2017/03/28

ヒドゥントレーニング

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ヒドゥントレーニングって言葉はあるのだろうか? 気がついたらトレーニングしていた、されていたというもの。グーグルで検索する限りでは無いようだが、実態としてはあるように思える。

朝風呂で髭を剃ろうと思ったら、鏡が曇っている。
手に残ったシェービングクリームで鏡を磨いて、手桶で鏡にお湯をかける。

ま、たったこれだけのことなんだけど、私はちょっと工夫する。鏡の下に桶を置くのだ。そうすると、鏡を伝わって来たお湯が、桶に溜まる。その溜まったお湯で髭を剃った後のシェーバーを洗うのだ。

そうるすと無駄がない。

「いや、そんなこと節制しても大したコストダウンにはならないでしょう」
ということを言われるかもしれない。
確かに、大した節約にはならない。

だけど、本質はそういうことではないと思っている。
大事な点は、こういうところに工夫する点はないか?と考えることだと思っている。そういう考える癖を身につけいくこと。そして、それを実行すること。小さなものでいいからこれを繰り返しやることだと思っている。

つまり、問題発見、解決プラン作成、実施、評価である。日常生活でこういうことをしているかどうかってのが、大きな事案に対してのトレーニングになると思うのだ。

目に見えるコストが大したことがないからとやらないのは、ヒドゥントレーニングをやっていないことなんだと思うのだ。

2017/02/23

春探しの授業は、句会で

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小学校低学年では春探しの授業がこの後行われるだろう。志貴皇子の「石走る」の歌ではないが、春はほんの小さな変化を探し見つけるものだ。小さければ小さいほどいいかもしれない。だから、まだ春じゃ無いんじゃない?というぐらいから始めるのがいい。

で、これは句会にすればもっと面白くなる。春を見つけるということは、春の季語を見つけることでもある。その季語で575にして、嬉しい悲しいなど感情を直接表す言葉を使わないようして、作るときに見せあわせないように指示して、作句させれば良い。まずはこれで俳句が完成。

その後、先生に提出。先生はエクセルに打ち込んで、ランダム関数でバラバラにして、作者の名前を書かずに、一覧にして、ナンバーだけ付けて子供達に配布する。「これは、私の!とか、これは~さんのでしょ?というのはやらないこと」と必ず注意。句会は、作者と作品を切り離すから面白い。

その後、句会。まずは、天地人方式がいいだろう。「いいと思うものを三つ選びます。そのうち、一番いいのが天で3点。次が、地で2点。最後が人で1点入ります。その合計点で競います」ということだ。選んだ後に、それぞれの句の天地人の得点を挙手で確認する。

小グループに分かれて、自分が天に選んだ句のどこが素晴らしいのかの解説をしあっても良い。その後、結果発表。先生がやる。「それでは結果発表です。第3位は、天地人の合計で12点を獲得しました、3番の句です。さて、どなたでしょうか?」と聞く。そして、該当生徒は、たっぷりと間をとって「池田です!」のように名乗ります。

句会では通常は良い作品に選ばれた人だけが名乗れます。こうして、1位まで決めます。クラスの人数にもよりますが、5位から1位ぐらいまで決めるといいのではないでしょうか。私がやっていた時も生徒たちは句会が大好きでした。大学生も好きです。

ちなみに、いい句なのに子供が選べない句というのもあります。その場合は、先生が審査員特別賞として選んであげればいいと思います。また、校長先生に特別ゲストで入ってもらったり、先生も参加したりすると盛り上がるでしょう。選ばれたり選ばれなかったりしますから。

さらに私は『本日の句会のゲストは、なんと江戸時代からお招きしております!』なんて言って、松尾芭蕉の作品をこそっと紛れ込ませておきました。自分の作品が選べなくても、芭蕉の句を選べた子供は嬉しそうでした。日本には四季があります。年に4回、句会で遊べます。句会、お勧めです。

2017/02/16

一番重要で、一番指導が難しいのは「え?」だろうなあ

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「え? → なに? → なぜ? → ほんと? → 正しいの?」。学びは、この問いの道筋を辿っていくんじゃないかなあ。これは、「違和感 → 対象化 → 理由原因根拠 → 検証 → 価値づけ」に対応している口語だと思う。子供の口から出て来た時、そう考えたい。

で、この中で一番重要で、一番指導が難しいのは「え?」だろうなあ。言葉にできないけど、違うと感じられるセンサーを持つ。ここをどう育てるかが、ポイントだなあ。そのためには、間違えていても問題ない、それは挑戦だという指導者とそれを評価する仲間が必要だろうなあ。

