2009/11/08

研究室に籠り、やるべきことを少しずつ

11/8

ベランダにあるハイビスカスにスイートバジル。思ったよりも頑張っている。まだ 花を咲かせているし、食べることも可能である。

今年の秋はゆったりと動いているようだ。

娘は、誰が教えたのでもないのに「がっこ、せんせいになる」
と言っている。急に言い始めている。二歳二カ月になったばかりである。将来学校の先生になるそうだ。先生にはいろいろな種類があるので
『お花の先生とか、お医者さんの先生とかあるけど?』
と聞くと
「がっこ、せんせい」
とやっぱり答える。さらに、
「ぱぱ がっこ せんせい」
とも言う。おいおい、誰が教えたんだ? 私も奥さんも教えていないのに。大学祭等で学生が話したのを覚えているのかなあ。大したもんだ。

だが父は、少し複雑な思いである。どんな仕事に就いても、私は、 半分嬉しく、半分心配なのであろうが、自分がしている仕事と言うのは、あれこれ見えるので一層複雑な思いなのである。

それにしても、娘の文脈把握能力は大したもんだと思う。

しっかりと話を聴けているのだと思う。文章の中の単語を取替えるだけでなく、語尾やイントネーションだけで文意を理解したり、自分に都合の良いときは、ハイと返事をし、都合が悪くなると急に話を変えたりと、まあすごい。単語の量が少ないのと、発音が甘いので子どもだと思うが、時々よく分からなくなる。

単純に凄いと思う。

体調が優れないと気合いが入らない。
文章を書いて調子を整えようとするのだが、書いた段階でエネルギーが放出されてしまう。

リビングに差し込む日差しに体を預けていたら、やっぱり寝てしまった。一体どんだけ寝ているんだ。

さすがに仕事が終わらないので、夕方から大学に向かう。
研究室に籠り、やるべきことを少しずつやる。

今の仕事は、頭の中にある数字をもういちど原典に当たって確認してという作業をしなければならない仕事である。だいたい問題は無いのだが、大きな勘違いをしているものも見つかったりして、
(ああ、原典を調べ直して良かったあ)
というものもある。危ない危ない。

遅々として進まないが、それでも少し形になると嬉しい。
今週も結構忙しい。体調が復活しないと、週末の東京は大変だぞ。

頑張れ、私。

写真は、先日の教育実習訪問指導の道すがら立ち寄った天瀬ダム。まだ紅葉には早いようだ。
Amagase

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2009/06/16

そして、エレベーター問題3である

そして、エレベーター問題3である。
しつこい私である。

しつこい男は嫌われるのであるが、(ん? しつこい女はどうなんだ?)こと学問や仕事の世界ついては、このしつこさが重宝されるものである。

まず、考え続けることの効用についてもう少し考えてみたい。考え続けているということは、基本的に脳がアイドリング状態にあるということである。場合によっては走り続けている状態と言っても良い。

つまり、すぐに加速できる状態になっているのである。これは結構重要なことではないかと思う。学校で勉強してきて、家に帰り
(ああ、疲れたお茶)
というのは、実は脳みそから見ると、損な行動なのではないだろうか。

折角暖まっている脳みそを、一度冷ましてから使うわけである。もう一度暖めるのにエネルギーを使う。考え続けるというのは、この暖め直すことをしなくてもすむ、省エネルギーのシステム運用となるのではないだろうか。

エレベーターの問題を考え続けているとき、脳はアイドリング状態にある。そうだとすれば、そのアイドリング状態を活用して、いきなり難しい本の読解に取り組んだとしても、行けると言うことである。これが考え続けることの効用である。

次に、習慣についても考えてみたい。
エレベーター問題1では、行き先の階数ボタンを先に押すのか、閉まるのボタンを先に押すのかということを問題にした。

行き先の階数ボタンを先に押すより、閉まるのボタンを先に押した方が、恐らく1秒弱速く動きだす。だから、行き先ボタンではなく、閉まるのボタンを先に押した方が良いという結論であった。

