2008/08/02

wiiのマリオカート

昼前に大学に向かう。前期のまとめの事務仕事である。本日はオープンキャンパスだ。私は講義をする予定がないので、せっせと事務仕事をする。さらに、教育実習の事後指導などもあれこれと。

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それにしても暑いなあ。
京都は七月中は毎日夏日だったとか。

大阪、京都、大津とだいたい二度ずつ気温が違う。
大阪が36度ある時は、京都は34度。そして、大津は32度である。夏も冬も同じく二度ずつ違う。面白いもんだ。

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夜、wiiのマリオカートに没入。
しかし、これはすごいソフトだ。

wiiはインターネットの端末としても使えるようになっている。というか、インターネットからニュースや天気予報の情報を取り入れて流している。朝、テレビでニュースを見るよりも、流し込みで流れてくるニュースを見ている方が、面白かったりする。

で、このwiiのマリオカートである。インターネット回線を使って、日本中の、いや、世界中の相手と対戦できるのである。しかも、無料。私なんぞへたくそだから、12人でレースをやって最下位でなければ満足ってな感じだ。

ただ、この取り扱いと言うか指導と言うか、そういうのをきちんとしないと子どもたちはのめり込みすぎるだろうなあと思う。面白すぎるからである。私は、早朝、朝、昼、午後、夕方、夜、深夜とそれぞれ接続してみたが、どの時間帯であっても日本中で、世界中でやっている人間がいる。ということは、抜け出しにくいと言う事である。

下記の新聞記事も分からないではない。

引用開始 ーーーーーーーーーー

【子どもとゲーム/4 終わりなき仮想に夢中】

 難民キャンプの子どものように、か細い足だった。トイレに向かう高校生の長男の後ろ姿に、母は息をのんだ。部屋にこもり、ネット上で複数の人が同時参加するオンラインゲームを一日中続ける生活を始めてから1年が過ぎていた。家族と食事もとらなくなり、自室でパンをかじるだけ。「おなかすかない?」。恐る恐る呼びかけても返事はなかった。

 長男は不登校で約3年ひきこもった。19歳になった今振り返る。「歯も磨かず、風呂にもほとんど入らなかった。冬は指がしもやけになり、キーボードをたたくと痛かった」

 寝食も忘れオンラインゲームにのめり込む10〜20代の若者が増えている。日常生活が送れなくなると「廃人」と呼ばれる。

 不登校の相談を受けるNPO法人「教育研究所」(横浜市)。ここ数年、ゲームがからんだ不登校が目立つ。牟田武生理事長は「特にオンラインゲームは、匿名の世界で仲間意識をはぐくめる居心地のよい空間で、抜け出せずに不登校が長期化するケースが多い。不登校は情緒の不安定な子に多いのが定説だったが、ゲームが高性能化して面白くなり、そうではない子が不登校になっている」と指摘する。

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 なぜそんなにオンラインゲームに夢中になるのか。仲間と武器を集め、モンスターを倒し、宝物を手に入れる。「普通のゲームと違い、終わりがない。経験がないと倒せない敵や何百回も挑戦して開く宝箱がある」。大阪商業大アミューズメント産業研究所の松村政樹副所長は指摘する。

 家庭環境をきっかけに不登校になり、4年間オンラインゲーム漬けの生活を送った少年(18)は「いつも4人の仲間と行動していた。顔を合わせないので素のままの自分が出せて楽だった」と言う。

 「強くなれば尊敬された。あいつと一緒だったら倒せる、と言われうれしかった」。埼玉県の私立大生(22)は、高校1年の時に不登校気味になった。自己実現の場となったゲームだが、やめると強い不安に襲われ、寝るのも怖くてやり続けた。

 5カ月後、友達から何度も誘われて合唱部に参加、部活が楽しくなって学校に戻れた。「リアルな世界で必要とされれば、ゲームを手放せる」。教員を目指し勉強中の今、そう実感している。

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 首都圏の国立大のある理工系学科では5年前から、授業に出ずオンラインゲームにのめり込む学生が現れた。ゲームに没頭したことによる留年者が毎年5、6人はいる。

