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2016/03/08

甲骨文字を亀の甲羅に刻してみました

Kikkoumoji

昨日、3/7(月)に実施することができました。甲骨文字の再現実験です。甲骨文字とは今から4000年前に河南省安陽県の殷墟の発掘と共に発掘された世界最古の文字です。牛の肩甲骨や亀の甲羅の腹甲に刻まれていた文字です。

この骨や甲羅に占いの言葉を書き(刻し)、燃えた木を押し付け、そのヒビの入り方で占いをしました。そして、その結果をまたその骨や甲羅に記していたのです。

書道をやる人間であれば、一度ぐらい甲骨文字を骨や甲羅に刻してみたいと思ったことはあるでしょうが、実際骨は手に入っても甲羅はなかなか手に入らない。だから夢で終わるものだと思います。

ところが、今回本学の理科の三上先生のところに亀がいることがわかりました。外来種で駆除の対象になっているミシシッピーアカミミガメ、通称ミドリガメです。これを解剖実習して、その後の甲羅をいただけることになりました。そこで、こんなチャンスはない!と思い勉強をして、やることにしました。

調べていくと、歴史学、民俗学の人は占いの再現に興味があるようでその報告や論文は見つかるのですが、その後の、文字を刻すことをしている人がいない。もう、書道の人間としては大喜びです。やります!です。

準備をしていく過程で、大学の書道の恩師の佐野光一先生にアドヴァイスをいただいたり、本学の王先生に参考文献をお借りしたりなどしながら、もう出来うる限り万全の体制で挑戦したわけです。

100年ぐらいは誰も再現していないことだと思われるのです。
詳しい報告は、今書き始めたレポートにまとめています。うまくいけば、論文に育つかもしれません。そして、ここから新しい授業が作れるかもしれません。

実に有意義で、楽しく、エキサイティングな時間でした。

2016/03/06

『地団駄は島根で踏め 行って・見て・触れる 《語源の旅》』を読む

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やってみてから
(ああ、これがやる前にあったらなあ)
と思うことが私にはよくある。
今回の「かるたの絵札を作って学ぶことわざの授業」もそうであった。

「連続型テキストの読解を、非連続型テキストの表現から導く指導に関する一考察」(京都橘大学研究紀要42号)にまとめた大学での授業の様子である。

この実践をやるときに、私の中では、あれとこれとそれがこのように結びついて、こういう結果を出すと思うんだよなあと思いながら授業を組み立てる。今までにやってきたことと、目の前の学生と学習内容と学習するための材料が見えてきた時、
(よし、やろう)
ということになる。

そして、それをやった後何らかの形でまとめる。今回は紀要論文にして、多くの方に見ていただく機会を得た。

先日関西授業づくり研究会に足を運んだのだ。当日の講師は大阪の民間校長で、かつて「アメリカ横断ウルトラクイズ」の構成作家をされていた、わぐりたかしさんであった。その日の中心となる「笑育」の話も面白かったが、私が興味を持ったのは、「語源ハンター」としてのわぐりさんの一面であった。

滋賀県に引っ越してきた私は、その土地の歴史をそれなりに勉強してみようと思って中学校の社会化レベルのものをざっと勉強してみた。さすが滋賀である。石を投げれば歴史に当たる土地だ。実際、私の住まいは、万葉集の第1期の歌人が住んでいた場所であり、自宅の対岸には松尾芭蕉の墓があり、裏山の比叡山には紀貫之の墓もある。とんでもない場所なのだ。

その勉強をしている時に、面白いものを見つけた。
「急がば回れ」
である。これはことわざとして教えられるものである。ところが、この「急がば回れ」は、ことわざではなく、故事成語であることがわかったのだ。

旧東海道と中山道が交わる場所が、滋賀県の草津市である。そこから東海道のゴール(京都の人にはスタート地点と怒られるが)の三条大橋までは、大津を経由していくことになる。その時草津からは、路銀が余っている者は観光も兼ねて、急ぐ人はそのために、船で琵琶湖を行き、大津で下船、その後徒歩で逢坂の関を越えて山科、蹴上と歩みを進めて三条大橋に到着するということになる。http://gpscycling.net/tokaido/tokaido.html

ところが、このルートに一つ厄介なことがある。
船で琵琶湖を行く時、比叡山から突風が吹きおろすことがあるのだ。私はこの突風の様子を何度も見たことがある。綺麗に晴れた琵琶湖が、突然嵐になる。気持ちよく走っていたヨットはあっという間に転覆することがある。比叡颪(おろし)という。この比叡颪が草津から大津まで運ぶ船を転覆させるのである。