しかし、今の私を振り返ってみると、これが頭では分かっているが、いまでもやはり階数ボタンを先に押している。これは習慣の問題なのであろうか。どうなのであろうか。

最後に、目的について考える。
実は、行き先の階数ボタンを押すというのは、そのように習慣化されてきてしまったから押しているという側面もあるであろうが、もう一つには目的が支配しているという面もあるのではないかと思っている。

私は5階に行くのだというのが目的である。扉を閉めるのが目的ではない。だから、その目的に応じた行動が第一なのである。そうだとすれば、目的が行動を支配する力というのは相当なものだなあと思うのである。

思っていてばかりで、考えていないではないかとお嘆きの貴兄。
その通りである。まだ論証のレベルには行っていないんだなあ。

でも、こうしてあれこれ考えているのが、楽しいのである。

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エレベーター問題2のその後

エレベーター問題2は、私の中では解決に至った。コメントを下さった方には、メールで私の考えをお知らせした。私は、私のこのような下らない問いに付き合ってくださる方がいることを、とても有難いことだと思う。

なんせ、こんなことを考えている暇があったら、通常は本業に勤しむ方がいいわけである。にもかかわらず、あれこれ考えて呉れている仲間がいるというのは、実にありがたい。

ではあるが、学生たちにはこれが大事なのだという話をしている。そもそも学問というのは、なんてことは言わないけど、学問には遊びの要素が多く含まれている。何のために役立つのかなんてことは考えない。

あえて言えば、楽しいからである。考えるのが、答えが分かるのが、スッキリするのがである。人間はこれが許されているのである。だから、やるのである。

もう一つ大事なことは、今回のエレベーター問題2では、私の問いを徳用に指示をしているが、実は大事なことは私の問題を解くことではなく、問いを立てることなのである。

学生たちに
『閉まりかけのエレベータの扉を開けようと思って、閉めるのボタンを押してしまったことのある諸君は?』
と確認したところ、ほとんどの学生がそうであったのだ。

にもかかわらず、この問題を考えようとしている学生諸君はいなかった。同じ問題に接していながら、考える人と、何事もなかったようにしている人がいるのである。これはなぜなのだろうか。

1)どうでもいい。
2)考えても分からない。
3)何が問題なのか意味が分からない。
4)面白くない。
5)言われたら面白いけど、自分では辿り着けない。

いろいろな諸君がいるだろう。
私もひょっとしたら、1)から5)の中にいただろうし、他の問題ではいるのだろう。しかし、私は問題に辿り着いた。つまり、問いを立てることができた。これはなぜか。

答えは一つである。考え続けたからである。
(おかしい)
という違和感を持ち続けて、考え続けたからである。

考え続けると言うと、24時間ずっと考えているというようなことをイメージする学生がいるのだが、これは違う。そうではなくて、片思いのように考え続けるのである。気がついていたらその人のことを考えていたのように、その問題を考えるのである。

これが出来るようになると、話は進んで行く。
恐らく、脳の意識層、潜在意識層、無意識層を問題は駆け巡りながら、あれこれあれこれ考え続けることができるようになっているということなのだと思う。

問いを立てること。これが、学問を成立させるためにはとても大事である。学習は、学んで習うのである。学問は、学んで問うのである。
学んだ結果、分からないことが生まれるのである。

そして、その問いは、誰かが答えている問いではなく、誰もが答えてなく、貴方が答える必要のある問いであることが大事である。その問いと答えをセットにして、論述するのが論文であり、学生たちは大学生活のまとめとして、卒業論文に挑むのである。

さて、そしてここまでお読み下さった読者諸賢は、一つの問いをお持ちだろう。「(おかしい)という違和感を持ち続けて」とあるが、では、そもそもこの「違和感」はどのようにして持つことができるようになるのだろうか、ということである。

ここは私も考え続けているところなのである。

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2008/12/17

ああ、能天気

昼過ぎから会議。
学生部会議に、学科会議に、学部教授会に、センター試験監督者説明会議。
四つ。
今日はなぜか非常に眠たくて困った。

会議で配られた資料をノートに書き写しながら、眠気と戦う。
するとどうだ。びっくりしたことに書きかけの原稿のアイディアが浮かんできたのだ。
構造主義ではないが、アイディアがあって言葉が生まれるのではないことがわかる。
言葉があって、その後にアイディアや考えが生まれてくるのだということを実感する。慌てて、そのアイディアをノートに書き写す。