 別の国立大の男子学生(21)もゲームに夢中で留年が続く。1人暮らしの部屋は荒れ放題で、ガスも止められた。保健所、大学、精神科医、民生委員……。母親が相談に回ったが解決法は見つからない。「ゲーム依存が病気だと理解されず、説明するだけで疲れました」

 韓国と中国では、長時間プレーした末に突然死する若者も出た。韓国では国が若者向け相談所を作り、ネット依存対策に取り組む。日本では約500万人とされるプレーヤーのうち「廃人」がどれほどいるのか、公的な調査すらない。=つづく

http://mainichi.jp/life/edu/mori/news/20080725ddm002100067000c.html

毎日新聞 2008年7月25日 東京朝刊 新教育の森より

引用終了 ーーーーーーーーーー

マリオカートの場合は、対戦は出来るがコミュニケートできるシステムは作っていないのは、上記の問題を想定しているのかとも思う。さらに、マリオカートの場合は、レースごとに電源を切るきっかけが与えられるが、オンラインのロールプレイングゲームでは、これが難しい。由々しき問題である。

しかし、これを逆手に取る事は出来ないか。オンラインのロールプレイングゲームの学習である。これが可能になれば、エンドレスで子どもたちは学習を続けるのである。

ま、それはそれで恐ろしいが、そんなことも少し考えている私である。

2008/07/24

学校の可能性、授業の可能性

基礎ゼミは、今日の授業で前期はおしまい。はい、本学はきちんと授業規定を守り、前期十五回は授業時数を確保しております。後期は授業担当者が変わります。

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本日のテーマは、「前期のふりかえり」と「子どもを取り巻く情況について考える」であった。

前期は、『おとなが子どもと出会うとき、子どもが世界を立ちあげるとき—教師のしごと 』を読みながら、教育実践の事実を文脈の中から読み取るということを中心に行ってきた。

「他人と他者はどう違う?」「正しいとは、何?」「ボランティアをする側とされる側の関係は?」などなど多くの議論を行ってきた。さらには、竹内常一先生に直接本学までお越し頂いて、授業をしていただくこともできた。贅沢な時間であった。

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そして、「子どもを取り巻く情況について考える」である。何をしたかと言えば、wii sportsとマリオカートとDSである。大学の広い教室のスクリーンを使ってやった。

なんでこれが授業なのかと言えば、学生たちがあまりにも子どもたちがハマっているものを知らなすぎると言う事が分かったので、実際にやってみることにしたというのである。

子どもは「好きな事をしているとき」「やならなければならないことをしている時」「やりたいことを我慢しているとき」の三つの表情をもっていると思う。授業は通常このうち、「やならなければならないことをしている時」「やりたいことを我慢しているとき」のどちらかであることが多い。だが、教師はこの顔ばかり見ることになる。それじゃ子どもたちが可哀想である。いい顔も見てあげなければ。

じゃあ、なんでハマるのかということを実感しようと言う事から、やってみた。授業の一貫として。子どもの実態を知るということは、教育ではとても大事な事である。wiiなんて遊んでいるように見えるだろう。実際遊んでいるのだから。

だが、その遊びを分析し、子どもの気持ちを理解し授業づくりに活かし、学級経営に活用する力は、教師にはとても必要な力であると私は考えている。

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結果としては大盛り上がりであった。おっきなスクリーンにすばらしい音響設備。そんじょそこらのゲーセンでは太刀打ちできないゲーム環境である。私は嘗て音楽室にあったLDを映すための大きなテレビでマリオカートをやってみたことがあるが、これはかなり面白かったのを覚えている。それを遥かに越えていた。

学校と言うのは、考えてみれば何でも揃っている。設備も専門家もである。だからうまく運営すれば、テーマパークになったり、遊園地になったりもするのだと思っている。要は、運営の仕方なのである。

新人の教員がいきなりwii大会を学校で開くというのは、可能なのかどうなのかはわからない。ダメと言われればダメだろうし、一方でDSで英単語の学習があったり、保護者たちは自分たちもやってきているので違和感が少ないのでできるのかもしれない。

