『だめだこりゃ』(いかりや長介著 新潮文庫)を読み終えた。
今頃?と言われるかもしれないが、今頃だ。買っておいたまま積ん読になり、埋蔵され、発掘されたので読むことにした。
この本は、いかりやさんの自伝だ。
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いかりや長介さんといえば、言わずと知れた「ザ・ドリフターズ」のリーダーである。「ザ・ドリフターズ」は、バンドである。いかりやさんはベーシストである。
https://www.youtube.com/watch?v=6uRfYrYJAW4
クレイジーキャッツの後釜として育てられたといかりやさんは書かれている。そして、自分たちは技術も才能もほとんどないとまで書いている。その「ザ・ドリフターズ」が、どのようにして、怪物番組「8時だよ全員集合」を引き受け、育てていったのかが書かれている。その前後が書かれている。
「8時だよ全員集合」で育った私には、とても興味深い本であった。
【余談】私が小学生の頃は、毎週土曜日「8時だよ全員集合」を見続けていた。土曜日だけは、これを見るために9時まで起きていてよかったのだ。いつもは8時には寝ていた。
そして
(世の中には、かわいそうな子供がたくさんいるんだなあ)
と思っていた。「8時だよ全員集合」は公会堂などでの生放送である。その会場にはたくさんの子供達がいる。しかし、私の感覚では夜の8時に子供達が出歩いているというのは考えられなかった。そこで私が思いついた理路は、
(ああ、この子たちは、親がいないので、かわいそうなのでドリフに呼ばれて、お客さんとして生で見ているんだなあ)
というものであった。小学校の高学年までこう思っていた。
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プロ野球やコント55号をなぎ倒した「8時だよ全員集合」は、「オレたちひょうきん族」に負け、いかりやさんはドリフターズとしては表舞台からさっていく。カトちゃんケンちゃんの時代になっていき、いかりやさんは、俳優としてもう一花を咲かせていくことになる。
一貫して書かれているのは、その場でどうしたら一番いいのかということを考えて実行しているいかりやさんの姿だ。
自分たちに才能がないのは、自分たちが一番よくわかる。
そしてそれなのに、表舞台に出てきている。ビートルズの前座をやるときの作戦の立て方、テレビに生放送で出演するときの作戦の立て方、俳優として生きていくときの学び方などなど。今ある我と我ら(ザ・ドリフターズ)を、どうやって活かしていくのかということに懸命になっている姿が浮かび上がってくる。
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「才能とは、努力した後に生まれるものに対して名付けられたものだ」と中野孝次さんも言われている。「なまじ才能があると、そこに埋もれて努力もせずに終わってしまう人が多い」ということも言われている。
いかりやさんの文章を読んでいると、中野孝次さんの言っているのはいかりやさんのことではないかと思えてしまう。
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このところ、人工知能やEdTechのことを勉強したり考えたりしている。だから、人間とはなんなのかを一方で勉強している。人間とは何なのかが私の中で定まらないまあ、人工知能、EdTech、教育のことを考えても、柱がぶれるような気がしているのだ。
そんな時に読めたこの一冊は、とてもエキサイティングな本であった。
グランフロント大阪で、ランチをどこにしようとかとウロウロしていたら、紀伊国屋書店に迷い込んでしまった。そこで手にしたのが、本書『15歳のコーヒー屋さん』(岩野響 KADOKAWA)。一晩で読んでしまった。
アスペルガー症候群という発達障害を抱えた少年が、中学校での生きにくさから学校を辞め、家族の理解の中で一つの仕事を見つけて行く話である。
こう書くとあっさりとした感じになるが、実はそんなことはない。
とても大変な日々を過ごしてきて、ここにたどり着いているということ。
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発達障害。
障害というのは、治らないということ。
親の育て方や、本人の努力でどうこうなるというものではないのだ。
ただ、障害は周りの環境や理解があると、生きやすくなる。
不便かもしれないが、不幸ではなくなることがある。
また、この不便ということも、どうなのかということもある。
