできないなあと思うのだ。
私はcuriosity drivenで生きて来た。好奇心に振り回されながら行きて来た。統一性を考えてやってきたわけではない。ただ、教師になったのであれこれの好奇心は、意味を持ったのだ。
「修、音楽なんてやったって、何か将来意味があるのかねえ」
と母親に言われたことがあるが、それを言われたとき
(本当に、そうだよなあ)
と思ったのだが、教師になったらギターが弾けて歌が歌えるってのは意味があるようになる。また、子供の頃からさせられたいた料理はいま、大学のゼミで親睦を図るのにはいいし、ステージを撮るために増感現像とかを覚えて自分で焼き付けまでやっていた写真は、子供の様子を撮影するのにとても役になっている。
結果的に何かに役に立っていたということは沢山ある。
しかし、それは自分の中に溜め込まれていたものを、(あれ、これ使えるんじゃないか?)と取り出して加工して使っていったのだ。
しかし、計画的ではない。
だが、これからは計画的に青春時代を過ごさなければダメだとうい。
(ああ、私にはダメだろうなあ)
と思うのだ。
しかし、私のようなcuriosity drivenで行きていく子どもたちはこれからも居るだろう。さて、そういう子どもたちにはどういう進路指導をしたらいいのだろうか?
一つは、やりたいことをやりきって、その先にセカンドキャリアを考えるような準備をさせるであろう。スポーツ選手のイメージだ。プレーヤーとしてやった後に、指導者になるかまた別の仕事をするのかを考えさせておくと言うものだ。Jリーグはこの指導をしているはずだ。
考えてみれば、相撲界はこれだ。協会に残れるのはほんの一握り。だから、残れないことを前提にして考えなければならない。おそらく、ちゃんこ屋はそのソリューションだろう。若手に料理を作らせるのは、引退後にちゃんこ屋を開くための技術を身につけさせてもいるのだろう。
もう一つは、自分のキャリアをまとめあげる力を育てるであろう。あれこれやってきたのは、実はこういう理由があったのだということをメタで見つめて、それをストーリーに繋げる力を育てると言うものだ。
スティーブジョブズの「点を繋げ」というあのスピーチである。
自分がいまなぜこれをしているのかなんて分からないことが多い。後になって、ああ、あれはこんなことを迎えるためにやっていたのかあと振り返る時に、やっていたことの意味は分かるんだと思う。
計画的に人生を組立てていく、経験を重ねて行くというのは、それはそうなんだろうけど、できない人にとって、辛いなあと言う思いだ。
もう少し考えよう。

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