だが、今日のゼミで学生たちは学校の可能性、授業の可能性を改めて理解したのではないかと思う。

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授業のまとめでこんな事を話した。

『君たちの、ライバルはこれです。ほとんどの子どもたちは、これを楽しいと思うはずです。これを一日中したいと思うはずです。それは実感できましたね。

君たちは、これを越える授業と学級を作らなければなりません。ライバルは、これです。面白くって力がつく授業。楽しくって居心地のいいクラス。それを作るのです。(wiiもしたいけど、学校の方が面白いもんな)と子どもたちが思う授業とクラスを作るのです。これがライバルです』

学生たちの楽しんだ顔が、少し引きつっていた。

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授業後、さらに何人かの学生と話す。

『これだと、子どもたちが「約束の1時間が来たから電源を切って」というのが、なかなかできないのが分かった?』
「はい」
『ま、ワープロを1時間書いて、セーブもしないで時間だからやめなさいと言われるようなものだからねえ』
「でも、時間を守らせるにはどうしたらいいのでしょうか?」
『1日1時間とするやり方もあるし、一週間で7時間とするやり方もあるよね。子どもに選ばせると言うのもあるよ。1時間を目安にしてセーブしやすいところで終える。その時間を記録して管理させると言う方法だね。これは勉強時間にも言えるわけ』
「なるほど」
『だから、うまく指導すれば子どもたちの時間管理の学習にも使えると思うのだよ』

もちろん、学生の勉強時間の管理に関しても言いたかったが、ま、それは蛇足なのでそれは言わない私であった。

後期も懸命に学べ。

2008/07/16

子どもたち、やるなあ

いやあ、いいなあ。
いまや小学生が一人一台持っていると言われているDS。これを使って鬼ごっこか。
子どもたち、やるなあ。
単純にやってみたいな。

引用開始 ーーーーーーーーーー

DS鬼ごっこで遊ぼ 無線通信で“情報戦”

2008年7月12日 13時50分

車の陰に隠れてニンテンドーDSを操作する小学生=東京都世田谷区で
写真

 東京都内の狭い遊び場で、ただ追いかけっこをするだけではつまらない−。そんな子どもたちが、任天堂の携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」を使った独自の鬼ごっこを考え出した。昔ながらの遊びとハイテクの人気ゲーム機の取り合わせが、ちょっとしたブームになっている。(中沢誠)

 この遊びを楽しんでいるのは、世田谷区池尻地区の小学生たち。

 どのように編み出したのか、その経緯ははっきりしないが、子どもたちは「DS鬼ごっこ」と呼び、放課後になるとDSを手に地元の児童館に集まる。

 DS鬼ごっこは、画面に書き込んだ文字や絵を無線で通信し合う「ピクトチャット」という機能を活用。「鬼が来た」「○○君が鬼になった」などと情報を交換しながら鬼から逃げる。鬼が仲間のふりして偽情報を流したり、ちょっとした駆け引きもある。

 約三十メートルの範囲でしか通じない機能だけに、建物の中や隠れる場所の多い路地裏などが格好の遊び場となっている。都会の狭い遊び場を逆手に取った遊び方。子どもたちに聞くと、「みんなで協力し合って逃げるのが楽しい」という。離れ離れになりながら、つながっている連帯感が人気の秘密だ。

 DSはゲーム以外にも、中学校の授業などにも幅広く活用され、話題になっている。任天堂広報部は「鬼ごっこに使うことは想定もしていなかったが、おもしろい。DSは創造性を発揮するというコンセプトで作られただけに歓迎したい」と話す。

 鬼ごっこについて詳しい東京・渋谷の児童施設「こどもの城」事業本部長の羽崎泰男さんは「鬼ごっこは伝承の遊びで、時代ごとに都合のいい形に変わってきた。今の子どもはゲーム性が高くないとだめ。DSは大人の仕掛けという面もなくはないが、時代を反映した遊びといえるだろう」と話している。

(東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008071290135030.html

引用終了 ーーーーーーーーーー

明日の教室でやってみます?