ラッキーである。

昨日のリクルートのインタピューで、こんなことを聞かれた。
「先生は、そんなにお忙しいのに、いつ授業の準備をされるのですか。いつ、そんなことまで調べていらっしゃるのですか?」
と。学生たちにも聞かれることがある。私は
『いつも』
と答えている。
そう、いつもなのである。

わからないことをずっと考えていると言った方がいいのだろうか。そのずっとというのは、一つのことをずーっと考えているのではなく、次から次へと分からないことを順番に思い浮かべているということに近いだろうか。

わからないことを、わからないということで捨ててしまわずに、わからないことを確認しているという言い方の方が正しいのかなあ。

(ん。今日もこのことはわからなかった)
と。

ところが、これがあるとき
(あ、そうか!)
とわかるのである。だから、授業の準備や教材研究はいつもしているというのが正しいのかなあ。

私が敬愛しているディベーターである瀬能先生は、
「人生はディベートで、試合以外はすべて準備時間」のようなことを話しているが、ちょっとそれに近いものがあるかもしれない。

だが、昨日のインタビューではもう少し突っ込んだ説明をしてしまった。

『私ごときが言うのもなんですがね、○○について(調べよう!)と思っているうちは、多分ダメなんだと思います。ノーベル賞の発見などと比べるつもりもありませんが、ただ、偉大な発見を見ていると、○○を発見しようとしているうちはあまりうまくいかないのですが、○○を目的にしようと頑張っていると、意外な凄いものを発見するという感じでしょうか。

○○を目的に授業をつくりたい、子どもたちに◎◎のような大人に育ってほしいというような目的を持ってあれこれやっていると、その方法とか必要なものとかは、向こう側からやってくるのではないかと最近思っています。自分で探しに行っているうちは、まだ違うんじゃないかなあと思うのです』

本当かどうかはわからない。だけど、私がディベートに出会ったのも、林竹二先生に出会ったのも、他にもいろいろとあるが、なんか、今から思うとそんな気がして仕方がない。

「意識してアンテナを高く張る」という言い方がある。ま、よく言われる言葉にするとこんな言い方になるのかもしれない。でも私の実感としては、ちょっと違う。

目的を持って前へ前へと進んで行くと、向こうから笑顔で大事なもの、大切な人がやってきてくれるという感覚である。わからないものを簡単に捨てないで、持ち続けていると、向こうから答えがやってくる感じだ。

なんと能天気な私なのだろうかと、さすがの私も思うのだが、でもそんな感じだ。

今年もあと二週間だ。
師走、時間が過ぎるのはいつもよりも早い。
押し詰まると、密度の濃い時間の中で、また良い出会いがあるような気がする。

ああ、能天気だ。

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2008/10/14

いい週末だった

10/10

大学に移って二年半。やっと4時とかに起きる習慣が無くなってきた。それでも今日も6時前に目が覚める。もう少し寝ていようと言う思いもあるが、なんだかんだで起きてしまう。

昼寝をしようと思うのだが、いったん動き出すと休憩の取れない職場に長くいたものだから、これもなかなかできないでいる。昼の15分でも寝られるとずいぶん快適なのだと思うが。

週末は、東京に戻る。大学院時代にお世話になった大熊徹先生が還暦を迎えられて、門下生でお祝いをするのである。私は二年間の予定で大学院に行ったが、先生のご指導のお陰で一年間で大学院を修了することができた。浪人留年しているのに、なぜか大学院だけは飛び級なのである。

そのたった一年であるが、先生からは研究とは何か。人を育てるとはどういうことなのかということをさまざまな角度から学ばせて頂いた。大学院は正統的周辺参加的な学びが残るところで、直接あれこれしなさいと言うことはほとんどない。先生はいつも提案の形で、私に指示を下さった。

