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2019/12/22

まずはグーグルにそのキーワードを入力してみること

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もう一つ昨日の研究会で驚いたのは、「たほいや」である。
ある学校の先生が、探究型の学習の一つとして「たほいや」を発表していたのだ。

(をを、懐かしい)
と思いながら見ていた。ま、実際は大学の授業でもやっているので懐かしくはないのだが、中学校の実践としては懐かしいなあと思って見ていた。

ところが、どうも変なのだ。
何が変かというと、今までにない実践の一つとして提案する形で発表しているのだ。
途中から
(え、そうなの?)
と思いながら見ていた。

実は、この「たほいや」は、私がルーツなのだ。
1993年にフジテレビで放映された「たほいや」を見た私は、これは授業で行けると考えてすぐに実践した。「話す・聞く、読む、書く」の全てと、調べる、想像する、司会、計算と色々なスキルを駆使しながら遊ぶこの学習ゲームは、キングオブ学習ゲームという言い方を私はしていた。

いや、正確にいうとこの「たほいや」の実践をした時は、まだ「学習ゲーム」という言葉もなければ、当然、ゲーミフィケーションなんて言葉もなかった。言葉遊びぐらいの感覚であった。

だから、授業で子供達が盛り上がって騒ぎ、かつ懸命に文章を考えている姿を校長先生たちが見て
「あれは何をしているの?」
と言われた時、うまく言葉が見つからないで説明が難しかったのだ。
「遊んでいるの?」
と言われれば、確かに遊んでいる。しかし、遊んでいるだけでなく、しっかりと学んでもいる。この現象を説明する言葉がなかった時代だったのだ。

その後、この実践を恐る恐るやるのではなく、実践記録として世に出したのが、1997年2月の『授業づくりネットワーク』だったということになる。https://www.meijitosho.co.jp/sp/eduzine/gameidea/…

その後、この実践は追試、修正追試されました。この記事を書いた上條さんによれば、
「おそらくこれが学校教育に「辞書ゲーム」を導入した最初の報告だろうと思います。このゲームは大変に評判がよく、何名もの方が追試実践を発表しています。実践者によって目的が「作文」「論理的思考」「言語感覚」などと変化するのが面白いです。その度に実践の形もちょこっとずつ変わっています。拙著『論理的な表現力を育てる学習ゲーム』(学事出版)にも収録されていて、追試数は相当数になるだろうと考えています。」
ということなのです。

かつて私は、ディベートの実践を丸々パクられたことがある。東京都の中学校国語部会が主催する国語の研究会で。私の処女作の一冊『中学校国語科 ディベート授業入門』(学事出版)に書いた、平家物語の那須与一に関するディベートでだ。

たまたま職員室の机の上にあった研究会の案内に、私の開発したディベートの論題と全く同じ論題が書かれていたので
(へー、同じようなことを考える人がいるんだなあ)
と思いつつ、なんか変な気がしたのを覚えています。

時間割を確認すると午後は授業がない。校長に許可を取って参加しました。
学校に到着すると、やはり私の論題が書いてある。
授業者は全く知らない人。
たまたま授業者と思われる人と、廊下で会ったら、その人は顔面蒼白になりました。

で、授業は、何のことはない、私の授業のコピー。そして、資料には私の本のことはどこにも書かれていない。完全なパクリです。

その後の研究協議会では絶賛されていました。
私がやった時には、
「この教材をディベートでやるとは何事だ」
とお叱りを受けましたが、ここでは絶賛でした(^^)。
そして、授業者は複雑な表情をしたまま。

その後、おきまりの
「他に何かありませんか?」
ということを司会が聞いた時
『はい。で、この実践のどこがオリジナルなのでしょうか。というか、これ丸々私の実践なのですけれども』
と言いました。
会場は凍りつきました。

その後は、よく覚えていないのですが、
『研究なら、先行研究、先行実践を調べてその調べたものを出典として示し、その先行したものと比べてどこが違うのか、どこに提案性があるのかを示すものではないですか?』
『授業者は私がこの実践の開発者だということを知っていたと思いますけど』
のようなことを言ったかどうだったか(^^)。

昨日の先生は、東京都の先生のように悪意を持ってやってはいない。本当に自分が最初の実践だと思ってやっていたようだ(^^)。

ま、学会の発表なら
『素晴らしい観点ですが、この観点に基づいた〜というものはご存知でしょうな』
なんて言われてしまいます。が、まあ、昨日の研究会で、その場でいうのは大人気ない。そこで懇親会でこっそり本人に言おうと思ったら参加されていない(^^)。

ま、それをそのままにしておくのも良くないと思ったので、その学校の校長先生がたまたま懇親会の隣の席にいらっしゃったので、伝えました(^^)。
「これは、伝えておきます!」
とのこと。

報告者の先生は、まさか、自分がオリジナルと思って発表した実践の真のオリジナル報告者が目の前にいたとは思わなかったろうなあ。

これからは自分がオリジナルだと思った時、 だね。私も最近自分がオリジナルと思って実践したものを後から検索したら、やっている人がいることを発見して、自分の実践とどこが違うのかを確認したばかり。この一手間をするかしないかで全く違った結果になる。大事なことだと思う。