新い学習指導要領が、対話的で、協同的で、主体的で深い学びを求めるのであれば、「え?」を大事にする、大切にすることがポイントになると私は考えている。

2017/02/05

日本の教育のあり方についての実践をくぐり抜けた提言

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昨日の明日の教室も圧巻であった。
箕面高校の日野田校長先生にご登壇願った。
三年間の任期で、高校を改革し、結果を出した。
高校生のマインドに火をつけて、先生たちも変わり始め、結果も出した。

さて、それはどうやってやったのかということを話してもらった。まあ、これがすごい。壮絶である。いや、壮絶なのは人生の前半。そして、そのことが結果的にエネルギーとなって、人生の今の時期に開花しているという感じだろうか。

もちろん、そこには綿密なというか用意周到なというかそういう戦略、策略がある。将棋の好きな彼は、無数の手を読み、設定している目標に向かって一歩ずつ歩みを進めていく。その様子は、お見事。

プレーヤーをやってしまう管理職は、まあ、管理職じゃないなあと思う。しかし彼は、プレーヤーではなく、マネージャーであった。そして、マネージャーでありながら、営業部長などもしている。そして結果を出すのだ。

講座は、講演、質疑応答、鼎談と三分構成で行われたが、どれも充実していた。
(ん、そこまで語っていいの?)
と思うところまで語ってくれた。

このDVDは、教員のみならず、管理職、教育委員会の人たちも必ず見るべきものになるだろう。今後の、日本の教育のあり方についての実践をくぐり抜けた提言になっている。

2017/01/13

比較という工夫を入れる

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人に説明をするときに、数字が入ると受取手は理解しやすくなる。これはまあそうだと思う。しかし、この数字を単独で使うよりも、比較という工夫を入れるとよりわかりやすくなる。

卒論の発表会で、学生が給食の残菜量について数字を出していた。年間に、児童一人当たり年間で17.5kgだそうだ。よく調べてきたなあとは思ったが、その17.5kgがどういう意味を持っているのかが今ひとつわかりにくい。

『 17.5kgというのはどういう意味を持っているのだろうか? 例えば、この重さは年中さんの子供の体重ぐらい?』
と幼児教育コースの学生に聞く。
「年中さん、もうちょっと軽いと思います」
『そうか。しかしまあ、食べ物の重さを子供で比べるのは変だよね』

『もし、この17.5kgを元に、日本中でどのぐらいの残菜量があるのかを計算して、その量は,○○という国の子供の食事の○割りになります。という説明をしてくれたら、その数字が持つ意味がグッとわかりやすくなるなあ』

例えば、地球の自転速度は、緯度によって違うが、時速1200kmから1600kmである。まあ、数字に強い人はこれをさっと覚えるだろう。でも、時速1200kmから1600kmと言われても、実感はない。

ただ、私はこの自転速度は実感を持って感じることができる。それは、比較しているからだ。

夕方の6時ごろになると、琵琶湖の上空は旅客機のラッシュになる。琵琶湖を目印にして飛ぶ旅客機がこの時間になるととても多くなる。それを私は見るたびに、地球の自転のことを思い出す。

旅客機の巡航速度は、だいたい時速800kmである。
そうである。だから、地球はあの旅客機の進む速度の倍のスピードで回っているのだ。旅客機の進む方向に倍のスピードで目を進めて、地球の自転スピードを感じている。

そして、朝、太陽が昇るときに、またこの自転のことを思う。
あれだけのスピードで動いているにもかかわらず、太陽はゆっくりと昇ってくる。
(ああ、太陽と地球は遠いんだよなあ。だからあんなに。そして、あの太陽の光は、8分前の光なんだよなあ)
そんなことを思いながら、見ていることもある。

1)地球の自転速度は時速1200kmから1600km。
2)その速度は旅客機の倍。
3)しかし、太陽が昇ってくるのは遅い。それは太陽との距離が光速で8秒かかるぐらい遠いから。

情報の取り出し、解釈、評価。
多分、 PISAがリーディングリテラシーで求めているのは、こういうことなのだろう。

数字は数字として単独であってもいいのかもしれない。
しかし、人に伝えるとなったら、それは比較され、工夫される必要があると思うのだ。

2016/12/21

わらかないは、わかるための入場券

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(え、なんでなんで?)
と思うのは楽しくないかなあ。
わらからないって楽しいけどなあ。