さらに、グーグルマップやグーグルアースを使った鬼ごっこは考えられないかな。あべたかさんや洲巻くんなら考えられそうだけど、どう?>あべたかさん、洲巻くん。

2008/01/30

Wii fitの話は、まだ続きます

NINTENDO Wii & Wii fitの話は、まだ続きます。

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私がファミコンに出会ったのは教師になった年である。
インベーダーゲームのように一回一回お金を入れないでもゲームが出来るなんて、羨ましいぞとも思っていた。

『あ〜、諸君。ファミコンにうつつを抜かしていると、試験勉強にならないぞ。なんなら私が預かってあげようか?』
と担任していた中学校一年生に話したところ、下宿に持ってきた生徒がいて
『ならば、接続してみるが良い』
なんて言って出会った。試験にならなかったのは私である。試験問題がなかなかできなかった。そのソフトは「ドラゴンクエスト3」であった。

分かっている人には要らない説明である。
若者が旅をしながら成長をすると言う話は、古今東西あらゆるところにある。桃太郎だって一寸法師だってそうだと言えばそうだ。このひな形の上にどのような装飾を加えて、オリジナリティを出して作るのかということである。

すぎやまこういち:音楽
鳥山明:キャラクターデザイン
堀井雄二:シナリオ

言わずと知れたドラゴンクエストに関わる三人の天才である。この三人の天才が多くの開発費と研究費と時間をかけて作る作品がドラゴンクエストである。

教室でつまらない顔をして授業を受けている子どもたちも、ドラクエの話になると目を課輝かせて喜ぶ。私は不遜なので

(ちくしょう)

と思った。

           ◆

この三人に勝てるわけがない。通常はそう思う。天才と資本力と専門家が団結して作り出す作品である。子どもたちが熱中して当たり前である。しかし、私は悔しかった。目の前で言葉の面白さについての授業をしているのに、子どもたちはモニターの中にあるドラクエに惹かれる。私は傲慢でもあるので、

(ライバルはドラクエ)

と決めて授業を作ろうと思った。

           ◆

ゲームのプログラムと言うのは残酷である。どんなに開発の資金と時間をかけたところで、完成した作品がつまらなければ、お仕舞いである。マニアに受けるプログラムがあろうがなんだろうが、マーケットにしている子どもたちに
「つまんない」
と思われればそれでお仕舞いである。
残酷である。

だから、面白さにかけては十分に研究されていると思う。私はその「面白さ」は何なのかをゲームをしながら考えていた。外側からは遊んでいるようにしか見えない。もちろん、遊んでいるんだけど、面白くなる度に
(ちくしょう。面白い)
と思いながらやっていた。

面白さの要素を分解し、国語の授業の文脈で構成しなおし、国語ならではのユニークネスを加え、一つのパッケージとして作り上げる事をいくつかの授業で意識した。私が作ってきたいくつかの授業は、そういう意味では一種の「本歌取り」だとも言えるだろう。

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映画、テレビ、ゲーム、CM、演劇、お笑。
その時代のタレント(才能)は、時代の流れに従って一カ所に集まる。
右目で不易を、左目で流行を見たい。それを授業に注ぎ込みたい。授業開発に取り組みたい。

筋肉痛と戦いながら、NINTENDO Wii & Wii fitで研究する私であった。

研究に勤しむ事にする

歯の治療が終わった。
この次は、年度あけにチェックに行けば良い。

ほんとうに、びっくりするぐらい調子が良い。こんなに歯の調子が良いのは、10年以上も前のことかもしれない。医療の進歩に感謝したい。そして、おそらく日本で一番安くしっかりと治療をしてくれる歯医者さんに、この関西の地で出会えた事も感謝したい。

バリバリ噛み砕いて食べるぞ。

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授業が終わったので、研究に勤しむ事にする。
いやあ、買ってしまった。NINTENDO Wii & Wii fitである。どこが研究なんだという突っ込みがあちらこちらからありそうだが、研究である。AAAとBBBとCCCに関する研究である。(AAAなどは企業秘密f(^^;。)

