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2016/02/27

着火剤になり、燃料になると思っている

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学びを起動させる、またはさらに深めるための装置が教育の一面にはあると思う。私が知りたいのは、どういうときに、どうなったら、起動するのかということだ。

今私が焦点を当てているのが、子供が持っている興味。そこが着火剤になり、燃料になると思っている。

勉強が苦手な子供であっても、自分の興味に基づいた学びが苦手という子供は極めて少ないんじゃないかなあ。

それをどう教材化するか。いや、教えるための材料ではなく、学ぶための材料なので学習材化するかだ。

効率よく教えるための、教える側の都合にあった教材ではなく、学習する側の都合にあった学習材の開発をしたい。そのための原理や原則を考えたいというのが、マンガで漢字を学ぶとか、かるたの取り札を作ってみるとかに繋がっているだと思っている。

2016/02/22

不思議なことだが

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原田知世 - 夢の人 (I've Just Seen a Face) をBGMにして。

今日はいつもより耳鳴りが激しくない。だが、ややいつもはしない左側の耳でも鳴っている。バランス的にはいいのか、穏やかな夜だ。

自分の体なのに、自分の思うようにならない。なんとも不思議なことだ。もちろん、心臓の動きにしても消化吸収にしても自分の意思で動いているわけではないが、耳鳴りなんて必要のないものなのだろうに、自分でコントロールできないのはなんともなんとも。

しかし、実は自分でコントロールできないのが、実は普通なのかもしれないなあと思うのだ。言って仕舞えば、この世に生まれたことは私のコントロール下にあるわけではない。

吉野弘の詩ではないが、I was bornなのだ。私の意思で生まれてきたわけではない。いつの間にかこの世にいたのだ。

にもかかわらず、今の世は、主体性だ自主性だと喧しい。それがないと人間ではないかのような言われ方をし、教育もそれを求められる。

「いや、なんとなくこう言う人生になっています」
それが本当は人間の普通の姿ではないのかなあと思う。

不思議なことだが、聞こえなくなってから、いろいろなことが聞こえるようになった気がする。

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