そうなると観光はおろか急いで三条大橋に向かおうとする人たちは、時間を食うことになる。だから、「そうならば、船なんか乗らないで陸路で行け、琵琶湖から出て行く唯一の川にかかる瀬田川にかかっている瀬田の唐橋を渡っていけ、急ぐなら回るんだよ」と言うのが、急がば回れなのであった。

これは江戸時代に書かれた落語のルーツ本の『醒睡笑』には、「武士(もののふ)のやばせの舟は早くとも急がばまわれ瀬田の長橋」で室町時代の連歌師宗長(そうちょう)の歌として残されている。

ということは、この言葉は、誰が作ったかわからない言い伝えの教訓の言葉であることわざではなくて、出来事を基に作られた故事成語なのだということがわかったのだ。

ちなみに、この『醒睡笑』を書いたのは安楽庵策伝であり、そのお寺は、京都市中京区新京極通にある、誓願寺である。修学旅行で買い物をするのは新京極が多いが、行ったことのある人なら、必ず前を通っているはずである。

ということぐらいは知っていたのだが、わぐりたかしさんは、これに留まらず、その場所まで出かけていて現地調査をしているのだ。そして、それが一冊になったのが『地団駄は島根で踏め 行って・見て・触れる 《語源の旅》』(光文社新書)なのだ。

もうね、ことわざと思っていた言葉が次から次へと故事成語だったのだということを証明してくれる。実に面白い。
(ああ、この本を先に読んでいれば)
と思うのだ。

「縁の下の力持ち」は今回の大学の学習で扱ったが、この本を読んでいれば違うアプローチができた。「椽の下の舞」だとは思いもよらなんだ。四天王寺で行われているものだなんて、知らなんだ。ああ、くやしい。

だけどとも思う。
実践をしたから、論文を書いたから『地団駄は島根で踏め』に出会えたんだともう思う。実践したから、そこに関するアンテナが高くなって、出会えたのだとも私は思っている。

で、さらに思う。滋賀は他にも有名どころでは「油断大敵」「ろれつが回らない」の原産地でもある。京都なんて「とんちんかん」「後の祭り」「埒があかない」などもある。あれこれアイディが浮かぶ。
『ああ、なんとかならないかなあ』
と今朝の風呂読書で叫んでいたのでありました。
た、楽しい。

写真は、油断大敵のルーツの比叡山(^^)。

お金をかけず、日常を非日常に変えて、なおかつlegal

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legal、illegal。
簡単に言えば、法律に則っているかいないかである。

illegal。法律違反ってのは、なんだろう、ある種の誘惑がある。権力に楯つくさまが格好よく思えるようなもの。ちょいワルで、ハレを感じさせるような、日常から離れた興奮を得られる。その気持ちはわからないではない。
だけど、実はlegalの中にあって、非日常を得る方が、実はもっと深くて激しいのではないかと思うのだ。

高校。大学時代のことだ。
井の頭公園のステージで歌を歌ったことがあった。
中野の商店街でクリスマスコンサートをやったこともあった。
いせやの二階でギターを弾いたこともあった。
ちゃんと届け出をしたものもあれば、まあ、流れでやったこともあるf(^^;。この時の感覚はまだ体に残っている。

最近で言えば、料理本を書いて出版した時にも感じた。
決して発禁本ではないし、特に誰かに迷惑をかけた話でもないが、妙にドキドキした。
5ステップ、5分ではじめる料理
https://itunes.apple.com/us/book/id1043474676

最初にこのビールのポスターを見たとき
(それは、流石にないだろう)
と思った。
(京都だからといって、なんでもかんでもお抹茶と言うのは、如何なものか?)
と思った。だけど、だけど、気になってねえ。
というわけで、今宵やってみた。
お抹茶ビール。

結論から言うと、あり。
これがlegalの日常の中での興奮です。
(んなもの、やらんだろ)
(アホちゃうか?)
(何考えてるの?)
と私の内部でも声がしたのだが、一方で
(いや、やるだけやってみよう)
という気持ちの方が勝った。
注いでいる時のドキドキ感と言ったら、こりゃあもうすごい(^^)。

お金をかけず、日常を非日常に変えて、なおかつlegal。
こういうのを日常を豊かにするということだと思うのだ。

そういうのが大好きなのだ、私は。

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