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2017/12/27

『15歳のコーヒー屋さん』

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グランフロント大阪で、ランチをどこにしようとかとウロウロしていたら、紀伊国屋書店に迷い込んでしまった。そこで手にしたのが、本書『15歳のコーヒー屋さん』(岩野響 KADOKAWA)。一晩で読んでしまった。

アスペルガー症候群という発達障害を抱えた少年が、中学校での生きにくさから学校を辞め、家族の理解の中で一つの仕事を見つけて行く話である。

こう書くとあっさりとした感じになるが、実はそんなことはない。
とても大変な日々を過ごしてきて、ここにたどり着いているということ。

発達障害。
障害というのは、治らないということ。
親の育て方や、本人の努力でどうこうなるというものではないのだ。
ただ、障害は周りの環境や理解があると、生きやすくなる。
不便かもしれないが、不幸ではなくなることがある。

また、この不便ということも、どうなのかということもある。
確かに、障害を抱えているとできないことがあり、不便ではある。
しかし、特にアスペルガーなどは、その代わりと言ってはなんだが、他の部分で他の人よりも優れた才能を発揮することがある。

解説で、医者の星野先生は
「私は「発達障害」という言葉に違和感があり、以前より「発達凸凹症候群」という言い方をしようと提唱しています。」
と言われている。

人間の生物としての平均値というのは、どこにあるのかはわからない。
人間の能力の平均を出して、その平均に近い人を普通の人というのかもしれない。
でも、その普通ってのは、そんなに意味があるとは思えない。

Gifted

という言い方が出てきている。
非凡な才能は、本人の努力からではないのだろう。
ただ、この非凡な才能は、非凡なだけに周りから理解されにくいし、条件や環境が整わないと開花しにくいと思う。

できなことより、できることに目を向ける。
これは、何も発達障害の子どもたちだけの話ではないはず。
躾の問題があるので、やらせなければならいこともあるなあとは思いながらも、
できないことよりも、できることに目を向けてだよなと思い直す本でした。

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