わからないと、バカにされる、頭が悪いと思い込んでいるのかなあ。思い込まされているのかなあ。わからないことがあるから、わかると言う体験ができるのになあ。

わらかないは、わかるための入場券なんだけどなあ。
その入場券を手にれたのは、嬉しくないかなあ。楽しくないかなあ。

2016/12/14

義務教育で扱う問題だと思うのだ

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義務教育で教えておくこと、または生徒が身につけておくことは何かって考える必要があるなあと改めて思い始めている。

学校教育法の二十一条には、義務教育が行う普通教育の内容について以下の要に述べている。

第二十一条 義務教育として行われる普通教育は、教育基本法 (平成十八年法律第百二十号)第五条第二項 に規定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

 学校内外における自然体験活動を促進し、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。

 我が国と郷土の現状と歴史について、正しい理解に導き、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養うとともに、進んで外国の文化の理解を通じて、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

 家族と家庭の役割、生活に必要な衣、食、住、情報、産業その他の事項について基礎的な理解と技能を養うこと。

 読書に親しませ、生活に必要な国語を正しく理解し、使用する基礎的な能力を養うこと。

 生活に必要な数量的な関係を正しく理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。

 生活にかかわる自然現象について、観察及び実験を通じて、科学的に理解し、処理する基礎的な能力を養うこと。

 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うとともに、運動を通じて体力を養い、心身の調和的発達を図ること。

 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸その他の芸術について基礎的な理解と技能を養うこと。

 職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。

因に、教育基本法の52項は、これ。

2 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。」

大筋でこの方向で異論を挟むことは無いと思う。これはこれでいい。しかし、この二十一条は、なんというんだろう、前向きというか攻めというか、そういうものに見える。

勿論、目標なんだからそういうように見えるというか、文言化するのかもしれないが、私にはそれは一面にしか過ぎないんじゃないかなあと思えるのだ。

たとえば、以下のようなものはどこで教えるのだろうか。何の授業で教えるのだろうか?

1)お礼の仕方、謝り方

2)借金の仕方

3)保健所の活用の仕方

4)払いすぎた税金の取り戻し方

5)生活保護の申請の仕方

他にも、名誉挽回の仕方とか、ひき逃げに合った時の対応の仕方とか、えん罪に巻き込まれた時の対処の仕方とかもあるかもしれない。

このような「身を守るため」に用意されているマナーや社会保障は、どういう授業で行われるのだろうか? 1)は道徳? 2)は家庭科? 3)は保健体育? 45)は社会科? よく分からない。これらは、教育基本法の52項のように、前向きに生きて行くことを求めているものではないので、教えなくていいのか?

義務教育は、可能か不可能かは別として、人生で生きて行くために必要な基礎の部分を教える教育だと考えている。それは、前に進む方法だけでなく、立ち止まったり、倒れた時に安全に倒れることのできる方法であったり、復活するまで倒れ続けていられる安心を手に入れる方法も含まれている必要があると思うのだ。

人生は、前向きでありたい。前進して行くものでありたい。誰も、没落して行くことを人生の目標として設定するものはいないだろう。しかし、前向きにならないときもある、なれないときもある。その時の対策としてセーフティネットが社会で用意されているのだとは思うのだが、そのセーフティネットを活用する方法が学習される機会が与えられていないのではないかと思うのだ。

ここは、福祉ではなく、教育で扱う問題だと思う。

そして、義務教育で扱う問題だと思うのだ。

2016/12/04

「謎掛けで遊ぼう」

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よし。12/10の第四回教育と笑いの会の番組の準備が終わった。今回の演目は、ネタおろし。いわゆる初演となる。「謎掛けで遊ぼう」である。

私はことあるごとに、謎掛けができるようになることは教育関係者、授業づくりには大事なことだと言ってきた。だが、これを授業や講座でやることは今までなかった。よくやっていたのが、懇親会の座興である。

今回、教育と笑いの会で「池田さん、何か次もやって」と玉置先生に言われた。そんな私は玉置先生のように落語を一席語れるとか、志水先生のようにネタを組み込んで漫談をするとかはできない。(どうしよう。もうネタがないなあ)と思っていた時に、(そうか、謎掛けやればいいか)と思って腹を括った。

面白いものでこの話が決まってから、今度はNHK教育テレビからまた謎掛けに関わって相談があった。今度放映される「テストの花道」である。これも実は謎掛けが関係している。私が監修した。

第四回 教育と笑いの会が、12/10で、テストの花道が12/12「新テストにも対応! 大喜利で“発想力”を鍛える!」だ。
なんだか不思議な縁を感じる。

ここまで来たら「教師教育における謎掛けの活用についての研究」てな論文を書くべきかなあ(^^)。

http://www6.nhk.or.jp/hanamichi/
http://www2.schoolweb.ne.jp/swas/index.php…

2016/12/03

学年旅行とかいうものは、今でもあるのだろうか?