確かに、障害を抱えているとできないことがあり、不便ではある。
しかし、特にアスペルガーなどは、その代わりと言ってはなんだが、他の部分で他の人よりも優れた才能を発揮することがある。
解説で、医者の星野先生は
「私は「発達障害」という言葉に違和感があり、以前より「発達凸凹症候群」という言い方をしようと提唱しています。」
と言われている。
人間の生物としての平均値というのは、どこにあるのかはわからない。
人間の能力の平均を出して、その平均に近い人を普通の人というのかもしれない。
でも、その普通ってのは、そんなに意味があるとは思えない。
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Gifted
という言い方が出てきている。
非凡な才能は、本人の努力からではないのだろう。
ただ、この非凡な才能は、非凡なだけに周りから理解されにくいし、条件や環境が整わないと開花しにくいと思う。
できなことより、できることに目を向ける。
これは、何も発達障害の子どもたちだけの話ではないはず。
躾の問題があるので、やらせなければならいこともあるなあとは思いながらも、
できないことよりも、できることに目を向けてだよなと思い直す本でした。
『落語家直伝 うまい! 授業のつくりかた』(立川談慶著 玉置崇監修 誠文堂新光社)を読み終えた。
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立川談慶師匠の本は、前にも読んだことがある。
今回も楽しみにした。
すごかった。
(え、この人どこかで教師をやっていたっけ?)
と思わず履歴を確認してしまったぐらいだ。
この本は、教育界の名著というか、怪著というか、快著というか、とにかくすごい本であった。
落語がわからないと、ややわかりにくいかもしれない。談志師匠のことを少しぐらいは知っていた方がいいかもしれない。しかし、まあ、慌てて前言を翻すけれども、すっぴんで読んでもまったく問題ない本だと思う。
これは、教育者には書けない教育書だと思う。類書は存在しないでしょう。そういう類書のない本というのは、読んでいて実に楽しい。
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落語家と教師がどう似ているかを色々な例えを使って談慶師匠が説明する。玉置先生がさらにそれに輪をかける。
落語家と教師のどこが違うかと談慶師匠が説明する。玉置先生がさらにそれに輪をかける。
このやり取りがまた面白い。
落語とは、人間の業の肯定である、とは立川談志師匠。
落語とは、人間の弱点を描いた「取扱説明書」とも言えるのです、とは立川談慶師匠。
落語も道徳も想像力、とは玉置崇先生。
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もう、落語好きの教育者にはたまらない一冊です。
あ、落語が好きだけでも、教育を仕事にしているだけでも問題ありません。
上半期ベスト3に入る本になると思います。いい本をありがとうございました。
越前屋俵太さんの『想定外を楽しむ方法』(KADOKAWA)を読み終えた。
越前屋俵太さんといえば、私たちの世代にとっては非常に印象深い「芸人さん」である。街中で通行人に突然シャンプーをしたり、突撃インタビューをしたり、書道家になったりとあれこれあれこれしているハチャメチャな「芸人さん」のイメージである。
そして、そんなことからテレビ業界に干されてしまったのかなあと思っていたのが、彼である。
しかし、この本を読むとそれは違っていたことがわかる。
彼は芸人さんではないし、笑いについて戦い続けている企画者、演出家、演者であることがわかる。
そして、何より、今、大学で教鞭をとっているというのには驚いた。また、その授業がいい。授業のためのシラバスがいい。
笑いに興味があり、教育に興味のある人にはオススメの本である。
私も、もう少し働こうと思う。
戦おうと思う。
そんな思いを新たにした。
新刊が出ました。『スペシャリスト直伝! 中学校国語科授業成功の極意』という本です。国語を実技教科にしたいと考えて実践を重ねてきた記録を書きました。以下、いくつか書いたうちの一つの、「おわりに」を掲載します。
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本書は、池田が中学校の教員の時にしていた国語の授業実践を、書き尽くしたものです。授業観、授業の作り方、授業の内容、授業の仕方、授業の評価などについて書き連ねました。
