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2017/05/12

字をうまく書くためには

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今年も授業では字書き方を教えている。黒板に字を書くときに、自分の字が下手ではしょうがない。黒板に書く自分の名前の字を元にして、指導をしている。

字をうまく書くためには、結構、点画、運筆というこの3つが大事である。結構というのは、字の外形。点画というのは止めや払いの部分の工夫。運筆というのは筆や鉛筆の動かし方である。

しかし、この三つをいきなりやってもダメ。というか、三つを同時に身に付けることは初学者には難しすぎる。そこで、私が特に指導しているのが、別の三つだ。これで見やすい字になる。結構と字の中心の意識と文字の大きさを揃えることである。

1)漢字は、例外はあるが、原則として篇と旁があったら、旁の方が大きい。漢字の上の部分は右側が高くなり、下の部分も、右側が低くなる。この形の中に入れて書くだけでかなり違う。

2)編と旁があったら、旁の方が大きいということは、漢字は旁のところにその漢字の中心線が来ることがある。木のようなシンメトリーの字であれば、縦線のところに中心が来るが、池のような文字は篇と旁の間に中心線は来ない。その文字の中心線がどこにあるのかを確認して、その中心線を重ねるようにして書いていくと文字を書き続けても曲がらない。また、曲がったとしても修正できる。

どこに中心線があるのかを確認したい時、根本的にやるのであれば、『角川書道辞典』でその文字をコピーしてきて半分に折って、その折れた線で確認する。しかし、通常は教科書体で打ち出した縦書きのワープロの文字を半分に折れば、その中心線はわかる。そうやって確認しながら書いていく。

3)また、粒を揃えるということも大事。一文字一文字の大きさを同じにするのだ。そうすると美しくはないが見やすくなる。美しくするには、文字の大きさを変えていく必要がある。漢字が10だとすると、ひらがなは8ぐらいの大きさにする。

実を言うと、大きく書く漢字、小さく書く漢字。さらに大きく書くひらがな、小さく書くひらがなというのもある。例えば、ひらがなで言えば、「い、こ、る」なんてのは、小さく書くひらがなである。これを理解するには、蘇孝慈墓誌銘や粘葉本和漢朗詠集などを元に勉強するしかない。私はこれを大学二年生、三年生の時にやった。

まあ、そこまでやらなくても、1)~3)をやれば結構見やすい字になると思います。必要な方は、ぜひやって見てください。

「あなたは何回説明したら分かるんですか?」

Img_0613 「あなたは何回説明したら分かるんですか?」 という教師の質問には、なんと答えるのがいいのだろうか?  インストラクショナルデザイン的に正解の生徒の答えとしては、 「先生、一回で分かるように説明してください」 だと思う。

2017/05/09

お祈りメールをもらって就職活動で凹んでいる4回生にキャンパスで話したこと。

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好きなことを仕事にしよう。
やりたいことを仕事にしよう。
このメッセージが伝えていることは、
好きなことが見つからなければ、仕事はしなくてもいい。
やりたいことが見つからなければ、仕事はしなくていい。
そんなことになっていないか。

親の仕事を継ぐのが当たり前だった時代、いやいや継いだ人もいるだろう。しかし、いやいやのままで終わった人は意外と少ないのではないかと思う。それはなぜか。好きな仕事に就いたのではなく、就いた仕事を好きになったからであろう。

好きを目指すのではなく、どうしてもダメを取り除いて、チャンスがあったらそれに挑んで見る。そういうことなんだと思う。採用されなかったのは、あなたに実力がなかったこともあるかもしれない。しかし、一方で実力があったとしても、相手が望んでいるストライクゾーンの中に入る人でないと採用はされないものだ。

ブラックでないところで働きたい。それはわかる。それは回避する努力をするべきだ。
しかし、縁がありそうだと思ったら関わって見るのもいいのではないかと思う。本当にあなたに実力があれば、ヘッドハンティングで声をかけられるはずだ。まずは、縁のある仕事を好きになるまでやってみるのはどうだろうか。

お祈りメールをもらって就職活動で凹んでいる4回生にキャンパスで話したこと。

「消極的」進路選択

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フェイスブックで無藤隆先生が消極的進路選択という話をされていた。私も思い当たることがある。

私が中学校で進路指導主任をしていた最後の時には、「消極的」進路選択を勧めていました。やりたいことを目指す。好きなことを仕事にしろ。という『14歳のハローワーク』が出ていた頃のことです。

やりたいこと、好きなことを仕事にするというのは、世の中に大学卒業なら5500種類あると言われている仕事の種類の中で1/5500を狙えと言っているようなもので、それは限りなく難しい。

しかし、『5500あるうちで、どうしても嫌なものを取り除け』とさせると、例えば、嫌なものが1000種類あったとしても、まあなってもいいかなという仕事は4500種類あるわけです。そして、そのように構えた上で、基礎的な勉強をしつつ、自分の特性や出会いや運を取り入れながら、一つの仕事にたどり着くってのがいいのではないかと思って、そう指導していました。

ちょうどインターネットが急激に普及してきた頃のことです。
この先どうなるかわからない時代に、一つの仕事に絞ってしまうのは危険だと考えていました。

好きなことを仕事にする。好きな仕事に就く。
これではないと考えていました。
縁のあったことを仕事にする。就いた仕事を好きになる。
こっちだと思ったのです。

だから、そのようなことを中学生に話していました。

ただ、これからの大学選択は自分の人生の設計の上に、この大学が必要だという流れを示していくことが求められていくと思います。今の時代に、私が中高生だったら、こんなセレンディピティの人生は過ごせなかったのかもなあと思うわけです。

2017/05/07

フェイスブックの友達

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フェイスブックの友達というのは、やっぱり変な関係だと
思う。

フェイスブックでは友達を選べる。実際の人間関係の中では、友達はなることから始まると思う。なった上で深まるかフェードアウトかカットオフかとなるのだと思うのだ。

が、フェイスブックでは最初に選ぶことから始まる。ここが違うのに、使われている名称は「友達」。ここに違和感が残るんだろうなあ。いや、もちろん「フェイスブックの友達」と概念規定をして使えばいいというのも分かっている。

だけど、友達だよなあ。違う。友達だから、フェイスブックでも友達になるんだよなあと思う。だから、リアルで知らない人は、友達にはならない。

だから、私は教え子からの申請は基本的に受け付けない。
友達じゃないもの。教え子だもの。

教え子っていうジャンルがあれば、私はそのカテゴリーに入れて申請を受けるけれども、友達じゃないものなあ。

古い人間です(^^)。

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