そういえば、東京都の中学校の研究会もその日になって出席を決めたけど、昨日の研究会もその日にFBにあった書き込みを見て、満席らしいけどなんとかならないかなあと思って、事務局に電話をして参加を認めてもらったということも共通だったなあ。

突然の池田は、嵐を呼ぶ男になっているかも(^^)。

私は、なんだかとても懐かしくなった

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“Education is what remains after one has forgotten what one has learned in school.”
(教育とは、学校で学んだことを忘れてしまった後に残るものだ)
アインシュタイン博士の有名な言葉だ。
これは昨日の探究型学習の研究会でも引用されていた。

何を学んだかではなく、どのように学んだかが残る。つまり、身につけた知識ではなく、知識を身につけるためにどのようにやったかだと言うことだ。

参加していたメンバー、登壇していたメンバーには30代の教師が多いと感じた。私は、なんだかとても懐かしくなった。そう、全国教室ディベート連盟が発足した前後の、教室ディベート研究会を思い出していた。

あの時、毎月の一回は研究会をしていたと思う。女子聖学院中学校を会場にして研究会を行い、その後駒込の飲み屋に突入してさらに議論と冗談を交わす。それをずっと続けていたのは、当時30代の私たちだ。

私たちは、議論の文化を日本に根付かせたいと言うことで、中高生に議論の一つであるディベートを身につけさせるためにはどうしたらいいのかと、毎月集まっては研究を重ねていた。冗談でなく、一ヶ月参加しないと全く追いつけないスピードで実践と研究が往還しつつ進んでいった。
反駁ワークシートが生まれたのもここだし、マイクロディベートが生まれたのもここ。そして、私の修論になる「シナリオ方式のディベート、改良シナリオディベート」もここで学んだものが大きい。

私たちは、そこでディベートの指導方法を開発しようとしてあれこれやっていた。その結果、指導方法は開発できたとお思っている。しかし、その結果開発できたのはディベートの指導方法だけでなく、私の授業の指導力だったとも思う。つまり、ディベートの指導法の開発を通して、指導力そのものを鍛えていたことになる。もちろん、そこで出会った仲間たちも非常に大きな財産になっている。

昨日の探究型の研究会では、それを感じた。

一般化するつもりはないが、法則化にしてもネットワーク運動にしても、全生研にしても、全国教室ディベート連盟にしても、そこで仲間となんとかしようとしていた人たちは、そこで何かを学んでいるはずなのだが、学んだ何かよりも、学び方を身につけた方が大きく残るのではないだろうか。

一つだけ言えるのは、多分、その学習集団、研究集団にボスがいないことが大事だと言ういこと。その人の考えを忖度するような実践や研究があるようなところは、ダメになると思う。

そうではなく、それぞれが一つのテーマに向けて、自分の実践のフィールドを大事にしながら実践を重ね、発表していくような研究会だと、面白いことになるだろうなあと思ったのでありました。

昨日が第一回だと言うことだが、第二回も楽しみである。

2019/12/18

その時思ったねえ、ああ、好き嫌いがあってよかったってね

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本日の学級担任論は、給食指導など。
給食指導は、大事。
とにかく食べ物の恨みは怖い(^^)。
また、いじめを生み出すきっかけや原因にもなりやすい。


色々指導した後に、好き嫌いの問題をどうするかという話を考えさせた。

1.とにかく食べさせる
2.残してもいいとする
3.その他

と選択肢を与えて、小グループで議論させた。
学生たちの答えは、残してもいいけれど少しは食べてみようかというものであった。妥当なところではないかなあと思う。もちろん、アレルギーのことは別にして、少しは食べてみようかということである。

私は、10代は、豚肉の好みがコロコロ変わった。赤身が好きな時期と脂身が好きな時期が変わった。また、20歳までは椎茸が食べられなかったし、21歳の夏に突然ビールが美味しくなった。さらに、50歳を過ぎてからセロリが美味しくなった。

『なんというか、自分でも驚くんだけれども、こうして味覚って変わるんだよね。口の中にある味蕾が、強く反応するのが子供の時期で、大人になると反応しにくくなるというのもあると思う。自然界で苦いというのは毒だから、それを感知できるようになっているんだろうねえ。あのままだったら、私もこんなにビールを飲まなかったかもしれないねえ(^^)』https://hoiku-shigoto.com/report/archives/5236/

『ピーマンなんて苦いの代名詞。でも、完熟ピーマンは赤くて甘いんだよね。食べたことある?自分で育ててごらん。甘いよ。パプリカではなく、完熟ピーマン。こうやって食育の話に繋げるのもいいね』

『私は、セロリが大嫌いで、あの匂いとかもうダメで。食べたことはないけれど、カメムシを食べたらあんな味じゃないかなと勝手に思っていたんだね。でも、スーパーに行くとセロリは堂々と売られていて、売れ残る気配もない。ということは、あれを「美味しい」と思って食べている人が少なからずいるということだ。となると、その「美味しい」を理解しない人生は勿体無いと思うわけだ。

