2009/11/17

文化の秋である

11/15

なんという夢を見たんだ。

NHKの紅白歌合戦の司会を任される夢である。
パネルディスカッションの司会をしたのと、先日東京に行った時、NHKホールを見たのが、夢の中ではこう言う結論として結びついていたのだ。

それにしても、
(ま、仕方がないか)
と引き受けようとしている、俺がいた。
なんで、引き受けるんだよf(^^;。

昼前から325iに乗って、紫香楽の宮跡と、ミホミュージアムに向かう。山が一気に色づいたので、滋賀の山並みを走ることにした。

Sigaraki 聖武天皇はあちこちに宮を造営している。紫香楽宮もその一つ。宮を開くにしては、平地が少ないし、そもそもその宮も岡の上にある。なんでこんなところに作ろうとしたのかなあと思う。宮というよりは、寺のようだ。もちろん、建物はなく礎石だけが残っている。

不思議な感覚。
なんのご縁でなのか、京都にいる私。
なにが気に入らなくてあちこち宮を移した聖武天皇。
東京にいたら、絶対来ないだろうなあと思いながら、紫香楽宮跡を歩く。Sigaraki2

ミホミュージアムは、山の中にある美術館。私は一度行ったことがあるのだが、奥さんは初めて。仏教美術の良いものが揃っている。また、若冲の特別展もやっているとのことで、行く。

若冲と言えば、動植物。その中でも「象」である。
まったくこの象の絵を初めて見た時は、ぶっ飛んだ。
美術の教科書かなにかにあったと思う。

象と言えば象だが、その下半身はどういうことなんだ。その目はそれでいいのか、いいんだな?と思った。これが江戸時代中期の画家だというのだから驚いた。

Faa92abb658c6f5fbc5bbf6f89be04e9 今回、その「象鯨図屏風」を初めて実物で見た。その右半分は、象ので、左半分は鯨である。鯨なんてなんだか分からない。一説によると若冲は、鯨を見たことがなかったのではないかと言われている。それなのに、大きなものに憧れて描いたのではないかと。まあ、凄いものであった。F0186753_10524792

自宅から一時間ぐらいのところにある旧跡と美術館。
文化の秋である。

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2009/11/01

シルキー6の気持ちの良い吹き上がりと一緒に

10/31

秋の奈良に行ってきた。

この時期、奥さんが楽しみにしている正倉院展がある。私はそんなに興味があるものでもないが、奥さんは東京から見に行ったこともあるぐらいのものである。そこで、私と娘は奈良公園。奥さんは正倉院展という行動である。

三枚の写真。

1)大仏殿と325iツーリング

325i

奈良公園は、正倉院展で大渋滞であった。社会実験ということで道は急遽一方通行になっていたり。週末の正倉院展は大変である。

しかし、ちょっと外れるととてもゆったりとした空間になる。お気に入りの大仏殿の見える池の前である。ご覧の通りまだ紅葉にはまだ早いが、それでも色づく木々が見て取れる。若草山も少し写してみた。

2)若草山山頂

Photo

奈良に行ったら必ず行くのが、若草山山頂である。天気がいいと大和三山も見ることが出来る。本当に気持ちが良い。

今回はここでいま娘が(私が?)ハマっているシャボン玉で遊んだ。微かな風に乗ったシャボン玉は原生林の中に消えて行く。

思うのだが、タバコを吸っている人が全てシャボン玉に切り替えたら、街は奇麗になるだろうなあと。携帯シャボン玉セットを持ち歩き、街角で一服、いや一吹き。良いかもしれない。

