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2017/01/26

今までうまく行っていたことが原因となって、これからうまくいかなくなることがある

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「〇〇とは何か?」と自分で問いを立ててみる。それに答えが出る。そこに「本当か?」「理由は?」「本当か?」と繰り返してみる。この程度のことであっても、自分の考えを磨きあげるには、いい訓練だ。

ただ、この訓練には弱点がある。一つの考えを先鋭化することには適しているのだが、根っこを変えることができないと言うことだ。スタート地点を疑うことができないと言ったらいいだろうか?

自分がやってきたことが正しいと言う前提で、さらにその正しさの精度を上げるために確認していると言う色合いが強い。しかし、これでは対応できないことがある。つまり、私が考えた根っこはそもそも正しいことなのか?と言う問いに対しては何も答えることができないのだ。

特に現場にいる教師は、正しいことを指導しようと考える。今までやってきて成果の出た方法が正しくて、それを今の子供達、これからの子供達にそれで指導しようと考える。それはある意味正しい。しかし、研究によって証明されたこと、または、社会の変容で変わってしまったことに対応できなくなる。

正しいことをやろうとして、正しさの精度を上げてきた教師は、それを変える理路をなかなか見出さない。(え、だって俺、うまく行っているし)となる。しかし、社会は変わる。子供も変わる。そうすると、そこを理解しない教師は根底から否定されることがある。

多くの場合、異動によって今まで依拠していたことが否定されて気がつくことが多い。ところがそれもなんとなく調整してうまく行くようになっていく、していくことであれこれを吸収する。しかし、本当に吸収できているのだろうか。いや、そもそも吸収ってことで済まされることなのだろう。

つまり、あなたが今までうまく行っていたことが原因となって、これからうまくいかなくなることがあるんだよと言うことがあるわけだ。それは破壊的イノベーションで説明されることもあるし、paradigm shiftで説明されることもある。この状況は私も何度かくぐり抜けてきた。

いや、正確に言うとくぐり抜けるではない。戦って乗り越えてきただ。必修科目から選択科目へ。相対評価から絶対評価へ。教える教科の授業から支援する総合的な学習の時間へなど。この数年でこれまで以上に大きく乗り越えるものが出てくるだろう。波があるだろう。

波があるのなら、乗ってしまえばいいと思う。最先端で学べることってかなり大事なことでもあると思う。ミクロに考えること、そもそもこれは何?って考えること、波を見極めること。マクロでも考える。これが大事なんだと思う。もちろん、目の前の子供、子供たちを見て、どうすればいいかを考えた上で。

さらに授業デザインを考えていこう。

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