それで、少しずつ食べてはいた。そして、炒めたセロリが美味しいと感じるようになり、セロリとミョウガと塩昆布の醤油かけというサラダが抜群に美味しくなって、食べられるようになったのだよ』

『その時思ったねえ、ああ、好き嫌いがあってよかったってね。だって、最初から全部好きだったら、あの嫌いだったのに、美味しくなかったのに、美味しいって感じられる感動を味わえないではないですか。嫌いなものがあったから、好きになれたんだよ。感動を味わえたんだよ』

と話す。

『後は、クラスや学年で、一人一品目は嫌いなものを残してもいいと確認しておくといいかな。学年会議で話して、さらにそれを保護者会で保護者に伝えておく。こうすることで、アレルギーがあるんだけど、それを言いにくい子供を守れるね。本当は、アレルギーは公開してきちんと守らないとダメなんだけれども、言いにくい子供もいるでしょ。その時、全員が一人一つは残してもいいとしておけば、アレルギーの子供を守れるでしょ』

楽しく、美味しく食べる。そして、体を作る。
食べることは、大事。
食育としての給食は大事にしたいですねえ。

なお、写真はランチの生協の天ぷらと蕎麦。天ぷらを選んでかけ蕎麦にトッピング(^^)。

2019/12/05

空に吸はれし十五の心

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不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

今日の模擬授業は、この短歌であった。
石川啄木の短歌。
学生たちは、どうしても石川啄木を説明したくなってしまう。
短歌そのものを楽しむ、味わうことをしない。
テキスト論的に読めない。


私が中学の教師をしていた時、この短歌をどう扱ったかというと、簡単に語句の説明をしたあと

『では、ノートにこの短歌を写して、鉛筆を持って、外に行って寝転がってこの短歌の意味を理解して来なさい。ただし、一人で寝転がること。30分以内で分かったら教室に戻って来なさい』

と指示を出した。
もちろん、生徒は30分ギリギリまで外で寝転がっていた(^^)。

新卒の頃からやった。
初任校は緩やかな丘の斜面にあったので、やりやすかった。
まあ、職員室ではあれこれあったようだけど(^^)、私は大事な国語の授業だと考えてやった。
まずは、じっくりと短歌と個人で向き合い、自分なりの解釈を手に入れることだ。それを教室ではなく、外でやったのだ。

啄木がこれを詠んだのは20歳を過ぎてから。
15歳の時ではない。
15歳の時に、感じたことはなんだったのかということを後から詠んだ歌だろう。
テキスト論的には、15歳で詠んだのか、後から詠んだのかは断定できないので、両方ともの読み方を提出するしかない。それが限界。
で、そのあとに、20歳を過ぎてからだという情報を与えて、解釈をさせていくことになる。

30分経ってから生徒に考えさせたのは、
「吸われし」
である。
もちろん、「吸われた」の意味であるが、問題は「し」が「た」であることを理解させることではない。

15歳の心があるとして、それが寝転がっている人から離れていく時、通常なら15歳の心は体から「浮かぶ」のではないだろうか。「浮かんで飛んでいく」のではないだろうか。しかし、ここでは「吸われ」たのだ。ここを読めるようにしたいのだ。

「吸う」という言葉は難しくない。
『はい、息を吸って』
という指示を出せば、中学2年生は、100%その意味を理解して、息を吸うだろう。
しかし、だから、難しい。
短歌に難しくない「吸う」という言葉が使ってあって、意味も理解できるのに、心が寝転んだ体から浮かぶではなく、空に「吸われる」という表現になっていることに気が付きにくいのだ。

なんで、空に吸われたのか。
吸われてしまった十五の心はなんだったのか。
ここは書いていない。これを想像させることも大事。
だけど、吸われてしまったあとの心はどのようになっているのだろうかと考えることもできる。
『空に吸われてしまった十五の心な訳で、であるとしたら、そのあと、そこはどのようになっている?』
と問いが立つ。
学生に、授業後の私の解説の時に聞いてみた
「空っぽです」

多分そうだと思う。
20歳を過ぎて、十五歳の時に感じたあの感覚は、空に吸われてしまった心の後の、ぽっかり感である。あの感覚は、空っぽになってしまった心だったのだと啄木は二十歳を超えてから気が付いたのだろう。

そして、この短歌は十四歳が授業で読んでいる。
来年、十五歳になるわけだ。
啄木は過去を振り返ってこの歌を作り、生徒は未来を見てこの歌を読んでいる。
その比較は、テキスト論的な読解をしたあとに、おまけとしてやっても面白い。

生徒が中学生の歳の時、校庭に寝転んで短歌のことを考える時間が、1時間ぐらいあってもいいじゃないですか。そんな国語の授業は大事だと今でも思っています。

私の実践を紹介しながら、今日の模擬授業の振り返りをしました。

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