娘は、鹿の体に
「ツンツン」
と言いながら恐る恐る触っては喜んでいた。

3)三笠の山に出でし月かも

Imgp8704

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

阿倍仲麻呂の名歌である。名歌中の名歌であろう。
1200年も前に作られたこの歌が、しっかりと今の私たちに響く。

ふるさとを離れて見上げる月。立身出世をしながらふるさとに戻ることのかなわなかった阿倍仲麻呂

そんな彼の思いと重なる人生を送っている人は、いまも世界中に多くいるだろう。人が生きることの本質を歌い上げている歌は、名歌になるのである。

写真はJR奈良駅近くから。

シルキー6の気持ちの良い吹き上がりと一緒に。

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2009/10/11

30分で行ける世界遺産

10/11

新聞記事で見つけて、急遽出かけることに。宇治平等院がライトアップされているというのである。それも昨日と今日の二日間だけ。

ちょうど夕方のラッシュの時間だったので、行きは多少時間が掛かったが、思ったよりも早く到着。

宇治の平等院は、何年ぶりかなあ。最初の中学校の修学旅行で来た時以来のような気がする。このときのことは、しっかり記憶に残っている。

修学旅行の初日に高熱を出して欠席を出した生徒がいた。初日の夜に電話をすると熱が下がって大丈夫になったと言う。そこで、二日目に宇治平等院まで親御さんに連れてきてもらって合流すると言うことにした。このことを初日の夜の打ち合わせで確認した。

もちろん、他の生徒には秘密。サプライズで行うことにした。ところがである。このサプライズを平気で他の生徒に話していたのが当時の養護教諭の先生。
『止めてください!』
と言ったのだが、既に遅し。もう一部に広まっていた。
「あらだって、秘密にしておいてくださいって言わなかったでしょ」
と宣われた。

(この人と私の文脈は違うんだなあ)
と改めて思ったのを覚えている。

平等院を見ながら、奥さんが思い出したように話した。

「初めて平等院に来たときにね、こんなことがあったのよ」

「中を歩いているときに、ハエが飛んできて、案内をしてくれていたお寺のおばさんが、つぶしたの。そしたら、そこにいた子どもが『仏教では殺生はしてはいけないんじゃないの?』って言って、周りの大人が必死に笑いを堪えていたのよ」

人にはいろいろな思い出があるものである。

その平等院の一コマ(クリックでかなり大きくなります)

Ubi

ライトアップの後に、平等院の中にあるミュージアムを見学。これもなかなか立派であった。

帰りはお腹がすいたので、京滋バイパスを使う。宇治東から石山まで。その後は下道で家に。30分ぐらいで着いてしまった。近いなあ。

30分で行ける世界遺産。
いやあ、良い時間であった。

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2009/09/18

金沢二十一世紀美術館

9/17

朝はゆっくりと起きる。昨日の夜に回転寿しをたっくさん食べたので、朝ご飯は入らない。ぼーっとして、読書をして、そのままホテルの最上階の風呂に向かう。温めの温泉に使って、傷を癒す。

このホテルの露天風呂は、なんか美術館のようなデザインで、面白い。基本的に四方をコンクリートで囲ってあるのだが、空はスッコーンと抜けている。そして、今日は見事な青空。雲一つないとは、このこと。
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チェックアウト後、荷物をホテルに預けて金沢の街に足を向ける。室生犀星の文学館などを見てこようと計画した。

近江町市場という、滋賀県にあるような名前の市場が金沢の台所。市場の入り口には、9/1に底引き網漁が解禁になったとの看板が出ていた。市場でいろいろなものまずはここで魚たちの顔を見て、昼ご飯はやっぱりお寿司。

市場のお寿司屋さんには昨日の夜に行こうかどうか悩んで辞めたのだが、結果的にはこの判断は正しかったことが分かる。いや、ネタは悪くはないと思うが、値段がね。昨日のが安すぎたのかな。

その後、金沢城公園を抜けて、兼六園まで歩く。兼六園は一度来たことがあるのだが、もう一度来た。

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いやなに、近江八景の一つ、「唐崎の夜雨」で有名な、唐崎にある松と同じ種の松が、この兼六園にあるということを聞いたので、滋賀県人としては
(伺わなければなるまい)
と判断して向かったのだ。

見てみると、たしかに唐崎の松と同じような枝振りだ。ただ、兼六園の松の方が見ている人が多い所為か、立派に見えたな。手入れの行き届いたお庭は、見ていて気持ちが良い。

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芭蕉の句碑などもあって、なかなかこれも味わい深い。

兼六園を後にして、次は「金沢二十一世紀美術館」に向かう。学生がお勧めしてくれたので、これも行かねばなるまいと思って向かう。で、これが非常に良かった。

言ってみれば、直島の地中美術館のような感じと言えば良いだろうか。それでいて常設展は350円。お得である。この美術館は空間の使い方が非常に大胆で、非日常をゆったりと味わうことができた。教えてくれた学生に感謝。