後から考えてみれば、大学人としての生き方も指導してくださっていたのかもしれないと思うことがある。その頃の私は、大学教員の「大」の字もなかったのではあるが、こうして大学のゼミ、大学の授業は進めて行くのだと言うことをそれとなく示してくれていたのだと思う。実にありがたいことである。

恩師は、離れてみてそのありがたさが、さらに分かる。

多くの門下生が集まることであるから、少ししかお話をする時間はないと思うが、久しぶりに先生のお顔を拝することができるのを楽しみにしたい。

 

          ■□■

10/11

ということで、東京にいる。
新幹線はN700系であった。実に揺れないので快適に座っていたらそのまま寝てしまった。やっぱり疲れているんだなあ。

本を読んだり、寝転がったりしながら奥さんの実家で過ごす。
ほぼ一週間ぶりに会う娘は、ちょっと照れながらもお父さんと会えたのを嬉しそうにしてくれる。これで元気を貰って治るかな。コホコホ。
家族と離れて風邪と闘いながらの授業は、ちょっと大変だったなあ。

コホコホとしていると、娘はまねをする。そして、喜んでいる。洗濯物を干していると干そうとしているものを籠の中から出して広げている。本人はお手伝いをしているつもりだろうが、却って手間がかかる。しかし、そうやって大きくなって行くのだろうなあと思う。

昼過ぎから私の実家へ。ちょっと娘の風邪が抜けきれていないので、土日救急指定病院が近くにある奥さんの実家に泊まることにして、今日は昼ご飯を一緒に食べて、あれこれしながら過ごすことにする。

娘は、最初のうちは恥ずかしがって動かずにじっとしているが、慣れればもう大丈夫。卵ボーロをおじいちゃんから貰って喜んでいる。餌付けされている状態である。

私は自分の実家でも寝ている状態。明日に備えなければ。

          ■□■

10/12

寒い。
朝6時過ぎに目が覚めたのであるが、寒い。いきなり秋が深まった感じである。たしかに今日は十月の半ばである。あと二ヶ月半で今年も終わりなのである。

午後から新宿に向かう。ヨドバシカメラであれこれ買い物をして、住友ビルに向かう。この最上階が大熊先生の還暦の会の会場である。17:30からのスタートであるが下働きでもしようと思い17:00ちょっと前に到着する。しかし、現役院生などが準備をしているので、私は邪魔にならないように会場で座って待つ。

久しぶりに会う当時の研究室仲間とあれこれ話す。5年前というのがちょっと信じられないくらいである。私にとってのこの5年は、それこそジェットコースターに乗っているような感じがするような5年であった。しかも、後ろ向きのジェットコースターに乗っているような感じである。

その5年があったことで私も少しは人間的に成長できたと思うのであるが、そのきっかけを下さったのが大熊先生なのである。

お祝いの会は、元ゼミ生、元学生などからのお祝いのことば。私は元ゼミ生のところでスピーチを突然頼まれた。他の人たちは、事前に頼まれていた。元ゼミの方でどなたか参加の予定の方が急遽来られなくなったのかもしれない。

私は、全体の一人目なので、端的にまとめなおかつ、お祝いらしい雰囲気を作らなければならない。最初がだらだらと長い話になると、後の人たちも(を、長くていいのね)と思ってしまうので、トップバッターになるときは短くすることを心がけている。

