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2018/05/25

【新著】 『野口芳宏の教育名言で学ぶ手書き文字』

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私が中学校の教師をしていた頃、野口芳宏先生といえば、もう歴史上の人物という感じがあった。遠くから拝見し、ご著書を拝読し勉強する。そう、私淑する先生であって、一緒に過ごす先生だという感覚はなかった。

ところが、NHK教育テレビの「わくわく授業」で私が放映される時、私の前の回は野口先生で、恐れ多かったのを覚えている。大学に移ることになり、大阪の小学校の校内研修会で野口先生の前に飛び込み授業をさせていただいたり、明日の教室にもお招きすることができてご縁ができ、また今では「教育と笑いの会」でご一緒させていただいている。なんだか夢のようである。

そして、今回また夢の夢のようなことが実現した。

野口先生の言葉を私が手書きしながら勉強していたものを、電子ブックにまとめて出版することができたのだ。

『野口芳宏の教育名言で学ぶ手書き文字』(池田修著)

である。

夢の夢の話である。

が、現実の話である。

ICTの普及で文字はキーボードで打ち込むから、フリック入力でキーボードを触るになり、さらに今では音声入力で文字を表すことができるようになっている。これはとても便利だ。しかし、だからこそ、手書きの文字なのだと思う。

価値は少数派に宿る。手書きで書けることは特に教師にとってかなりいいことである。板書にしてもノートへの一言にしても、これは間違いがない。

私が書いていた手書きの言葉をそのままにしておくのもなんだかなと思ってTwitterに挙げてみたところ、なかなか好評であった。そして「その手書きの言葉を本にしてほしい」という話も出てきた。需要はあるのかと思ったが、あるというのでまとめようとした。

ところが、手書きであっても文章に著作権があるだろうということで一回頓挫した。許諾を得るのに相当の労力が必要になり、それは私の能力をはるかに超えていたからだ。しかし、仲間からのアドバイスで直接本人に許可を得ればいいのではないかということが言われた。

(これは、もう野口先生にお願いするしかない)

と思って、電子書籍の見本を印刷したものを添えてお手紙でお願いしてみた。

すると

「いかようにもお使いください」

ともう、飛び上がるぐらいのお返事をいただいた。電話で手紙で。

そこからは一気呵成に仕上げた。

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字は、何歳からでも上手くなります。正しい練習方法で練習を続ければ、必ず上手くなります。

本書は、電子ブックの利点を活用して、なぞり書きで上手くなるように作ってあります。

自分の好きな言葉であれば、何回書いてもいいものです。

そうして、なぞり書きをしながら上手くなってしまってください。

お役に立てればうれしく思います。

* 私ごとで恐縮ですが、今年で筆を持ち始めて50年になります。その私の記念すべき年に、自分の手書きの本を出せたというのは、とても嬉しいことだなあと思っております。感謝。

2018/05/04

抹茶書道 吉祥

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一度始めると、ある程度納得するまでやり続けるのが私の癖。
今日も抹茶書道をやり続けた。
実に面白い。
字を書くという営みは実に奥が深いものだと、今更ながらに思う。
これ、ワークショップやったらやりたい人結構多いかもなあ。
お茶屋さん、ご要望があれば、ワークショップの講師やります(^^)。

抹茶書道の家元を名乗ろうと思う

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ひょんなことから、抹茶書道を始めた。

そして、抹茶書道の可能性を感じている。
文字を書くことの可能性をものすごく感じている。

長年書道はやってきているが、まさか亀に刻したり、ガラスに刻したりすることになるとは思っていなかった。が、ここに来てさらにお抹茶に文字を書くことになろうとは思いもしなかった。

お抹茶書道とカフェラテアートは、違うものである。お抹茶書道は、お抹茶の泡の上に濃茶を乗せて書いていく。カフェラテアートは、基本的にクリームをコーヒーに注ぎながら作る。後から、文字を泡の上に書いたりもするが、基本が違う。だから、お抹茶書道は、文字を書くだが、カフェラテアートは書くとは違うだろう。

抹茶書道をやってみて、ズンと心に届くものがあった。
これは、書道、甲骨文字、ガラスへの刻字では得ることのできないものであった。それは何かと言えば、抹茶書道では、書いた文字を体の中に入れることができるということである。

確かに、クッキーで文字を作るとか、チョコレートでデザートプレートにハッピーバースデーなどを書くことはある。また、最近では、食べ物に書けるFOODPENや印刷ができるフードプリンタも出現している。ラーメン屋の海苔の上に文字を印刷したものもあった。文字を食べることは今までもなかったわけではない。

しかし、この抹茶書道は、文字を飲み込むのだ。
完成された文字を飲み込もうとするとき、表面の文字は流れ出し、それが体の中に入っていく。この時の感覚は、実に不思議なものであった。

前日には、抹茶アートで鳥獣戯画のウサギを描いて、そのあとにその抹茶をいただいたが、その時には感じなかった。だが、「寿」という文字を体に入れた時、なんとも言えないエネルギーを体に入れた感覚があった。

あがり症の人が、手のひらに人の文字を書いて飲む真似をするというのは、一種の言葉遊びの暗示だが、それに似たものがあるのかもしれない。しかも、これは実際に飲む。

結婚式の控えの間で、入試に向かう朝に、入学式の前に。
何か新しいことを始めようとする時に、抹茶で吉語を書きそれを飲み干す。
これは、まさに「言祝ぐ」ことができるのではないかと思えたのだ。

抹茶書道の家元を名乗ろうと思う(^^)。

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