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2017/07/02

句会をやると、いわゆる「問題句」がでる。 実に面白い。

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2013年7月2日

句会をやると、いわゆる「問題句」がでる。
実に面白い。
学生は正選句に取れないことが多いのだが、私がみると実に面白いという句である。
たとえば、今日でた問題句には、こんなのがある。

1)ザクザクと土の中からかぶとむし
2)浴衣きて 男片手に 夏祭り
3)花火見て 君を見つめて 不発弾

以下やや詳しく見る。
1)ザクザクと土の中からかぶとむし
この句に違和感を感じないだろうか。「ザクザクと土の中から」とあったら、その後は通常は「金銀小判」ではないだろうか?「カブトムシ」がでてくるのであれば、「ザクザク」ではなくて「もこもこと」とか「わらわらと」ではないだろうか。
それにも関わらず「ザクザクと」を使うと言う事は、この作者にとって、かぶとむしが金銀小判に該当するのではないだろうか?というのが私の読みであった。
ところが、作者に聞くとそれは違っていて、単にシャベルでザクザクと土を掘っていたら、カブトムシの幼虫がでて来て、それを気がつかないままシャベルで実をちぎってしまっていたこともあったということから作られた俳句だと言う事が分かった。
そこで面白いのは、作者のストーリーと私のストーリーはどちらの方が聞いていた学生たちに届いたのかということである。私の方であった。ま、どちらでもいいのだが、そういう解釈の自由度があるといういことが俳句の読みの楽しさなのだ。
つまり、俳句と言うのは17音の世界なので、描こうとする世界は不十分。その不十分な世界が提出されているので、読み手はそこに自分の読みを加える事が出来るのだ。
そもそも、俳句は俳諧連歌の発句であって、発句の次の脇句を求める文芸作品。だから、読み込むことが積極的に求められていいのだと考えている。

2)浴衣きて 男片手に 夏祭り
この句は浴衣を季語にした俳句としては、異例の句である。浴衣と夏祭りが季重なりなのは惜しいが、句意は面白い。学生は正選句として6票。逆選句として20票で、マイナス14点であった。
通常、浴衣となると
浴衣着て 君のもとへと 走り出す
浴衣着て 心踊らせ リンゴ飴
のような淡い恋とかファンタジーとかの俳句に向かう。それはそれでいい。こういうシーンは、この夏の京都でも1万回位はあるだろう。しかし、この句は豪快だ。浴衣を着た彼女の手には、団扇でもりんご飴でも綿菓子でもない。男だ。男を片手に夏祭りに向かう女性が描かれている。
引きづり回されたい男だっていくらもいる。しかし、俳句にはなかなか現れない。そこを俳句で描いた所がいい。俳句によって発見されている。これがいい。この夏の京都で100回位はあってもいい。面白い句だ。

3)花火見て 君を見つめて 不発弾
この句も花火、君とくれば夏の恋の歌であることが分かる。
ここまでは凡庸だ。しかし、第三句がいい。「不発弾」である。
上手く行かなかったのだ。
相変わらず花火は大空に打ち上がっている。
しかし、恋の花火は不発弾なのだ。
この対比によって、花火の美しさと、残念だった彼または彼女のガッカリが奇麗に描かれている。明るい花火によって映し出されるそのガッカリの顔が良ーく見える句である。
学生は、正選句が18票、逆選句が5票で13点でありました。

句会の選句は、作品の良さで決まるものでもない。句会に参加しているメンバーによって決まる。だから、私から見ていい句だというものであっても、学生たちには選びきれないものもある。たとえば、

4)老い先に 病葉積もりて なほ凜と
である。
この句にある「病葉」を読める学生は殆どいないだろう。しかし、この言葉を使って来た学生がいることに先ず驚いた。
病葉とは、夏に狂ったように紅葉するその一枚の葉っぱのことを言う。病気であったり突然であったりするものだ。別れる葉というところから、わくらばとなり、この病葉という字を当てはめたのではないかと思われる。つまり、熟字訓だ。(明日と書いて、あした。小豆とかいて、あずきと読むのと同じ)
老いて行く我が身。年齢よりも少し早く老いてしまったか。いや、だが、まだ凛として生きて行こうじゃないか。
という句意を感じられる。
これを20歳そこそこで作っているのは、中々だと思った。
この作者がこのクオリティで俳句を作り続ける事が出来たら、かなり才能があると思う。こういう才能が表にでてくるのも句会の面白さである。実際の句会では正選として1票。逆選として1票であった。学生諸君には、選びきれないかもしれない。が、私は審査員特別賞を上げた。

5)醜いわ 金魚の糞ね あなたたち 
これは正選句として3票。逆選句として45票を獲得し、堂々のマイナス42点を獲得し、逆選句の一位になった句である。逆選句の一位に選ばれた場合は名乗らなくてもいい。ただ、名乗りたい場合は名乗っていいとしてある。関西人の血が騒ぐのであれば、名乗ってもいい(^^)。
この句は、まず「醜いわ」と会話文から入っている。会話文そのもののはあってもいいが、「醜い」と言う言葉が問題であろう。俳句は、美しい、かなしい、楽しいなどの言葉を使わずに、美しい、かなしい、楽しいということを表す。だから、いきなり「醜い」ということばを使うのは困りものなのだ。
しかし、この「醜い」の部分をたとえば、「大文字」にしてみる。
大文字 金魚の糞ね あなたたち 
となるとどうだろうか。大文字の送り火とすると季語になるが、大文字だけなら季語にならないか。すると金魚が季語として生きて、二物衝突(取り合わせ)が生まれて一つの新しい世界が出現しないだろうか。
授業時の解説では、その場で考えて「大文字」に入れ替えてみた。句会の指導で難しいのは、このその場での添削と改良のためのアドヴァイスだと思う。ここは指導者が勉強しておかないと出来ない。今回は、二物衝突までは時間がなくて説明が出来なかったが、感覚は伝わったようだ。
最後に、私が解説に気合いが入った句。

6)ラインでも 緊張するよ 「花火行こ♪」
ラインは、LINEのことである。最先端のSNSである。
この句を読んだとき、私は万葉人の歌垣、平安貴族の歌によるプロポーズから始まって、手紙、ポケベル、FAX、e-mail、mixi、Twitterなどのメディアの流れを感じた。
自分の思いを伝える手段は、文明の進歩によってどんどん変わる。
しかし、好きな人をデートに誘う。その時にあるドキドキ、不安、期待は1500年前の万葉人の歌垣の時代から何も変化していない。同じだ。
文明の利器の変化と、人間の本質の変わらなさの対比。
この句は、そこがサラッとしかもハッキリと描かれている。
ちなみに、この句は、学生たちもきちんと選んでいた。正選句20票、逆選句3票の17点であった。いい句である。

とまあ、こういう話を選句のあとにし続けた。60句以上やったので、時間がなくなって「短歌から俳句へ」の授業はできなかったのだが、ここが面白いんだよね、句会は。
また、やりたい(^^)。

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