何をお伝えしようかと考えたが、やっぱり先生が提案の形で研究の方向を示してくださることについてを話すことにした。参加されたみなさんも多いにうなずいてくれていた。

二次会では途中で先生が私の隣に座ってきてくださった。そして、またあれこれと話す。ありがたいことである。

大学の授業のこと、研究のこと、これからのことなどをあれこれお話ししてくださる。大学人として行きていくということはどういうことなのかを、改めて考えた。

奥様とも話すことができた。年賀状での和装がすてきで、大熊先生を支えている奥様だなあと、いつかお話が出来ればと思っていた。

風邪が治らないままで出かけて行ったが、本当に良かった。また、先生からご指導を受けたいなあと思う。
          

          ■□■

10/13

昨日の名残で、午前中はゆったり。
娘を抱えて近くを散歩。
すぐに外に出られるので、一戸建ては便利だなあと思う。

通り過ぎる人、車に丁寧にバイバイをする娘。
律儀である。
手を振りかえしてくれる人もいる。ありがとうございます。

午後から滋賀に戻ることにする。
三連休の最終日と言うことで、少しは思っていたがやはり混雑。
新宿駅で新幹線の予約を取ろうとすると、二時間空席がないとのこと。

待つかどうか考えたが、東京駅から乗るならば一日本待てば自由席も座れるだろうと思い、そちらにする。東京駅では30分後の新幹線がやっと座れるかどうかのあたりに並ぶ。

この場合、2号車に並ぶのが正しいと私は考えている。1号車は運転席のある関係上、座席が少ない。3号車はN700系であれば、禁煙車両であるが喫煙室があるので匂いが流れてくることがある。2号車であれば、座席数はあるし、タバコの匂いもない。結果的に二人掛けの席をゲット。大正解であった。なんとなく名著『大東京貧乏生活マニュアル』を思い出す。

娘は新幹線に揺られて寝るかと思いきやご機嫌なまま、寝ない。叫ぶこともなく私と奥さんの間を行ったり来たりしながら、京都駅まで。いい子でありました。

自宅には7時過ぎに到着。
明日の授業の準備の準備をして、寝た。
いい週末だった。

次は、同窓会の出席のための上京だな。

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2008/10/08

「自然には理由がある」

ふう、一日を乗り越えた。
風呂から出て、リビングで寛ごうと思ったら、
「ングウウウウウウウウゥウ。ングウウウウウウウワゥウ」
という音が外から響く。
なんだろうと思って外に出てみると、琵琶湖の湖岸にいる渡り鳥の鳴き声のようである。詳しい方、何の鳥だかお分かりでしょうか。

            ◆

ノーベル賞が、賑わっている。特に興味があるわけでもないが、新聞記事を読む。そこで、いくつかのことばに出会う。これがいいんだな。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081008k0000m040193000c.html
から引用開始 ーーーーーーーーーー

研究室の学生がスポーツ大会で身に着けるシャツには、益川さんの「自然には理由がある」という言葉が印刷されている。

引用終了 ーーーーーーーーーー

名古屋大学の研究室である。私はこれを読みながら、「子どもには理由がある。ただ、本人にも、教師にもなかなか理由が分からないだけである。」ということばを思いついた。実際にそうであると思うが、ノーベル賞の先生のことばをもじっているので、ちょっと情けないf(^^;。

他にも、いくつかこれからの研究生活の支えとなるようなことばを手に入れることができた。学校教育現場にいたときであれば、心にヒットしなかったであろう。立つ場所が変わると、見え方も変わるのだと改めて思う。

            ◆

大学の授業では、小論文の書き方を指導。ではあるが、なかなか書かない。
今日は、今まで教えてきた内容を以下の項目に従って復習。

1)日頃の準備
2)案の構想
3)構成
4)執筆
5)見直し
6)提出

下位項目に具体的なものを示しつつ、説明。自分に何が足りないのかを自覚させることが大事だと思ってのこと。来週は、実際の問題の中から特徴的な問題を取り上げて、2)の部分をさらに考察する。

            ◆

午後は、高校での模擬授業。道路が混んでいそうなので早めに出る。30分前に到着。良かった良かった。ではあるが、開始の時間までタオルを取り出し、机の上に突っ伏して寝る。

教室の案内の合図で起きる。そしたら、本学の看護学科の先生に会う。いやあ、それも気がつかないぐらいに寝ていた。体調の悪いのを見て
「赤ちゃんから貰った風邪は強い菌だから気をつけてね」
と言われる。なぜなのかを伺ったが分からないとのこと。誰か詳しい方、お分かりでしょうか。

2コマ授業をしたら、声がかなりまずい状態になってしまった。熱も出てきたので帰りは、安全のために高速道路を使う。ゆっくりと80キロに届くか届かないかのスピードで流す。信号や対向車、さらに飛び出しがないのが楽である。これが功を奏して、家に着いたときにはかなり楽になる。