プールの写真は、上から撮ったものと下から撮ったものがあるが、面白いでしょ。実はこれ透明なアクリル板の上に10cmだけ水が張られていて中は空間。上から見ても下から見ても面白い。

さらに、空の写真は圧巻です。是非、美術館で見てほしいなあ。空間が切り取られているだけ。その周りにベンチが用意されているのです。カップルの写真の上に白い部分が見えますが、ここが空で、二枚目の写真の空は、ここが写っています。実物の空なわけです。ま、泊まったホテルの露天風呂にも似ていますが。

とにかくお薦めです。

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で、室生犀星の文学館である。が、タイムアウトであった。でも、また来たいなあと思ったので、そのときに来よう。

バスを乗り継ぎ、お土産を買って、特急サンダーバードに乗り込む。乗ってしまえば、京都まで2時間10分。東京に向かう新幹線よりは少し早い。

途中で本来なら私が降りる駅を通過。そのときに我が家が見えた。
降ろしてくれれば楽なのだが、そうもいかない。京都駅まで行って引き返した。

家に着いたら娘が大喜び。
お父さんが帰ってきたのを本当に喜んでくれて、ぎゅーってしてくれる。お父さんも張り切って、お土産のノドグロを塩焼きにして、娘に食べさせる。

相当美味しいのか、ご飯もお替わりして食べる食べる。
ああ、長い距離を運んできて良かった。

さ、また明日は会議だ。

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2009/09/05

電車で琵琶湖を一周

9/4

本日は出張。琵琶湖の北の方まで出かける。いつもなら新幹線で駆け抜ける辺りを本日は、新快速で。

しかし、新快速は速い。中央線の特別快速よりも速いと感じる。京王線の特急ぐらいの感覚か。120km/hぐらいかな。

車窓から見える近江米の田んぼは、黄金色に変わりつつある。今年も美味しい新米を食べる季節が迫ってきている。嬉しいものだ。

出張は、幼児教育コースの学生の保育実習の巡回指導である。二つ保育園を伺ったが、どちらも学生たちが一生懸命に取り組んでいるというお話を頂き、安心する。

幼児教育コースの三回生の学生は、実習がこれで三回目となる。そんなに変なことはしなくなっているが、こう言う言葉をもらうとやはり嬉しい。

巡回後、折角なのでその町を歩く。秀吉が開いたその町は、歴史の重さと新しいものに挑戦しようとする勢いが混ざっていて、なかなか良い感じであった。一時期の原宿にも似ていたなあ。

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ただ、当たり前であるがそのエリアが狭い。東京は、どこまで行っても東京が続くのだが、地方都市はエリアが狭い。ま、その方があちこち回らなくて済むので、楽と言えば楽ではある。

そして、チャンスは突然降ってくる。
駅で京都方面に行く電車を確認していたら、ひらめき。
(あれ、これって何も京都方面に行かなくても、北に上がってそのまま湖西線で帰ることができるんじゃないかな)
と。

改札の駅員さんに確認すると
「はい、今ちょうどつぎにくる新快速は乗り継ぎが良くて、そのまま湖西線で行けます」
『時間はかかりますか?』
「いや、京都に向かうのと同じぐらいです」
とのこと。

電車で琵琶湖を一周するというのが一つの目標である。しかし、目の前に琵琶湖を見ながらなかなかこれが出来ないでいた。チャンスは突然やってきた。行くしかない。

近江今津駅で、湖西線を待つ。
ホームには夏の匂いがまだ満ちていた。さらに甘い匂いがする。くずの花の匂いだ。ちょっぴり得をした気分である。

湖西線を行く列車は新快速ということもあって、かなり快適であった。米原の方を行く列車を琵琶湖線というが、実際に琵琶湖を見ることができるのは湖西線の方である。ちなみにこの写真は余呉湖である。Yogoko