だいたいからして、研究には2種類あってみんながするものと、みんながしないものである。私がしてきたものは、ほとんどが後者である。前者であってもそれは、他の人がやらない方法でやってきた。なんとなれば、人がやっている事をやったって独創的なものにはならないからである。。

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夕ご飯を食べ終わってから早速実際にやってみる。
た、楽しい。楽しすぎる。

何が楽しいのかを振り返る余裕もなく、楽しい。
い、いかん。研究である。
客観的に記述しなければならない。

・段取りの心地よさ
・デフォルトの難易度の設定の上手さ
・意外性

これらはパッと感じられた。

さらにおもしろいなあと思ったが、通常はゲームをすればするほど、親等に怒られる構造になっているが、これはすればするほど誉められる構造になっている事だ。やっている時間が貯金されて、新しいゲームが追加されて行く。ドラゴンクエストの経験値の考え方をこのように展開しているのだ。

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この体感型のゲームは、もう20年近く前に鴻上尚史さんによって、予言されていた記憶がある。ドラゴンクエストと体感を結びつけるのである。逃げるボタンを押したら、シートの上で必死に走るのである。これは面白いと思った。そして、これはダンスダンスレボリューションへと結びつく。

任天堂では、エキサイトピンポンがあった。これもはまったなあ。全身筋肉痛になるぐらいやった。で、この実績を固めたのがこのWii fitであろう。任天堂そのものが経験値を重ねて、このWii fitに辿り着いたのだなあという思いである。売れるわけである。

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娘と遊ぶためには、体力である。
研究しつつ体力の向上であるf(^^;。

2007/09/18

DVD 「句会」「たほいや」

新しいDVDが出ました。ディベート指導DVDに続く、第二弾の「句会」第三弾の「たほいや」です。どちらも、大きな枠でくくると「学習ゲーム」です。

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俳句の指導はどうしても鑑賞が中心になってしまいがちですが、実際に作って鑑賞する。その方式として句会があるのですが、なかなか句会までは指導する機会がないと思います。しかし、是非その句会を開催してみてください。非常に面白いです。

句会は、作者と作品を切り離して、作品だけでその優劣を決める方式です。(○○さんが作った作品だから)という規準で選んでしまう思春期の子どもたちにとって、一度作品を作者を切り離し、作品だけで鑑賞するという経験を積ませることは大事だと考えています。

また、この句会を知っておくと、句会方式でさまざまな指導が出来ます。私は「こんなタイトルなら読んでみたい作文コンテスト」「人生名言集」などの実践で活用していました。

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「たほいや」は、それこそ今を去ること20年ぐらい前のフジテレビの深夜番組で行われていたゲームです。あの当時は「カノッサの屈辱」など非常に面白い深夜番組がありました。簡単に言えば、辞書に書いてある単語の意味を当て合う集団ゲームです。

テキストでルールを理解するには、ちょこっとルールが複雑なので、ビデオ化できて良かったなあと思っております。これなら一発で分かります。

私はこのゲームをよくパーティでやっていたのですが、よくよく考えてみると「読む」「書く」「話す」「聞く」の、国語の四要素が入っていることに気がつきました。ならば、辞書に親しむことと四要素を鍛えることを目的として授業として組み立ててみようと言うのが、最初です。

東北福祉大学の上條晴夫さんによると、日本の教育の文脈にたほいやを持ち込んだのは、私が最初だと言うことです。責任を果たせて良かった。

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ディベートのDVDに比べれば、今回は随分と廉価になっております。個人ではそれでも高いと思いますので、もしどこかに予算が余っていたら御買い求めくださいf(^^;。

どちらも、子どもたちは非常に喜び、力の付く実践です。

2007/02/04

こんなの発見

昔は、1ゲーム百円でした。
それを10円玉のように使って遊ぶ人たちがいるということに衝撃を受けました。
高校一年生のころです。

時間が来て店を出る時に、
「池田やる?」
と言われてやってみたところ、すぐに終了。
何のことはない、終わらせるためにやらされていたわけです。

あのとき、ハマっていたらどうなっていたかなあ。
いま、こうして自由にできるわけね。