教員になって17年目に大学院に派遣されることになり、その後色々とあって大学に異動することになりました。19年間中学校の教師をしていたので、大学院派遣の1年間を除いた18年間の授業を元にして書いたことになります。それを大学に移って11年目にまとめて書けるとは、実にありがたいことです。
青梅市立吹上中学校校長で敬愛していた蛭田容之先生は、ご退職の時「池田さん、僕はね、職業人としてはここで死ぬんだよ」と言われていました。20代の若造の私にはそれが何を意味するのかは全くわからなかったのですが、今はわかります。中学校の教員を辞めたということは、私は一度職業人として死んだことになります。その記録を本書に残すことができたということは、とても幸せなことだと思っています。
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本書を読んでくださったみなさんは、どのような感想を持たれたでしょうか。
(一体、なにやっているの?)と思われたでしょうか。それとも(へー、なかなか面白いねえ)と思ってくださったでしょうか。
私は、生徒たちが「言葉って面白いなあ、国語って楽しいなあ、できるようになったなあ」という思いを抱けるように授業を作っていきたいと考えていました。しかし、「だから、何が何でもこの方法でやりなさい」ということはしてきたことはないと思っています。
私は(この生徒たちが欲しているものは何か。どんな力をつけるべきなのだろうか。どういう方法が彼らには合っているのだろうか?)と考えながらやってきたつもりです。生徒たちが魅力的だったおかげで、その生徒たちに応じた授業を作ろうとしてきました。もし、(一体、なにやっているの?)と思われたなら、私に問題があります。もし、(へー、なかなか面白いねえ)となっていたとしたら、それは生徒たちの魅力を引き出すことに成功したのかもしれません。そうだったら嬉しいです。
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本書を校正している最中に、中央教育審議会の答申がなされ、新しい学習指導要領の方針が決められました。2020年からの大学入試改革もあり、教育界は大きく変わろうとしているときに、過去の本を書いてもどうなのか?ということもるかもしれません。しかし、ちょっとだけ自慢をすれば、結構時代を先取りしていたなあという思いもあります。実は20年前にこんな試験問題も出していました。子供達に圧倒的な人気のあったTHE BLUE HEARTSのTRAIN-TRAINの歌詞からの問題です。
『問1「栄光に向かって走る、あの列車に乗って行こう」とあるが、「あの列車」とは何か述べよ』『問2「見えない自由が欲しくて見えない銃を撃ちまくる」とあるが、「見えない自由」「見えない銃」を説明せよ』
これからの教育は、唯一の正解を理解させていく教育から離れます。知識を前提にして活用し、社会で生きていく力を獲得するための教育へと変わっていくことでしょう。それを可能にする授業は、集団で、継続的に学び続ける授業。生徒の実態から始まって、社会に出てから役に立つ授業。それを知的に、興奮できて、楽しく学べる授業を通して行われていくことが必要になると思っています。私もそうでありたいと思い実践してきました。
さらにこれからはここに人工知能の活用が加わって、イノベーティブな人を育てる授業づくりが中学校で行われいくんだろうなあと思っています。私も大学で学生相手にそんな授業づくりのあり方を考えていきたいと考えています。
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最後に、お礼を述べたいと思います。
じっくりと原稿の進み具合を待ってくださった、編集部の及川誠さん。実に丁寧な校正をしてくださった、西浦実夏さん。ありがとうございました。実践初期の記録を丁寧に読んで整理してくれていた妻。中学校での実践の後に生まれてきてくれた娘。二人のおかげでじっくりと本書に向き合うことができました。ありがとう。この授業開発・実践を、私と一緒にしてくれた青梅市立吹上中学校、昭島市立瑞雲中学校、八王子私立楢原中学校、杉並区立和田中学校の魅力的な生徒のみなさんに、心から感謝の意を表したいと思います。ありがとう。
そして、最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。何かのお役に立てば嬉しいです。
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