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2018/05/04

抹茶書道 吉祥

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一度始めると、ある程度納得するまでやり続けるのが私の癖。
今日も抹茶書道をやり続けた。
実に面白い。
字を書くという営みは実に奥が深いものだと、今更ながらに思う。
これ、ワークショップやったらやりたい人結構多いかもなあ。
お茶屋さん、ご要望があれば、ワークショップの講師やります(^^)。

抹茶書道の家元を名乗ろうと思う

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ひょんなことから、抹茶書道を始めた。

そして、抹茶書道の可能性を感じている。
文字を書くことの可能性をものすごく感じている。

長年書道はやってきているが、まさか亀に刻したり、ガラスに刻したりすることになるとは思っていなかった。が、ここに来てさらにお抹茶に文字を書くことになろうとは思いもしなかった。

お抹茶書道とカフェラテアートは、違うものである。お抹茶書道は、お抹茶の泡の上に濃茶を乗せて書いていく。カフェラテアートは、基本的にクリームをコーヒーに注ぎながら作る。後から、文字を泡の上に書いたりもするが、基本が違う。だから、お抹茶書道は、文字を書くだが、カフェラテアートは書くとは違うだろう。

抹茶書道をやってみて、ズンと心に届くものがあった。
これは、書道、甲骨文字、ガラスへの刻字では得ることのできないものであった。それは何かと言えば、抹茶書道では、書いた文字を体の中に入れることができるということである。

確かに、クッキーで文字を作るとか、チョコレートでデザートプレートにハッピーバースデーなどを書くことはある。また、最近では、食べ物に書けるFOODPENや印刷ができるフードプリンタも出現している。ラーメン屋の海苔の上に文字を印刷したものもあった。文字を食べることは今までもなかったわけではない。

しかし、この抹茶書道は、文字を飲み込むのだ。
完成された文字を飲み込もうとするとき、表面の文字は流れ出し、それが体の中に入っていく。この時の感覚は、実に不思議なものであった。

前日には、抹茶アートで鳥獣戯画のウサギを描いて、そのあとにその抹茶をいただいたが、その時には感じなかった。だが、「寿」という文字を体に入れた時、なんとも言えないエネルギーを体に入れた感覚があった。

あがり症の人が、手のひらに人の文字を書いて飲む真似をするというのは、一種の言葉遊びの暗示だが、それに似たものがあるのかもしれない。しかも、これは実際に飲む。

結婚式の控えの間で、入試に向かう朝に、入学式の前に。
何か新しいことを始めようとする時に、抹茶で吉語を書きそれを飲み干す。
これは、まさに「言祝ぐ」ことができるのではないかと思えたのだ。

抹茶書道の家元を名乗ろうと思う(^^)。

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