こちらでは既に稲刈りを終えた田んぼも発見。
空の青、これを映す琵琶湖の青。そして、緑色に、黄金色の田んぼ。
なかなか美しい近江である。

車と電車で琵琶湖を一周したことになる。あとは、自転車かなf(^^;。

久しぶりに早く帰ってきた。
外を見ると、14番目の月が出ている。
「こんばんは〜」
『今晩は〜』
と挨拶。

『14番目の月』作詞 荒井由美より
引用開始 ーーーーーーーーーー

つぎの夜から欠ける満月より14番目の月がいちばん好き♪

引用終了 ーーーーーーーーーー

私たちの世代は、この歌を思い出さないではいられない。
最近ではスピッツがカバーしているようだが。

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この写真は、いつもよりも大きなサイズで。クリックしてお楽しみください。

明日からは、研究と休暇の日々とする予定。
体を休めましょう。

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2009/08/19

「いま、じゅんばん、あとで」が分かる

8/14

さ、久しぶりに長いこの東京ツアーが終わる。

宿が吉祥寺駅前だったので、久しぶりに井の頭公園に行ってみることにする。私の高校時代、大学時代のいくつかの思い出が詰まっている場所だ。

相変わらず池の鯉は巨大であった。この池の水が、神田川の源流になるというのは、知っている人は知っているが、実は以外と知られていない。

野外ステージには新しい囲いが出来ていたが、嘗てここでギターを抱えて歌っていたなあなんてことも思い出す。

午後の新幹線で京都へ。
以前から気になっていた東京駅の地下一階に行く。ここで弁当を購入。結構広くていろいろな店がある。お決まりの駅弁ではなく、この旅の疲れをいやすべく、ちょっと豪華なものを購入。

ところが、新幹線の中では爆睡。
熱海で寝始めて、気がついたら米原を通過していた。
実に贅沢な昼寝であった。

地元の駅には、迎えにきてくれた娘。
幸せである。

スカイプでは会っているのに、実物では照れていて、なんか違う様子。まだ実感がないのであろう。だが、抱っこしているうちに元に戻る。

家に帰って早速、プール遊び。一週間の出張の後にこれはなかなか辛いものがあるが、遊びたがっているので、喜んで姫にお付き合いする。

それにしても随分と言葉を覚えている。「いま、じゅんばん、あとで」が分かる。時間の概念が分かるんだなあと、ちょっと感心。

また滋賀での新しい生活が始まったのだと思った。

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2009/08/17

全て現実なのだが

8/12

私の講座の日である。
午前中は、レポート検討会があったのだが、私は大会のエンディングの準備のためにホテルに籠る。気がついたら11時50分。私の出番は12時30分から。いつも通りあわててホテルを出る。

昼ご飯を取ることをせず、そのまま講座会場に向かう。
当初の連絡では30人ぐらいの参加者だったが、ふたを開けてみたら50人以上いた。

今回のネットワーク集会の柱の一つは、「ライフヒストリー」である。教員がどのように成長してきたのかということを、考えるものである。簡単に言うと、「どうして池田修はこんなイケダオサムになってしまったのか、こう言う授業をするようになっていったのか」ということを考えるというものである。一方で楽しく、一方で恐ろしい企画である。

私は

 学級づくりに求められる「学級担任論」とその由来
 講師:池田修(京都橘大学)
 対話:喜岡淳治(成蹊大学)

ということで、60分講座を行い、このあと会場からの質問と対話者である喜岡先生との対話ということで、行った。

喜岡先生は、私の先輩である。元東京都の中学校の国語科教師でその後、大学に転進された。私が辿ったルートの先輩である。もちろん、指導力においても先輩である。

その先輩からあれこれ聞き出されるというのは、なんとも歯がゆいものであるが、その御陰で私がなんでこんなになってしまったのか、今まで私が気がつかなかった一面も意識することができた。ありがとうございます。

参加者からも、良い評価を頂いています。ありがとうございました。

来年の開催は、8/11(水)、12(木)で京都橘大学を会場として行うことが発表された。というか、私がした。

最初は、スピーチで行う予定であったが、まあそれだけで行うのもなんだよなあと思ったので、iMovieを使ってウエルカムムービーを作った。その作成に本日の午前中を使ったのだ。

講座の後、遅い食事をしてムービーの最終チェックを行い、書籍販売のみなさんに、プレビューをしてと準備を整えた。

本来ならこのブログにも載せたいのだが、容量が大きいので違うところに載せてもらうことにしましょう。

とまれ、来年お待ちしております。

ネットワークは、熱く深い学びで終わった。

そして、もう一つのメインイベント、聖蹟花火大会に向かう。
東京のマンションは、賃貸物件として貸出しているのだが、ちょうどいま借り手がいないということで、それならばと向かった。