            ◆

風邪でずっと飲んでいなかったのだが、今日は
(ん、飲もうかな?)
と思えた。
ので、ビールを一本だけ飲む。
ひゃああああ、ビールだ。

少し飲めるようになったのは、復活の兆し。
そろそろ治ってね、私の体。

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2008/08/02

『中等教育におけるディベートの研究』

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『中等教育におけるディベートの研究 〜入門期の安定した指導法の開発〜』(池田修 大学図書出版 193p ISBN978-4-903060-36-1 C3037 ¥2000E)という本を上梓することができた。私の修士論文を元にして書き上げた初めての学術書だ。

今年の三月に仕上がっていたのだが、校正がうまく伝わっていなくてこのまま世の中に出す事は出来ないということで、さらにきちんと校正し直して出版の運びとなった。

ですので、もし、最初の本がお手元にある方がいらっしゃいましたら、交換させていただきます。

            ◆

書き上げた時間は二ヶ月半であるが、研究に費やした時間は10年である。

ディベートではなく、ディベート指導。それもディベートの入門期指導にポイントを置いて研究してきた成果をまとめた一冊だ。私が開発したシナリオ方式、改良シナリオ方式の指導に至るまでの過程を明らかにすることができたと思っている。

要旨と目次は下記のURLにある。(小書作成のためにレイアウト変更等があり、ページはずれていることもある)
注目していただきたいのは、第二章と第三章が、目次レベルでも一対一対応になっている点である。

http://homepage.mac.com/ikedaosamu/summarycontents.html

            ◆

私は生徒にも学生にもこんなことを話している。
『論文は、主張が題名で、根拠が本文である』
だから、『中等教育におけるディベートの研究 〜入門期の安定した指導法の開発〜』としたところで、ディベートに興味のない人は読まない。それでいい。

そして、タイトルに興味を持って読む人が次に見るのが目次である。目次の中のいくつかの項目が自分にヒットすれば、その項目だけを読む。

実際私が論文を書くとき、上記のような方法で読むことが多い。だから、自分が論文を書く時も、読んでくれる方、引用してくれる方にとって分かりやすい方法で論文を書こうと思ったのだ。

第二章の目次を読んでいただいて、興味を持ったところに対応した第三章を読んでいただければ良いように書いている。

もちろん、全体を読んでいただければ、それはそれでとてもうれしい。

お手元にされた方、ご批判いただければ幸いです。

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2008/07/11

トップ合格を目指せ

しかし、教員採用試験の不正には空いた口が塞がらない。嘗て私も噂で聞いたことがあるが、私の周りにはなかったので噂だろうと言う感じであった。しかし、今回の九州の騒動は、想像を遥かに上回るひどさだった。

今日の国語科教育法ではその話に触れた。

           ◆

『間違えてはけいないのは、コネと人脈は違うと言うことである。コネは本人の実力とは関係のないもである。多くは人間関係というか力関係で動くものである。人脈は本人が努力して築き上げるものである。

若者は人脈がない。だから、安易にコネに走ろうとする。または、おせっかいにもコネを使おうとする者がいる。私はそれはつまらないと思う。自分の人生である。五合目から登る山は楽かもしれないが、面白くはないのである。

「でも、先生、そんなこと言ったってコネがあって受からない人がいるじゃないですか」

と諸君は思うかもしれない。私もこの日本で一つだけあって、他のどこにもないとは断言できない。

しかし、若者よ。そんなことを考えても仕方がない。前向きに考えるのだ。コネで採用が決まろうと、それは一部であり全部ではない。トップ合格せよ。誰にも文句を言わせないトップ合格せよ。コネも何も関係ない。実力である。そして、君が採用の人事に関わることになったら、そしてそこに不正があれば、正すのだ』