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学年旅行とかいうものは、今でもあるのだろうか?

私が現場にいた時も、ある学年はあった。毎月1万円ぐらい貯金して、年度末に豪勢に近隣の外国に二泊三日ぐらいで行こうなんて企画されたこともあったし、やっている学年もあった。

私は、これがダメだった。

毎月1万円であったら、10万円を超える。そんな金額で旅行を学年の先生たちと二泊三日でいくとは考えられない。それだったら奥さんと行きたい。一泊二日で豪華ホテルでディナーの方がいい。

さらに、小さい子供がいる女の先生にとって、何かあった時にすぐに家に帰れるというのは大事なこと。海外にいたらこれは無理。かつて飛行機トラブルで始業式に帰ってこれなかった学年もあったぐらいだし。

そこで、私が提案したのが職場の近くにあったログハウスでの学年旅行。学校から車で30分ぐらいのところにあるところでやった。ここなら、何かあった時にすぐに帰れる。アルコールは我慢していただくしかないが、参加できないよりはいい。

その学年は、私の他にもう一人、先輩シェフがいた。

いつも職員室でお互いが作った料理の話をしていた。日頃、深くお世話になっている女性陣にお礼をしようということである。

そこで、こういうことにした。

1)前菜は私が作り、メインは先輩シェフが作る。

2)料理を作っている間、女性陣にはジャグジーで寛いでいただく。

3)食材は途中にあるスーパーで購入を基本とする。ドルチェは買っておく。

4)飲み物は、ビール、日本酒、ワイン、ソフトドリンクとし、どうしても飲みたいものやどうしても振る舞いたいものは持参のこと。

5)苦手な食材があれば、あらかじめ伝えてもらう。

これが実に楽しかった。

『こちらが本日の一品めです』

なんて言いながら、サービスする。

日頃の腕を振る舞うのが楽しい、男性陣。振舞われるのが嬉しい女性陣。

男性陣がジャグジーに入っている間に、片付けはしてもらった。

確か、ログハウスのレンタル料を含めて、一人15000円ぐらいだったと思う。

薪ストーブに薪をくべながら、

「色々とあったけど、いい一年だったねえ」

と語り合う学年旅行でした。

あまりにも良かったので、翌年もやりました(^^)。

2016/11/15

大学生の「階段問題」

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A
さんとBさんが競争をしました。

Aさんは、ビルの一階から三階に行きました。

Bさんは、ビルの一階から地下三階に行きました。

AさんもBさんも同じスピードで移動しました。

しかし、Bさんは大差で負けてしまいました。

何故でしょうか?

ちなみに、同じビルで競争しています。

というのが、今日の「シャキーン」で出た問題。

これを学生達にちょっとやらせてみた。

私が読み上げて考えさせた。

瞬間で答えがわかるものも1割位いるが、あとはわからない。二回目を読むと半分ぐらい。三回目で殆どわかるが、最後までわからない学生もいる。

この違いは何なのかを考えさせた。仮説を立てさせた。

でもまあ、これは小学校低学年の問題。

そこで、大学生の「階段問題」もやらせてみた。

『いま、授業をやっているこの教室は、何階ですか?』

5階です」

『そうですね、5階です。では、この5階に来るまであなたは何段の階段を上ってきましたか?』

「え?」

1分で答えなさい』

という問題である。

学生達は兎に角ノートに答えを書く。

そして、私はその答えを聞く。

一通り終わった所で、その根拠を聞く。

「なんとなく」

「勘」

「切りのいい数字で階段を設定した」

など。これは全て間違い。

目の前にある具体的なものを活用して、なんとか根拠のある推論の道筋を立てる。

これができれば、正解。

例えば、教室の床から天井までは3mあるとする。

階段はワンステップ15cmとする。

一階から五階までは四つのフロアがある。

ということで、

3m×4フロアー÷15cmという式が成り立てば良い。実際に80段あるかどうかは、あまり問題ではない。

なんとかして、答えを見つけ出す。手元の材料だけで見つけ出す。

そういうことが考えられるかどうかが大事。

そんな話をしてから二回生ゼミに入った。

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