授業づくりネットワークに参加していたみなさんに声をかけて、出かけた。花火は一人で見るより大人数で見る方が良い。

それにしても、4年ぶりの聖蹟花火大会だ。
このマンションを買い、初めて聖蹟花火大会を見たとき、
(あ、長生きしよう)
と思ったものだ。

参加したみなさんも大満足だったようで、主人としても満足であった。花火を叫びながら見るというのは、あまりできるものでもない。初めて叫んだという声も聞いた。

Seisekifw_2

距離が近くて、視線が水平方向に花火を見ることができて、仲間がいる。こういう環境が揃うことが大事なんだろうなあ。

で、このマンションで電線のない広い空と、手を伸ばせば届くかのような距離での花火大会を味わってしまったので、関西でも同じようなマンションをと思って琵琶湖のほとりに居を求めることになったのであった。

マンションに入るとき、私が敬愛している中央大学名誉教授のF先生に偶然お会いした。
「君、終わったら立ち寄りなさい」
と言ってくださる。大学教授というのは先生のような方を言うのだろうなあと思う。

もちろん、終わってから伺う。相変わらずお元気で、うれしい。
ばしばし激励の言葉を頂く。やらねば。

全て現実なのだが、夢のような豪華な時間であった。
余韻に浸りながら、ホテルのベッドに溶け込んでしまう私であった。

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2009/08/15

2009琵琶湖花火大会

8/8

そして、再び東京に向かう新幹線の中である。新幹線もだいぶ詳しくなったなあ。2時間半乗っていれば東京に着いてしまうと言うのは、どうも実感がなかったが、いまではそれが普通になっている。嬉しいことに富士山を見ることもできた。

Fuji

 

これから一週間、ディベート甲子園に、授業づくりネットワークである。いったい何なんだろうとも思うが、これは幸せな日々なのだとも思う。

野口芳宏先生は、良い人生とは「他人に大切にされる人生」と言われる。その通りだと思う。が、他人に必要とされる人生。これもまた幸せな人生であろう。

昨晩は、大雨の後の2009琵琶湖花火大会であった。
私は4時半ごろには家に戻れたので、シャワーを浴びて料理の下準備に取りかかる。

娘は浴衣に着替えさせる。ああ、娘で良かったなあとしみじみ思う。可愛いや。

19:30からの花火大会に向けて、1時間前からお客さんたちが我が家にやってくる。四回生の学生たちを招待し、奥さんの昔の友人とその子どももやってくる。

最初人見知りしていた娘も、今回はすぐに慣れた。女子学生たちが浴衣だったので、自分と同じようで嬉しかったのかなあ。

Imgp0411 琵琶湖花火大会の始まりは、実はしょぼい。私は初めて見たとき
(え、こんな感じなの?)
と思った。聖蹟花火大会は、最初にスターマインでどーんとやるので、そう言うものだと思っていたのだ。だからしょぼく感じたのだ。

しかし、そういうスタートであって、中盤から後半に掛けての盛り上がりは相当である。とてもじゃないが、食事をしたり飲み物を飲んでいる暇はない。

代船の上から打ち上げる半球の花火は、湖面に映し出されて球となるように設定されている。Imgp1288 これはなかなかいい。さらに、迫ってくるようなスターマイン。この場所に居を構えて良かったなあと、しみじみ思う。お客さんたちも十分に楽しんでくれたようだ。

Imgp1437

Imgp1446 Imgp1453

花火が終わってから、しばらくリビングで寛ぐ。花火の余韻を味わいながら料理を食べる。いや、そうしないと駅がとんでもないことになっているので、最低一時間はゆっくりしたほうがいいのだ。

ということで、ここで急遽学生たちと「たほいや」大人版をすることにした。二試合して頭を使う。なんといっても池田家のパーティは、お酒を飲んでも頭を使うのだf(^^;。