           ◆

青臭いと言われればその通りかもしれないが、私は教師は青臭くていいと思っている。

教職を目指す四回生諸君、トップ合格を目指せ。

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2008/07/07

日本カリキュラム学会

京都から徳島までミニクーパーSで往復。日本カリキュラム学会で発表である。正式には、

日本カリキュラム学会第19回大会(於 鳴門教育大学)自由研究発表
「ワークショップ形式による,教師の統率力向上プログラムの可能性」

ということで、山田雅彦(東京学芸大学)、池田 修(京都橘大学)、山口裕也(早稲田大学大学院)の三人の共同研究である。ワークショップ形式の研修の効果測定の一方法を提案しようと言うものだ。

この発表がどのような評価を得たのかは、発表を聞いた方にお任せするので詳しく書かないが、私たちはそれなりの手応えを得たと思っている。進むべき方向が見えたという感じだ。

            ◆

京都から会場の鳴門教育大学までは、185キロ。3時間で到着である。いやあ、近い。山口さんと一緒に車で移動したのだが、近況報告をし合っているうちに到着であった。

学会は発表も大事だが、地元に繰り出すことも大事である。今回はこのことを中心にレポートする。

昼夜昼と三回食事をした。そのうち、昼の二回は「びんび家」に行く。

このわかめのみそ汁が絶品であった。刺盛定食もよし。この店は、義理の父親から教えてもらったもの。嘗て徳島に赴任しているときに通ったと言う。まだあるのがすごい。そして、今でも大繁盛しているのがすごい。初日と二日目の昼に二回も行った。

もう一件。夜に行った店だ。徳島から、明日の教室に参加してくださっているH先生にご紹介いただいた店である。「魚大将」である。

金目鯛のたたき、ウツボのたたき、キスの姿造りなどを久保田と開運で食し、シメがお寿司の一人前。それでいて一人5000円程度。東京なら1万円でも厳しいと思う。そして、魚が違う。

こんな魚をこんな値段で食べていたら、地元を離れて他に住もうなんて思わないだろうなあと思う。

7/5は誕生日であった。家族と離れて研究仲間と学会発表に向けてあれこれ研究のこと、近況のこと、趣味のこと等を話しながら食事をして過ごす誕生日と言うのも、ある意味とても贅沢であった。

鳴門の海、ごちそうさまでした。

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2008/02/27

首を攻撃される夢

うーん。首を攻撃される夢を多く見る。
昨晩も奥さんと娘を守る夢を見た。
私は
(うう、仕方がない)
と二人を逃がして、暴漢の犠牲になるのである。
夢の中とは言え、なんて良い父親な私なのだろうか。

しかし、この夢の正体は分かっている。両手を広げて時々ばたばたする娘のパンチが私の右の首に当たることが原因である。

ま、夜泣きで起こされるよりは良いだろう。

            ◆

御前中お客さんが来たが、満足した睡眠があったためか、娘はご機嫌。バシバシ殴った成果もあるか。まだ人見知りをしないので妙に愛想が良い。ま、あと少しだろう。

その後、研究室に移動してあれこれ。
なんだか良く理解していないが、面白くなりそうである。
って、理解しないと拙いんだけどねf(^^;。

            ◆

その後、会議を二つ。
提案性のある会議であり、案件にまつわる当時の状況や、今後の展開に関するいろいろなアイディアがでる。良い会議だ。

だけど、夜殴られた私は睡眠が浅かったためか、少し眠い。
珈琲を飲んで踏ん張る。

            ◆

で、研究室に戻って授業の準備。
集中してやりたいと思う一方で、今同時に読んでいる三冊の本に共通のテーマを見つけてしまって、早く読書に戻りたいという気持ちが動き出す。

この、一見関係のないと思われるものの中に共通したものを見つけたときの喜びは、なかなかのものである。自分が立体的に浮かんでくる感覚。いやあ、たまりません。

さ、今日は早めに帰るとするか。

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2007/09/28

成功するまで失敗する

後期は木曜日が研究日となる。朝からあれこれと進める。だが、会議も入ってしまいちょっと大変ではあった。本当は、一つの研究のために大阪に行く予定だったのだが、それはキャンセル。

            ◆

授業の準備をしながら過ごす。あれやこれやと気分転換に食器洗いとかしていると、突然降ってきた。授業のアイディアである。慌ててPCに向かい打ち込む。ふう。

考えて考えて、考えて考えて。そして、その状態のまま他のことをしているとアイディアが降りてくるというのは、私の場合良くあることだ。問題は、この「考えて考えて、考えて考えて。そして、その状態のまま他のことを」する時間がない場合だ。考えただけで取り組む時、キレのないプランになってしまうことがある。なんとかこれは避けたいなあ。

            ◆

来年度の研究についても少しずつ動き出している。現在、複数の研究のプランを立てて、実行に移している。その結果が少しずつ結果になりつつあるが、なにぶん研究者としては新米。あれやこれやをやって、上手く行くのを大事に育てたいと言う思いもある。

「成功するまで失敗する。これが研究」

のようなことを先日のNHKの番組で広島大学の先生が話されていたが、そうなんだろうなあと思う。折角、研究と言う仕事をしても良いという職種についたのだから、これも大事にしなければなあと思う。

            ◆

事務仕事をあれこれこなして、帰宅。
本日中秋名月。しかし、曇り空だ。
時々見える満月を味わう。

ま、それもまた良いだろう。

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2007/04/02

新しい年度が始まる

4/1

この一週間で移動した距離は1500キロは固い。疲れは移動時間ではなく、移動距離だと言われているが、そうだなあと思う。ふう、楽しかったけど疲れたな。でも、早起きしてしまうんだよな。今朝も5時半には起きていた。

読みかけの小説を読み進め、朝から興奮の私。
耳鳴りに良くないかもf(^^;。

            ◆

で、午前中は朝風呂に入り、体をリラックスさせていた。んで、旅行の荷物の確認をしていたら、で、電話がない。

はあ。
最後の最後に、またやってしまった。携帯電話の紛失。
タクシーの中で掛けたので、タクシーの中だろう。
ただ、領収書を貰わなかったので、会社が分からない。
タクシー協会に明日電話だ。
はあ。
どうして、馬鹿みたいに最後の最後は上手く行かないかなあ。

            ◆

でも、がっかりしていても仕方がないので駅前にいるタクシーに片端から確認。
だが、電話の所在は分からず。
最後の頼みの一社に電話をしたら、なんと、あった! 

まったくもってこのドタバタ。新年度が始まっても私はあまり変わらないようだ。

            ◆

新居の片付けや住み心地良さを上げるための買い物をしてと過ごす。携帯電話を預かってくれているタクシー会社の事務所まで行った時に、前から気になっていたスーパーに立ち寄ってみた。安い。びっくりするぐらい安い。春キャベツが、一つ80円。

これで昼ご飯は決まった。
「春キャベツとアンチョビのパスタ」である。

【作り方】

1)パスタを少し塩を少なくして、茹でる。
2)一人前につき、春キャベツ1/4程度を一緒に茹でる。
3)パスタを取り出して、キャベツを乗せる。
4)アンチョビペーストを好きなだけ掛ける。
5)はふあはああああふ、言いながら食べる。

5)は作り方ではないが、まあ、いい。
この季節ならではの単純で上手い料理だ。
ああ、美味しかった。

            ◆

新学期の準備をしているところに、愛車が戻ってくる。
奇麗に磨き上げ、調整も終わって、これがいい感じになっている。

            ◆

大学の教え子たちのブログを読むと、彼女らも着々と新学期、新年度の準備を始めているようだ。私は、教師になる学生には
『一度ブログを閉鎖しなさい』
とアドヴァイスした。何がどうなるか分からないから、学生時代のドタバタは一度人様の目に触れることのないようにしておく方が良かろうと。

また、夜型から朝型に生活のリズムを変えておくようにとも。これらを実行している。その素直さが、君たちの宝物だな。
おーい、娘たちよ、これからが楽しいぞ。体に気をつけてたっくさんの経験をするんだよ。

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さて、私も明日辞令伝達式で、助教授から准教授に変わり、午後の入学式から新しい一歩が始まります。楽しみ楽しみ。

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