良い花火大会だったなあと思いながら、一日を終える。
また、来年である。

ムービーは、当日撮影した写真から作ったものであるライブには全く勝てないが、雰囲気だけでも。音はもちろん合成である。

「hanabi09.mov」をダウンロード

で、寝て起きて新幹線に乗っている私である。
名古屋から混んできた。
久しぶりに三人掛けの座席に三人とも座ることになる。隣の座席は二人の中年女性。

これが新横浜で降りるまで、ずーっと一人の女性がしゃべりっぱなし。まあ、出る出る、会社の悪口f(^^;。悪口というのは聞いていて気分が良くないものだから、途中で頑張って寝たのだが、目覚めてもまだ続いていた。

ま、ご本人はストレスを発散しているのでしょうが、側に聞かせされてしまっている者にとってはなかなかしんどい。新横浜で開放された私であった。

さ、待っていろよ、ディベート甲子園。

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2009/07/17

今日は祇園祭の宵山

7/16-2

忙しい一日であった。

一限にゼミ生の指導。月曜日のゼミでの模擬授業の指導案、または授業アイディアの相談に乗る。三人分で90分である。

二限に国語科教育法。試験問題の作成の仕方、さらに採点の仕方などの指導。実際に問題を作らせてきて、解き合って、採点を体験させた。採点一つとっても結構奥が深いのである。

昼ご飯は、朝自分で作っておいたおにぎりを頬張る。残念ながら一つでは足りなかったので、生協でもう一個買って車に飛び乗る。移動しながら出なければ昼食は無理と判断していたので、おにぎりであった。信楽の奥の方の高校で13:30から模擬授業なのである。

第二名神高速道路を走らせて、授業開始5分前に到着。ふう。二コマ終わらせて、トンボ帰り。でも、睡魔が襲ってきたので草津PAで仮眠。さすがにこの睡魔は危ない。20分寝たら随分楽になった。

今日は祇園祭の宵山である。混んでいるだろうなあと思いつつ、まあ写真でもとりに行こうと思ってゼミ生に声をかけた。行ける人は行こうと。Hoko

ということで、ゼミ生と宵山であった。今日まで独身なので、思い立ったらすぐに動けるのである。動けるうちに動いておくことが大事。振り回される学生たちは迷惑かf(^^;。遊んでもらっている感じだなあ。

ただ、来年の今頃は採用試験真っ盛りなので、行っている暇などはない。今年が最後なのだ。だから引きづりまわすのである。

帰宅後は、シャワーを浴びてバタン。
明日は娘が帰ってくる。
午前中は部屋の大掃除だな。

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2009/06/21

茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる

6/19

万葉集というと、奈良のイメージが強い。成立したのが奈良時代ということがあるのだろうか。ところが、実際に滋賀に住んでみると、万葉集は滋賀、近江を詠んだ歌も結構ある。

 茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる 巻1−20 額田王

 紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾(あれ)恋ひめやも 巻1−21 大海人皇子

今日は、この歌が詠まれたであろう場所に行ってきた。

万葉集では旧暦の五月五日に大津宮から出かけたとある。大津宮というのは、私の住んでいる西大津のあたりこのことである。

高速道路を使って八日市インター経由で約1時間。船岡山という場所である。古人はここまでどうやってきたのかなあなんて思いながら運転した。

該当の場所は奇麗に公園として整備され、陶板壁面にはその当時のことを想定した絵も描かれていた。とても大きいものであった。

Hekiga

私は、草に寝転がり流れる雲を眺め、この歌の意味をあれこれ思たり、娘の走り回わる姿を目で追ったりしながら、
(うーん、俺はこの先どうなって行くのだろうかなあ)
と思うのであった。

大人になるってのは、物事がきちんと理解できて、判断が出来てという存在であろうと、子どもの頃は思っていた。確かにそうなのだが、そんな存在ではないこともいまは十分に分かっている。あれやこれやを抱えながら、とぼとぼと歩くのも大人なんだなあと思う。

嘗て、中野孝次先生の本を読んでいたら
「最近は、生きている人が書いている本を読まない。古人の本ばかりである。そして、その古人がとても親しく感じられるのである」
のようなことを書かれていた。
(そんなことってあるんかいな)
と思っていたが、なんだか、だんだんそうなってきている自分に、少し驚いている。

俺も、人生のなんたるかが少しずつ分かってきたのかなあ、と思う。

 

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